ある日の夕暮れどきである。ひとりの学生が、のきの下で雨がやむのを待っていた。
その軒の持ち主は、しもた屋になっている。眼前の道路には人通りがない。学生が背にしている住居も、人がすんでいないのだろうか、ひっそり静まりかえっている。ただ、赤く塗られた郵便受けの屋根の上に、トカゲが一匹張り付いている。ここは京都である。その学生のいるところから通りをふたつか三つ、上れば、河原町とか京極とかいう、賑やかな場所に出る。
いうまでもなく、京都は観光地である。人びとは、遠くからわざわざお金を使いにやってくる。それだけの魅力がこの街にはあるのだろう。
しかし、それはほんとうだろうか。中央集権化が行き渡り、メディアがしなやかに発達した、いまの世の中において、この街でしか手に入らないものなどあるのだろうか。店頭に並ぶ土産物はどこかよその街あるいは国の工場で作られ、また、この街独自のうどんなり饅頭なりの製法は、情報としてお金と引き換えにどこへでも伝達されていく。この街の風景など、茶の間でモニターすればよい。神社仏閣を訪れても、隠された部分があるのはテレビと同じである。街並みは、条例によってある程度の差別化は図られているとはいえ、ほぼ同じ法律と設計で構成されているので、例えば自動車で隣町から進入したとしても、地図や道路標識で確認しない限り、いつの間にこの街に入ったのかわからない。つまり、道路に敷かれているアスファルトも、人びとを見下ろす信号機も、他の街で使われているのと同じ製品なのである。走っている自動車、人びとが着ている服、目新しいものはない。観光地とは、単に、宿泊施設がたくさん建っている場所という定義であっただろうか。
それでも観光客は大型観光バスによって次つぎ搬入されてくる。彼らは何をしにくるのだろうか――学生は不思議に思うことがあった。観光バスは巨大である。彼は小さな原動機付き自転車を移動手段にしているのだが、道は渋滞するし、排気ガスで粘膜が爛れるし、なにより観光バスをかたわらから見上げれば、こんなものが同じ道路を並んで走っていいはずがないと思える。物騒である。邪魔である。入ってくるな。彼は排他的であった。街を歩いていても、体がおのずから人ごみを外れていく。
とはいえども、学生はこの街に住みはじめてまだ半年ほどしか経っていない。やっと合格した大学が、たまたま京都にあった(この街には大学が多いのだ)。四月から、ワンルームマンションの一室に一人暮らしである。そろそろ街に馴染んできただろうか――学生は自問してみるが、確答は得られない。浮かれた観光客を見れば鬱陶しいと思うし、阻害されたと思うことはない。その一方で、自分がこの街の住民であるとは自覚されない。京都の原住民を見ればやはり自分とは違うと感じる。こういう感じは、DNAが異なっているといえばいいのか――しかし、彼の出身地での生活を思い出しても、一歩家の外に出れば、そこは赤の他人だらけであった。今と、かわらない。自分がどこの住民であるかがわからないとともに、どこの国民であるかもわからない。ただ、以前と違うのは、外から家つまり下宿に帰っても壁に穴が開いているかのごとく、外と繋がっているのではないかと思えることだった。学生は、要するに、住民でも、観光客でもない、中途半端な漂泊物だといえるだろうか。大学を四年で卒業すれば、早々に立ち去るのである。四年もの長いあいだ、観光旅行をしているようなものである。旅行は羽目をはずし、疲れを癒すものである。しかし旅行は疲れるものでもある。親の仕送りがあるとはいえ、四年間も旅行すれば疲労困憊するであろう。いや、学生は若いのである。四年ぐらい、あっという間である。疲れ知らずである。たとえそこが公園のベンチでも、一晩寝れば疲れはふっ飛ぶ。学生は弾け飛ばなければならないのである。俺たちに明日はないのである。明日のことを考える必要はないのである。非日常的な日常を送らなければならないのである。旅行とは、非日常性を味わうものである。学生は旅行生活者である。だから、この街は学生に最適である。日本一の観光地なのだ。旅行者を喜んで受け入れてくれる。なるほど、大学がたくさんこの街に誘致される理由がわかった。
