医師 「・・・・・・」
(先ほどからなにやら省略された文字を書き込んでいたカルテから顔をあげて、遠くを見る目つきになり、ひとつため息をついたのち、看護婦に一瞥をくれる)
看護婦 (したり顔で) 「次のかた、どおぞぉ」
(白衣はピンク。束ねた髪の上に看護婦がかぶる帽子がヘアピンで留めてある)
扉「キィー」
(診察室と待合室を隔てた扉がかなりの勢いで開かれるが、どっしりとしたその扉は小さな控えめの悲鳴を囁いただけだ)
患者
(足音を踏み鳴らすように、しかしそれは聞こえないのだが、入ってきた男は憤懣やるかたないという雰囲気で、顔はこわばっている)
医師
(患者のほうはまだ見ない。その患者のカルテを漠然と見つめている)
患者
(医師の前においてある空席の丸いすには腰掛けず、目を合わせない医師をにらみつけていたが、もどかしくなって何かを言おうとした)
医師 (その機先を制するように)「どうぞ」(と着席を勧める)
患者
(言葉を飲み込みながら、腰をおろす)
医師 「今日は調子はどうですか」
(穏やかな眼差しで、患者の目を覗き込む)
患者 「どないもこないもあらへんで。ほんまにせんせ、こないだもろたクスリぜんぜん効きまへんでしたんや。今日はそのことについていいたいことがありますねん」(困った感じ)
医師 「まあ、あのクスリはすぐに効くっていうものではなかったんですけどねえ」
(やや、困った感じ)
患者 「それにしても、あの日、帰ってクスリ飲んで寝て、次の朝目がさめたら体の調子がよけひどなってましたんや、こらどういうわけです、結局その日は仕事も休まなあかんかったんですわ、仕事やすみたないから、わざわざ医者に診てもらいにきとるわけや、あ、こらいいすぎたかしら」
医師 (困った感じ)「クスリが効くのもねえ、個人差もありますしぃ、特にあの薬はねぇ、それほどキツくないやつを選んで処方させてもらったんですよ。確か、前回私確認しましたよね。お仕事控えてるんでしたら、強い目のクスリ出しましょうかって、そしたら、断られたんですよね、『いやいや、わしクスリあんまりすきちゃうねん、なんやようわからんもん、怖いし、副作用ちゅうのもあるんでしょ』とか、おっしゃって。だから、一ランク下の薬を出したんですよ」
患者 (少し驚いて)「あれ、そうでしたかいな。ああ、そういわれてみればそんなこと口走ったような覚えもありますなあ。実際、わたしあんまりクスリ好きちゃいますねん、それであのクスリ、甘くて飲みやすいなあ思って感謝してたんですわ」
看護婦 (笑顔で)「わたしも覚えてますよ、『小さいころからクスリ飲むのが苦手で苦手で。それに飯食い終わってから飲まなあかんとか、水でのまなあかんとか、わずらわしいでっしゃろ』とか、おっしゃってましたよ」
患者 (頭を掻いて)「あ、そんなことまでゆうてましたか」
医師 (看護婦を一瞥して)「とにかく、あれから調子はどうですか」
患者 「ええ、あの日仕事休んで、クスリ飲んで一日寝て、次の日はほとんどよおなったみたいで、仕事行きましたんやけど、そいで今日はまあ調子もいいですわ」
医師 「よかったじゃないですか、でもとりあえず診さしてもらいます」
(触診をはじめる)
患者 「ええ、まあ、そうですな。お恥ずかしいことですが、一日休んで横になってたら、いろいろ考えるわけでして、どうもわし、心が狭いんかして悪いことばっかり思いつくんですな。今こうして寝込んでいるのは、ひょっとしてあの医者のせいちゃうか、ってね。でもまあ、あれからすぐよおなってきたこと思ったら、やっぱりクスリが徐々に効いてきとったんかもしれませんなあ」
医師 「病気はねえ、医者だけでは治せないんですよ、医者と患者が治すんです。こちらもね、何が正しいという確信は持てないんですよ。少しずつ試しながら、いちばんいい道を探していくんです。そのためにも医者と患者はお互い協力するようにね、いつもお願いしてるんですよ」
患者 (ひらめいたような顔で)「なるほど、そうですよね、昔なんか病気になった思たら、神に祈るしかなかったわけですもんね、それを思えばすごいもんですよ、(微笑みながら)ところで、こないだのクスリ、テーブルシュガーて書いた細長い袋に入ってましたけど、どういうことでしょう」
医師 (微笑んで)「ああ、あれはギャグ(偽薬)ですよ、ギャグ。飲みやすかったでしょ、ははは」
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