12月18日
あなたは、誰?
私が言うと、その人は「ただの通りすがりさ」って。
それからその人は私の包帯を変えてくれました。
あれ……? この傷、いつの間にできたんだろう……?
「もう大丈夫だ」
え……? 何が……?
「おまえの名前、教えてくれるかい?」
そう言って微笑むあの人の声は、とっても懐かしい感じのするものでした。
「名前だよ。name。What’s your name?」
どうして英語なんでしょう?
あれ……そういえば……。
「名前……何だっけ……?」
「覚えてないのか?」
考えて、考えて、頭の中をどれだけ検索しても、私の名前は出てきませんでした。
「忘れたのか? ふむ。まあそれもまたいい」
いえ、私はよくないんですけど……。
「記憶が戻るまでしばらくこの家にいるがいい」
え、で、でも……。
「なに、心配しなくても家賃は取らない」
そんなことを心配しているのではありません。
「まだしばらく寝ていろ。傷が開くぞ」
え、傷……?
じゃあ、この包帯、やっぱり……?
なんて考えていると、あの人はさっさと部屋から出て行ってしまいました。
私は本当にここで過ごすことになるのでしょうか?
悪い人ではないと思うんだけど……。
12月19日
今日、お料理をしました。
それは私にとって未知の体験でした。
どうしてそう分かったかって? 恥ずかしいけれど、自分の包丁を握る手つきを見れば一目瞭然でした。
キャベツの千切りをしたときのことです。とりあえず、まず包丁をキャベツの芯の部分、固いところ、つまり真中に刺してみました。まな板の上のキャベツに一本の包丁がお空に向かって刺さりました。
「『聖剣ここに眠る』みたいでいいオブジェだな」と、あの人は言ってくれました。
いえ、誉められたわけではないのですけど……。
お料理の勉強、したほうがいいのかしら? なんてことを考えた一日でした。
12月20日
「ゆみ」って、あの人が言いました。
なんだろう?って思っていると、あの人は「おまえの名前だ」って答えました。
どうして「ゆみ」なの?って聞くと、「なんとなく」だって。
「呼ぶのに名前がなかったら不便だろう」ってあの人は言ってたけど、そうでしょうか?
私はそうは思いません。いままでみたいに「おい」とか「ちょっと」って言ってくれれば気づくのに。
それに、私には私の名前があるはずです。今は思い出していないけれど。
それを思い出したとき、私の名前はどうなるんでしょう。私はきっと「ゆみ」なんていう名前は忘れているはずです。
なのにどうしてあの人は私を「ゆみ」なんて呼ぶのでしょう?
私には分かりません。
12月21日
私はいつまでここにいるのでしょう?
何時の間にか、ここが居心地のいいものになり始めています。
あの人にいつここを出て行ったらいいのか聞くと、「記憶が戻るまでだ」と言われました。
冷静に考えると、これは拉致監禁ではないでしょうか?
でも、もしそうだとしても、それでもいいや、って思ってしまう私って、やっぱり変なのでしょうか?
分からないことだらけです。
12月22日
「ゆみ」あの人が言いました。
「今日の料理、おいしかったよ」って。
それから、なでなでと、まるで小さい子供にするように、私の頭をなでてくれました。
恥ずかしいのに、でも、ちっともいやじゃなかった。
とっても、うれしかった。
やっぱり私は変なのでしょうか?
私は分かりません。
私には分からないことがいっぱい。
記憶が戻れば、もっといっぱい分かるのかな?
そうなら早く記憶が戻ればいいのに。
もし戻れば、あの人にもっともっと誉めてもらえるかな。
そうだといいな。
12月23日
「ここは絶対に入らないで」ってあの人が言ってた、あの人のお部屋。
今日、あの人がお友達とお出かけしているあいだに、こっそり入ってみたの。
やっぱり入っちゃダメなんて言われると、入ってみたくなるのが人情でしょう?
あの人のお部屋はすっごく片付いていました。
ううん、片付いてたって言うより、何もなかったって感じカナ?
机の上には小さなCDが一枚と、一冊の日記帳が置かれていました。
そのCDはすっごく小さくって、音楽とかのシングルCDの半分くらいの大きさしかありませんでした。
それで、そのCDには「ゆみ」って、たった一言書いてあって……。
でも、私がそれを手にとると、いきなり警報装置みたいなものが動き出して、ピーッ、ピーッって大きな音がしはじめて……。
私は驚いてそれを置いて急いで部屋から出ました。
部屋から出ると、すぐに音は消えました。
しばらくすると、あの人が帰ってきました。
それから夕食を一緒に食べました。
あの人は何も言いませんでした。
ばれていないといいんだけど……。
12月24日
私は何をやっていたのだろう。
自分でも自分の迂闊さが信じられない。
あの男は私を弄んでいたのだ。
もはや命令とかは関係ない。
私は、あの男を。
殺す。
12月25日
馬鹿。
私はこれからどうやって生きていけばいいの。
教えて。
父さん。
12月26日
結局私には帰るしかない。
だから、帰った。私が生まれた、あそこに。
帰ると、兄弟姉妹たちや上司が私を出迎えた。
私には、ここしか帰る場所がない。
でも。
「MIS-U3。おまえにしては遅かったな。あと少し達成が遅れればターゲットもろとも――」
「違うわ」
上司は何か言っていたけれど、私は何も聞いていなかった。
私は、ただ、
「“ゆみ”よ」
「なに?」
「私の名前よ。……父さんがつけてくれた、私の……名前」
「なんだと? おい、ちょっと待て!」
私は、あなたの望むように生きられるでしょうか。
私の父さんの……私の好きだった人の望むように。
あなたがたとえ望まないとしても、私は、これから。
私は…………