「サイダーハウスルール」という映画を見てきた。脚色賞を取るだけあって非常にすぐれた脚本であった。
舞台は戦時中のアメリカの孤児院である。
 ホーマーという、犬と同じ名前の孤児が主人公で少しエキセントリックであり、先生はこいつは何かを持っているに違いないと期待を抱いている。実際俳優の顔は何を考えているのかよくわからない惚けた顔をしていて適役だったといえる。しかしエピソードとしては薄い。養子として二回出戻りを被ったという点が数奇な運命をどうにか暗示している。
 その孤児院の先生は産婦人科医でもあり堕胎を得意としている。主人公は自分の生い立ちと重ねあわせて堕胎には反対である。
 そしていつも先生から人の役に立てとはっぱをかけられてやや戸惑っている。常に先生は主人公に熱い視線を送るがフォレストガンプのような魔力は持っていない主人公である。孤児院の誰からも好かれ物覚えがよいという点が辛うじての資質である。しかしなぜか女性に持てる。持てたらいけないというのではないが、ああいう男もたまには持てるのだろう。実は生命力があるという暗喩かもしれない。
 孤児院の子供たちはみな傷を抱えつつも明朗である。奇跡のように幸福な孤児院であるがそれは映画会社の圧力か作者の思い入れであって、そんな孤児院は現実にありえない。眉をひそめざるをえない。しかしそこは作者も確信犯であって孤児院の不幸は全部先生が引き受けている。先生は薬中毒になっているのだ。先生は最期、薬を吸いながら人事不肖のまま死んでしまう。
 もう一人、子供が死んでしまう。映画を見ながら眠るように死んでしまう。もともと気管支の弱い子であったが涙を誘うえさとして設定された見込みが強い。彼が死んだことで主人公にはまったく影響なかった。彼の訃報を知らせるべきかという議論が少しでたが、知りたければ主人公の方から問うてくるだろうとにべもない。そのころちょうど女に夢中になっていて孤児のことなど歯牙にもかけなかったという人間の残酷さを表現したのだろうか。
 孤児院では産婦人科も兼ねているので運の悪い男女が堕胎を求めてやってくる。ある日オープンカーに乗った男女が訪ねてきた。男は軍人で女はキャンディという名前が示すようにややふしだらなようである。しかし彼らはまっとうな人間でそこは非常にフェアである。軍人は戦闘機乗りで、志願して危険な任務に就くという。乗っている飛行機の名前は「解放者」である。主人公は密かに女に惚れて、しかしそれは表には出さず半ば唐突に彼らと一緒に世界へ飛び出すことに決める。
 すでに男のいる女に惹かれて、男の運転する車で運ばれて家を捨てるなど、ばかげた話であるが、そこは、男が「解放者」であるから主人公も解放されたのだという、エクスキューズが用意されている。
 主人公は町に出て海を見て、ほとんどフォレストガンプのようにうまく渡世をこなす。
 林檎園には黒人がいた。話が急に面白くなってきたようだ。主人公は黒人の中にも溶け込むことができた。字が読めることを妬まれたのか、最初少し冷たい視線を浴びるがそれは忘れ去られていく。これは全て主人公のエキセントリシティの賜物である。主人公がうすぼんやりとしていることでしか説明がつかない。やがてすぐに林檎園の長男である軍人は戦争に行って主人公の下に女が棚からぼたもちである。まったく障害なく二人は結合し、まわりもそれは見て見ぬふりである。戦争中はそういうものであったのか。二人が海辺ではしゃいでいてふとした拍子に絡み合うまでの過程は、主人公が普段飄々としているのとはうってかわって獣のように変化し女に襲い掛かるのだが、異常に生々しい。男は性欲で仮面を脱ぎ去った。まさにキングコングである。
 主人公と女との関係が常にいいわけがましいのは目に付いた。結局軍人が戦争に行っているあいだの間を持たせる便利な存在に過ぎない。主人公は先生に言われたとおり人の役に立つのである。
 黒人が近親相姦で孕んでしまったとき、主人公はまさに目覚めを強いられる。人の役に立たなくてはならないのだと。
 この映画では堕胎がテーマなのかモチーフなのか、多分モチーフだろうと思うけど、それを肯定して、人が人に対して何ができるか、何をするべきなのか問い掛ける圧迫感のある映画である。この映画のタイトルからしてあのルールが書かれた紙は非常に重要なのだろうけど、わけがわからないのは、黒人のボスがこれはここに住んでいるものが決めたルールではない、押し付けなのだ、と抗議するのはいいのだが、結局その紙を燃やすのは白人であり、つまり黒人にとって不当なルールは白人によって変えられるしかないのだと表明しているという、締まりのない結末になる。悲劇である。
 女は不貞をした罰としてかたわになった旦那の一生を面倒見なくてはならなくなった。主人公との縁の切れ目でもいいわけばかりで何を言っているのかわからない。主人公は偽造の卒業証書や空白のポストなど至れり尽くせりの天下り先を用意されてどうやら孤児の女の子の一人に熱烈なファンがいるらしく、つまり女に不自由することもなさそうだというハッピーエンドである。
 最後にキャンディ役のシャーリーズ・セロンがよかったという賛辞で締めくくる。彼女はまだ二十四歳くらいで若く、そのわりにこれまで出演した映画において非常に脱ぎっぷりがよくひょっとして事務所がプロモーションの仕方を間違ったのではないかと思えるほど彼女は売れっ子らしい。この映画では胸は出さない。しかし彼女の胸に二・三の黒子が点在していることを知っている。それがとても魅力的なのである。




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