a novice at wizard

 

 憎たらしいほどの快晴だった。

 その日エルは、借りた本を返しに友達の家へ行っていた。昨日偶然会った時に、少々強めに催促されたのである。実は本の存在自体をすっかり忘れていて、昨夜部屋中をひっくり返して探し出したのだった。おかげで少し寝不足である。

「ふぁ……」

 欠伸をかみ殺しながら、今エルは家路についている。夜はきっちり眠る体質のため、たまに夜更かしするというのは思いのほかきつい。今日はもう帰ったら寝よう。そんなことを思いながら道を歩いていて、

「……ん?」

 道に落ちている一枚のカードが目に入った。何となくそれを拾い上げ――そして、驚愕した。そのカードは、魔法使いの免許だった。白を基調としたシンプルなデザイン。持ち主はクロという名前らしい。今年で十八歳。エルと二つしか違わない少年である。

「……?」

 クロという名前には、どこかで見たような覚えがあった。だが、どこで見たかは思い出せない。最近の話ではなく、何年か前のことだと思ったが……解らない。結局思い出せなかった。

 魔法使いの免許など、そう簡単にお目にかかれる代物ではない。エルが驚きながらそれを凝視していると――不意に向こうから手が伸びてきた。五本全てに指輪をはめた細い指。それがエルの持っていた魔法使い免許を取り上げる。

「ああ、やっぱりここで落としてたか」

 どこかほっとしたような声がする。エルが目を向けると、ここらへんでは珍しい黒髪と黒瞳が、最初に目に入った。おそらく彼が――クロ。

「拾ってくれたんだ。ありがとな」

 彼はエルにそう言った。反射的に頷くと、それじゃ、と言って背を向けてしまう。

「あ――」

 エルはクロに何か言おうとしたが、急には言葉が思い浮かばなかった。彼には聞こえていなかったらしい。名前と同じ黒い服を着た背が遠ざかる。

「ま、待って!」

 見失ってしまっては話にならない。エルは必死で追いかけ、とにかく呼び止めるだけ呼び止めた。クロが訝しげに振り返る。

「何?」

「あ……いや、その」

 すぐには言葉が思い浮かばず、迷った挙句咄嗟にこう言った。

「い、一緒にお茶でも飲まない?」

 

 魔法使いとは、魔法を好き勝手に使える資格を持った人間のことである。

 特殊な宝石を使用したリングと呼ばれる道具があれば、魔法は世の中の誰にでも使える。魔法は拳銃の弾に似ていて、拳銃を撃つのは誰にでも可能なように、魔法を使うのにも才能は必要としないからだ。

 ただ、拳銃などよりよほど強力な力である魔法が誰の手にも入るのはよろしくない。そういう考えの元に連盟というものが生まれ、魔法使いの資格を所有していなければ魔法の使用許可は与えられなくなった。当然難易度は高い。魔法使いというのは、ある意味でのエリートなのだった。

 エルが免許を見て驚いたのには、そういう理由“も”ある。

 もう一つの理由は、エル自身が魔法使いを目指しているからだった。魔法使いは、エリートはエリートでもかなりマイナーで、ここのようなド田舎の村では資料が全くないのである。誰かに聞いても知っているわけがなく、夢を追いたいのに追えないというジレンマに悩まされていたのだった。クロという少年は、降って湧いた幸運と言ってもいい存在なのである。

 クロは、過去にも何度かこの村に来たことがあるらしかった。だが、休養目的や必要なものを揃えるために数日滞在していただけで、地理にはそれほど詳しくないということ。当然喫茶店その他の類の店もあまり知らない。だから、エルは彼に適当な店を選んでくれと頼まれたわけだが――

