a novice at wizard

 

 毎年ここを訪れる度に、クロはその相手に対して苛立ちを募らせる。

 なんでまた、よりにもよってこんな町なのかと。小さい頃にチンピラに絡まれて以来、自分が祭りの類が苦手であることは、よく知っていたはずなのに。それとも、遠まわしな嫌がらせなのだろうか。

 ため息をついて、緩やかな坂道を登って行く。手ぶらだ。花も何も持っていない。毎年気が向いたら何か持ってくるのだが、今年は気が向かなかったのだった。それに、どうせ今はどこの店も開いていない。

 昨夜の疲れがあるのか、クロが目を覚ました時、エルはまだぐっすりと眠っていた。起こさないように注意しながら、そっと部屋を抜け出してきた。今日は、彼女のことでも文句を言ってやらなければならない。

 墓地は全体がなだらかな丘陵になっていて、目当ての墓はかなり上の方にある。中腹を過ぎ、クロは黙々とその場所を目指している。

 ここには様々な人間の墓がある。町の人間がいれば、旅の途中で死んでしまった人間もいる。一応場所は別れているが、この町は余所者という存在をあまり意識しない。死人であれば尚更で、自分達の墓地に平気で旅人を葬っていた。差別しないと言えば聞こえはいいが、クロには単に無頓着なだけのように見えている。

 丘の上の方では、町が一望できる。その景色はなかなかのもので、これを見るのが墓参りに対するクロへの報酬だった。これの景色がなければ――まあ、それでも来るだろうと思う。前にも増して不機嫌になりながらも、一年に一回は必ず。

 自分に嘆息しながら、クロは顔を上げた。

「……一年振りだな、兄貴」

 墓の主に向けて、クロは静かに呟いた。

 

 クロの兄――シズクは、クロにとって唯一の肉親であり、魔法使いでもあった。クロは彼に憧れて魔法使いを目指し、彼の元で勉強をしたのである。魔法使いとしてはあまり優秀な方ではなかったが、教え方は上手かった。

 死んだのは五年前……三十歳に近い頃。この丘の近くには崖があり、そこへ転落したのだった。なぜそんな場所に行ったのかは解らないが、夜中のことで他に人の姿もなかったので、奇妙な行動の末の事故死として簡単に片付けられた。

 その日はちょうどクロが魔法使いの免許を取得した日だった。合格が決まって、喜びながら家へ帰っていた。そのことを知った時は、まさにタチの悪い冗談を聞いているようだった。

 しかも、である。

「ところで兄貴。十年前にエルを助けたのはまあいいとして、どうしてあいつの面倒を俺が見なきゃいけないんだ? 成り行きで俺の弟子になったけど、あいつの世話は本来兄貴がしなきゃいけないはずだろ。この世界に引きずり込んだのは兄貴なんだからな」

 憮然としながら、まるで相手が生きているかのような口調で、クロは墓前に語りかける。

 風の騎兵――これは、シズクが気に入っていた魔法の呪文だった。エルのテストの時に呆然としてしまったのも、まさかこの呪文をまた聞くことになるとは思っていなかったからである。

 エルをここへは連れて来ない理由もこれである。クロの兄というところまでなら大丈夫だが、それが自分の恩人だと知ってしまったら……おそらく彼女は、とんでもないショックを受けるだろう。人生の半分以上をシズクに憧れて過ごしてきたのだから。

「いつまでも死人に憧れさせておくわけにもいかないし、そのうち話してやらなきゃいけないんだろうけどな。それをやるのも俺の役目だ……ったく、いつもそうだったよな。兄貴はやりたいことをやるだけやって、後始末は全部俺だ。死んだ後までそれをやらせる気かよ?」

