|
「パールハーバー」 これは、知る人ぞ知る?あの、真珠湾攻撃のあった場所。 日本人としては、この題の映画が放映されるにあたって、 見に行かないわけにはいかない! しかも、噂によると、 日本じゃちょっとシーンがカットされるらしい! それならなおさら見に行かねば!!! ってなわけで、封切りそうそう、いってまいりました。 でも、こんな簡単な気持ちで行ってしまって 良かったのだろうか・・ と考えずにはいられない3時間だった。・・・・・ まず、映画の中、 そしてもちろん50年前のこの世界では、 日本とアメリカは敵同士だったわけで。 その敵だった日本人の私が、 こうしてアメリカに住んでいて、 こうしてアメリカの田舎町の映画館で、 「パールハーバー」を観ている。 これって、このこと自体が、 かなり奇跡的なんじゃないか、 と思えた。 もちろん、アメリカ人も日本人も、私達の年代は、 戦争を経験したわけではないから、 「それは過去の事」 と言えばそれまでなのかもしれない。 でも、映画館には、 それこそ私の祖母の年代の人も来ていて、 その人達から見たら、 その人達があの映画を観たら、 いやがおうでも思い出すだろう、 あの恐怖や怒りや、悲しみを。 そして、そんな場所に、日本人の私もいたわけで。 どんな気持ちだったんだろう? どんな気持ちなんだろう? 私には到底推し測ることはできないけど、 祖母がよく話してくれた、空襲のときの恐怖、焦燥、 そういうものを思い出すと、 ただただ恐くなった。 と同時に、今に生きていてよかったなぁと。 ほんと、単純でどうしようもないけど、 そういうことを経験せずに済んだ私達は、 ラッキーだったとしかいいようがない。 こうして考えると、50年、長いようで短いこの間に、 世界は急激な変化を遂げたわけで、 その中で時代に適応しながら 生きてきた祖母や、父、叔母達は、 一体どんな気持ちで、 この変化の中を生き抜いてきたのだろう? と思う。 コンピューターが出現して何年になるかわからないけど、 それに対応するのに追われている私達のように、 次々と変わっていく生活スタイル、環境、何から何まで、 時には受け入れたくないものを 受け入れなければならなかったんだろうと思うと、 特に祖母にはホントに頭が下がる思いである。 いつか、彼女の自伝を書いてみたいなぁ、というか、 書いて欲しいなぁなって思っている私。 一回聞いたことあるけど、本気にされなかったような・・・笑 戦争とはかけ離れた話になってしまったけど、 今更ながらに、アメリカの懐の大きさに気付かされた気がした。 |