しかし、――学生は、右の頬にできた、大きなにきびをいじりながら、雨が降るのを眺めていた――この不安はなんだろう。学生は自分が先ほどまでいた人ごみを行き交う人びとの顔ぶれを思い浮かべた。くそガキ、老いぼれ、三国人。白人、黒人、日本人。どいつもこいつも、どこからか、たくさん集まってきた。お陰で通りが渋滞し、自分の速度で歩くことができない。奴らはもちろん、肉をついばみに来るのである。彼は苛々しながら人の流れから離れ、脇道に入っていった。彼はいまだ道に不案内である。なるべく近道で、しかも静かな道を選んで歩くうちに、いつしか道に迷った。いや、道に迷ったというのは大げさである。通ったことのない道に出たというだけのこと。運悪く、雨が降りはじめた。こんなことなら、屋根のあるあの人ごみを我慢して行くべきであったか。
作者ははじめに、「学生が雨がやむのを待っていた」 と書いた。しかし、学生は雨がやんでも、格別何をしようという目的があるわけではなかった。普通、学生であるなら、下宿で教科書のひとつも紐解いて学問するべきはずである。ところが、大学の勉強はテスト前でもないのに教科書を読む必要があるほど熱心なものではないのである。大学は観光地京都にある以上、観光客=学生を接待しなければならない。学生は単位を欲しているのだが、馬鹿に易々と単位を与えるのは大学の沽券に関わってくる。この国=日本のためにもならない。しかし、学生は大事なお客様なのである。ここにサービスの難しいところがある。面白い授業をすれば学生はついて来るという噂もある。面白い授業とはなんだろう、自分は勉強を面白いと感じたことはない、いや百歩譲って学問が楽しかったとしても(人間、楽しくなければ続かないだろう)何に面白みを見出すかは人それぞれではないのか、と、大学の先生たちは苦悩する。そして、先生は権威にすがりつき、学生は賢い消費者面をし、それぞれの妥協点らしきところで、大学の授業が現状を維持している。お互いちょっとずつ不満を抱きあっているのだが、学生の側からすれば、これからのサービス産業社会において、大学は確実に淘汰されるだろう、という予測を持たざるをえない。そしてさらに、「京都の」学生にとってみれば、京都の固有の病因がそこに潜んでいるのではないか、となる。学生は観光客としてこの街に住んでいるのに、ろくなサービスを受けたことがないのである。京都の接客態度も、マクドナルド=ディズニーランド化しているからである。せめて『おいでやす』といいたい。しかし、言っても観光客は鼻にもかけず聞き流す。しかたがないから、無難に「いらっしゃいませぇー」と語尾を上げる。学生はこういうサービスに物足らなさを覚える。せっかく京都までわざわざお金を落としに来ているのに、田舎のファミレスやコンビニと大差がない。そういうデジタルでマニュアル的なサービスの対極にあるもの、それは『お座敷』にあるはずである。人びとはお座敷に上がるためにお金を使うのである。大衆化が進んだあとに、お座敷も拡散され、観光客ははした金を払い、鼻をくんくんさせて、その名残をかぐのである。古い建物の柱や軒先にはお座敷の匂いが仄かに漂っている。
匂いはやがて消えるのだろうか。消えるとすれば、それは京都の衰微である。今この学生が、目的もなく、彷徨しているのも、実はこの衰微の小さな余波なのかもしれない。学生は迷っていた。迷いが過ぎて、途方に暮れかかっていた。それは、今日の空模様が少なからず、この平安の街の学生の感傷に影響していたのだ。そこで、学生は、何をおいてもこの夜の寂しさをどうにかしようとして――いわばどうにもなりそうもないことをどうにかしようとして、とりとめもない考えをたどりながら、雨が軒を打つ音に耳を傾け、景色が闇に沈んでいく様子に眼をやっていた。