「自分もよく解らないから、歩いていて最初に見つけたところに――と。あんた本当にここに住んでるのか?」

 クロはコーヒーを飲みながら、呆れ顔でそう言ってきた。多少負い目を感じながらもエルは言い返す。ちなみに、彼女が頼んだのはケーキセットだった。

「住んでるからって、皆が美味しいお店を知ってるわけじゃないもの。そんなお店、興味がある人じゃないと知らないわよ」

 ミルクティーにした紅茶を口に運ぶ。不味くはないが、特別美味しいとも思えない味だった。

 エルの言葉を聞いて、クロはそんなものかと小さく呟いた。納得したらしい。コーヒーをもう一口飲んで、口を開く。

「で――そう言えば、あんたの名前は?」

「あれ? まだ言ってなかった?」

「聞いてない」

 エルはここに来るまでの行程をざっと思い出す。本屋で出会い、ここまで来て……確かにまだ名乗っていなかった。来る途中には雑談も交わしていたというのに。

「わたしはエル。あなたは……クロよね?」

「? ……ああ、免許か」

 クロは一瞬訝しげな顔をしたが、すぐに察したらしい。気付かなかったら言ってやろうと思っていたので、少しだけがっかりした。

「で、エル。何の用なんだ?」

 唐突に――実際は全然唐突じゃないのだが、エルはそう感じた――クロはそう聞いてきた。

「え、えっとね。わたし実は魔法使いになりたいんだけど、ここ田舎だからそういう資料が全然ないの。だから、色々話を聞けたらと思って」

「何が聞きたいんだ?」

「え? えっと、えっと……」

 いきなり言われてエルは焦った。聞きたいことは山ほどあるのだが、気ばかり急いで上手く言葉にならない。だが、あまり待たせるのも悪いと思い、エルは混乱したままに尋ねた。

「ま、魔法使いになろうと思ったきっかけは?」

 言ってしまってから、試験の面接じゃあるまいしと思った。だが「今のなし!」と言うのも何だか恥ずかしい。動機としてはどんなものがあるのか、それを知っておくのもいいだろう。そう考えることにした。

 ところが、

「……悪い。それは、ちょっと人には言いたくないんだ」

 クロは厳しい顔で、一言そう答えた。その表情はどこか近寄りがたいものがあり、聞かれたくないことを聞かれたというような思いがわずかにうかがえる。どうやら、いきなり地雷を踏んでしまったようだった。

「え〜、あ、あの、ご、ごめんなさい変なこと聞いて。じゃああの、その、魔法使いってどうやったらなれるの? 免許を取るだけでいいの?」

 話題を逸らすために慌てて聞いたが、それにしては無難な質問だった。そっと安堵の息を吐く。

「基本的には。ちょっと条件があるけど……良かったらこれ読むか?」

 クロはそう言って、リュックの中から本を一冊取り出した。受けとって表紙を眺める。それは、エルが喉から手が出るほど欲しかった魔法使いになるための参考書だった。

「これ、もらっていいの!?」

「ああ。暇つぶしにずっと読んでたけど、さすがにもう飽きたから。それは五年前のだけど、制度は変わってないはずだ」

 クロの言葉も聞き流し、エルは本に見入る。表紙こそ古ぼけているものの、まだ十分に使えそうなものだった。

「ありがとうっ こういうのどこを探しても売ってなくって」

「試験に関してはそれを読めば大体解る。それ以外に何かあるか?」

「それ以外……? あー……えーっと……」

 言葉に詰まる。試験に関して色々聞こうと思っていたため、いきなりネタ切れを迎えてしまった。しかし、ここで終わるのは寂し過ぎる。

「じゃあ、えっと……トーナメントは知ってる?」

 悩んだ挙句、エルは恐る恐るそう聞いた。

 トーナメントとは、四年に一度、魔法使いの世界一を決める国際大会である。

 それはエルにとって……そして、全世界の魔法使い達にとっての目標だった。所有する魔法のレア度、魔法に関する知識……そして、戦闘時における強さ。魔法使いとしての価値を決めるあらゆる分野での世界一を決める、魔法使いの祭典。

 決められた範囲の各エリアで予選を行い、勝ち残った魔法使いが代表選手として本戦に出場するのだが……この予選に出場するだけでも相当な腕が必要と言われている。予選出場者を決めるための予選も行われているらしいが、そこらへんはよく解っていなかった。新聞を読んでも、書かれているのはエリア代表を決める予選からなのだ。

