「このたび『デッサン(パートカラー)』という文章、わたしは小説といっていいと思います、これの解説を頼まれてしまいまして、まあ無報酬なんでして、彼、この文章の筆者のことですが、彼には借りがありましてね、死体を山に埋めるのを手伝ってもらっちゃって、いや、冗談です、冗談だってのに。――ゴホン(咳払い)。はっきりって面倒なんです、わたしはボランティアなんかは大嫌いですし、でも引き受けたからには蔑ろにしないってのがモットー、わたしの美学なんです。だから、本文を読まなくてもわかる、あるいは本文より面白い解説をやってやろうかと、こう思っているわけです」
「あなたちょっと前置きが長いわよ、言ったでしょう、わたし八時に約束があるのよ、わかってんの」
「まだ30分もあるじゃないか、わかってるよ、心配しなくても、それに君はぼくが振ったときだけ答えてくれればいいんだよ、さっき打ち合わせしただろ」
「なによ、一人で喋るのは間が持たないから手伝ってくれって、泣きそうな顔してゆうから引き受けてやったのに。ところでどうしてこんな作文の解説しなきゃならないのよ、そもそもあなたと作者はどういう関係なの」
「わたしは彼のよき理解者です。なかなかいい質問ですね。こんな短い文章の何を解説するのか。読めばわかるじゃないか。作者いわく、『小六レベルの国語力で十分読める文章』、なのに。作者は嘆いてましたね、それでも読んでくれないんだ、と。そりゃ中身が面白くないからだろ、ってつい、言ってしまったら彼、むこう向いちゃいましたけど。そこは私すぐに謝って、世辞を言ってごまかしたら機嫌直して、『地の文じゃなくて、対話形式でたのむ』って言うんです。喋り言葉ならまだ受けがいいらしい。まったくかつてのあの日本の教養の高さはどこ行っちゃったんでしょうね、識字率落ちてんじゃねえのか、ほんとに。計りなおしたほうがいいよ」
「字読むのと教養のレベルは別の問題でしょ。さっきからあなた一人で喋ってるわよ、わたし別にいなくてもいいじゃない。どうでもいいけど早く本題に入ってよね、あきれるほど前置きが長いわよ、こんな作文どう取り繕ったって3分で説明できるでしょう、もう3分過ぎてるわ。わたしがかわりに纏めてやるわよ。
要するに、根暗な男が、むかし嫌いだったクラスメートがかわいい彼女連れてるのを見て、改めて劣等感に苛まれて、けつまくって家に帰っちゃう話でしょう。結婚式の話なんか必要ないじゃない。レストランに入って、出るまで。これ以外はボツにすべきね、というより、全部ボツにしてもいいくらいだわ」
「ちょ、ちょっと待ちなさい、君は性格が歪んでるから、そういう風に斜めからしか読めないかもしれないけど、根暗な男が劣等感を持ったなんてどうしてわかるんだい」
「比べてみれば一目瞭然じゃない。恋人の有(しかも美人)無、学歴、顔、社会性、どれをとっても相手の男のほうが優ってるわ」
「ふん、どれも劣等感を抱かせるに足る材料ではないね、その程度のことで劣等感を抱くくらいなら、救いがたい駄目な男じゃないか」
「そうよ、救われないのよ。それじゃあまりにもかわいそうだからって、なんだったかしら、あの、なんだかしらないけど、自文の考えたアイデアがカタログに載るとかいう、つまり、君にも他の人にはない才能があるんだよ、元気だしなよ、って慰めてやってるのよ。どうせ作者も情けない自己陶酔型の男なんでしょう。こんなのただの自慰行為じゃないの」
「いや、主人公は『ぼく』っていう一人称だけど、作者自身とは限らないよ、実際本人に聞いたら、『そんなわけないやろ、おれは花屋でバイトなんかしたことないわい』って、わらわれたくらいだよ」
「同一人物ではなかったとしても、『ぼく』って、あんなに何度も何度も書いてたら、移入してくに決まってるわ、村上春樹だって、確かエッセイかなんかで書いたんじゃなかったかしら、はっきり覚えてないけど」
「そんなこといってたか? 夢でも見てたんじゃないのかい、とにかくこれは本人に確かめた私の意見のほうが正しいとして次にすすみますけど、表題にパートカラーって付いてますね、これは赤色のことですね、デッサンて普通エンピツで書くから一色なのにひとつだけ色がつけてある。作中なんども赤いものが出てくるんだけど、赤って暖色でしょ、で、舞台は冬でとても寒い、それを効果的に対比させてるんですね」
「対比させたらどうだっていうのよ、それだけのことじゃない、つまらないわ、作者だって途中で後悔したはずよ、最後の赤色、つまり魅力的な女の口紅の色はほとんど赤じゃなくなってしまってるのよ、やめときゃよかったってことじゃない」
「それはただ赤にしても単調になるから、赤は赤でも少しずつ変化させてんじゃないか。さて、つぎですが、雅子さまの出産のエピソードが出てきますね、これは現実に大ニュースとして報道されて日本中が沸いたわけです。つまり、みんな知ってる。その事件を早速取り入れることによって作品に臨場感を与えているんですね。ついでにいいますと、この作品にはカップルがいくつか出てきますが、女と男というのは普遍的な型でして、同性愛なんかもその枠の上に語られるのです、それを多様に描いて、世界観を作っているんですね」
「それもわたしにはどうでもいいことだけど、皇太子妃のファンの一人として言わせてもらうけど、あの日の夕刊にはまだ出産の記事は載ってなかったわよ、一面の見出しで、『雅子さま 出産へ』って未来形で書いてあっただけよ。生まれたのが午後二時くらいだったけど、これじゃ夕刊の締め切りを過ぎてるわ、作者は新聞もろくに読んでないのね。ついでにもうひとつ指摘するけど、皇太子の表情を『象徴天皇制の記号的笑顔』って書いてたけど、これは村上春樹の『スプ―トニクの恋人』のパクリじゃない。ほかにもまだあるわ、『失われた云々』っていう表現が、二三回使われてたけど、これも村上春樹ね。『喪失』のテーマを強引にモチーフとして取り込んでる。まるでへたくそだわ」
「もうそろそろ、終わりにしたいんだけど、君、さっき主人公が劣等感抱いて、『いずみちゃん』を諦めたっていったけど、劣等感と諦めて帰ってしまうことの蓋然性はまったくないね」
「よおするに、『いずみちゃん』がその男の彼女よりブスだったてことでしょう」
「いや、どこにもブスなんて書いてない、それは女から見た僻みだな、わたしもなぜ主人公が『いずみちゃん』を誘わずに帰ってしまったのかわからないけど、それはこの小説の奥ゆかしいところだよね」
「ちがうわ、ブスじゃなかったとしたら、勇気がなかったのね、ふられるんじゃないかって、そういうことよ。もう帰るわ」
「まだ十五分残ってるよ」
「わたしはこれから歩かなきゃいけないのよ、あなたと話して疲れたせいで、歩くスピードが遅くなっちゃったの、だから早めに出ないといけないの」
「(まったく、いやな女だ)」
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