ひとけのなかった学生の目の前を、やにわに女が横切っていった。女はビニールの傘を差し、小走りに去っていた。これから出勤だろうか。学生は女の余韻を頭上で再生した。女は豹柄のミニスカートをはき、ハイヒールのブーツを網タイツの足に履き、頭は金髪。顔は暗くてあるいは黒くてよく見えなかった。印象は太腿に集中されていた。抱き枕のような太腿だった。彼はそういう肉感的なのが好みだった。しかし、やや足の付け根から踵までの距離が短すぎた。ハイヒールでも誤魔化しきれない。彼は再生を停止しテープを巻き戻し、デッキから取り出した。他のビデオを新たに借りに行くのは面倒だな――学生はポケットに手を突っ込んで半ば勃起しかけたそれの位置を訂正した。それとも、ビデオでは満たされないのだろうか。どうにもならないことをどうにかするためには、手段を選んでいる暇はないのかな。選んでいれば、布団の上か、パンツの中に、夢精をするばかりである。そうして、むなしく洗濯をするばかりである。選ばないとすれば――学生の考えは、何度も同じ道を低回した挙げ句に、やっとこのポイントへ到着した。しかしこの「すれば」はあくまで仮定を意味するものでしかなかった。そして、このあとに来るべき「買春をするしかない」ということを、肯定する勇気が出ずにいた。
ひょっとすると、ここで作者は、「どうにもならない」という意味について説明しておく必要があるかもしれない。当然、読者の議論に委ねてしまっても構わない事柄ではある。むしろその方がこの物語の進行がスムーズになるはず――こういうエクスキューズを重ねることが進行の妨げとなるのだと、つくづく作者は後悔と反省を・・・・・・しかし、書いてしまったものは「どうにもならない」。手短にいってしまえば、「どうにもならない」はずはない、努力して出会いを求め、れっきとした彼女を作ればいいではないか、という反論が読者から出てくるおそれが強い。なぜなら、世の中で流布している男女関係の手引書にはそのような訓戒が述べてあるはずだから。作者にはそういう情報を積極的に購入した覚えはないのだが、にもかかわらず、それを知ることができている。それほど過剰に男女のあり方についての情報は乱れ飛んでいる――流れ弾に当たってしまうのである。そういう風潮の中にあって、それに反する指向をこの物語の主人公は採ろうとしている。「反する」といってもたいしたことではない。実はありきたりである。つまり、彼は、純粋に性行為がしたいのである。しかも、あとくされのない、遠征試合のようなセックスをしたいのである。これはとても普通の考えである。だから、本文中には特に触れないままだったのである――いや、そのつもりだった。
彼(主人公)は容貌はよくはない。あばたで、タラコ唇で、鼻の穴が正面を向いている。しかし、澄んだ眼をしている。この眼は彼の内面を象徴していると考えてよい。彼は根が優しくて穏やかである。かつて彼の眼に好意を寄せた女の子たちがいなかったわけではない。女の子たちが感づいているように大半の男たちは馬鹿でろくでなしであるが、その中にいて彼はましである。彼が童貞かどうかはわからない。いずれにせよ彼は彼女と正式に付き合うという手続きを経ずに性行為がしたい。固定された彼女と付き合うには、自分があまりに貧しいと彼は考えている。そして、パンツをはいていない女をナンパして一夜をともに、というのも彼には困難であった。その女がパンツ(下着)をはいているかいないか、外見からは判断ができないからだ。
もうこのくらいで説明はじゅうぶんだろう。話の流れを妨害してまで述べるほどの内容でもなかったか――とするなら、このように散文を連ねて論述するほかはない程度の筆力しか作者が持っていないということである。薄々気づく読者もいるだろうが、この物語は、芥川龍之介の『羅生門』を下敷きにしている。芥川はもちろん、このような駄弁を弄してはいない。芥川はあまりにさりげなく叙述している。(芥川本人の肉体にも似て)贅肉がまったくない文章である。ただ言い訳をするなら、胃袋の飢えほど、性欲は単純ではないということがある。
