最終更新 2003/04/13 20:48:09

半月

 小さな喫茶店を二人そろって出る。

 彼女と最後に飲んだアメリカンコーヒーは、やけに苦い味がした。

 二人は黙ったまま街を歩く。

 今までは会えば不必要なほどはしゃいでいた彼女も、今日はしゃべらない。

 でも、彼女はうつむくでもなく、しっかりと前を見て歩いていた。

 やっぱり、いざというときは女性の方が強いのかな。

 なんとなく、そんなことを思う。

「……ここで、いいよ」

 彼女が立ち止まり、言った。

 橋のちょうど真ん中。

 彼女の住むマンションはこの向こうにある。

 俺のマンションはこっち側だ。

「……あの」

「言わないで。……謝らないで」

 俺の『ゴメン』はいとも簡単に遮られてしまった。

「……しょうがなかったんだよ。……ずっと会えなくて、……忙しさを言い訳にしてずっと会えなくて、いつのまにか二人の間には距離ができちゃったんだよね。……会おうと思えば、もっと無理をしてでも、会えたはずなのに……」

「…………」

 俺は何も言えなかった。

 本当に悪いのは俺なのに、何か言わなきゃならなかったのに、俺が何も言えないうちに、彼女は言った。

「さよなら」

「……うん。……さよなら」

 静かな別れだった。

 映画だったら、バックは夕陽で、静かな、悲しげな音楽でも流れるんだろうけど、まだ昼間で、空はなんだかずるいくらいに晴れ渡っていたから、こんなにあっさりと別れられたんだと思う。

 彼女は後ろも振りかえらずに歩いていく。

 彼女はどんな顔をしてるんだろう?

 彼女の泣き顔を想像しかけたけど、それを振り切って俺は彼女に背を向けた。

(さよなら)

 もう一度、心の中でそう呟きながら。

 そのまま家に帰る気もせず、俺は映画館に入った。

 できの悪いスラップスティック。

 いや、できは良かったのかもしれない。

 だって、周りの人たちはみんな大笑いしていたから。

 なぜか、俺は泣いていた。

 彼女を裏切ったとき、覚悟はしてたはずなのに。

 周りはみんな笑っているのに。

 俺は、自分が笑われているような気すらしてきた。

 もっといい方法はあったんだと思う。

 みんな傷つくのは避けられないにしても、傷をごまかす方法はあったんだと思う。

 だけど、俺たちはその方法を知るには、あるいは知っていても使うには、あまりにも子供すぎた。

 でも、これでよかったんだと思う。

 いや、そう思い込むべきだと思う。

 なぜなら、人は傷つきながら成長するものだから。

 映画館を出ると、もう外は暗くなっていた。

 そっと空を見上げる。

 そこに浮かんでいたのは半分の月。

 なぜだか、その月は今の俺にぴったりに思えた。