3/20 『みんなのいえ』を観て
 ようやく観ました。三谷幸喜、監督・脚本作品第二弾。
 前作でもそうだったんですけど、今回も正直中だるみしました。でも、地味すぎず、派手すぎず、なかなか心地のいい映画でもありました。もっとドラマっぽくなるのかと予想してましたが、あらゆる過剰さはこの作品にはありませんでした。

 義父が唐沢を認めていくのをやきもきしながら見つめるココリコの田中、かなりの好演です。三谷幸喜はこういう感じのキャラクターが好きなんでしょうか。『古畑任三郎』でも西村雅彦がこういった役割をしてました。

 それにしても2度に渡る明石家さんまの登場シーンはわかりずらいです。あれは完璧にわざとでしょう。注目は八木アナ。どんな演技をするのかと思ってましたが、なかなかおもしろかったです。
 内容としては、田中邦衛が語る、屋根裏に尺を置くというエピソードがピカ一でした。誰に見せるわけでもない。自分と神だけがそのことを知っている。この思考は、まさに芸術家であると同時にプロの職人でもある人物ならではなのかもしれません。ほんとにきっちりした温かみのある映画でした。

3/20 『車輪の下』を読んで
 高校のとき一回だけ読んだことがありますが、たぶん眠気にやられたんでしょう、さっぱり内容を覚えていないためもう一度読んでみました。
 みんなヘッセとくれば「車輪の下、車輪の下」言いますけど、前に読んだ『春の嵐』『デミアン』の方が、「本を読む」という行為の愉悦を味わわせてくれました。

 それに、主人公ハンスの真っ白な穢れなき精神が、彼の無知、やさしさ、頑固さ故に、大人たちに汚され、自己への確信を失っていく過程が痛々しくて読んでられなくなったという部分もあります。そういう意味で言えば、この作品は成功してるのかもしれませんが。

3/22 遅すぎたNUMBER GIRLブーム
 今日はNUMBER GIRLのアルバムを二つ買って、早速聴いてみたわけなんだけども、聴いた瞬間ぶっ飛んだ。ってか今まで、あんなに評価されてる彼らになぜずっと手を出さなかったのか、しばらく自分を呪いたくなりやした。う〜、俺が言うなって感じですが、解散が惜しまれる。ってか聴くのがほんとに遅すぎた。これならライヴ行くのも辞さなかったのに・・・・・・。

 いや、ほんと、後悔でござい。やっぱりこういう歌い手方に出会うと理屈ぬきで衝撃を受ける。そしてただただ単純に「いいな」と憧れてしまう。この感覚はひさしぶりで、たぶんくるり以来。

 ごめんなさいだけれども、こういう才能に出会うたびに、世に溢れているつまらないバンドたちを鼻で笑いたくなってくる。音楽に対する貪欲さ、そして勉強量(教養ではない)が歴然であ〜る。ってか、くるりのときも思ったけど、こういったすごい人々が出た時点で「お前ら恥ずかしくないの?アーティストなんて言われて、そんな有り得ない歌うたってることが」と数々の「アーティスト」たちに言いたくなってしまう。というか、「よくテレビ映って、そんな歌うたえんな」と半ば哀れみにも似た感情が押し寄せてくる。

 ちなみに言い忘れてましたが、僕の購入した2枚は『SCHOOL GIRL DISTORTIONAL ADDICT』と『NUM HEAVYMETALLIC』です。南無ってでもすごいな。「お手手とお手手のしわとしわを合わせて、幸せ、なーむ〜」の南無です。今のはお仏壇のハセガワのCMです。わからない人がいるなら、それはそれで、それなりにショックです。

3/23 S・キング『キャリー』を読んで
 アホのような設定、単純なストーリー。なのになぜあんなにもおもしろいのか。正直、こんなくだらない一発芸のようなストーリー(貶しているのではないです)で300数ページもの長さを飽きさせないキングの筆致は恐ろしい限り。何も特別なことなんて起きませんから。テレキネシスの少女がパーティーの夜にその力を爆発させる。身も蓋もなく言ってしまえば、ほんとにこれだけの話なのに、ページをめくる手が止まらないのは驚異です。

