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「どういうことなのよ!出張中に昇進命令なんて。帰ってきてみたら、シラギ大佐もヒルト中佐もいないじゃない。どういうことよ。」 尉官室の他の尉官はマリエスの驚きの声にびっくりしている。 「大尉補佐官、これはどういうことなの?」 王女の乳母 キルリス大将に報告書を提出しに行っている間に第36支部が隣国に襲撃され、おまけに帰ってきたら、マリエス自身とイーグルに昇進命令が出されて、上司もいなくなっていた。 ここに所属する半数近い数の軍人がどこかに怪我を負って、マリエスの補佐官である、大尉補佐官もまた頭に包帯をぐるぐると巻いていた。 「魔獣族に襲われました。シラギ大佐や、ヒルト中佐が重傷を負って、数人の下士官や、兵士が殉職しました。」 「シラギ大佐とヒルト中佐の怪我の具合は?」 「復帰不可能と聞いています。」 「この欠員はそういう理由なのね。少佐室に行ってくる。」 早足で尉官室を出て行った。大尉補佐官はマリエスを追った。少佐室の手前でマリエスに追いついた。 三回扉をノックして、中の反応を聞いてから、マリエスら2人は少佐室に入っていった。 「マリエス大尉!!中佐に昇進した。」 座っていた長髪銀髪の髪を一つに三つ編みにしたイーグルが勢いよく立ち上がって、マリエスに駆け寄り昇進命令の書かれた紙を見せた。 マリエスはイーグルから昇進令状をひったくった。 その瞬間、ノックもせずに少佐室の扉が開いた。そこにいるのは、ヒルトだった。部屋に入ってくるなり力尽きたのか、床に座り込んだ。話には大怪我をして再起不能と聞いていたのに、全く無傷であるし、見たところいつもどおりの様子であった。 ヒルトは息を切れて、話すこともできない。ヒルトの右手の甲に書かれた番号が目に入った。 「中佐、右手のは・・・。軍の病院ではそんなもの手の甲には書きませんけど、なにかあったんですか?」 「イーグル少佐、マリエス大尉。訳は今話すわけにはいかない。人事・・・じゃなくって、大将に軍への復帰を請願してくれないか。」 息を切らしながらヒルトは言った。 「それで・・・、王族親衛隊への推薦も請願してくれ。イーグル少佐と、マリエス大尉の分もだ。そこなら、王以外のどの機関にも干渉されないで済む。」 「了解しました。」 敬礼して、マリエスとイーグルは言った。マリエスの横に立っていた大尉補佐官に気が付いて、ヒルトは言った。 「俺を、仮眠室かなんかに、匿っておいてくれないか?別に問題を起こしたわけじゃないんだ。」 大尉補佐官は疑問の表情を浮かべて、首を傾げたが、敬礼をしてヒルトの頼みを受け入れた。 軍総本部に行って、大将にじきじきに会って王族親衛隊への推薦を請願するはずだったが、その大将本人に窓口が違うと言われ、マリエスとイーグルは王宮の応接室に通されてしまった。 てっきり、王族親衛隊の隊長が出てくるのかと思いきや、国王が出てきて、冷や汗ダラダラの状態で、マリエスとイーグルは言葉に詰まりながら事情説明をしていた。いくら、自分たちより年下でも、国王は国王なのだ。 「ということは、そのヒルト中佐を軍に復帰させて、王族親衛隊に推薦したいと?」 「はい。本人は軍に残ることを希望していながらも、除隊させられています。正当な理由がないのです。」 「除隊されている?それなら軍に復帰してから推薦を請願すればいいじゃないか。丁度これから親衛隊を募集するところだったんだ。必要な人間が出てね。」 王族親衛隊は、王家直系の者に配属される護衛隊だ。欠員がない限り、募集はしない。 「女王陛下の時の殉職者の埋め合わせですか?」 「いいや、女王に関わっていたものは全て除隊させた。今募集しようとしていたのは王女のだ。」 「見つかったのですか!!」 「あ、言ってしまった。まぁいい。じきに分かることだ。先日ナウンディア平原で一般人に保護された。」 ラピスは笑ってすごした。その一方で、マリエスの表情を深刻な様子に変えた。 「国王、つかぬ事をお聞きしますが。」 と、マリエスが言うと、イーグルはラピスのほうを向いていた顔をマリエスのほうに向けた。 「王女の乳母をしていた者の名前を教えていただけませんか。」 マリエスはただ確認したかった。自分の姉が王女の乳母をしていたのかどうか。 「関係者か・・・?」 ラピスはマリエスに問う。 「おそらく。姉は何の仕事に就いたのか、家族には言いませんでした。この前の襲撃事件の女王の遺品の中から、私の姉らしき人物と写った写真がありましたので。」 ラピスは少し黙った。 「しかし、私は乳母の苗字を憶えていないんだ。