出来損ないの支配者
| 時は王国暦1234年。雪の降りしきるノースライナ高原のほぼ中央。寒くて住みづらいし金になるような珍しい植物も鉱物もないことから人が全く訪れないその場所に、三人の人間が立っていた。 一人は鎧に剣、盾を装備した金髪の美男子。手にした剣は蒼く輝いていて、伝説とか最強とかいう言葉をこれでもかと言うほど思い浮かばせる。ただ、防寒具の類を何も着ていないため、そこはかとなく寒そうではあった。 一人は簡易鎧に巨大な斧を装備した、いかにも戦士といった体格と容貌の大男。不敵に笑ってはいるものの、やはりどこか顔が青ざめている。鎧の違いか、勇者然とした男よりも寒そうだった。 そして最後の一人。これは、どこか冷たい印象(寒いだけかもしれないが)の美女である。ハンターだろうか。身軽な服装に弓矢とナイフを装備している。三人の中では一番の軽装で、当然三人の中で一番寒そうだった。 「ようやく着いたな……」 勇者っぽい男が、えらく感慨深げに呟いた。 「ああ……」 戦士らしい男もそれに同意する。 「長かったわね……」 ハンターのように見える女性も続ける。寒さのためか声は震え、目には涙すら浮かんでいた。どうやらこれからダンジョン攻略でもするつもりらしいが、これでは戦力になるかどうかも怪しい。寒いのなら服を着ればいいのに。 「長かった……本当に長かった。サルマの国を旅立ってから三年。死んだ仲間がいた。生き返った仲間がいた。お袋さんが急病で田舎に帰った奴もいたし、職場結婚で退職した奴らもいた……宿屋を経営していたな。金はしっかり取られたが」 「……ここには連れてきてもらえなかった仲間もね」 女性が――少しでも寒さを和らげようとしてか――そう付け加えてくる。勇者っぽい男は頷いた。 「今頃はブチ切れ状態だろうな。なんせ、寝ていたところを縛り上げて猿轡かませてクローゼットの中に放り込んで来たんだから。帰ったら二、三回殺されるくらいは覚悟しておいた方がいいかもしれない」 冗談とも本気ともつかない言葉。どうやら彼らは、本来は四人のパーティだったようだ。何かの理由で一人を軟禁……もとい、置いてきたものらしい。 「……なら、今死ぬわけにはいかねぇな。あいつに殺されるためにもよ」 歯をガチガチ言わせながらの、大男の言葉。その言葉は場を和ませはしたものの、場の温度を上げるまでには至らなかった。この三人、ダンジョン攻略の準備はしていても自然を攻略する準備は全くしていない。 「いくぞ……」 「おう」 「ええ」 三人は自らを鼓舞するようにそう言い合い、誰からともなく足を踏み出す。目の前にそびえるのはレンガの塔。そこは、世界最強の魔法使いにしてモンスター達の頂点に立つ者――魔王の住む場所だった。 「魔王を倒し……世界に平和を取り戻す!」 勇者っぽい男はそう叫び、塔の扉を勢いよく開け放った。鍵はかかっていない。三人は半ば駆け足で中に入り……急いで戸を閉めた。 『あーあったけー』 『わたしこんな格好だから寒かったのよ〜 中が暖かくて助かったわ〜』 『はー、生き返るなー』 ……。 HPが既に半分くらい減少していそうな三人は、中でしばらくそんなことを言い合っていた。 ……同じ頃。場所はかなり離れ、とある町のとある安宿。誰もいない二人部屋の中、クローゼットがガタゴトと音を立てている。 ガタゴトガタゴト音を立てている。 ガタゴトガタゴトガタゴトガタゴト音を立てている。 ポルターガイストと思われても仕方ないような情景の中、クローゼットの中から声が漏れた。と言っても言葉にはなっていない。何か、上手く言葉を発せられないような状況――具体的に言うなら猿轡でもかまされているかのような――に陥っているようである。クローゼットをなんとか開けようと中で暴れているらしいが、あいにく頑丈そうな鉄の棒ががっちりと戸を塞いでしまっている。これを中から外すような芸当は、少なくとも普通の人間には不可能だった。 「ふぁいふら〜 ふぃふぉをふぉんなふぉほろにふぉひほめへ〜!」 何を言っているのか分からない声が無人の部屋の中に微かに響く。普通に聞けば可愛らしいと思える声なのだろうが、今は違った。