超吉本論


『私の「戦争論」』で味をしめたのか、911テロをうけて上下巻の大ボリュームで作られたのが『超戦争論』(アスキー・コミュニケーションズ)。またもやインタビューで吉本教祖様にお伺いをたてるという形式はかわっていない。吉本のいうことはあいかわらずで、根拠不明の自信にみちた大言壮語と他人の思想への度を過ぎた罵倒の数々で埋めつくされている。大げさな言い方(そもそも「超」などとつけたがることからわかる通り、吉本は自分の言葉を粉飾するのが好きだ)を丁寧に取り除いていけば、中身は床屋談義の域を出ない。そこにはいささかも新鮮な解釈などはなく、ただただある老人の平板で曖昧な世界<不>認識が繰り広げられているに過ぎない。さすがにかつてのカリスマ力もないはずだが、世の中には自分の頭で考える手間は省くくせに、世間に流通する考えには死んでも同調したくはない輩がいて、「やはり吉本はさすがだ」などと満足するために、このような無内容な本もある程度売れるのだろう。そろそろ引退してほしいものである。
ともかく、その一端を垣間見てみることにしよう。

例によって吉本は「戦争はすべてダメ」という崇高な理念を手離さず、その高みに立って戦争とテロの区別を否定してみせる。

今回のテロ事件で重要なことは、テロを「犯罪」だというのなら、国家が行う戦争はもっと「大規模な犯罪」であるということ、そうした認識をちゃんともつということなんです。今回のテロ事件で、誰が考えても「悪」である、どこから見ても「悪」だといえる点は、(略)テロリストたちが旅客機の乗客たちを降ろさずに、そのまま乗客たちを道連れにしたってことです。(超戦争論、p48)

一見吉本はテロも悪だが戦争も悪だ、といった相対化をしているに過ぎないようにも見えるが、実際には微妙な言い方だ。というのも、911テロではっきり「悪」だったのは旅客機の乗客を巻き添えにしたことだけとしており、そもそも非戦闘員を目標にしたことは軽視してしまっている。吉本によれば、テロリストが世界貿易センタービルを狙ったのは「象徴的な戦闘行為」であり、そこで犠牲になった人間は、戦争状態になって戦闘が行われた結果「巻き添え」になっただけだということになる(p28を見よ)。気持ち悪くなるほど、吉本はテロリスト側に立った見方をしている。なるほど、WTCを標的にしたのは「象徴的」意味があったであろうことは確かだが、それはまったくの非軍事施設であり、明らかに一般市民(非戦闘員)の殺傷を目的としていたのである。なにゆえ道連れとされた旅客機の乗客と区別する理由があるのかまったくわからない。イスラム原理主義のテロリストからすれば、軍人であろうが非軍人であろうがアメリカ人やアメリカ人の味方はみな同じなのかも知れないが、利害関係を共有しない人間までテロリストの認識を分かちあわなければならない理由などない。
戦争を避けるべきだが避けえないこともあると観念した人類が積み上げてきた戦争法の歴史からいえば、戦闘員と非戦闘員の区別は決定的である。国家の行う戦争が合法的であるのは、正規兵と正規兵との戦いが前提となっているからであり、そこには完全ではないまでも、国際法の力が働いている。それゆえ戦争とテロは法の関与という点で区別されるべきである。吉本は一足跳びにかような戦争とテロの差異を飛び越えてしまうのだ。

ーー国家が行う戦争を「悪」だという思想的根拠はなんですか?
それは、やっぱり生命を抹消し合うことだから、ということになりますね。人間の存在を根本から否定することだからだ、ということになります。だから、その観点からいうと、戦争を存在せしめること自体が、もう「悪」なんだってことになります。
徹底的にいえば、テロも「悪」だし、戦争も「悪」である、両方 とも「悪」なんだから、両方共やめるべきだという考え方になると思います。とはいえ、人間は、「悪」だとわかっていてもやるということがありますから、テロも戦争もありうるよってことになるし、事実あるわけです。
(pp49-50)

それにしてもこれしきの見解をうやうやしく拝聴しなくてはいけないものなのだろうか?
戦後日本の「平和教育」は、とにかく戦争は「人殺し」、だからいけない、としか教えてこなかった。それで貧弱な戦争観がばっこすることになったのだが、さすが戦後最大の思想家も直球の戦争観を開陳して恥じない。生命の抹消ならばほかにも山ほどある。交通事故の死者や人工中絶など、毎年小規模の戦争並の生命を抹消している。本来すべきなのは、戦争は生命の抹消だからいけないなどと神様のような託宣をたれることではなく、なにゆえ戦争は起き、どのようにすれば避けうるかについて、具体的に考えることである。戦争とテロとを区別することもそうした具体的な思考のプロセスとして必要であり、やみくもに無差別化すべきではない。そうした無差別化こそ、テロリストの論理にはまっているのだということを自覚できねばならないのだ。
(未完、執筆中)


(橘鬼竹斎:2003年記)

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