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もう、一週間以上雨が続いている。ガーネットの頭からノームのことが離れないが、ガーネット自身、どうすることもできない。 キャルルは、「全く、罪がないことが証明されたから、じきに釈放されるだろう。」と言っていたが、ノームが釈放されたという話が耳に入ってこない。 来週、ガーネットは旅へ出る。 護る者・襲う者 「あんな優秀な人材、このまま私の側近あたりにでもしておきたいのだが。今年卒業で、就職先を探しているのだろう?」 ラピスは五本の羽ペンを魔法の力で動かし、さまざまな書類にサインしている。王座が空の今、暫定国王として仕事をしている。 「いえ、魔導師試験を受けるようで、まだ就職先を探していないようですが。」 「きっと、魔導師試験を合格するだろう。白魔法を使いこなしつつ、生まれついての黒魔法を使う能力があるのだから。そうでしょう?キャルル先生。」 「国王のおっしゃるとおりであると思います。お言葉ですが、書類に自動筆記でご署名されるのはどうかと。」 「アメシスト女王もこうやっていたのだが。」 まったく、親の背中を見て子は育つものだとキャルルは痛感した。 盆に載せられた牢の中の食事とは思えないほどの豪勢な食べ物を前にして、ノームは何食わぬ顔でもくもくと食べていた。 「それで、リーズンさん。私はいつ釈放されるんですか。」 食事する手を止めて看守役になってしまった女の護衛官見習いに聞いた。護衛官見習いはリーズン・ルダといい、緋色の髪の毛と瞳がかなり目立つ。右目はとある事件のために、魔法と共に失い目があった場所は黒い眼帯をし、その上から前髪で隠している。 「王の意向で、釈放はしないそうよ。」 その言葉にノームはスープを飲んでいた木製のスプーンを落した。心臓の鼓動のせいで体が揺れているように感じ、頭から血の気が引いていくような感覚がした。 「王女様の教育係の人の話で、あなたの優秀さに国王が興味をお持ちになられて、国王直轄の機関とかに入れるかもしれないそうよ。」 「国王直轄の機関といったら・・・、軍しかないじゃないですか。」 リーズンは笑ってノームをあしらった。 元のようにガーネットと一緒に過ごすにはできるだけ王に近づけられれば、都合がいい。 地下牢の階段を下りてくる音が近づいた。 「リーズン、時間だ。交代な。」 リーズンと同じ黒を基調にし、金の縁取りが施された護衛官の制服を身にまとった若い男がやってきた。彼を見るやいなや、 「それじゃ、私は仕事があるからまたあとでね。」 と言ってリーズンは手を振って階段を駆け上がっていった。 毛足の長い絨毯の廊下を真新しい護衛官の制服を着たイーグル、マリエス、ヒルトが歩いていた。 「親衛隊に入ったおかげで、階級呼びがなくなってなんか変な感じね。」 「最後は、ヒルトは20歳で大佐になったけど、ヒルト大佐なんて呼ばずに済んでよかったよ。」 マリエスとイーグルはヒルトがいる前で大笑いした。ヒルトは咳払いして、 「軍に戻ることがあったら、軍法会議所に訴えてやる。」 と言ったところを、 「権力濫用小僧。」 とイーグルに丸め込まれた。 親衛隊詰所の扉を開くと目の前にはリーズンが立っていた。イーグル達三人よりだいぶ背が低いので、リーズンは見下ろされる形になっている。 「元親衛隊暫定国王班見習、現親衛隊王女班班長リーズン・ルダです。よろしく。」 軽くお辞儀をし、 「マリエス少佐、その節はお世話になりました。」 との一言を付け加えた。マリエスは少し考えて、はっとした顔をした。 以前、リーズンはマリエスに助けられたことがあった。平原の真ん中で、騎竜に逃げられて呆然としていたところを偶然通りかかったマリエスに拾われ、王都までほうきで送ってもらったことがあるのだ。 「みなさんの名前は存じております。史上最少の大佐であった、ヒルト・ギル大佐と、マリエスさんの旦那さんのイーグル・ウィルソン中佐でいらっしゃいますね。」 ヒルトはリーズンを見て、マリエスとイーグルの気持ちが分かった気がした。見るからにヒルトより年下だからだ。 