くぐもっている上に、言葉の端々に呪詛めいた感情が見え隠れしている。はっきり言って怖い。怖ろしい。 「ふぉっふぉ〜 ふぁれはひないほ〜?」 今度は呼びかけるような声になる。部屋の中に誰かいないかと思っているようだが、もしいるのならとっくに助けるか逃げ出すか、とにかく何かするだろう。このクローゼットがあるらしい部屋は明かりもついていない、完全な無人だった。 ――無人だった、はずだった。 突如として、何の音も立てずに室内に一つの人影が出現した。扉を開けたわけではない。窓から入ってきたわけでもない。まるで空気から突然生まれたかのように、その人影はいきなり姿を現したのだった。 「……ここは……?」 人影が発したその声は、少年のものだった。背格好も十代半ばほどで、痩せてはいないがそれほどがっしりしているわけでもない。手には一冊の大きい本を持っているが、それも特に変わったものではなく……要するに、出現方法を除けばどこにでもいるような少年だった。 「……ん?」 室内を見回していた少年は、少しして暴れまくっているクローゼットに気がついた。しばらく不思議そうな顔をしていたが、中から聞こえてくる「ふぁふぇへ〜(開けて〜)」という声に反応し、首を傾げながら近づいていく。 「……誘拐でもされたのかな? それにしては変な場所に閉じこめられてるけど」 独り言を呟きながら、少年はいよいよ動きの激しくなったクローゼットに警戒しながら、差し込んであった鉄の棒を抜き取った。すると―― 「ふぁへ!?」 いきなり扉を開けられたからだろうか。中から少女が物凄い勢いで飛び出してきた。少年は慌てて彼女を受け止め……るようなことはせず、冷静に身を移動させて衝突を避ける。 「あぶ!」 誰にも何にも受け止められなかった少女は、哀れにも顔から床に激突した。小柄な体を痙攣させたまま動かない。少年は近寄って、まず彼女を後ろ手に拘束している縄を解いてやった。 「大丈夫?」 「……」 声をかけても反応なし。「死んだ?」と、少年は少女の顔を覗き込もうとして、 「むがーっ!」 「あだ!」 突然身を起こした少女の頭に顎を強打された。アッパーでも食らったような格好でのけぞり、背後にドサァッと倒れこむ。が、少女の方はそれには全く構わずに口から猿轡をむしり取り、 「あいつらー! よくもあたしを置いてってくれたわね! しかも何よこの扱いはずっと一緒に旅してきた仲間なのに! 何が悲しくて目を覚ましたら縛られて猿轡かまされてクローゼットに閉じこめられてなきゃならないのよ! もー許さない! 帰ってきたら五回くらい殺してやるぅぅぅ! ……って、そーいえばあなた大丈夫?」 ふと我に返ったように、自分がノックアウトした少年を振り返る。彼は、まだ床に倒れたまま顎をさすっていた。よほどダメージが大きかったらしい。 「う、うん。なんとか」 「そう? ありがとね、開けてくれて……? あれ? あなたってこの宿の人だっけ?」 「ううん。違うよ」 「だよね。見覚えないもん……って! じゃあ何者よあなたは!? 今日ここにはあたし達以外泊まってないはずよ!?」 少女はそう叫び、少年の胸倉を掴み上げた。宿の人間でも宿泊客でもないとしたら、彼がここにいるのはれっきとした不法侵入罪。助けてくれた恩人ではあるが、それとこれとは話が別である。 少年はしばらく困ったように笑っていたが、やがて口を開いた。 「んー、何者だって聞かれるとちょっと迷うんだけど。そうだなぁ、一番有名な肩書きは……」 「肩書き……あたしと大して歳違わないくせに。ま、いいや。何よ?」 「魔王」 しれっとした顔で、少年はそう言った。 「……は?」 少女の目が点になる。信じる信じない以前に、彼の言葉は頭があらかじめ用意してあった予想を越えていた。 「いやだから魔王。知ってるでしょ? 良くも悪くも有名だし……あ」 少女に襟首を掴まれたまま、少年はぽんと手を叩く。 「古本愛好会の会員でもあるんだけど。そっちの方が良かった?」 「……どっちでもいいわよ」 自称魔王の少年に対して、少女はそう言うのが精一杯だった。 |
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