11/18 総選挙考察



さすがにします。総選挙考察。遅いなーお前。お前って誰だ。俺だ。なんだ。



もう散々テレビやら新聞で評価が出ていますね。

大まかに言えば「民主躍進」
ですが2大政党制という観点でみれば自民公明の連立が信任された。

といったところでしょうか。



私が注目した点は3点。

まず一つ目は、民主党の比例票が自民を上回ったこと。

僅かではありますが、日本で一番人気がある政党は民主党だった、と比例投票の結果だけを見ればそうなります。小選挙区では自民などの他の政党に入れ、比例では民主という行動を取る人が多く、民主票が与党自民党を上回ったということは、国民が民主党に寄せる期待がとうとう政権交代が現実的な問題になるまでになったということです。

これこそが、政権交代が可能な2大政党制が日本に誕生した証拠だと思います。



2つ目。

社民、共産党の退潮。

議席の減少は予想していたのですが、ここまでの減少ははっきり言って予想外でした。

社民6、共産9と、両党とも一桁。
長い間、議会に一定の勢力を持っていた左翼政党がとうとうここまで減ったこと、これは日本社会、日本国民の考えの変化を雄弁に物語ります。

両党の主張の主な部分は「平和」「憲法9条」です。共産党はさらに「反消費税」なども強く主張してました。

一昔前までであったならば、これらの主張は一定の票を得られるものでした。 しかし、今回はほとんど票にならなかった。それは、ただ「平和」と唱えれば平和になるという甘い考えは通用しないと多くの国民が考えていることの証明です。

日本が戦後平和に過ごせたのは、憲法9条があったからというより、日米安保、つまりアメリカの核の傘の下にあったという要因のほうがはるかに大きかったことは明らかなのですが、一連の北朝鮮問題を通して国民はただ平和や9条と唱えることに意味がないと考えるようになったために、相変わらず昔ながらの主張の社民・共産党に魅力を感じなくなったのでしょう。

日本国民の安全保障問題についての現実主義への(ある程度の)シフト。これが予想以上だったことが分かったのが今回の選挙の一つの注目点だと思います。

最も、それでもなお日本人の国際問題への関心の低さと、国際感覚のなさは相変わらずですが。



3つ目。

自民党の体力低下。

今回の自民党の獲得議席(選挙後公認を除く)は237。この数字は、96年の衆議院選挙での自民党の獲得議席239とほぼ同じである。

しかし、大きく違うのは、当時は公明党が新進党の一部として野党にいたのに対し、今回は自民党と共に与党である。そして、自公の選挙協力によって、各小選挙区で2〜3万票、創価学会票が自民党候補に上積みされたと言われる。小選挙区でこの票が自民党の基礎票にプラスされたためになんとか当選した自民党議員は多い。

実際、自民党が勝っても票差が2,3万以内の選挙区は本当に多い。もしも公明党が野党で、民主党と選挙協力をしたなら、自民から民主に移動する議席数は80とも言われる。その数字はどうなるかはもちろん実際やってみないと分からないが、政権が移動することは間違いない。

もはや、自民党は一党だけでは政権を維持できないのだ。 小泉総裁・安倍幹事長という自民党最強(選挙に対してはだが)の布陣をひいてもこの数字。

公明党がもし自民党を見捨てたら・・・?

公明党はその党史のほとんどを野党として過ごし、政策的にも、どちらかといえば野党・民主党に近い。そして支持母体は創価学会という強固な宗教団体なので、与党に移っても野党になっても票を入れる人(≒創価学会関係者)はあまり変わらない。そこが、与党でないと党勢を維持できない自民党や、固い支持基盤が薄い民主党とは違う、公明党最大の強みである。

すぐにそんな事態は起こらないだろうが、公明党がキャスティングボードを握る状態は変わらない。これからも続くだろう。それほどに自民党の基礎的な体力が低下したことを、今回の選挙は明確に示した。