3/24 『ヴィドック』を観て
 ミステリ映画としては、傑作と呼んで良い部類に入ると思います。このトリックは小説よりも映画で使った方が効果が出るのか、と新鮮な驚きを味わいました。独特の映像に始めは戸惑うかもしれませんが、慣れればものすごく楽しめます。ホントに美しいです。僕の中では「サスペリア越え」と名付けたい。殺人鬼のマントの見せ方なんてもう文句なしです。そして大団円がまた素晴らしい。かなり良質なミステリ作品だと思います。本格スピリット剥き出しです。脚本家があの『クリムゾン・リバー』のジャン=クリストフ・グランジェだと知ってようやく腑に落ちましたけども。これはあと何回かは観直せる映画です。

3/25 『リリイ・シュシュのすべて』を観て・岩井俊二は天才だった
 正直、初めて岩井俊二をすごいと思いました。もちろん、今までの彼の作品も十分良かったです。でもたまになんだか鼻についてしまうところもなくはなかった。それが今回、この作品には全くありません。どころか「奇跡のように完璧な映画」だとさえ思いました。

 今まで数えきれないくらいの人が「若者たち」を題材に作品を造ってます。その中には、ストーリー的におもしろいものももちろんあります。でも「若者」を描くという点では、どれもことごとく失敗してきてると思います。たぶんそれは、「彼らをどうにかしてやろう」というおせっかいのような視点が入ってたり、逆に「若者」たちをつっけんどんに突き放し過ぎて、現代の「若者」は冷め切っているというような誤った認識で造られてたからでしょう。
 でもこの作品は違います。まるで、本当に彼らの日常をカメラに収めたかのような、そんな自然な距離感が完璧に取れてます。この映画が「若者」を描き得た唯一無二の成功作と言っても過言ではないと思います。観る前は153分という上映時間は長いと感じてましたけど、びっくりするぐらい調度良かったです。

 ホントにこの映画には圧倒されてしまいました。正直、この映画さえ観れば、もう他に映画は何も観なくて良いとさえ一瞬思いました。一瞬ですけど。そのくらい完成度が高いです。
 よくこんな映画が造れたもんだと思います。若すぎても、年をとりすぎてても、この「自然な空気感・距離感」は出せなかったはずです。岩井俊二は侮れません。この一作だけで、彼を天才だと思いました。例え今後、クソみたいな映画を造り続けたとしても、この作品のインパクトはずっと消えないでしょう。

 ネットの掲示板を巧に使ってるところもすごいです。あれは誰が思い付いても良さそうなのに、誰も思いついてませんでした(あくまで使用法の話です)。一番すごいのが、こういうことをやってながら「あ、こいつ良い年して若者に歩み寄ろうと必死だな」と思わせなかったところです。ホントにこの作品を造った岩井俊二は化け物です。

 これほど「若者」に遠すぎず、かといって近付き過ぎてもない、「これ以外ない」というほどの完璧な距離感を保って造られた少年少女たちの映画はありません。それを153分もの長丁場、保てたところも信じられない芸当です。この映画は空前であり、絶後のような気さえします。正直、この映画が愛しくて仕方ありません。先のことに絶対なんて有り得ませんが、僕が死ぬまでにこれ以上の「若者」たちを描いた映画に出会うことはまずないでしょう。生涯でこれたった一本のような気がします。
 岩井俊二も、あと他に何か撮るものなんてあるんでしょうか。まあ、もうすぐ『花とアリス』って新作が公開されるらしいですけど。それは良いとして、他の映画監督はこの作品を撮った彼に嫉妬したんじゃないでしょうか。映画監督でもなんでもない僕が、単なる学生に過ぎないのに嫉妬してますから。とにかくこの映画は圧倒的です、僕にとって。奇跡です。

