国際政治かよ!


10/4 常時武士?
記念すべき第1回です。

何書こうかちょっと迷ったけどどうせネタなんてほとんどないので普通に最近思ったことから。

韓国の4大紙の1つに、中央日報という新聞があります。
その新聞の最近のコラムから。
いつも通り題名を流し読みしていると、「常時武士」の文字が。
なんじゃこら。武士言うからには日本に関係あるのかと思い、そのコラムを読んでみると、内容は何てこと無い世界の核実験の話。
なんで武士?という疑問は最後の2行で解決されました。
それまでは完全に核実験の話だったのに、突然
『ジョージ・ブッシュ大統領を日本の発音で表記すると、「常時武士(じょうじぶし)」と表記できるが、彼は果たして常時、武士なんだろうか。』
これでおしまい。
じょうじぶしって表記できないっていうか・・・多分ブッシュさんは「常時武士」では無いと思います。
韓国人何考えてるのかちょっとわからん。

10/6 コートジボアールのクーデター未遂

世界には多くの「枕詞」を持つ国々がある。
中東のスイス=レバノン、インド洋の真珠=スリランカ、南米の優等生=チリ・・・

最近軍人の反乱が起きたコートジボアールも
西アフリカの優等生と呼ばれる国だ。

今回のクーデター未遂は一部の元軍人による反乱だが、
これはキリスト教徒とイスラム教徒の対立の問題も孕んでいる。
もし一旦火が点けば内戦になるかもしれない。
そうすれば安定した国家という財産も一瞬で無くなってしまうだろう。

そういえば、前述の「枕詞」の国々も内戦によって国土を荒廃させた国々が多い。
レバノンはキリスト教徒とイスラム教徒の長く激しい内戦によって
全土が荒廃し、スリランカはシンハリ人とタミル人の民族紛争で国が分裂状態。
栄えた時代があるだけに余計悲惨さが際立つ。

コートジボアールの将来はどうなるだろうか?
激しい内戦によって国家が融解していくのか、
それとも何とか対立を収めて「優等生」の地位を守ることができるのか。

これから見ていきたいと思う。

10/8 イタリア

イタリア。

この国のイメージはいいよね。
陽気な国民性、多くの観光地、これまた多くの有名ブランドもMade In Italy・・・
でもここの国のもう一つの面、それは

戦争に弱い

ってことっす。
ヨーロッパ、先進国の一員でありながら戦争は全くダメ。

まず、帝国主義、植民地主義華やかなりし19世紀後半、イタリアもドイツと並んで遅い国家統一を果たし、
列強の一員として植民地獲得に乗り出した。
1896年、イタリアはアフリカの黒人国家エチオピア帝国を植民地にしようと大規模な軍隊を送ります。
もちろん、列強と黒人国家の対決、人々は当然イタリアが勝ち、エチオピアは植民地になると思われた。

が。

なんとイタリア軍はアドゥワの地で大敗、6000人もの死者を出して敗走。
エチオピアは独立を守り、イタリアは列強の一員としての面目丸潰れ。


また、第一次世界大戦では、領土獲得を狙い、同盟していたドイツ、オーストリア側ではなく
連合国側で参戦、オーストリア領に攻め込んだ。
当時、多民族国家オーストリアはイギリスやフランス、ドイツのように近代国家建設を成し遂げることができず
国内体制は揺らぎ、その軍の力も落ちていた。
しかし例によってイタリア軍はオーストリア軍に勝てない。
敗走こそしなかったが、前近代的なロシア軍にすら負けるオーストリア軍も結局打ち破ることができなかった。


最後は第二次大戦。
イタリアはいち早く戦車や飛行機など最新兵器に目を付け、自国で独自開発し大量配備。
本当なら賞賛されることながらなんとこれがいけなかった。

弱いのだ。Made in Italyの兵器が。

空軍はその先見性にも関わらず連合国軍機に最初から性能が劣っていて規模の割には活躍できなかった。
戦車は特にひどく北アフリカ戦線でイギリス軍の高性能とは言いがたい戦車に全く歯が立たず、あっさり全滅。
ドイツに泣きつきロンメル将軍率いるドイツ軍を援軍として送ってもらい、結局殆どドイツ軍が戦った。
バルカン戦線では主要国でもなんでもないギリシアにまで敗北して例によってドイツ軍に救ってもらった。