 シズクの墓は当然ながら答えない。だが、クロは答えを待つかのように数秒置いてから続けた。

「成り行きつっても弟子は弟子だから、一人前になるまではちゃんと面倒見るけどな……そっから後は知らねーぞ。兄貴みたいに事故で死んだって、俺は責任持たないからな」

「……無責任ですね」

「何が無責任だっての。あいつが引退するまで陰で支えてやれってか? 何でそんなこと……」

 突然割り込んできた声に反射的に返事をしかけ、クロは半眼でゆっくりと振り向いた。

「……いつからいた?」

「つい先ほど。ずいぶんと恨み言がたまっていたようですね」

 相変わらずの上品な笑みを浮かべ、フィーリアは軽く頭を下げた。シズクの墓石に視線を向ける。

「もう五年ですか……早いものですね」

 しんみりとした言葉に、クロはクビを傾げる。

「あんた、兄貴の命日なんか知ってたのか?」

「ええ。わたしも毎年お墓参りしていますから」

「……初耳だぞ」

「クロさんは朝早く来て、午前中のうちに帰ってしまいますから。今日はこの時間ですけど、去年までは午後に来ていたんです。お祭りのついでに、という形でですが」

「あんたは今日仕事なんじゃなかったのかよ」

 尋ねると、フィーリアはあっさりと頷いてきた。

「ええ。ですから、クロさんがいるはずの時間に来たんです」

そう言って、フィーリアは居住まいを正し、こちらに向き直ってきた。

「昨夜はご苦労様でした」

「そういうことはエルに言ってやれよ。俺はほとんど何もしてないんだから」

 苦笑しながら答える。昨夜シュロスを簡単に捕まえることができたのは、エルが時間を稼ぎ、おまけに傷まで負わせていたからだ。クロは最後に少し顔を出しただけで、今回の功労者は間違いなくエルだった。

 フィーリアは「解っています」と頷き、

「ですが、私はもう出発します。とりあえず確実にここへ来るクロさんにはお会いしておこうと。それに、エルさんはまだお休みでしょう?」

「ああ。もう起きてるかもしれないけどな」

「寝ているのを起こしてしまっては気の毒です。私がお礼を言っていたと伝えておいてください」

「解った。用件はそれだけか?」

「いえ。昨日のクロさんとエルさんの働きに対して、連盟が報酬を支払います。それも伝えておこうと思いまして。あと……昨夜、エルさんがあなたの許可を得ずに魔法を手に入れた件ですが」

 見習いは勝手に魔法を捕ってはいけない。どんな場合でもそのルールは変わらなかった。昨夜のエルの行動は、実は連盟に違反することだったのである。

 だが、

「あの魔法を捕っていなければ、エルさんの命はおそらくなかったでしょう。身を守るためにやむをえなかったと考えて、今回は特別に不問になると思います」

「そうか」

 クロは小さく頷いた。このことはエルには言っていない。どうせ問題にはならないだろうと、意図的に隠していたのだった。後で少し注意し直していけばいい。クロがそう考えていると、

「……それと、二つほどお聞きしたいことが」

 わずかに言いよどむような様子をフィーリアは見せた。クロが訝しげな顔をする。

「エルさんが昨日新しい魔法を手に入れたと仰ってましたが……どうしても解せない点があるんです」

「錬度の差……か?」

 問うと、フィーリアは「ええ」と頷いた。

「錬度――つまり魔法のレベルですが、シュロスは仮にもトーナメントに出場するほどの魔法使いです。見習いであるエルさんが太刀打ちできるような相手ではありません。にも関わらず、エルさんはシュロスの魔法をはね返したと言っていました……クロさんはどう思われます?」

 昨夜屋敷から帰る途中、エルはしきりにそのことを話していた。表面上は頷きながらも、クロもフィーリアも内心は半信半疑だったのだが……クロは昨夜寝る前に、一つだけ可能性があることを思い出していた。

「どう思われますって言われてもなあ。やっぱ、可能性はあれだけしかないだろ」

「やはり……限定時間を持っている魔法ですか? あの、ある時間帯では通常の何倍もの威力を出すという」

 世の中には、世界で唯一の魔法というものも少なくない。ただし、少なくないから希少価値が低いかと言うと、当然だがそんなことはないのである。

 限定時間を持つ魔法は、世界で唯一とまではいかないが、数はやはり相当少ない。所有者は世界でもわずか十数人。そして、その誰もが有名な魔法使いである。見習いで持っているという話はクロも聞いたことがない。

