司会「以上で土方ユンボ君の発表を終わります。つづきまして、資源高度理解研究室修士二回生、四元大介君の発表に移りたいと思います、どうぞ」
(大介、帽子を目深にかぶって、登壇)
司会「君、きみ。帽子を取りなさい。失礼だろう」
大介「いや、この帽子と髭とくわえ煙草は俺のトレードマークでして」
司会「君の都合なんか知ったこっちゃない。ここは論文発表の場だろう。君は自分の論文を教授様がたに聞いてもらう立場だろう。それを何だ君は。顎鬚をそんなに伸ばして、不潔な。髭はもうしようがないから、帽子は取りなさい、はやく」
大介「まあ、意地を張るほど馬鹿じゃないですよ」(と、帽子を取り、教壇の上に置き、顎鬚をしごきながら、パワーポイントのスライドショーを実行する)
司会「まったく、近頃の学生どもは・・・」
(大介、講義室のざわめきが静まるのを、睥睨しつつ、待つ。すぐに静まる)
大介「私は、『穴はいかに安全に掘られるべきか』 というテーマのもとに、この二年間、研究を続けてきたわけですが、結論から言わせてもらうと、『穴を科学するのには限界がある』ということに尽きるわけです。この『限界』というのは、私の能力の限界という意味でもあります――確かに、能力という言葉の定義も曖昧ですが、研究をサボっていた時期があった、とここで明言することは自己弁護になってしまうでしょうか・・・まじめにやっていれば、つまり能力を発揮していれば、完遂できただろう、という意味で・・・。サボったことにも、言い訳があります。研究の壁にぶつかったからです。また同時に、私に『女にもてる季節』 がやってきました。人間には波があります。もてる時期もてない時期があるのです。壁にぶつかり、道に迷った私を誘導するかのように、女たちが誘惑してくるのです。私は研究をサボりました。私は、ほんとうに、穴があったら入れたい、・・・・・・いや、入りたいような気分です。反省します。
さて、徐々に本題へと移っていきたいのですが、・・・穴とはいったいなんなのでしょうか。
よく知られた哲学的寓話に、こういうものがあります。ある少女が、お母さんにもらった大切なハンカチに穴をあけてしまいました。(クリック。穴の開いたハンカチの絵がスクリーンに映る。)少女は困りました。何とかして元に戻さなくては・・・。そこで少女は閃きました。この穴を取ってしまえばいいのです。少女は鋏を持ち出してきて、ハンカチにできた穴のまわりをぐるりと切り取ってしまいました。(クリック。穴がさらに大きくなる。)これで穴はなくなったはずです。ところが、不思議なことに、穴はまだそこに残っているのです。しかも、ひとまわり大きくなっています。少女は、今度は丁寧に穴を切り取りました。しかし、結果は同じ。(クリック、クリック、クリック。)少女は諦めずに、何度も繰り返し穴を切り取りましたが、(クリック。何も映さないスクリーン。)ついに、ハンカチはなくなってしまいました。(クリック。スクリーンに、印象派風の悲しげな少女の絵。)
我々はこの少女の問題を解決することができるでしょうか。我々は大人です。この少女は馬鹿なのでしょうか。詭弁にすぎないのでしょうか。ハンカチがなくなり、問題も同時に消滅したとでも言って慰めてあげましょうか、優しく微笑みながら・・・。我々は何が、大事なことから眼をそむけて、致命的な欠陥にしらんぷりをして――ふりならいいのですが・・・、誰しも、子供に飯を食わせなければなりませんからね。大人とはそういうものです。穴のあいたハンカチのような・・・。
しかし、いつしか、ひび割れが大きくなって、取り返しのつかないカタストロフィに至らないとも限りません。何しろ、穴はそこらじゅうにあいているのです。毛穴、鍵穴、ケツの穴(クリック×3)。きれいな女子穴、落とし穴(クリック×3)。掘っておけない問題ばかりです。
特に、毛穴は大問題です。人間は脳において悩みます(脳が悩むのです)(クリック。スクリーンに開頭され脳が露出した図)。脳に毛穴はありません。しかし脳は毛穴で悩むのです。脳は身体と密接に絡んでいます。身体さえなければ脳は悩むことがないかもしれません。そのうち脳は身体から逃げようとするでしょう。しかし、脳はそれだけでは存在できません。身体がなければ栄養を得ることもできないのです。そこでとりあえず身体とは長い付き合いを続けていかなくてはならないとしましょう。人間は馬鹿じゃありませんから、妥協をします。脳にとって悩みのない身体を作ろうとするのです。身体はたいてい馬鹿ですから、脳の思うがままかもしれません。筋肉をつけたり、いらない内臓を取り外したり、骨を接いだり。そこで当面の障壁となるのが毛穴でしょう。(クリック) 禿げ、ニキビ、体臭、シミ、化粧ののり、など・・・。