ついでにいうけれど、なぜ見返りのない模倣のような行為を作者がするかというと、根掘り葉掘り作品を鑑賞するには、盗作がいちばんだからである。
京都は、夏と冬、昼と夜の温度差が激しい。日が暮れ、雨が降り、急速に肌寒くなってきた。学生は、背筋を伸ばした、と同時に響きのよいげっぷが出た。今夜あたり電気ストーブを押入れから出したほうがいいかもしれない――こう考えて、学生は、ふと気づくことに、自分はストーブを引っ張り出してくることにかこつけて、もう下宿に帰りたがっているのではないか、ということだった。帰る根拠を見つけようとしている――些細な根拠である。自分の部屋に戻ってしまえば、とりあえず迷いは晴れるだろう。ただし、一晩寝てまた目が覚めればまた同じことの繰り返しが始まるだろう。
学生は、首を縮めながら、パーカーのフードをなるべく襟に巻きつけるようにして、歩きはじめた。郵便受けの上にいたトカゲもどこかへ消え去った。とりあえず、腹を満たしておこう。飯を食ってから、それから、帰るかどうか考えよう。今はもう考えるのに疲れた。腹が減って脳に栄養が回っていないのだ。彼は人ごみを目指して歩きはじめた。
雨に濡れるほどもなく、食事をする店を見つけた。以前誰かと来たことのある店だ。この店がここにあったとは知らなかった。この前は連れの後ろについて歩いていただけだ。そのくせ、その連れがいったい誰だったのか思い出せない。
学生はまだこの街に精通していない。知っている店の数は多くない。学生は保守的である。新たな店を開拓するのは億劫だ。
その店はペンシルビルの五階、つまりいちばん上にあった。学生は酒を飲んでやろうと考えていた。彼はいちおう未成年である。年齢がばれないか心配であったが、まあ大丈夫だろう。学生はどっちかといえば、老けて見られる。それにこないだ来たときの雰囲気では、うるさいことをいいそうにはない店のようだった。財布の中身は――これも大丈夫だ。バイトの給料がほぼ手つかずに残っている。学生はエレベーターのボタンを押した。
それから、何分かの後である。ペンシルビルの半地下にある、エレベーターの昇降口の前に、ひとりの男が、観葉植物のように、うなだれ、佇んでいた。エレベーターの箱が、まだ降りてこない。ビルの壁面を伝って落ちた雨滴がぽたぽた、頭から頬にかけて流れた。黄緑色に膿を持ったにきびの吹き出た頬である。これはきっとエレベーターが故障しているのだろう。このことに気づくまでの時間として、数分というのは長いのか短いのか、知らないが、学生は馬鹿ではないはずだ。ひとりでよかった。待っているあいだ、誰も来なかった。
学生はビルの裏手にある階段を上った。じめじめとして、薄暗い階段である。二階から三階にかけての踊り場は、蛍光灯が切れていて真っ暗だった。三階の部屋はテナントが埋まっていないようだった。
学生は苦もなく五階まで上った。店のドアには「OPEN」の札がぶら下がっている。ガラスの向こうに見える店内には客の姿がない。学生は一瞬、入店を躊躇した。
そのときである。さっき通り過ぎた階段のほうから、うめき声のようなものが聞こえた。続いて、鍋のふたのような金属のものが落ちた、カランカラン、という音。
誰かいるのか。学生は店の入り口から離れ、階段のほうへと戻っていった。
ここが最上階であり、上には屋上があるだけだ。階段は屋上へ続いている。階段の上から人の気配がする。学生は上の様子が見える位置まで移動してみることにした。音を立てないように、慎重に。こんな雨の日に屋上に用事があるものがいるか、それにさっきのうめき声。学生はトカゲのようにそろりと階段を上った。