「エルとシュロスの間を埋めるには、限定時間でも持ってこないと不可能だろ。今のあいつが持つには分不相応過ぎる気がしないでもないけどな」

「所有者は全員がトーナメント世界チャンピオンクラスの人間ですからね。見習いのエルさんが持っているなんて知ったら、他の魔法使いさん達はさぞ驚くでしょう。ある程度のレベルになるまでは、多用することは控えた方がいいかもしれません」

「俺が使用許可を出さねーよ。多用なんかさせるか」

 割と本気でそう言うと、フィーリアは可笑しそうに笑った。だが、本当にそうする必要はある。エルが持っているなどとシュロスみたいな奴に知られたら、力ずくで奪われかねない。

「で、もう一つの聞きたいことってのは?」

「あ、はい。エルさんにその魔法を手に入れた時の状況を聞いたのですが……」

「ああ、あれか」

 暗闇の魔法が、エルを守るようにしていた――クロもフィーリアも、表面は先ほどと同じく頷いていたが、心では完全に信じていなかった。ただの勘違いだろうくらいにしか考えなかったのだ。

「勘違いじゃなけりゃ、妄想だな。あんまり怖いんで「何かが自分を守ってくれている」とでも思いたかったんじゃないか?」

「やはり、クロさんもそう思いますか?」

 にべもないクロの言葉だが、フィーリアも特に難色は示さない。それもそのはずで、魔法には感情も知性も何もないのだ。エルを守ろうとする意思があるはずがない。

「ああ。もし仮にそんなことがあったとしても、そりゃ単に魔法がそういう動きを見せていたってだけだろ」

「……さもなければ、史上例を見ないほどの天才か、ですね」

 ポツリと呟かれたフィーリアの言葉。クロが一瞬言葉を失う。

「……天才? あいつがか?」

「ええ。生まれついての魔法使い。それが彼女かもしれません」

 まさかフィーリアがそんなことを言うとは思わなかった。クロはしばらく絶句し、軽くため息をついた。

「そりゃないだろ。絶対」

「そうですか?」

「ああ。師匠として断言するけど、絶対にない」

 かなり本気で言った言葉だったが、フィーリアはまた笑うだけだった。

 

 フィーリアはその後、クロが手ぶらだったことに呆れながら帰って行った。ちなみに彼女は大き目の花束を持参していた。

「じゃあまあ、俺もそろそろ行くわ」

 相変わらずの口調で、クロは兄の墓に向かって言う。

「また来年な。今度は何か持ってくる」

 踵を返して、町の景色を眺めながら歩き出した。祭りは既に始まっている。あそこにいるのも今日限りだと思うと、わずかに心が和んだ。どうも、トラウマを抜きにしても自分は騒がしい人ごみというものが苦手らしい。

 少し行ったところで、クロはふと思い出して振り返った。

「なあ。兄貴はどう思う? エルは天才だと思うか?」

 返事はない。だが、クロはやはり待った。数秒ではなく、数十秒。それから口を開く。

「もしそうなら……あいつが叶えてくれるかもしれないな。兄貴が無理で、俺もちょっと無理っぽい夢――トーナメント世界大会での優勝」

 元々は兄、シズクの夢だった。クロはそれを叶えるために前回のトーナメントに出場し……そして、越えられそうにない壁にぶつかった。東エリア優勝なら何とかなるかもしれないが、その先へ行けるとはとても思えなかった。

 だが、エルなら。

 もしエルが、フィーリアの言う通りの天才ならば、この夢すらも見えてくる。

「……まあ」

 少しして、クロは静かに笑った。

「俺は、やっぱり無理だと思うけどな」

 

 タコヤキを二人分買って、エルは昨日の公園でクロを待っていた。機嫌はすこぶる悪い。熟睡してしまっていて、宿の人に起こされたのだ。出かけるんなら起こしてくれればいいのにと思う。

 慌てて荷物を持って外へ出て、シュークリームにオレンジジュースという、かなり遅めの朝食を食べた。昼は過ぎているが、まだ食べていない。

 誘拐されたのがこの町での思い出というのは、色々な意味で納得できないものがある。そこで、クロとタコヤキを食べることにした。昨日食べ損ねた味がどんなものだったのか、興味もあった。