例えば、同じクラスにかわいらしい女の子がいたとします(クリック。美女の図。小学館の漫画雑誌から切り抜いてきたものか?)。クラスの男どもにアンケートをとれば、95パーセント以上が彼女に好印象を抱いています。彼女はクラスの男どもの憧れの的です。客観的に見ても、彼女はアーモンド型の眼をしており、まっすぐに伸びた足は驚くほど長く、本数の多い髪の毛は24時間つやを帯びており、勉強はよくでき・テニスも表彰ものであり、つまり学校内で最もビューティフルな女の子であるわけです。しかし、彼女を実験台の上に寝かせてみて、彼女の顔の皮膚の一部を顕微鏡で拡大して見れば、どのような絵を見ることができるでしょうか。花でも咲いているでしょうか。いえ(クリック。月面らしき写真がスクリーンに。)、埃と垢と、汗と化学物質が山と蓄積している様子が見えるだけなのです。特に毛穴の凸凹は荒野を思わせるでしょう。
我々人類は、顕微鏡というものを発明した時点から、この悪夢から逃れるすべを失ったのです。しかし、また一方で、我々人類は、その科学力によって問題を克服しつづけてきたわけです。私も科学者の端くれとして、先人たちを誇らしく思うものであります。ここにお集まりの皆さん方(大介、聴衆を煽るように腕を回す。聴衆は大学の教授たちである)、あなた方はまさしく科学者であります。この国の貴重な賢人であります。あなた方の頭の中にはこの毛穴プロブレムを打倒するプランが所蔵されているはずでしょう。民衆は毛穴で悩んでいます。世論は毛穴問題の解決を望んでいます。ここには『穴』専門家が集合しておられるわけですが、どうでしょう? 毛穴を超克する手段は開発されそうですか? 寡聞にして私は身近に耳にすることがありません。どうしたのですか? 私は不安です。微力ながら私から提案してみましょうか(クリック)。ここはやはり、皮膚をすべて、人工の、均一で滑らかなものに移植して、毛穴をすべて埋めてしまうのです。体温調節や排泄は犬みたいに呼気でそれをまかなうのです(ハー、ハー、ハー)。人工皮膚の造形にはフラクタルの考え方を用います。どうですか、いいアイデアだと思いませんか。
え、だめ? やっぱり穴を掘りたい。穴は埋めるのではなく、掘りたい?
そうですか。そうでしょうねえ。毛穴は、まあ、我々の専門外ですから。
いいのです。なにも私の提案がすぐに受け入れられるものと、期待したりしません。
それでは、これからはそういう前提で話を進めましょう(クリック)。
とにかく人間は穴を掘りたい。人間には、一般に、穴を掘りたいという欲望が本能に備わっているそうですね。
『なぜ、穴を掘るのか?』
『そこに地面があるから』
人間は穴を掘ります。戦争があれば塹壕を掘り、人が死ねば墓を掘ります。
まっすぐで、平らなものが目の前にあると、穴を掘って、変化をつけてみたくなる。段差があったほうが落ち着く。人間は平等ではないようですね。(クリック。スクリーンに、『それは本当か』という大文字。)
朝鮮民主主義人民共和国という国があります。国名に『民主主義』と称しているくらいですから、この国では、万民はみな平等なのでしょう。この国では、法を犯したもの、中でも政治的な罪人にたいして、厳しい罰が与えられます。そうしないと民主主義が維持できないそうです。数ある厳罰の中で、もっとも辛いものが、『穴掘り』らしいのです。とにかく、地面に穴を掘らせる。目的はありません。スコップでは掘れないような固い地盤にぶつかれば、その穴の隣に改めて穴を掘らせる。囚人は、たいてい、三つ目の穴で精神がまいるそうです。囚人は、平坦な秩序に穴をあけようとした、自らの愚かさを、やがて知るそうです。
たまに、不器用な囚人が、自分の掘った穴に埋まってしまうこともあるそうです。
危険です。
安全に掘らなくてはなりません。ここで、おもむろに、私のテーマに戻ります。『穴はいかに安全に掘られるべきか』 それを目標として、私は立ち向かっていったのです。私はドンキホーテだったのでしょうか。いや、学者などというものはすべてドンキホーテではないでしょうか。いやいや、学者はドンキホーテであるべきなのです。『虎穴にいらずんば、虎子をえず』 この講義室の中に虎子を得た人がいるでしょうか。洞穴の中で燻っていてもしょうがないでしょう。・・・・・・」
教授A「おい、いいかげんにしたまえ。今がどういうときだか、わかっているのか」(不機嫌)
(司会は、呆気に取られて自分の職責を忘れ、口をぽかんと開いている)
助教授A「コクリツ大学の、教授様のお歴々を前にした、厳正かつ神聖な発表会の場だぞ。品位を汚すつもりか」(激怒)
教授B「きみぃ、予定と違うじゃないか。僕に恥をかかせるつもりかね」(困惑)
大介「予定? 予定とはなんですか。あなたが来年退職して、地方の私立大学に天下りすることですか。それなら大丈夫でしょうよ。私が何か喋ったところで、あなたの予定に変更は生じません」