3/25 (小説)横山秀夫の『顔 FACE』を読んで
 今、何かと話題のこの人。直木賞選考以来、なんであんなことになってしまってるんでしょうか。もうそこらじゅうネタバレだらけで、やってられません。横山さんもさぞ不愉快な思いをされてることじゃないでしょうか。

 実は話題とはいえ、この人の作品は読んだことがなかったんです。そんで、とうとう『半落ち』であんなに騒がれましたから、「こりゃそろそろ読もうか」なんて思ってたんですけど、あの直木賞事件に邪魔されました。そんで今読んでもダメだな、なんて思い直してた矢先に、フジで『顔』がドラマ化されるなんて情報を入手したんで、『半落ち』からこっちにシフトチェンジしました。タイミング的には絶好だったかもしれません。

 読んだ感想としては「なるほど」です。この人の作品には「この人ならでは」という印象を確かに強く受けました。従来のミステリのように、犯罪捜査に重点が置かれるんではなく、あくまでスポットが警察内部。だからこその題材、事件、真相が描かれていて、「なるほど」と唸らされたわけなんです。確かにこの人は推理小説に新たな地平を切り開いたんじゃないかなあ、とは思いました。まあでもよく考えたら、高村薫の警察小説をミステリにしたみたいな部分もあります。

 ただ、世間の評価から鑑みれば、本書はやや軽めに作られてるんじゃないでしょうか。他の作品を読んでないんで、なんとも言えませんが。このレベルならあんなに騒がれてる理由がよくわかりませんから。もちろん、事件自体の新しさは新鮮に感じられます。でもいくつかの短編は背後のからくりが見え透いてしまっているのもありました。

 「魔女狩り」は事件の着想には感嘆しましたけど、トリックは余裕で見破れました。浮かび上がる動機が重々しかった「共犯者」はなかなかの好編で、僕は気に入ってます。中篇っぽい「心の銃口」はツイストが効いてましたけど、それほど感心はしませんでした。ただ、男尊女卑組織における婦警の位置に関する問題はうまく溶け込ませてた気がします。ただ、どうもいずれの短編もドラマっぽいのが気になります。今回のフジの前にも、TBSで上川隆也主演で本書とはまた違った短編がドラマ化されてますし。他の作品も全部そうなんでしょうか。

3/28 (小説)デクスター『ウッドストック行最終バス』を読んで
 本格ミステリとしては、正直あまり楽しめなかったです。新保博久さんが解説であんなに誉めてましたけど、なぜなのかさっぱりわかりません。少なくとも僕が緊急時に一冊だけ持っていく本としてこれを挙げることはまず有り得ないでしょう。

 惜しいです。あらすじに書いてある謎は文句なしに魅力的なんですけど。ヒッチハイクした二人の女性、一方は殺害され、片方がなぜか名乗り出ない。この謎の提示はホントに素晴らしいと思います。「なんで?」って知りたくなりますから。でも、真相は魅力的じゃなかったです。そこがほんとに残念です。だから本格ミステリとして見ると、この作品は好きではありません。

 ただ、これが不思議なことに、ミステリ以外の部分はおもしろいんです、皮肉にも。迷走しながら真相に辿り着くっていうモース警部のキャラ設定も良かったですし、スウという女性に想いを寄せるあたりも素晴らしかった。このモースとスウの恋愛はこの作品の中で一番おもしろい部分です。最初のデートの際の別れのシーンとか、その後一人になったモースの内面描写もすごく良いです。“せつなさ”を恥ずかし気もなく売り文句にしてるようなチープな恋愛小説やTVドラマなんかより何十倍もせつなかった。

 ただ、やはり謎の解明、つまり真相が退屈なのがいけません。致命傷です。評価は正直難しいです。ラストの描写だって僕はかなり好きでしたから。なんだかこの作品には、甘ったるさとも非情さとも違った哀愁があるんです。それも僕のような平凡な人が感じることのできる身近な寂しさが。ここが僕の中では心地好かったです。