屋上までの中間にある踊り場から、学生は片目だけ出して屋上のほうを覗いた。屋上へ出る扉の前には思ったより広いスペースがあった。そこには黄色い蛍光灯の光があたって、何があるか認めることができる。ビール瓶のケースが積んであるほかに、人間が三人、うごめいているのが目に入った。ふたりの男と、ひとりの女である。まず目を奪われたのは、女が猿轡をかまされて、床に座り込んでいることだった。両腕は後ろに回されて、たぶん、手首を固定されているのだろう。その女のかたわらにひとりの男(ニット帽をかぶっている)が控えて、女が逃げないように、腕と太腿を手で押さえている。もうひとりの男(茶色のレザーのハーフコートを着ている)は、女の正面にしゃがんで、女の服を脱がそうとしている。運の悪いことに、女は前をボタンでとめるブラウスを着ていたため、後ろ手にされたままでも、効果的に脱がされてしまうのだった。
学生は、三分の恐怖と、七分の好奇心で、しばらく息をするのも忘れて見入っていた。鳥肌が立ち、毛が太くなったようだった。
レザーの男は、ボタンをすべてはずしてしまった。そして観音開きで服をはだけると、紺色のブラジャーが露出された。女は、うーうー、喉の奥を震わせて叫び、身をよじって抵抗の意志を表明している。しかし、よほどがっしり固定されていて、諦めつつあるのか、本格的に逃げようというほどではないようだった。と、油断していると、女の前蹴りがレザーの男の腹に入った。男は後ろに転がった。男が身体を外したおかげで、学生は女のパンティを見ることができた。ブラジャーと同じく紺色だった。上下お揃いらしい。
ニット帽の男は倒れた男を見て、あはは、と笑った。ニット帽の声は、耳に障る嫌な声だった。
「このくそあま」
レザーの男が起き上がり、悪態をついた。レザーの声も耳ざわりな声だった。二人の声は、耳くそと鼻くそのような声だった。
「おとなしいにせな、おこるでえ」
ニット帽が女の耳元で言った。そして、ブラジャーを下から捲り上げて、乳房を取り出した。少し垂れ気味だが、大ぶりのおっぱいである。
学生は、最初から気づいてはいたが、これはどうやら強姦らしい。そして、もうひとつ気づいてしまったのだが、この犯されつつある女は、先刻学生の目の前を通り過ぎていった豹柄ミニスカートのブーツ女だった。
レザー男の手が網タイツを脱がしにかかっている。
「破いて欲しくなかったら、じっとしときなさい」
女は身悶えしながら、気のせいか、腰を浮かせたように見え、その隙を逃さず、するりと網タイツが脱がされてしまった。
網タイツが片足ずつ脱がされるにしたがって、学生の心理から、恐怖が消えていき、激しい憎悪が占めていった。何に対する憎悪なのか? 学生にはそのとき、判別することができなかった。すべての悪に対する怒り、ということにしておこう。このときの学生に、軒下で考えていた二択問題――買春か夢精か、を改めて問えば、彼は朝飯前にこう答えたであろう、
「夢精だ」
と。
レザー男は脱がせた網タイツを頭からかぶった。
「ぐひひひ」
「ぎゃはは」 ニット帽は爆笑である。レザー男の顔は、もともと離れた眼がますます離れて、カエルのように見える。
学生には、もちろん、なぜ彼が網タイツを頭にかぶるのかわからなかった。したがって、合理的には、それを善悪のいずれに裁いてよいものか知らなかった。しかし学生にとっては、この雨の夜、強姦しようという最中、網タイツをかぶるということが、それだけですでに許すことのできない悪であった。いうまでもなく、学生は自分がついさっき、売春をしようと考えていたことなど、すっかり忘れているのである。
「ぐふふふ」 びりっ。
網タイツがついに破れた。
そこで、学生は両足に力を込めて、勢いよく踊り場から駆け上がった。
「あっ」 「うっ」
ニット帽と女は学生の突進に気づいたが、もう遅い。学生は網タイツをかぶって踊っているレザー男の肩をぐいとつかむと、うしろへ投げ捨てた。レザーは二メートルほど下の踊り場に背中から落ちた。
「ぐむ」
奇妙な音を発して、レザーは沈黙した。そのレザーが落ちてどうなったか確認するまもなく、学生はニット帽のみぞおちのあたりにつま先を蹴りいれた。
「ぐむ」
奇妙な音を発しながら、ニット帽は逃げようとする。学生はビールの空き瓶を手にとると壁に叩きつけ、割った。ビール瓶はぎざぎざになり、鋭利な刃物に化けた。これほど上手くビール瓶を割ることができるとは思わなかった。学生は昂揚していた。ニット帽の襟首をねじり上げ、ビール瓶を突きつけた。
