最終更新 2003/04/13 20:48:17

君の為に月は昇る

 僕の田舎は、本当に田舎だった。

 夏も終わりに近づいたある日、ガタガタと揺れる車(**万で買った中古車だ)の助手席で、君は石のように硬い表情をしていた。それは、舗装すらされていない山道のためか、あるいは僕の母親(父は既に他界している)に会う緊張のためか……。

「ねぇ、あとどのくらいで着くの?」

 いい加減デコボコ道にも慣れ、コンビニ(最後にコンビニを見たのは何時間前のことだったろう?)で買ったおにぎりを食べながら君が聞いた。僕は、小動物が急に飛び出してこないかどうか、ライトで照らされた砂利道を凝視しながら、「そろそろだよ」と答えた。

 数時間後、僕の生家に到着した。……いや、距離は実際たいしたことなかったのだが、スピードを出すと叢や林の中に車が突っ込むため、ほとんど徐行運転で走ってきたのだ(実際、二、三度突っ込んだ)。月明かりすらない今晩は、本当に真っ暗だった。見える明かりは僕の車のヘッドライトだけだった。

「もう寝てるなぁ、こりゃ……」

 僕は、仕方がないといった感じで呟くと、玄関の鍵を開けた。そして、玄関の明かりをつける。薄暗い。と言うか、今にも切れそうだ。電灯ぐらい替えとけよ、母ちゃん。ちなみに、電気も水道もガスちゃんと来ている。馬鹿にしてはいけない。うーん、日本の政治は素晴らしいなぁ。

 君は、緊張したような困ったような複雑な表情で、玄関前に佇んでいた。僕が手招きすると、おずおずと近づいてくる。こんなにしおらしい君は初めて見た。額に入れて飾っておきたい。

 玄関を上がると、すぐに居間がある。その部屋の電気をつけた僕は、テーブルの上に紙切れが置いてあるのを見つけた。

 北海道に行ってきます。

「あの道楽婆め。今日来るって言っといたろ……」

 ……だから母はメモを残したのだ。僕はその紙を君の方に向けると、肩をすくめた。君は、気の抜けたような顔をしたが、すぐに笑った。

「貴方のお母さんらしいわ」

 僕らは縁側に座って酒を飲んだ。母の酒だが、まあ構わないだろう。

 月が、東の空に見えた。今日は月の出が遅かったらしい。半分の月。下弦の月というやつか? 僕は部屋の電気を消した。

「こんな日に、月見酒というのも悪くない」

 僕はそう言ってコップに注いだ日本酒をぐいと飲み干した。君も僕と同じように、コップに半分くらい残っていた酒を一気に飲み干すと、ふぅ、と息をついた。月明かりに照らされたその表情に僕の酔いは加速し、僕は思わず君を押し倒した。

 嗚呼、今宵の月は、君のために昇ったのだ(いや、僕のためかも?)。