3/30 『くっすん大黒』の町田康
 高校んときから純文学界に颯爽と現れた天才、みたいな感じで話題になってましたから、読み始めたときは個人的な変な意地で「俺は笑わんぞ」なんてことを思ってました。けど無理でした。こんくらい小説読みながら「にやにや」ではなくて、普通に笑ってしまったのは久しぶりでした。いや、初めてだったかもしれません。「くっすん大黒」は、主人公が菊池の家に行くまでは、まあ「にやにや」程度だったんですけど、バイトの話になったあたりからは普通に笑ってしまいました。僕自身、なんとか面倒臭いことから逃れようとしてああいったことを言ったり思ったりします。

 ラストの「ああ自立しない、けらけら」って言いながら後ろにごろんと倒れるくだりは最高です。最後の最後で、これはすごい透明感をもった青春小説の白眉なんじゃないかって思いました。「なんだかいいなあ」ってやつです。映画だったとしても、これは最高のラストシーンになり得るんじゃないでしょうか。まあ、同じことそのまんまやっても意味ないんですけど。

 爆笑が止まらなくなったのは、「河原のアパラ」の冒頭です。あのフライドチキン店で「おおブレネリ」を歌うあたり、はっきりいってアホですよ。アホなんですけど、ものすごくよくわかります。ただ、普通の人はあそこまではっきりとした行動に出ないだけで、誰もがあんなことを思ってると思うんです。ここは傑作でした。ただ、惜しいことにこの話は物語が進むにつれてテンションが落ちている。冒頭とバイト先のうどん屋の話までは無類におもしろかったのに、途中から妙なストーリーがついてしまってる。これはダメです。僕としてはずっと天田はま子から逃亡するってストーリーで通してほしかった。

 どちらも長さ的には文句なしでした。あれ以上長かったらちょっとダレてたかもしれませんけど。とてもおもしろい、自由な小説です。

4/1 (映画)『パルプ・フィクション』
 オーノ〜。これはひとえに見る時期が悪うございやしたでございござい。当時観ていたら衝撃を受けていたんでしょう。タランティーノの影響を受けた作品が今や多すぎて、私はそっちのほうばっかり観てたので、遡って今更この作品を観たってインパクトもなにもあったもんじゃない。なんだかものすご〜く損した気分になりました。
 それにしてもタイトルのセンスは抜群です。冒頭、レストラン強盗(!)のシーンで始まったかと思うと、急にジョン・トラボルタとサミュエル・L・ジャクソンの物語に切り替わるんですけど、そこからしばらくは「なんであんなに評価されてんの?」って思いました。期待が大きかったせいか、やけに退屈で。ただ、トラボルタがボスの奥さんの暇つぶし相手をさせられて、その帰宅後にある事件が起こるんですけど、そこからは俄然おもしろくなりました。
 タイトルの示している通り、ストーリーはあっても中身はすっからかん。ただしこれは「中身が薄っぺらい」のとは大違いで、やはりそこのあたりはタランティーノ、侮れません。いつ出てくるかと思ってたら、やっぱ出てきたし。真面目に造ったのに、中身が全くない作品ってのは目も当てられませんが、意図的に中身のない、ナンセンスな作品を真面目に撮れるというのは、やはり一つの立派な才能。だからこそ、最初にも言ったように、観る時期の問題で衝撃を受け損なってしまったのは残念でした。観るべきときに観ていれば、もっと熱烈に誉めてたのかもしれませんけど、今となってはそれもさっぱりわかりません。
 まあ、出演者たちの豪華さには呆れるくらい驚きましたけど。ジョン・トラボルタ、サミュエル・L・ジャクソン、ティム・ロス、ブルース・ウィリス・・・・・・。「豪華共演映画」ってのは狙ってる感が見え見えで、ものすごく胡散臭いんですが、この映画はそれとは違ってただただ凄い。あんぐりです。