次回の衆議院選挙は一体どうなるだろうか。

とりあえず、これからの日本の政治は、今まで体験したことのない、新たな領域に踏み込むことは確かだ。




10/21 旧ユーゴ内戦の主役達の退場



多民族国家のユーゴスラビア社会主義連邦共和国(旧ユーゴ)が、民族主義の高揚で現在の5共和国に解体する過程で起きた。1991年6月のスロベニア独立戦争に端を発し、クロアチア、マケドニアが相次いで独立宣言。92年4月からはムスリム(イスラム教徒)、クロアチア人、セルビア人が混住していたボスニア・ヘルツェゴビナで戦争が始まり、95年12月の和平協定締結までに死者20万人、難民200万人以上を出した。

特に、1992年から95年にかけて、20万人以上の死者を出したボスニア・ヘルツェゴビナ内戦はまだ記憶に新しいかと思います。世界、特に第二次大戦以来長い間まともな戦争の無かった(冷戦の前線ではあったが)ヨーロッパ諸国に大きな衝撃と混乱を与えた90年代の世界を象徴する内戦です。



このユーゴ内戦には3人の主役がいます。 内戦当時ユーゴ連邦の大統領だったミロシェビッチ、クロアチアを独立させたトゥジマンクロアチア初代大統領、さらにボスニアのイスラム教徒の指導者、イゼトベゴビッチ幹部会議長です。

先日、このイゼトベゴビッチが死去しました。
3人の主役のうち、トゥジマンは1999年に死去、ミロシェビッチは失脚し、オランダ・ハーグの国際戦犯法廷で裁かれている。今回のイゼトベゴビッチの死去で、旧ユーゴ内戦の3人の主役が全員表舞台から姿を消しました。



皆さんから見たら、全然関係無い事かもしれないんですが、ユーゴ紛争は、ボクが国際情勢に興味を持ち始め、それが一体どんなものなのかが理解できるように頃の大きな事件でした。ドイツ統一なんかはまだ10歳くらいだったし。

その、リアルタイムで事態を見守った事件が、昔の事件、つまり歴史に変わっていく象徴的な事柄が、今回のイゼトベゴビッチの死去による主役の退場だと思うんです。

そういう意味でボクにとってとても印象的で今回取り上げてみました。皆さんの、最初にある程度理解できた事件はなんでしょうか?



ちなみに、国際社会に支援してもらえた、「善人」扱いされたのがこのイゼトベゴビッチ、「悪人」とされたのがミロシェビッチです。ツゥジマンはどちらかといえば「善人」扱い。ですが悪名高い「民族浄化」など多民族への迫害はどの勢力も行ったようです。




10/3 ある実力者の引退



月一更新になってきたこのコーナーですが、今回はある自民党の実力者の引退の話です。

その議員の名前は、江藤隆美。

元建設・運輸大臣・総務庁長官であり、江藤・亀井派の会長を務める自民党の実力派です。



この政治家はまさに正しい抵抗勢力。

選挙区は宮崎ですが、堂々と利益誘導を主張し、小泉首相を「ヒトラー」と呼んだこともある、いつも怒ってる眉毛のじいさんです。

また、植民地問題で失言の多いことでも有名です。朝鮮半島の植民地支配について「日本はいいこともした」と言った事件では総務庁長官を辞任する騒ぎにもなっています。

しかも反省せずその後も度々同じようなことを言ってます。この人一人でだいぶ日韓関係にブレーキをかけたことは間違いないでしょう。

汚職などの犯罪をした政治家以外で、この人ほどはっきりといなくなってよかったと思う政治家も少ないんじゃないでしょうか。

まあ、一応フォローすれば、地方の年齢の高い保守層の心情をストレートに代弁していた面もあるでしょう。



しかし、そんな江藤隆美の引退に、私はただ一点残念に思うことがあります。

それは、江藤・亀井派は、会長代理を務めるもう一人の実力者亀井静香と2人で「隆美と静香の日本一可愛い名前(ときっつい顔)の派閥」だったからです。



今回言いたかったのはこれだけであとは全部前振りでした。




9/13 自民党総裁選



放置しっぱなしのこのコーナーですが、存在を思い出したのでたまには軽く更新します。


自民党の総裁選をやってますね。

もう小泉再選でほぼ決まってますが。

今回出ているのは小泉首相の他、名は体を表すが嘘だってことを証明する亀井静香、候補4人で討論させると一番喋らない高村正彦、国民の「誰?」の声と共に登場藤井孝男の4人。