 その、予選の予選にはエルにも出場資格があるのかどうか――それを聞こうと思ったのだが、クロはなぜか苦笑していた。

「……何?」

 怪訝に思って聞くと、

「いや……俺だって一応魔法使いなんだからさ。いくらなんでも『知ってる?』はないだろ」

 言われてみればその通りだった。魔法のプロにする質問ではない。

「あ、ご、ごめんなさい……」

 今日何度目か知れない言葉を、エルは再び口にした。一日にこんなに謝ったのは、生まれて初めてなのではないかと思う。

「別にいいけど……トーナメントは人並には知ってる。それで?」

『人並には』のところをやけに強調した、意地の悪い言い方だった。極力気にしないよう心がけながら、

「エリアの代表を決める予選の出場者を決める予選があるって聞いてるんだけど、それにはわたしも出られるの? あ、もちろん免許を取った後でだけど」

 長い上に何だか解りにくい言葉を、エルはなんとか言いきった。

「一次予選のことか? それなら、参加資格は誰にでもある」

 そう答えた後、ただ、と付け加えてくる。

「そうは言っても、参加する奴は限られてるけどね。ある程度のレベルでないと勝てるわけないし……少なくとも、魔法使いになり立ての新米が出ることはまずない」

「……それ、誰のこと言ってるの?」

「さあ?」

 意地の悪い言い方。わずかに憤りながら聞くと、クロはしれっとした顔でそう答えた。

「何か文句があるみたいだけど、考えてもみろよ。新米なんて素人に毛が生えたようなものなんだ。出たところで結果は見えてる。この上なくはっきりとな」

「でも、出るだけなら自由なんでしょ?」

「そりゃそうだけど……あのさ、エル。魔法を生で見たことないだろ? 新聞で世界大会の欄を読んで、凄いものだと思ってたくらいなんじゃないか?」

「あるよ。小さい頃に一回だけ」

 クロにそのつもりはなかったのだろうが、エルはまるで『お前は無知だ』とでも言われた気分になった。ムッとしてそう返す。と、クロはわずかに驚いたように目を見開いた。次いで、なぜか訝しげな表情になる。

「そうなのか? だったらなんで……まあいいや。ちょっと来てみろよ」

 クロは言って席を立つ。その唐突な行動に驚き、慌てて尋ねた。

「ちょ、ちょっと。どこ行くの?」

 簡潔な答えが、すぐに返ってきた。

「魔法を見せてやる」

 

 連れて行かれたのは、エルにとって思い出深い場所だった。町から少し離れた、森の中にある広場――十年前に、エルが魔法使いを目指すきっかけとなった場所。

 一回だけ生で魔法を見たのもこの場所だった。見たと言っても、何が起こっているのか全く解らなかったのだが……それでも見たことに変わりはない。嘘はついていない。

 町に来る途中で見つけたらしく、クロは真っ直ぐにここに来た。エルを入り口付近で待たせ、自分は広場の中央に歩いていく。十メートルほど離れたところで、彼はようやく振り返った。

「さて……一口に魔法つっても色々種類があるんだけど。何か見たいタイプはあるか?」

「あるかって言われても……」

 困惑しながらそう呟いた。魔法には本当に様々な種類があり、どれほどあるのか未だに解っていないほどだ。

 ただし、そうは言っても珍しいものとそうでないものはある。新米魔法使いが使っているようなありふれたものから、ワールドチャンプあたりが使っていそうな世界で唯一の魔法まで。魔法そのものが珍しいので、どれを見るにしても幸運なことではあるのだが――

 どうせ見せてもらうなら珍しいものが見たい。エルに限らず、誰でもそう思うはずである。

「んー……珍しいものがいい。レア度が高めの――」

 率直にそう言いかけ、気付いた。クロは自分と同じくらいの年齢である。免許を取得してから五年、そこそこの経験は積んでいるだろうが、それでも熟練とまではいかないだろう。レア度が高めの魔法など、果たして持っているのだろうか。持っていないような気がする。今のは少しまずい要求だったのではないだろうか。

「ごめん。やっぱり何でもいい」――と言おうとし、その前にクロが口を開いた。

「珍しい、か。……攻撃型の方がいいだろうし……んじゃ、雷でも見る? 攻撃力って意味ではレア度もそこそこ高い」

「え? あ、うん。それでいい、それがいい」

 小さく呟かれた『攻撃型の方がいいだろうし』に疑問を感じながらも、エルは頷いた。

 それにしても、彼があっさり口にした言葉には驚いた。新聞で読んだ話によると、雷系の魔法そのものが、かなりのレアらしいのに。

「そこの木を見てろよ――一瞬だから、見逃すなよ?」

 広場の中央――一本だけ生えている木をクロは指さした。まるで絵本に出てくるような木だと、密かにお気に入りだったのだが。どうやら彼はその木を標的にするつもりらしい。

「それ狙うの? 他のにしない? ほら、これなんか枝の生え具合がいい感じで――」

 適当に自分の横にあった木を示す。すると、クロはこちらを一瞥し、素っ気なく言ってきた。

「それじゃダメだ」

「どうして?」

「周りの木まで一緒に吹っ飛ばしちまう」

 エルが異論を唱える間もなく、クロはすっと左手を上げた。五本の指にリングがはまっている手。それを、標的の木に向ける。

「しっかり見てろよ」

 エルに向かって一言そう言い、返事も聞かずに、クロは淡々とその言葉を口にした。

 

