a novice at wizard

 

 いつもより、ほんの少し遠くに遊びに行っただけだった。両親からは行ってはいけない場所と言われているけれど、男の子達はこんなところ平気で来るし、女の子だって何人かは来たことがあると言う。だから、大丈夫だと思った。

 普段の遊び場へ行くと言って、実際に普段の遊び場へやって来て、しばらく経ってからそこからこっそりと離れた。怖いという気持ちは正直あったから、誰か友達がいたらやめようと思っていたけれど、あいにく誰もいなかった。

 見慣れた風景が背後に流れていき、代わりに見たこともない場所が視界に広がり始めた。ゆっくりと歩を進めて行く。初めて見るもの全てが、好奇心をくすぐった。

 厳密に言うなら、初めて見るというわけではない。普段の遊び場とそれほど離れていない以上、そこにあるのは今まで目にしてきたものばかり。だが、普段は行かない場所というだけで、全てが珍しく感じた。

 きょろきょろと辺りを見回していると……急に視界が開けた。それまで歩いてきた森の中にある、小さな広場のようだった。理由もなく嬉しくなる。両親がなぜここに来ることを許さなかったのか不思議だった。こんなに良い場所に来ないのは、もったいないと思った。

 小走りでその場所に向かおうとして――異変は、その時に起こった。

 最初は、小さな痛みだった。足に感じた奇妙な感触。草で切ったのだろうかと思って、走るのをやめて目を向けると、

「――え?」

 ふくらはぎのあたりから血が出ている――そう頭が認識した瞬間には、全身に同じような切り傷をつけられていた。そんなに深くはない……だが、数が半端ではなかった。十や二十ではきかない。

「――っ ふあ!」

 訳が解らなくなり、とにかくそこから逃げ出そうとして、足がもつれた。その場に倒れ込む。土と草の臭いを感じながら、両手をついて立ち上がろうとする。が――、

「うあぅ!」

 目の前の草がいきなり倒され、その直後にまた全身を切りつけられた。それほど強い威力ではないものの、出血という事態に混乱し、またバランスを崩されてしまう。

 それはまるで、カマイタチのようだった。さながら小さな竜巻のような状態で、こちらを狙っているかのように襲ってくる。大して速くはなく、走れば逃げられないこともなさそうだったが、足が震えて言うことをきいてくれない。頭では逃げなければと解っているのに、体は震えるばかりで一向に動こうとしてくれない。

 その風が目前に迫り、目を閉じることもできず、ただ言いつけを破ってここに来たことを悔やんで――その時だった。

 

「風の騎兵」

 

 男の声が、後ろから聞こえてきた。あまりと言えばあまりのことに状況を一瞬忘れ、反射的に振り返ろうとする。

 すれ違うかのように、顔の横を何かが通り過ぎていった。柔らかく涼しげな――自分を襲っていたものとは別世界のもののような、優しげな風だった。

 振り向いた先にいたのは、二十歳ほどの青年だった。真っ白の服を着た、線の細い感じの優男。心配そうな表情で、こちらを見つめてきている。

「大丈夫かい?」

 呆然としている自分に、優しい声音で彼はそう聞いてきた。慌てて返事をしようとしたが声が出ず、仕方なく、ただ頷く。

 幸い、彼の機嫌を損ねはしなかったようだった。こちらに歩み寄ってくる。いつもは知らない人相手だと怖がってしまうのに、彼が相手だとなぜか平気だった。

「お父さんやお母さんと一緒に来たのかな? それとも、誰か他の大人の人と?」

 この質問には困った。自分は、言いつけを破ってここにいるのだ。

 だが、答えないわけにもいかない。なるべく聞こえないよう、小声でぼそぼそと言った。

「……一人……」

「一人? まさか、君一人でここへ?」

 驚いたような……呆れも多少混ざっている声。小さく頷き、俯く……と、突然彼が腕を伸ばし、自分を抱きかかえた。

 驚いて彼の顔を見ると、苦笑めいたものを浮かべて、言ってきた。

「とにかく手当てをしなくちゃね。この先の町の子だろう?」

 相変わらず黙ったまま、一つ頷く。彼も頷き返し、自分を抱えたまま歩き出した。その途中で、

「……もう、一人でこんなところへ来ちゃいけないよ。解ったと思うけど、ここらへんは子供にはちょっと危ない場所だ。まあ、大人だから大丈夫っていうものでもないけれど……とにかく、解ったね?」

 強めの口調でそう言われ、思わず首肯した。彼が満足げな笑みを見せる。

 それを見ると、なんだか知らないが自分も嬉しくなった。

「そう言えば、君の名前は?」

 打って変わった気さくな調子で、そう問いかけてくる。それも嬉しく感じ、はしゃいだ声で自分の名前を告げる。

 言いつけを破ったということで、両親に病院で散々怒られたけれど、その日はなぜか、良い日だったように思えた。

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