極めつけはその降伏の早さ。
ドイツが降伏する2年も前にあっさり降伏。連合国側になりドイツに宣戦している。
とにかく第二次大戦では徹底的に同盟国ドイツの足を引っ張った。
ヒトラーは心の底からイタリアが中立国であればと思ったそうだ。

このようにイタリアは主要な戦争で自力で勝ったことが殆どない。

しかし、第一次でも第二次大戦でも結局最後は勝ち組にいた。
ドイツや日本はなまじ戦争に強かったために、敵にも味方にも多くの犠牲を出し、そのツケを今でも支払っている。



戦争の目的が勝ち組になることならば、

戦争に強いのはむしろイタリアのほうなのかもしれない。

戦争に強いだけが勝つ手段ではないというお話でした。



10/11  人口

日本の人口は1億2千万から3千万くらい。
中国は12億。アメリカは・・・2億か3億?
日本の人口はすぐ出てきても、他の国の人口ってよくわかんないね。
せいぜい中国と、世界最小の国家バチカン市国が1000人くらいってことくらいか。

では他の国は?

アメリカは2億7千万。日本の倍以上だ。でも中国の5分の1強。
でもこの辺は世界の中でもかなり人口の多いほうだ。
ヨーロッパは全体的に少ないんだコレが。
おもしろいのはイギリス、フランス、イタリアの人口が殆ど同じこと。
左から5900万、5900万、5600万。わざと合わせてんのか?ちなみにイギリスの方が少しフランスより多い。
イギリス人もフランス人も、イタリア人も日本人の半分以下だ。
偉そうにしててもそんな程度か。わははまとめてかかってこい。

ロシアをヨーロッパから除けば一番多いのはドイツで8200万。
ヨーロッパの中では人口も経済も規模が頭一つ出てるので、統一ドイツを周辺諸国はかなり怖れていた。
ドイツの動向一つで欧州中が戦争にも平和にもなる時代が19世紀にドイツ帝国が誕生してから続いてたからね。

ヨーロッパで5000万以上いるのはこの4カ国だけ。
その次になるとスペイン、ポーランドが3900万。これでも多いほう。
オランダは1500万、隣のベルギーは1000万。東京都(1200万)と同じくらいだ。
スイスは700万程。埼玉県より少し多い。
北欧は全体的に少なくスウェーデンが900万弱、フィンランド500万。
千葉県が600万近くいることを思えばそんな程度かくらいだ。
だから今日からスウェーデン県とフィンランド県だな。
ちなみに我が愛する長野県はスロベニアやマケドニア(200万)より少し多いくらい。
スロベニアはこないだサッカーのW杯に出てたとこだ。
だから長野県代表が出てたようなもんだ。
そう考えるとなんかすげー弱そう。

それに対してアジアはちょっと多め。
インドは10億、インドネシアは2億1千万。タイは6000万だからヨーロッパの主要国と同じレベルだ。
ベトナムはドイツより少し少ないくらいだし、日本の隣、韓国は4700万。スペイン人よりも多い。

だからアジアが経済的に成長したら、21世紀はアジアが主役だとの意見も人口が一つの根拠だ。

ちょっとくどくなったのでこのへんで終わり。っていうか俺が飽きた。
つまり何が言いたいかって云うと、人口的には日本は大国で、
ヨーロッパは国際社会で幅を利かせてるけど数は少ないってゆーことだね。


まあ、今どうまとめるか悩んで思いつきで言った意見なんだけどね。


※人口のデータは数年前のものを四捨五入したりしなかったりしてるのでテキトーです。 詳しくは本屋さんで資料を見てね。



10/15 リベリア

西アフリカにリベリアという国がある。
この間ここで話題にしたコートジボアールの隣の国だ。
この国の由来はちょっと変わっている。

独立したのは1847年。アメリカが奴隷制度廃止後、この一帯を買いとり解放した奴隷を移住させ独立させた。
アフリカの国家の中では元々独立したエチオピアを除くと一番早く独立した国家だ。
植民地主義真っ盛りの時代に黒人奴隷を解放しアフリカに帰還させ国家を建設するという、
アメリカらしい理想主義の実現と言える。
その為もあり、この国は何もかもアメリカが手本。

つまんない? 俺もちょっと書いてて面白くないと思った。でも本題はこれからだから。

国の名前「Liberia」はもちろんLiberty(自由)から来ている。
首都の名前モンロビアもアメリカ第5代大統領モンローが由来。
憲法も国家の仕組みもアメリカ、解放奴隷もアメリカ訛りの英語を喋る。
見た目は黒人のミニアメリカ。

見た目は・・・?


