ひとりごと
ここでは、私が普段思うことやら、今まであったことを振り返ろうかなぁと。



母親の影響

今日、いつも愛読している「ほぼ日」のあるコーナーへの投稿の中に、
この 母親の価値観 について述べられているものがあった。
その人は、自分が結婚してからの生活の中で、
自分がどう生きていきたいか、を考え、そして行動を起こしたのだが、
専業主婦としての自分、それでも働きたいと願う自分、
そして妻としての自分・・・そういうものを考えた時、
自身の母親の生き方に非常に影響を受けているということに気付いたらしい。

人間ってホントに面白いもので、
自分が育ってきた環境に面白いほど影響を受けている。
それにいつ気付くか、というのはまた別の問題のようで、
上の投稿者の女性は、結婚してから気付いた、というようなことを言っていた。

母親一人に育てられた友達らの話を聞くと、
面白いほど自分の母親を分析していたのを覚えている。
ある人は、「歴史は繰り返すのよ!」 と言って、
自分が止めない限り、きっと自分は自分の母親と同じように、
自分の子供を育ててしまうだろうといっていた。
彼女のように、母親の影響を認識していても、
繰り返してしまうかもしれない・・・・ 
すごい影響力なんだなぁと思う。
母親っていうのは。
もちろん、私が思うに、別にこれは「母親」が影響力大なのではなく、
小さな頃から一番時間を多く過ごした人、
英語で言う「caretaker」にあたる人が最も影響力があるということなんだろうが。

とすると、私が一番影響を受けたのは誰なんだろう?
と思うのである。
私は小学校へあがる前に母親を亡くしていたので、
小学生時代は祖母と叔母の家に父親と弟の3人で居候し、
中学生以降は、祖母が家事全般をやっていてくれてはいたが、
部活にあけくれていたので別に影響を受けたかどうかは定かでない。
幼いながらに、祖母や叔母には「やってもらっている」という気持ちが強かったのは覚えていて、
なにかをねだったりなんてことは「してはいけない」と思っていたような気がする。
そのおかげで周りには「しっかりした子ねぇ〜」なんて見られていたようだが。
とはいっても、それは小学生までの話で、
それ以降はどうだったのか。

自分について考えてみると、自分がとてもselflessに思えてくる。
日本語では協調性がある、とでもいうのだろうか。
自分の解釈としては、あまり「自分」というものがない、という感じ。
だから、self (自己) が less (ない) というのが一番いい得ているような。
今までは、それでも生きてこられたけれど、
これから長い人生、それじゃダメだなぁと最近よく感じる。
自分のために最善の決断をして、その道を進んでいくためには、
強い意志が必要で、その意志をサポートする、自分なりの理由付けが必要になる。
自分のために生きる、生きたい、というのだけははっきりしているんだけれど。
それじゃあまるで selfish (自己中心的) だなぁ。
とりあえず、どの「道」を進むかが見つかるまで、
まだまだ模索は続きそうだ。

話がそれてしまったが、
みなさんも一度、「母親の影響」について考えてみてはいかがでしょう?


(2002年10月1日)




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