昨日4人が討論する番組を見たのですが。


藤井が、藤井が全く何言ってるか分かんない。
結局この人しか出れなかったところに橋本派の衰退を感じました。

だって「これはどうしたらいいですか?」
と政策を聞いたコメンテーターに対して
「それは重要ですね」
で終了させて思わずテレビに
「それは分かってるっつーの」
と突っ込んでしまったくらい。笑いを取ってどうする。


亀井は見たまんまですが、実は彼は東大卒で警察庁のキャリア組という輝かしい経歴を持ってるという一面もあるんです。


それから高村。
実は政治家としての実績があるのは(小泉の首相経験を除いて)一番あるけど全体的に地味なのが損をしている小派閥・高村派の人。
弁護士資格も持ち、法務・外務両大臣を堅実にこなした高村さんは改革が必要でない時代だったら一番首相にぴったり来るんじゃないでしょうか。
個人的には結構好きなんですが。


なんだかんだ言っても小泉なんですが。



秋に衆院選やんないと消化不良です




7/29 カンボジア総選挙



カンボジアで総選挙がありました。

知るか?

いやいやいやまあまあまあ。個人的にうれしかったのです。

カンボジアは長い間内戦をしていました。1970年のロン・ノル将軍のクーデター以来絶えることなくずっと。

かの有名なポル・ポト政権時代には人口の5分の1、170万人が殺されたと言われている。
だからカンボジア人は誰でも必ず親戚にポル・ポト派に殺された人がいるそうだ。

内戦が一応終結したのは93年。実際終わったのはポル・ポト派が壊滅した数年前だ。
そんな国だから、総選挙なんかしたことはほとんどない。
93年に総選挙があったが、それはUNTAC(つまり国連)管理した。日本からもPKOで行ったから覚えている人も多いだろう。
その時もポル・ポト派による妨害や、候補者への脅迫、暗殺未遂は日常茶飯事だった。死者も多く出ている。


それから10年。

やっと、やっとまともに選挙が出来るようになった。

もちろん多くの問題はある。汚職、腐敗は珍しくないし、今ネットで読売新聞のHP見たら勝利した与党人民党以外の主要2政党は不正があったから結果受け入れないなんて言ってる。

それでもカンボジア人だけの手でまともな選挙を運営できるまでになった。


まだまだ前途多難だけど、長い内戦から蘇った国家としてカンボジアの未来に、今日は乾杯したいと思う。



なんて言いつつほんとは今日のネタは酒を買ったから思いついた。重要なのは乾杯のとこ。



今回使った資料 帝国書院パワーアップ新世界史資料 29日の読売新聞(ネット版も)毎日新聞





7/24 民主党・自由党合併



民主党と自由党が合併するそうです。一応野党第一党と第二党の合併です。と言っても、合わせても、衆議院だけで自民党一党にまだ100人近く足りませんが。

民主党も自由党も、元は55年体制(与党自民党、最大野党社会党で安定していた1955年から94年までの体制)を、政治改革を志して壊した政治家たちが元になっています。 自民党から離党した新生党や新党さきがけ、新党ブームに乗って登場した日本新党や忘れていた政権奪回を目指して社会党からの離党組など、本来は全員改革組とも言える人々です。もちろん、中には風見鶏的で、自己の利益を追い求めた人も多かったと思います。事実、野党からそっと自民党に戻った議員も多くいます。

また、ここ10年の野党の離合集散によって、「またかよ、どうせ何にも変わらない」といった冷めた見方もあるでしょう。

しかし、それでもなおこの民主・自由党連合には期待したいと思います。
現在、小泉首相と自民党内”抵抗勢力”との戦いの図式になっています。ですが、この形は健全ではありません。議会制民主主義であるならば政党対政党で政策の違いを訴え、有権者は自分の望む政策を訴える政党に投票する、これが本来あるべき姿です。

小泉と抵抗勢力では、どちらも自民党であり、国民は選挙によって選択できません。政党対政党の形にもっていくべきだと私は考えます。

その為に、今回の民主党と自由党の合併が、自民党(本来の意味の保守派)対民・由(改革派)の対決として有権者に選択肢を与えることへの一助となればと期待しています。

どうやら10月に衆議院選挙がありそうです。みなさん選挙に行きましょう。





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