 魔法使いは、リングに魔法を封じ込めて使う。リングというのは言わば拳銃なのだ。違うのは、魔法が消滅しない限り何回でも使うことができること。そして、弾丸――この場合魔法を発射するための言葉が、個人によって違うこと。

 魔法を使用する際には、引き金となる言葉を言わなくてはいけない。正式名称を『解放言語』――通称、『呪文』

 

「雷撃」

 

 ――おそらく、凄まじい轟音がしたのだと思う。

 だが、無意識にそう思ったときには、エルの耳はすでに何も聞こえていなかった。ついでに言うなら目も何も見えていなかった。眼前に広がるのは、ただただ白い世界。クロの放った雷の魔法が、全てを白く染めたのだ。

 やがて、少しずつ目がもとに戻って――目の前に広がる光景を見た瞬間に、絶句した。

「なっ――」

 直撃したのかどうかは、解らなかった。木はその周辺ごと、跡形もなく消し飛ばされている。地面は家一軒くらいの面積が黒く焼け焦げていて、クレーターのように抉られてしまっていた。

「――まあ」

 と、唖然とするしかないエルを向いて、クロが平然と言ってきた。

「これが魔法なわけだ。どうだ? 感想は」

「……凄い」

 そうとしか言えなかった。凄い。あまりに、凄過ぎる。

 言葉を失っていると、クロは「ふむ」と頷き、

「ちなみに大会の予選では、この力が自分に向けられることになるんだが」

「……え?」

 何を言われたのか解らず、間抜けな返事を返した。クロは淡々と説明する。

「予選っていうのは、魔法を使った決闘なんだ。それで勝った方が参加資格を得ることになる。参加者が使う魔法は今のと互角か、劣ってもそう大差ないようなレベルだから……新米なんか参加したところで、まず間違いなく即死だな」

「で、でも、わたし大会のことは新聞とかでずっと読んでたけど、死んだ人なんか一人も――」

「実力のある魔法使いなら攻撃を防ぐくらい当然できるし、やばいと思ったら即座にギブアップする。誰だって死にたくないから、そこらへんの判断はかなり真剣にやるんだ。だからまあ、死者の数自体は少ないんだよ。ちなみに前回の大会な。死者こそ出なかったが、重軽傷者は何十人もいたんだぞ? 魔法使い同士の戦いじゃ大して珍しくもないから、騒ぎになることはなかったんだろうけど」

 すらすらと言われ、エルは返答に詰まった。魔法使いを志した十年前から、大会が行われたのは二回。どちらも開催地が遠く、またチケットも手に入れられなかったために断念した。だから、実際に見たことは一度もない。決闘をするということは知っていたが、本当に命をかけているとは思わなかった。魔法をぶつけ合って、威力が高い方が勝ち――そんなものだろうと思っていたのだ。

 まさか死の危険があるなどとは、微塵も考えていなかった。

「新米魔法使いでも出るのは自由だけど……死にたくないなら、ある程度の力をつけるまでは出ない方がいい。新米かどうかなんて解りゃしないから、相手も手加減なんかしてくれないしな」

 おそらく、クロはそれを言うために魔法を見せたのだろう。突然何を言い出すのかと思っていたが、今そのことに気付いた。口で言い聞かせるよりも目で見させた方が早い――そう彼は思って、実際その通りだった。口で言われただけでは、自分は「それでも、何とかなるんじゃないか」と考えていただろうから。

 十年前に自分を襲った魔法も、自分を助けてくれた魔法も、クロが使った魔法のような狂暴さはなかった。だから、魔法は相手を殺せる力だということに、イマイチ実感がなかったのだ。

 ショックで黙り込んでしまったエルに、クロは慰めるように、

「まあ、数年の辛抱だ。真面目にやれば一次予選に参加するくらいの力はすぐにつく。練習相手を探してる魔法使いも多いから、実戦経験を積むのもそんなに難しいことじゃない。新米だって言えばある程度は教えてくれるしな」

 だからそんなに気を落とすな。エルの肩を叩きながら、そう言った。

 が、そう言われて「そうだよね」などと言えるはずもなく。結局その後はほとんど会話も交わさないまま、エルはクロと別れた。

 