王女が隠されてから、彼女の一家はどこへ行ったのか、まだ5つだったから知らない。たしか、名はラリエットだったと思う。」 「ラリエット・・・。ラリエット・アディリートと名乗っていませんでしたか?」 マリエスは急いで聞く。 「そう、ラリエット・アディリート。長い黒髪で、口元にほくろがあった。」 ラピスは自分の記憶にある、ガーネットの乳母に関する記憶を引きずり出した。 「なぜ、女王と一緒に彼女の一家は消されたんです?軍に言っても、捜索してくれませんでした。」 マリエスは涙目になりながらも必死にラピスに訴えている。イーグルは止めるように合図を送ったが、マリエスは訴える勢いを止めない。 「マリエス、国王はそのころまだ子供だったんだ。そんなことをいくら聞いても国王は答えることは今はできないといっているんだ。やめろ、マリエス。」 「いいえ、やめない。あなたには私の気持ちが分からないでしょうよ。姉が消え、兄が去り、私一人になった。この悲しみなんて、理解できていないじゃない。」 「マリエス少佐。私情に走るのはいかがなものかと思う。今すぐ止めなさい。」 口調を変えてイーグルがマリエスに言った。 「私、昇格の件はまだ承認していないわよ。それにもうすでにその前から私情を挟んでいるわ。」 「もういい、黙って。俺が言う。」 抵抗し続けるマリエスにイーグルは言った。 「それで、国王、王女の乳母の件で、なぜそういうことになったのか、調べていただけますか?一家が今、何処にいるのかも。」 ラピスが静かに頷いたところで、部屋の扉が突然開いた。 入ってきたのはガーネットだった。ガーネットは大きなつぼを抱え、何もなかったかのように棚に戻し、部屋から立ち去ろうとしたが、マリエスと目が合い動きを止めた。 「なんか誰かと雰囲気が似ているな」とガーネットはマリエスの赤い目を見て思い、マリエスは「この子が王女なのだろうか、どうせ知らないだろうけど、聞いておきたい」とガーネットの青い目を見て思った。 「あの。」 二人は同時に言い出した。しばしの沈黙が流れ、「どうぞ」と言っているかのような仕草をガーネットがした。 「あなたが王女?」 何を唐突に言いだしたのか、イーグルは目を丸くした。マリエスの問いかけに、ガーネットはうなずいた。 そして、マリエスは続けた。 「長い黒髪で、口元にほくろがある女の人を知らないかしら。」 名前を出さずに特徴だけをガーネットに話した。特徴だけ言っても、同じような人は山ほどいる。しかし、孤児院という閉鎖された場所に隠され、孤児として過ごしてきたガーネットが知る、そのような特徴を持つ者はごく限られてくる。 「異界に似たような雰囲気を持つ人を知っています。その人はナウンディア出身で、異界の日本っていう国に住んでた。」 「名前は・・・?名前はなんと名乗っていた?」 「異界だったから、名前は中津淑・・・。」 ガーネットの返答をマリエスは途中で遮って立ち上がり、ガーネットのほうを指差して言った。イーグルの顔色はその瞬間みるみる青ざめた。 「異界に行くことは禁止されているの。魔法学校の寄宿舎の襲撃事件であなたがよじれを潜って異界に行ったことは私たちのほうで把握しているの。しかるべき刑に処す必要があるわね。最後に言うけど、中津淑子は確かに私の姉、ラリエット・アディリートだわ。」 イーグルは険しい剣幕のマリエスに恐る恐る聞いた。 「ま、マリエス?あの異界の名前を聞いただけで義姉さんだって分かったわけ?」 「ラリエットは異界人と結ばれた。それと同時に彼女はもう一つの名前を名乗るようになった。中津淑子ってね。」 と、マリエスはイーグルの質問に冷静に答えていたが、ガーネットを指差している左手は下ろさなかった。マリエスは続けた。 「少佐、求刑をお願いします。」 「は?いやいや、マリエス、一階級昇格したから、君が出すべきなんじゃないのかい?マリエス少佐。」 「さっきも一度言ったけど、この昇格は私は認めてないの。もちろんあなたもね。だから求刑をするのはイーグル少佐、あなたです。」 イーグルはマリエスの強情さにため息をついて、「どっちが上なんだか分からない。」とつぶやいて、 「異界侵入罪により、被告人ガーネット・ナウンディアに免罪を要求します。」 と言った。 「どうです?裁判長。」 とラピスに問いかけ、それに対してラピスは、 「ガーネット・ナウンディアを国王の名において免罪とする。」 と宣言した。 「さてと。私はこれで失礼する。推薦の席は彼が軍に復帰するまで空けておこう。」 と、ラピスは大きな扉を開けて部屋から出て行く。続いてガーネットが出て行き、部屋にはマリエスとイーグルだけになった。 |