そう、アメリカなのは見た目だけ。

そもそも、いくら解放奴隷を帰還させて作った国家と言っても、
国民の大部分は昔からそこに住んでいてアメリカからやってきた解放奴隷とは縁もゆかりもない人達。
言葉も解放奴隷の英語に対して現地のアフリカの言葉を喋っている。
彼らからしたら共通点は黒人ということだけで、あとは全くの外人。

そんな、一部のアメリカ帰りの解放奴隷と大多数の普通の現地黒人の2つのグループからなる国家はどうなったか?

面白いことに、アメリカ帰りの黒人が特権階級となり、現地住民を支配し、他の地域なら白人がなる地位に座ったのだ。

しかも他のアフリカの国家よりも100年以上も前に独立しながら国家建設は全然進まなかった。


1964年、当時はまだマレーシアの一部だったシンガポール州首相で後のシンガポール建国の父、
リー・クワンユー
がリベリアを訪れた時のエピソードがある。

到着してからすぐリベリア大統領の農場に向かったクワンユー、
自分が乗った車を先導する警備隊のオートバイが7台もいるのがちょっと気になった。
理由はしばらくすると判明した。

いきなり一台のオートバイがスリップして道路脇の溝に落ちたのだ。
しかも他のオートバイに乗った軍人も、車の隣に座ったリベリアの国務長官も全く気にしない。
しばらくすると、また一台がスリップして道路脇に落ちていく。
そのしばらく後に、また一台が。

一国の高官を案内する警備の軍人すらまともにオートバイすら運転できないほど質が低く、
最初から何台も脱落することが分かっていたので7台もいたのだ。


次に大統領の農場から首都モンロビアの貴賓館に案内されたクワンユー、やれやれと一息ついた。
そしてきれい好きの彼は汗を流そうと浴室へ。
すると洗面台には、さびの沈んだ水が張ってある。
なんだこれは!ちゃんときれいに水を抜いておけと怒って栓を抜いたが、嫌な予感がして慌てて栓を戻した。
そう、蛇口からは水が出なかった。
そのさびが混じった水は、顔や体を洗うためのものだったのだ。

貴賓館が水道も使えない上に水も満足に無い状態が普通の国だった。


しかし、この時のリベリアはまだましだったと言える。

何故なら、この後リベリアは発展するのではなく、 クーデター → クーデター未遂 → 混乱 → 内戦 となって、
15万人の死者と220万人以上の難民が出たと言われる。

人口が300万人しかいない国なのに。

この内戦で武装勢力が割拠、大統領は殺され、政府は崩壊。


リベリアは、その名前の通りに最終的に国全体が政府からすらLibertyになってしまったのだ。


うまくない? うまくないか。長々と書いたのはこのオチを言うためだったのに。台無しだね。





10/26 首相の評価

日本人は普通、首相を始めとする政治家を悪く言う。
実際普段新聞、テレビ等で見る政治家はあまり有能であるとは思えない。
これは北○鮮のような国家で無い場合はどこの国もそう変わらないと思う。

しかし、外国の政治家から見た印象はどうだったのだろうか?
シンガポールの首相を30年以上務めたリー・クワンユーが会った日本の首相の印象を挙げてみたい。

ちなみに何故リー・クワンユーがリベリアの回に続いて出てきたのかは、 最近まで俺がリー・クワンユー回顧録を読んでいたことによります。 ネタ元はそのへんが限界です。体力の限界気力の限界千代の富士です。