 落ちついてきたのは、家に帰り、夕飯を食べて自室に戻ってからだった。落ちついたと言うか、自分には大会の前に越えなければならない難関があることを思い出したのだ。

「まず魔法使いにならなきゃ、大会も何もないわよね」

 そう。エルの場合、まず免許を取る必要があるのだ。大会云々はとりあえず後回しである。偉そうに大会のことを聞いておいて免許も取れませんでは、クロに会わせる顔がない。

「クロって言えば……凄かったなぁ」

 昼間見た彼の魔法――凄まじいなんてものではないほどの威力。解放言語……つまり、リングに封印された魔法を解き放つ言葉は『雷撃』だった。あの魔法の正体は、この目で見てその上でさっぱり解らなかったのだが、文字通り雷だったのだろう。大会ではあんなものを、相手に向けて当然のように放つのだ……

「……まあでも、強くなれば防げるって言ってたしね」

 怖いという気持ちを無理やり抑えこんで、そう呟いた。そう。怖いと思うのは自分が実際に魔法を使ったことがないからで、やろうと思えば案外できるものなのだろう……クロの魔法は雷、つまり、光の速度で襲いかかってくるわけだが……それでも何とかなるだろう。なるに決まっている……多分。

「そう言えば、クロって何であんなに大会に詳しかったんだろ?」

 大会のシステムに、大会参加者の魔法の威力。まるで、実際に見てきたかのような言い方だった。

 まさか参加者だったわけではないだろう。免許を取得してから五年。確かに新米とは言えないだろうが、ベテランというわけでもない。全国の強豪が集まる大会に出るには、彼でも役不足な気がした。魔法は強力だし、将来強くなりそうではあったが、何しろ若過ぎる。自分と二つしか違わない少年なのだ。

 知り合いが出たとか、そんなところだろうと思った。

「っと。いけないいけない」

 脱線した思考を元に戻す。エルはもらった本を取り出し、最初にパラパラと目を通した。試験はどうやら、筆記と実技で行われるらしい。大体想像していたものだが――

「え?」

 ある部分が目に入り、エルは声を上げた。ページが過ぎてしまう。慌てて手を動かし、問題のことが書いてあるページを開いた。

「……うそ」

 思わず呟いたが、あいにく本にははっきりと書かれてあった。まさか誤植ではないだろう。そこには、こうあった。

『プロの元で最低一年間の実地訓練をした上で、そのプロの推薦が必要』

 つまり、プロに弟子入りし、最低でも一年間はそのプロの元で経験を積まなければいけない、ということらしい。しかもその上、そのプロによる推薦が必要になる。

 一歩間違えなくても強力な兵器以上の破壊力となる魔法である。それを好き勝手に使うことのできる魔法使いの免許だ。これくらい慎重になっても全くおかしくはない。おかしくはないが、エルは思わず悲鳴を上げた。

「で、弟子入りできるような魔法使いなんて知らないのにぃ!」

 と言うか、そもそも魔法使いに会ったことがほとんどない。十年前に一度……そして、今日。この二回だけだ。

 十年前に自分を助けてくれた彼は、今はどこにいるとも知れない。名前すら知らない。彼に弟子入りできるならむしろ幸運だが、それは不可能だった。とすると……

「クロ…に? 弟子入り?」

 今すぐに魔法使いになる道を選ぶなら、それしかなかった。この村には魔法使いがいない。この先誰かが訪れるという保証もないし、別の町に誰かいるという話も聞いたことがなかった。所在がはっきりしている魔法使いは、クロしかいない。

「……」

 免許取得の前に訪れた難関に、エルはしばらく固まっていた。

 

 気が付くと夜が明けていた。机に座り、本を開いたままうたた寝してしまっていたらしい。昨夜は遅くまで悩んだからなあと、エルは苦笑しながら思った。

 そして、ふと顔を引き締める。

「……よしっ」

 気合いを入れて、立ち上がった。散々悩んだ。悩んで悩んで悩み抜いて、その上で出した結論だった。

 弟子にしてもらおう。エルはそう決めた。そんなに悪い人間ではなさそうだし、年が近いから親しみも持ちやすい。ベテランでないのは師匠としてはマイナスポイントだが、一緒に勉強しながらというのも、それはそれで良いものだと思う。

 クロが泊まっている宿屋は、一応聞いておいた。本を読んでも解らなかったところを聞けるようにしたのだが、別の形で役に立った。

 深呼吸を一つ。

「……うん」

 頷いて、エルは決意を胸にクロを訪ねた。そして――

 