 昨夜聞いた言葉からすれば、もうすぐ来るはずだった。クロの姿はまだ見えない。

 こうしているうちに、また誘拐されたりして……そう思って自分で笑う。いくらなんでも、二日連続で誘拐されるというのはひど過ぎる。そこまで不幸ではないつもりだ。

 その時、俯いていたエルの耳に足音が飛び込んできた。反射的に顔を上げると――

『あ……』

 異口同音に、“四人”が呟いた。

 エルの目の前に、チビとデブとハゲがいた。ハゲはなぜだか頬を腫らしている。三人とも自分を囲うようにして近づいて来ている。

 しばし見つめ合った後、先に口を開いたのはエルだった。

「あ、あんたらー! 昨日はよくもやってくれたわね!」

 立ち上がって(タコヤキは横にそっと置いた)怒鳴ると、三人組はほとんど泣きそうな顔で後ずさった。昨日と比べて妙に態度が弱気だが、そんなことは気にしない。

「ま、待ってくれよ。違うんだよ」

「女の子が一人でいたからさ、一緒に遊べたらいいなと思っただけなんだよ。まさかあんただとは思わなかったんだよ!」

「ついでにその後ホテルに連れこんでなんて、少しも思っ――いてっ!」

 口を滑らせたデブが二人に殴られているが、そんな寒いコントに笑ってやれるような余裕は今のエルにはない。左手を横目で確認する。二つのリングが輝いている。

「覚悟はいい……? ちょっと痛いけど、死ぬことはないから……うふふふふ」

『待て、冷静になれよ! それは犯罪だぜ?』

「あんた達に言われたかないわよ!」

 まるで示し合わせたかのようにハモる三人の言葉も一蹴。エルは歓喜の笑みを浮かべ、恐怖で立ちすくんでいる三人に向けて、

「風の――」

「待て」

 後ろから左手を掴まれた。まさか四人目――? 伏兵の存在に焦り、振り向くと、

「俺は使用許可出してねーぞ」

 クロだった。三人組が「出たぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」とか叫んでいるが、とりあえず無視する。

「だ、だって!」

「だってじゃねーっての。ちゃんと言ったろ。勝手に魔法を使っていいのは自分の身が危ない時だけ! それ以外は全部俺の許可が必要なんだよ」

「じゃあ、許可して」

「できるかボケ」

「なんで? どうして!?」

「お前の恨みを晴らすための使用なんかを許可できるわけねーだろ。そいつらは昨日十分に反省させたから、それでよしにしろ」

「えー! わたしが自分で反省させたいのにぃ!」

「あーもう、黙れ黙れ。おいお前ら。こいつは俺が押さえとくから、今のうちに逃げろ」

 クロがそう言うと、三人は慌てて頷いて一目散に駆け出した。エルは慌てて後を追おうとするが、左手をがっちり掴まれていて行くことができない。呪文を唱えれば魔法は発動するが、クロには炎牢がある。三人に当たる前に捕まるだけだろう。

 そうしているうちに、三人組の姿は見えなくなっていた。

「ああ……逃げちゃった」

「それでいいんだよ」

 クロの言葉に、エルはムッとして振り向いた。

「何よ! ちょっとくらいいいじゃない、別に死ぬわけじゃないんだし!」

「そういう問題じゃねえ。魔法使いは何があっても、自分が危険でない限り一般人に魔法を向けちゃいけないんだよ。言っとくけど、プロがやったら一発で免許剥奪だからな。こんくらい覚えとけ」

「……むぅ」

 納得がいかないが、そう言われては反論できるはずもなかった。悪法でも法は法――別に悪法ではないのだが、エルの頭にはなぜかそんな言葉が浮かんだ。

「……やっぱりただの勘違いだな。こいつが天才なわけがない」

「何?」

 ボソっと呟かれた言葉に反応するが、クロは「何でもない」と言って受け流す。そして逃げるように、

「昼飯でも食いに行こうぜ。朝飯食べてないから腹減った」

「ちょっと待ってよ。先にこれ食べて」

 ベンチに駆け寄り、タコヤキのパックを二つ手にする。

 風に晒されていたためか、タコヤキはすっかり冷めきっていた。

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