王女の寝室には万が一のために、剣が用意されている。この世界では、度々魔物が出ることがあるので、学校では護身術として剣や槍や弓などを教える。 学校中で、剣はガーネットの右に出るものはいなかった。最寄の軍事学校の生徒との交流試合にかりだされ、彼らをコテンパンに倒してしまうほどだった。 突然、ガーネットの部屋の扉が蹴破られた。 「王女様、命を頂きましょうか。」 と護衛官の服を着た男女四人組が襲ってきた。 「来たれ、剣!!」 とガーネットが言うと、二本の剣が両手におさまった。まず緋色の髪の女の降りかかる剣を受け流して峰で首の後ろを殴ったが、後ろに目が付いているかのように避けられた。 後ろを向くと槍を持ったもう一人の茶髪の女が攻撃を仕掛けてきたので、横に避けて手から槍を落とした。 「セコい。」 と、両脇からきた黒髪の男と白髪の若い男に言ったが、攻撃は収まらない。両手を広げて、二人一気に剣を突きつけたが、白髪のほうの刀に払われてガーネットは一回転をした。 目の前にあったのは部屋のバルコニー。しかも窓は完全に開いている。 「いでよ、箒。」 と、箒―自分のものではなく、ノームのもの―を呼び出して、箒に乗って外へ飛び出し、城下町と宮殿のつながっている門を通ろうとする馬車の荷物の中に紛れ込んだ。 門を抜けたと同時に動きにくい丈が長いドレスの裾を困らない程度に剣で切り裂き、再び箒に乗って、今度は城下町の脱出を図った。 久しぶりの外の風は心地よく、ガーネットを新鮮な気持ちにさせた。街で生活する人々の服装に懐かしさも覚える。 何事もなかったかのように城下町の入り口の門を通り抜け、街道へ出た。街道は人通りも多く、目立つ服装だったので、街道から大きく進行方向をそらせた。 進んでいくごとに道は細くなってゆき、ついには道は途絶えてしまう。ガーネットの所有物には、自分の現在地が分かる地図の代わりになるような水晶玉はなく、どこにいるのかガーネットには分からない。 一面の草原は風もないのにガサガサと音を立て始めた。右前方には白の半そでのワイシャツに青色のチェックの丈が短いプリーツスカートを着た、長い茶髪の明らかに見たことがあるような人だった。たしか、彼女の名前は「姫川綾乃」といっただろうか、この世界にはいないはずの人間だ。 リーズンはエンジン全開でアクセルを握り締めていた。城下町から出たので、バイクで出る限りのスピードで走っていた。街道から外れた所を走ってみる。だんだん、草の丈は高くなり、スクーターを乗り入れることができなくなってきたので、自分の足で探そうとしたところ、箒に乗った人が浮かんでいるのを見た。 箒に乗って街道から外れていく人はあまりいない。大方、ガーネットには違いはないだろう。長さが短い金髪で丈の長い緑色のドレスを着ていたが、ドレスの切れ端と思われるものが城下町で見つかっている。持っていた剣で切ったのだろう。 空中に静止したままガーネットと思しき人は動かない。視線を草原に移すと、人影があった。女かどうかは分からない。もう少しリーズンは近づいてみる。 もしものことを考えて持ってきたホルスターから拳銃を出し、いつでも撃てるように用意をしておいたそのとき、 「すべての闇よ、我に従え・・・・」 魔法の詠唱が始まった。 闇を扱う魔法ということを呪文からとっさに判断した。闇を扱う魔法を使う国で一番近いと思われる国といえば、デスレイト皇国だ。今のこの国との情勢はお世辞にもよろしいとは言えない。8年前のような戦争になりかねない。 別のホルスターからピストルを出し、銃口を空へ向けて撃った。破裂音と共に、煙が立ち上る。 魔法の詠唱は途中で止まり、その間に破裂音と共にうずくまったガーネットを連れ出そうとした。なかなかうまくいかず、こんなときに魔法が使えたらと思った。 よろよろと立ち上がったガーネットの手を握り、一目散にスクーターのところへ走った。後ろから追ってくる音が聞こえる。 ガーネットを襲う気は明らかに感じ取れる。 再び魔法の詠唱が聞こえたとたん、青白く光る魔法弾が飛んできた。それはガーネット達を襲うものではなく、むしろ援護するものだった。 |