吉本隆明先生のトンデモ発言――おじいちゃん、だいじょうぶ?
(引用は『私の「戦争論」』(ぶんか社、1999年)からです)
(核兵器について)
たとえば、巨万の富を持っている大金持ちがいたとしますね。その大金持ちに「貧乏な人と同じように、毎日の夕飯のおかずは塩鮭程度で我慢しなさい」といっても、それを守れるかといったら、そりゃあ、何日かはそれで我慢するかもしれませんけど、やはり、ときどきはもっとウメエものを食いたいということになって、実際、食っちゃったぜってことになっちゃうんじゃないでしょうか。核兵器も同じです。
(爆笑byタチバナ)核兵器が戦争の抑止力になっているという面は、少しくらいはあるかもしれませんが、核兵器を持っているがために、戦争の可能性は高まり、人類が滅亡する危機が高まるというのは自明です。(p237)
「自明です」とおっしゃるが、
私には何回読んでも塩鮭のたとえと核兵器の話のつながりがまるでわからない。
要するに「持っているものはいつかは使いたくなるもんだ」(???)てことか。そんな印象批評を繰り広げられてもねえ。
(北朝鮮のミサイルについて)
北朝鮮のテポドン・ミサイルが、もし日本の領土に落ちたとするなら、まず日本の外務大臣あたりが北朝鮮に対して、「これは本気でやったことなのか、それとも誤ってやったことなのかを明らかにせよ。誤ってやったというなら、責任者を処罰せよ。ちゃんとした措置をとらなければ、我々はまず貴国に対する経済援助を打ち切る。本気でやったというなら、我々にも対抗する意志がある」とかいって抗議する。それに対する北朝鮮の返答いかんによって、また何度も警告する、という幾重にも及ぶ外交交渉がある。そして、事態解決のために、考えられるすべての方策を講じたんだけれども、それでもダメだ、万策尽きた、もう戦争をやる以外に国家として存続していく手立てがないというときに、はじめて戦争が起こる、と見るのが妥当なんです。(pp241-242)
力を込めて「妥当なんです」とおっしゃるが、なんとも悠長なことですな。もし政府がこんなおっとりした対応をしていたら、いかな平和ボケ日本人であっても次の総選挙でその時の政府与党は下野するんじゃないか?
たとえていえば、吉本の家族が何者かに殺されたとして、ナイフを持った犯人を目の前にして、吉本はこういうのか?
「これは本気でやったことなのか?」
というか、吉本は本気で言っているのか?
(国旗国歌について)
国会で「日の丸」と「君が代」を法制化するなんて、もってのほかです。
法制化にあたっては、まず国民投票にかけ、国民の審判を仰ぐべきです。(p254)
なんと
吉本は議会制度を否定している。
議会での決定では「国民の審判」にはならないらしい。直接民主主義が理想ということなのかも知れない。それならそういうべきだが、なにゆえ国旗国歌にかぎって国民投票でなければならないのかについては一切触れられていないから教祖様のお怒りの源はいっこうにわからない・・と思いながら、つづきを読むと、
僕の個人的な片寄った好みだけからすると、
「日の丸」のデザインは割合に好きですが、「君が代」は気に食わねえというのがあります。「君が代」の「君」は天皇を指していると見るのが常識でしょうから、それを国歌とするのは国民主権をうたっている現憲法からしてもおかしいというのが、まずあります。(p254)
なあんだ。たかだか、おのれの「個人的な片寄った好み」の問題に過ぎなかったのか、とわかる。吉本は「「君が代」の「君」は天皇を指していると見るのが常識」と言う。たしかに政府見解も「君」を「国民統合の象徴としての天皇のこと」としていたが、もともとの短歌においては「一般的な二人称」の意味であり、「君」を天皇に限定する解釈は、別に常識でもなんでもない。また、「君が代」が現憲法の国民主権と抵触するという説は吉本に限らずうんざりするほどよく目につくのだが、そもそも現憲法は天皇の存在を認めているではないか(1条〜8条)。いったいどうして「国民主権」だからおかしいというのか、論理的な理由をぜんぜん挙げていない。国歌の中で「天皇大権」が歌われているわけでもないし(歌われていたとしてもかまわないわけだが)。そもそも国旗国歌法は慣習化されていたものを明文化したに過ぎない。それがけしからんという吉本によれば、法も秩序も無視してさしつかえない、ということですな。それならみなさん、吉本の家に押し入ってどしどし蔵書をかっぱらってこようではないか。
(国民国家について)
石原慎太郎をはじめとするナショナリストや保守派の連中は、国民国家は永久に変わらないもののように考えている。(p256)
本気で「国民国家は永久に変わらないもののように考えている」やつなんているのか? いるというなら吉本はきちんと典拠を示す義務がある。いつもいつもこういう決めつけだけは得意なんだよな。
日本だって、国民総生産の五割以上を消費産業が占めるようになっています。つまり、すでに日本の国民は、政府を経済的にリコールできる実力を潜在的に持っているということです。
(そりゃすげえや!!byタチバナ)国民が「ムダづかいをやめようと」といって、外食したり、旅行したりすることを控えれば、経済規模が大幅に縮小して、どんな政府といえども、経済的に破綻して崩壊してしまいますからね。今、日本の国民がこれだけの消費力を持っているということは、歴然と国民国家解体の兆しを意味するじゃないですか。消費資本主義という超資本主義に移行している日本国は、国民国家から「超国家」へと移行しつつあるんですよ。
(pp256-257)
かのマルクスも真っ青の国家解体のビジョン!
さすが真のマルクス主義者、もといマルクス者、吉本先生様様です。
しかし、ちと待てよ。吉本先生は家計の消費しか挙げてないが、企業だって資材を購入したり、設備投資したりして消費税を払っているはずだが・・・というか、これって所詮税源の問題に過ぎないから、かりに消費者が消費を控えて困るなら別の所から取ればいいわけだし・・・いざとなったら政府は国債を発行すれば済む話だし・・・実際デフレの続いているいまでも政府が経済的に破綻して崩壊したりしそうにもないぞ・・・ん??
というか、吉本先生て経済のことほんとはなんにもわかってないんじゃないの?
これって、中学生の「公民」を読んだ程度でもできる推論じゃんか。戦後最大の痴呆家もとい思想家・吉本先生てば、実は小学生並の頭脳?
結論:戦後最大の思想家は、実はただの恍惚の人だった。
<参照リンク>
吉本隆明ワールド
吉本隆明「共同幻想論」書評(池田信夫)
(橘鬼竹斎:2003年12月9日記)
お笑い『私の「戦争論」』ーー吉本隆明の戦争観
極私的戦争論