まず、佐藤栄作。
「威厳があり真面目そのものの風貌だが、人なつこい顔で高笑いする人だった。
彼は低く響きの良い声で話し、言葉に無駄がなかった。三木首相なら三つの文で話すときでも、佐藤はひとつの文でそれ以上のことを伝えていた。」

強く印象に残っていたのが
「荒削りのダイヤモンドのような魅力を放っていた」田中角栄。
「一介の土建業者から身を興した人で、人間ブルドーザーの異名をとるコンピューターのような頭脳の持ち主だった。
単刀直入に物事に切り込む彼の手法は他の日本の首相とはひと味違っていた」
クワンユーは、角栄が学歴が全くないことにも言及した上で、もう一回意見をストレートに述べる角栄の特徴を強調している。
曖昧な言い方をする日本人が多いだけに余程印象に残ったようだ。
確かに田中角栄ほど日本独特の特徴を持ちつつ他の首相とは全く違う人も珍しい。

田中角栄との仲悪さで有名な福田赳夫。
「痩せ形だが丈夫そうな体つきで、小さな顔にいたずらっぽい表情を浮かべる人だった。」

大平正芳。
「幅広の顔と笑顔が印象的だ。物事に慎重に対処する、有能な指導者だった。」

現在の東京水産大学を卒業した鈴木善幸のたとえ話にはしばしば魚が登場した。
人材開発の話には、
「ある人に魚をあげたら、その人の食事はたった一回で終わる。だが、魚釣りの方法を教えれば・・・」
だった。

中曽根康弘。
「強い日本語なまりの英語を話した。よく通る声で、元気に力強く話した。
戦争中は日本帝国海軍の中尉で、自身それを誇りにしていた。
中曽根の政治スタイルは、これまでの多くの日本人リーダーの謙虚なものではなかった」
なんか日本語なまりの英語って不思議な感じするね。でも日本人が話す英語って殆ど日本語なまりの英語なんだろーね。
ちなみに中曽根の身長は178cm。俺と一緒。

竹下登。
「通常のコミュニケーションにおける彼の語り口は穏やかだが格式張っていた。
しばしば浮かべる笑顔は、策士という彼の一面を覆い隠した。」

海部俊樹。
「彼は宮沢喜一のような経済の専門家でもなければ、中曽根康弘のような決断力のある政治家でもなく、
竹下登のような“寝業師”でもなかったが、庶民感覚を持っていた」

宮沢喜一。
「小柄で、その丸顔にいつも怪訝そうな表情を浮かべる人だ。質問に答えるときはまゆを寄せ、
注意深く考慮した見解を述べる前には唇をすぼめる癖があった。政治家というより学者の雰囲気を持つ指導者だった」


彼が会った首相は宮沢喜一までである。1962年の池田勇人から1990年の宮沢喜一までの間、
リー・クワンユーは一貫してシンガポールの首相だった。
一方、日本は池田から宮沢まで19人。一人平均2年に満たない。
しかしクワンユーは、その間日本が高い経済成長を成し遂げたのは官僚機構の優秀さによるという一般的な見方に対して、
「この見方は首相や大臣になる政治家の能力を過小評価していると思う。
彼らはいずれも有能かつ経験豊かで、しかも同じ世界観を共有していた」
と言っている。その点は私も同感だ。今はともかくとして、自民党支配が安定していた時代の歴代首相は無能ではなかった。
だからこそ、力が落ちている今でも自民党は与党である。


昨今、特に政治家は無能だ、信頼できる政党がないと訳知り顔で言う人が多い。
しかし、「政治家はその国の国民以上に賢くならない」という言葉がある。
いやあったっけ?まあいいや。どっかで聞いたよーな気がするんです。
つまり、本当に政治家がみんな無能で、信頼できない政党ばかりなら、そんな政治家と政党を育てたのは国民自身だと言いたいんです。
国民が有能な政治家、政党に投票し育てるならばそういう政治家、政党が政権を取り、
文句だけでそれを怠るなら、無能な政治家と信頼性に欠ける政党が生まれるのです。

政治家や政党に対する批判は、そのまま国民に返ってくることを頭の隅に置いてください。
より有能な政治家政党を選んでちゃんと投票しましょう。
公共広告委員会でした。

なんてね

戻るかも