「うひい」
ニット帽は情けない顔になった。額には三本のしわが掘られ、横に広い鼻の穴からは透明の汁が垂れ下がっている。ろくなものを食って育っていないのかと疑われるような細くて小さい眼は、ここぞとばかりに見開かれている。眉毛はほとんどない。
「なぜ笑ったのだ。網タイツをかぶることの、どこがおかしいのだ」
学生は問い詰めた。ニット帽はがたがた震えている。その振動が学生の腕に伝わってくる。
「うぐっ、あぐっ」
ニット帽はまともに答えようとしない。
「こたえろ」
「うう」
「?」
どうやら喉を締め付けすぎて、声帯が死んでいるようだ。このとき、ニット帽の生死が、まるっきり自分の支配下におかれていることを学生は認識できた。これは、現代においてなかなか味わえない優越である。しかも、真面目な学生の分際で。彼は自分の憎悪を冷ますことができた。
学生はビール瓶の割れ目をニット帽の頬にくっつけ、喉を緩めてやった。
「ひーひー」
「こたえろ」
「だって、ぶひっ、面白いもんはしかたないやろ。それより、おまえいったい、なんやねん」
学生は再び喉を締めた。
「おれか。おれはな、大学生、あるいは、通りすがりの旅行者だ」
「うぐぐ」
ニット帽の眼は著しく充血していた。口をパクパクさせている。学生は緩めた。
「ぶはっ、おい、まさか警察にゆうたりせえへんやろな。こんなもん、レイプでもなんでもあらへんで。こいつはな、売春婦なんや。出会い系サイトになんぼでも湧いとる女なんや。『エッチな人 大歓迎』とか、『最近彼氏と別れて寂しがってまあす』とか、そういうディスクールで男を引っ掛けようとしとる、しょうもない女なんや。姿現したおもたら、白豚やし、がっかりやったけど、そのくせして、こっちがふたりやてわかったら、この女、逃げようとしたから、ちょっと逃げられへんようにしただけやねん」
――なにを・・・
学生は、この男の話を聞いているとむかついてくるのだった。ビール瓶の先がニット帽の皮膚の向こう側に少し貫通した。血が、つっと流れた。学生はまた怒りが冷めてしまった。
「おいおい、待て待て。何をそんなに怒ることがあるんや。こんな女、別にどうでもええやないか。さっきかて、この女、嫌そうな素振り見せとったけど、ほんまはよろこんどるんやで。信じひんのやったら、ちょっと触ってみい、濡れとるから。わかった。そのビール瓶下げてくれたら、お前からやらしたる。カネもいらん。な? それでええやろ」
学生は、ニット帽の悲鳴のような訴えを聞いているうちに、また新たな興奮が湧き上がってくるのを感じた。先ほどまでの憎悪や怒りとは別次元の感情である。買春や夢精などという迷いは当然かき消されている。
「そうか」
ニット帽は、学生が微笑んでいるのを見て、取引が成立したものと安心した。学生はビール瓶を下ろしながら、噛みつくように言った。
「お前もくずだろう。おれからするぞ」
学生はすばやく、ニット帽の唇に口づけした。学生は、ニット帽の唇を舌でこじ開け、相手の舌を引きずり出して、吸った。ニット帽の唾液はシーチキンの味がした。ニット帽は腰を抜かして崩れ落ちた。
学生は立ち去ろうとしたが、いつのまにか手かせを外した女が、すがってきて、邪魔をする。女は乳房を抛り出したまま、学生を逃がすまいと、しがみついている。学生が振りほどこうと女を揺さぶると、乳牛のようにぶら下がった乳房がブランブランと揺れた。学生は女の顔を平手で殴った。すると女はほどけた。学生は網タイツをかぶったまま失神しているレザーの男を尻目に、階段を駆け降りていった。
しばらく、死んだようにうつろな眼をしていたニット帽は、続けざまに唾を吐き、咳きこんだ。服を着た女はニット帽のそばで、どうすればいいのかわからず、途方にくれている。
学生の行方は、誰も知らない。(まあ、京都市内のどこかにはいるはず)
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