4/2 (小説)『エラリー・クイーンの冒険』の冒険の冒険
 クリスティーだけかと思ってたけど、どうもそうではないご様子で。この短編集、そんなにおもしろくはなかった。かなり期待してたんですが。現代の作家さんの短編集ってそれなりにおもしろいのに、なんでなんでしょうか。たぶん、10編近くほとんどパターンが同じ感じだからかもしれません。途中で、ギャルのように「マジおんなじなんだけど〜」って気だるい感じで言いそうになりました。っていつどのタイミングでギャルはそんなセリフを吐くんだよっ!!失礼、脱線しやした。
 ただ、クリスティーの初期短編集とは違って、この本書に収録されてる作品の謎はそれぞれとっても興味を惹くことは確かです。そばにはあらゆる武器があったのに、なぜわざわざ犯人は相手をロープで吊るし上げるという面倒臭い行動に出たのか、とか。ただ、真相がほとんどどれも今ひとつで、そこがかなり僕としては問題です。もはやちょっとやそっとの刺激では満たされないという現代病に脳がイカれてるんでしょうか。まあいいけど・・・・・・って良くねえよ。乗り突っ込み多いし。

 「ひげのある女の冒険」ってのは、被害者がなぜ絵画の女性にひげを描き加えたのかという魅力的な謎なんですけど、正直、真相聞かなきゃよかったと思いました。うそ〜んっ!!!ってなりました。驚きとは違った意味で。小学生が考えてもおかしくない解答で、いささか引きました。
 「見えない恋人の冒険」は少しばかりせこい。それはやっちゃダメなんじゃないのかい?心にダムはあるのかい?って次元に行ってます。「一ぺニイ黒切手の冒険」は、ある人物が11冊も同じ本を入手しようとする謎に迫るっていう話なんですが、これは本書の中では良かった方かと。何よりもまず謎が魅力的ですし、犯人指摘の理由がなかなかツボをついています。あとはほとんど退屈な作品ばっかりでした。
 ただ〜しっ!!!例外が一つだけ。最後の「七匹の黒猫の冒険」。これを語らずしてこの紹介文を締めくくることはできないし、これを見つけただけでも本書を読んだ甲斐がありました。
 毎週同じ猫を購入するおばあさんの謎から始まるんですけど、かなり高水準の本格作品でした。これがおもしろいのは、一つの謎から新しい謎が連鎖的に生まれていくところです。興味を覚えたエラリーがおばあさんの部屋に行ってみるんですけど、誰もいなくなってる。ベッドはめちゃくちゃに引き裂かれてるは、風呂には猫の死骸があるはで、全く新しい事件の側面が出現します。ここでの魅力的な謎は、そのおばあさんってのが痛風で自分では動けなかったってことと、残り6匹もの猫はどこに行ってしまったのかってこと(なぜ毎週同じ猫を購入していたのかという謎も依然としてある)。
 とまあ、本作品は謎もさることながら、クイーンの提示する真相もまた一級品。本格ミステリの良い所が全てつまってると言ってもいいくらいの出来で、ホントに素晴らしい作品です。他の作品もこの水準じゃないのが非常に残念なところ。この水準で一つの短編集をまとめていたら、もう今後クイーンには文句が言えないって状況になってたんですが。まあとにかく、ラストの「七匹の黒猫の冒険」だけでも読む価値は十分にありです。