教授B「なっ、なにをいってるんだ。誰がそんなことを言った。きみ、分裂してるぞ。私が言いたいのは、担当教官としての僕と、生徒である君は、これまで今日の発表会に向けて綿密な打ち合わせを重ねてきたわけだ。そ、そのとおりにやってもらわなくちゃ、困るじゃないか。予定では、君のテーマは『岩盤の間隙とその濡れ具合の関係』についてじゃなかったかね。責任もてんよ」 (といいながら、眼を逸らすように、天井を見上げる。腕を組みなおす)
大介「ああ、そのテーマはもうやめにしました。昨日の夜思いついたんです。このテーマはつまらないな、と。それになんですか。テーマが変わったことは、私の発表が始まった段階ですぐに気づくはずでしょう。先生は聞いてらっしゃらなかったんですか」
教授B「いやっ、そっ、僕はだね、君を信頼・・・」(狼狽)
大介「まあ、それは、いいです。別に私はすべての人に真面目に聞いてもらおうと思って喋ったわけではありません。私はこの発表を終えて卒業することさえできれば文句はないのです。あとはまあ、ささやかな望みですが、少しでも満足のできる発表内容になればなと―――。そりゃ、打ち合わせとは、いささか違うものになったかもしれません。しかたがないでしょう。昨日の晩、急に閃いたんですから。私としては、そのとき頭に思い浮かんだ考えのほうが大事なものに思えたのです。先生と議論し、研究を準備していたときの私も私には違いありませんが、昨日の太陽が沈んだ後、眠りにつく前の私も私に他ならないのです。私は、私が死ぬまで一貫しています。私は常に連続しています。私は一定です。先生はいま、打ち合わせどおりにしろとおっしゃいました。それはつまり、先生のご指導を受けていたときの私こそが私であり、昨夜パジャマに着替えたあとの私は私じゃないということになりはしませんか。それは差別です。人権無視です」
教授B「君は偏執しているぞ。なんで人権の話になるんだ。君自身を否定するとかしないとかではなく、君が発表する中身のことを問題にしているわけだろうが」(教授B,やや青ざめている)
(他の職員たちは、眠そうにしている)
大介「しかし、先生はいま、私を信頼した、といったじゃないですか。あれは嘘だったんですか」
教授B「僕が信頼したのは、僕と君が打ち合わせた発表の中身についてだ、といっとるだろうが。僕は君の研究については責任を持つが――それが仕事だからね。給料はそのためにもらっている――君の全人格についてまで、保証はできんよ」
大介 (ショックを受けた様子。眉間を大粒の汗が一滴たらり、と流れ落ちる)「そ、それじゃあ、この研究において私はどうでもよく、むしろ存在していなかったというわけですか。架空の産物に過ぎないこんなちゃちいぺらぺらの研究が私よりも重いものだったとは――それはまさにお役所仕事というものでしょう。建前とハンコしか実在しない・・・」
教授B「学校っていうのはそういうものだろうが。いちいち生徒個人個人に対応していたら、システムが追いつかなくなっちゃうし――これだけ大量の学生がいたらねえ。だから、事務作業としては、学生を型に嵌めていくしか方法がないんだ。その『型』を信用して国家・企業は学生を採用していくわけだ。電化製品を買うとき、何で選ぶかというと、メーカーのブランドだろ。メーカーは信用を失わないように、他のメーカーと較べてある程度のレベルの製品を作りつづけていくわけだ」
大介「嘘だ。先生、あの夜のことは、一体なんだったんですか。あれも事務手続きに過ぎなかったんですか。私は、本気で先生のことを・・・」(講義室の後方、ざわめき)
教授B (あわてて)「馬鹿。気が違ったか。何のことだ」
大介「・・・まあ、あれはいいです。ということはですよ・・・権力のない、貧しい一介の学生の立場として謙虚にこれまでのお話を考察してみますとですね、先生の予定にはなかった内容の発表を私がしてしまったということはですね・・・先生の責任の範囲外の発表をしたということは、私は修士として認定するに足らない学生であるということになってしまう、つまり、私は卒業できないのでは・・・私は、墓穴を掘ったのでしょうか」(顔面蒼白)
教授B (微笑)「いや、そんなことは気にすることはない。僕が首肯すればそれで済むんだから。さっきから言ってるでしょう。手続きの問題なのだと。君の人格が不問であると同時に、君の研究も膨大な書類のなかの一部なのだから、いちいちこだわっていられない。誰に迷惑がかかるというものでもなし・・・」
大介「しかし、いくらなんでも、どんな研究をしたって許されるというわけではないのでは」(複雑な心境)
教授B「ああ、そりゃそうだ。もちろん、中身は『基準』を超えていなくてはならない。その判断をするのがこの発表会なのだろうが。君の発表はまだ終わってないだろう。終わってないのに、是も非もない。さあ、続けたまえよ」
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