「嫌だ」

 ――一言で却下された。

 

「ど、ど、ど、どうして?」

「めんどくさいから」

 クロは、ちょうど宿を出たところだった。朝食を食べに行くらしい。その彼を呼び止めて、弟子にしてくれと頼み込み……結果が先ほどの返事だった。

 さっさと行こうとするクロに、エルは慌てて追いすがる。逃してはならない。

「めんどくさいって……も、もうちょっと考えてよ! これでもわたしは真剣に――」

「お前が真剣であろうがなかろうが、俺の意思には全く関係ないな」

「昨日は優しく教えてくれたじゃない!」

「弟子にするとは一言も言ってないだろ」

「あ、今言った! 今言った!」

「……ガキかお前は」

 たまりかねたように振り向いて、クロはうなった。その顔には「厄介そうな奴と関わっちまった」という思いがありありと浮かんでいるが、そんなものエルは気にしない。

「魔法使いなんか他にもいるだろ。そいつらを当たれよ」

「わたし、あなた以外の魔法使いがいる場所知らないもん」

「だったら探せ。どうしてもなりたいんなら、そのくらい何でもないだろ?」

 ずばりと言われ、一瞬言葉に詰まった。勢いで負けては終わりである。何か言われる前に、エルはヤケクソ気味に叫んだ。

「ち、近くにいる人に頼む方が、手っ取り早くていいじゃない!」

「だから俺は嫌だつってんだろうが」

 そこで互いに言葉に詰まり、一時休戦となる。クロはため息をつき、諭すような口調で言ってきた。

「それにお前、俺の弟子になるのがどういうことか解ってるか? 一応男と女だぞ? それに、毎日ってわけじゃないが、野宿する時だってある。もっと落ちついて考えろ」

「考えたよ。昨夜一晩、ほとんど寝ないで」

「親には言ったのか?」

「それは……まだ」

 痛いところを突かれた。渋々呟くと、クロはもう一度ため息をつく。

「それじゃ話にならないな。許可をちゃんともらってからもう一度来い……ま、どうせ俺は断るし、師事する相手が俺なんかじゃ親も許さないだろうけど」

 確信したかのようなその言い方に、エルはカチンときた。もう少し考えてくれたっていいではないかと思う。大体、どうせ俺は断るとはどういうことだ。そんなだったら許可をもらう必要もないではないか。

「……テストして」

「あ?」

 クロが、わけが解らないといった声で返す。そんな彼を睨みながら、エルは小さく、だがはっきりと言った。

「何もしないで却下なんて、わたし納得できないよ。だって、才能とか何も見ないのは変だもん。入門テストをやって欲しい」

「……弟子にするしないは、俺の一存で決めれるものだと思うんだがな」

 呆れ顔でそう言うが、クロは頭を振って、

「そうすればお前は納得するんだな? その結果が不合格でも」

「うん」

「再試験とか調子が出なかったとか、風邪気味だとか腹が痛くなったとか言わないな?」

「言わないよそんなこと」

「どこそこは良かっただろうとか、ここに才能の片鱗が現れてるんじゃないかとか、そういうことも言わないな?」

「……わたしを一体何だと……う、うん。言わない」

「よし」

 クロは頷いて、上着のポケットに手を入れた。何かを探っている……と思ったら、すぐに手を出した。広げてエルに差し出す。

 手の平の上に、リングが乗っていた。

「? 一体――」

「これをお前にやるよ」

 エルの言葉を聞かず、クロは一気に説明した。

「昨日お前と別れた後、新しいリングの調子を見るために風の魔法を封印したんだ。これがそれ。解放言語まだ設定してない。今日一日、思いつく限りのことを試してこの魔法を強くしろ。で、夜……そうだな。八時になったら、昨日魔法を見せた広場に来い。解放言語の設定は解るな?」

「え、えっと……どうやるの?」

「……。リングを指にはめて『解放言語××』って言うんだ」

「う、うん。解った……て、ちょっとどこ行くの?」

 いきなりのことに呆然としながらも、去ってしまおうとするクロを呼び止める。すると、彼は平然とした顔でこちらを向いて、

「朝飯食べに行くんだよ」

 と言った。そして、思い出したように付け足す。

「あ、魔法は何回か使ってもしばらく封印しとけば回復するけど、消滅しちまったらそれっきりだからな。気をつけろよ」

 今度こそ遠ざかるクロの背中を見つめながら、エルはしばらく、呆けたようにその場に突っ立っていた。

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