4/3 有名人の批評集って・・・・・・
本日のターゲット本:松本人志 『シネマ坊主』

 最初に言っておくことが一つ。自分、松っちゃん、大好き、です。
 ということで、彼の映画評論。注意すべきは彼は映画評論家ではないということだろう。だから、訂正。本書は彼の映画評論ではなく、映画感想の本である。そう、あくまで感想。だから好き放題言ってよし。嫌いなら嫌い、わからないならわからない、好きならめちゃくちゃ好き、となんでも言っていい。よって松本人志が嫌いな人はこの本での彼の発言が所々気に食わないだろうし、私のように彼が好きなら「ふむふむ、なーるほど」てな感じで穏やか〜に読み進むことが可能。
 ただ好きなら好きで困ってしまうのが、「おいおい、松っちゃん。それなーんか違うんでないの?」と感じる言説を見つるとき。「それはこういうことだと僕は思うな〜」と遠慮気味に彼に一応新しい解釈を提示したいけれども、そもそも彼と会話する機会が限りなくゼロに近い。今から吉本に入って、頑張ってそこそこ認知度のある芸人になって、大先輩である彼と会う機会がとうとうやって来て、そんとき「松本さん、マトリックスについてあなたが言ってたこと、違うと思うんですよ〜」なんて言ったって、彼の目に私は「頭のおかしな子がやってきたぞ」としか映らないわけで。実にせつない。
 彼の誉めてる映画が自分と合致してれば、ものすごく嬉しいんだけど、逆に自分のものすごく気に入ってる映画を彼が低く評価してたときは微妙にブルーになるというのも本書の特徴か。『アンブレイカブル』についての意見の不一致には微妙にではなく、かなりブルーになりました。

4/5 ぶっ続けでクリスティを読むと呪われる!!・・・・・・説
 本日のえじき本:クリスティ 『シタフォードの秘密』

 残念ながら、クリスティばっか読んでるから、誰が犯人かある程度検討がついてしまうこの哀しさ・・・・・・どうにかならんもんでしょうか。ただ、あのトリックはわかりませんでした。読んでる間ずーっと「犯人はもはやあいつっぽいんだけど、でも一体どうやって?」って思ってました。まあ犯人はわかったっつっても、クリスティ多読によって鋭敏になった勘で当てただけの話なんだけども。
 決してものすごいトリックではない。でもそのシンプルさが結構ツボにはまった。クリスティがこういうことをやるってのもかなり新鮮で、逆に印象は悪くなかったです。しかも物語の中で動機が生まれるっていう、私の好きなパターンで、これにはとっても感激いたしました。
 それにしても。「見事にダマされた!!」って感じで脱帽してしまうクリスティ節炸裂作品(通称ギャフン本)は2月の『七つの時計』以降、さっぱり体験していない・・・・・・。さらに言うと、ポアロには1月以来会えていない・・・・・・。ってことでそろそろお願いします。って誰に頼んでるんだろう。ってか自分がそういう作品を読めばいいだけの話だし。

4/8 機械トリックはいかがなもんだろう・・・の巻
 エラリー・クイーン  『チャイナ橙の謎』

 よく考えてみれば2ヶ月ぶりの国名シリーズ。ずっとドルリイ・レーンに心を奪われてたんだなあ・・・・・・としばしば思い出に浸ってしまう。
 そんな久しぶりの国名シリーズ、正直げんなりすることがひとつ。なんじゃあの機械トリックはあああっ!!!死にたくねえよ〜・・・(←ユーサク・マツダです)。綾辻行人じゃないけれど、やはり機械トリックはつまらない(マンガのコナンはこういうのを多用するからあまり好きではない)。だけど、今回の事件のポイントはこの機械トリックではないから、まあ許せるっちゃ許せる気もする。ギリで。機械トリックの必然性というものがきちんと存在しており、むしろ「な〜るほど〜」と感心してしまった部分もある。やはりこれがなければ流石に許せない。というか、理由もないのに機械トリックなんて使う人間がいればいくらかお金を払ってでも見せていただきたい。光トリックを使う女優さんならかろうじてCMでよく見たりするけど。
 話をもとに戻します。機械トリックはあくまでロジック展開に必要な前提に過ぎず、その前提をしっかりおさえた上で犯人指摘への論理が展開されていたので、正直ほっとした。本格ミステリの律儀な側面を垣間見た気がする。とまあ、こんなこと言っといてなんだけど、本書は国名シリーズの中ではそんなにおもしろくなかった。こんなことを言ってるとき、自分がいかに勝手気ままな読者なのかを実感してしまう。
 ただし、動機は私の好きなパターンだった気が。ってか、解説読んで知りましたが、『シャム双子の謎』に「読者への挑戦」がなかったのは単なる入れ忘れかいな!!!勘弁してください、ものすご〜くロマンに溢れる夢を見てたのに。