出来損ないの支配者
| 魔王。 世界最強の魔法使いにして、魔物の頂点に立つ者――これが、人間の側から見た魔王の認識である。真偽のほどは誰も知らない。と言うのも、会ったことが一人としていないからだ。魔王がどんな姿をしているのか。どんな性格でどんな嗜好でどんな趣味を持っているのか。誰も知らない。極端な話、もし雑踏の中に魔王がこっそり紛れ込んでも、おそらく誰一人気がつかないだろう。 ではなぜ、魔王は世界最強にして――という認識が当然のように出回っているのか。 その理由として魔物の活動がある。セオリー通りと言うか何と言うか、魔物達は人間を襲う。作物を奪い金品を奪い、可愛い娘や美しい女性がいればついでに彼女らもさらって行き……といった行為を当然のように行っている。 事の発端は今より十二年前。毎日のように魔物に蹂躙されていたある小さな村が、これでは近いうちに滅ぼされるということで、魔物に対して一つの罠を仕掛けた。 降伏した振りをして広場の中央に魔物をおびき寄せ、網で自由を奪った後に袋叩きにするという方法である。幸い相手は一匹。村中総出でかかれば倒せない敵ではないと判断したのだった。 結果は……成功だった。人間をなめきっていたその魔物はのこのこと広場の中央までおもむき、酒やらご馳走やらに舌鼓を打っていたところを捕らえられた。そこから先はもう人間のやりたい放題である。火矢は放つ石は投げる、槍で突いたと思ったらハンマーで思いっきりぶん殴る。最終的には体中のあちこちを串刺しにし、魔物がまだ生きている間に火をつけた。 そこだけ見れば正気を疑うような行為だが、それまでがそれまでだっただけに文句や不平を言う人間は誰一人としていなかった。何しろ、村の住人はほとんどがこの魔物に大切なもの――もしくは人、あるいは両方――を奪われた人達だったのだ。いい気味だとは思っても、哀れみなど感じるはずがなかった。 しかし。 村中で魔物が焼かれる様を見物しているとき、その魔物が苦渋に満ちた声で、こう言ったのである。 「お前ら……こんなことをしてただで済むと思うな……同胞がやられたとなれば、魔王様が黙っちゃいない……誰も太刀打ちできやしない。あの方は世界最強の魔法使いさ……精々苦しみながら死ぬといいさ、俺と同じようにな……」 死に際の負け惜しみと言えばそれまでである。事実その村は報復などされず、村人達は今も元気に日々を過ごしている。だが、だからと言って無視できるほどその魔物の言葉は軽くなかった。 魔王。 魔物達の後ろにいる黒幕の存在が、初めて明らかになったのだ。 突発的な、言わば自然災害と言ってもいい魔物による被害に頭を悩ませていた各国の王達は、これ幸いとばかりに魔王討伐の御触れを出した。倒すべき相手、憎むべき共通の敵。魔王の存在は、それこそ瞬く間に世界中に広まっていった。 そして現在。 魔王がいるとされているのは、ノースライナ高原の中央に位置するレンガの塔だ。何しろ怪しい。人が全く訪れないような極寒の地に堂々と建っている、「悪の根城です」というオーラを全開にしている塔。数々の猛者達がこの塔に挑み、そして返らぬ人となっている。今もまた、三人のパーティがここに挑んだばかりだ。 だが、しかし。 言葉を信じるならば、当の魔王は全く別の場所にいる。 たった今塔に入ったパーティの四人目。置いてけぼりをくった少女――シルフィの目の前に、自称魔王はへらへらした笑みを浮かべている。 「……」 「そんな睨まないでよ」 シルフィ自身はベッドに腰かけ、その眼前に少年を正座させている。いきなり現れた不審人物と、それを捕まえたシルフィ……構図としてはこんな感じなのだが、何故かシルフィの方に余裕がない。事態がいまいち把握できず、頭が混乱していた。 それに対して少年は……こちらは余裕そのものだった。警察に突き出されても文句の言えない立場なのに、その顔には笑みさえ浮かべている。器が大きいのか、単にバカなのか。シルフィは両方のように思える。 「……」 「ねえ。何か言ってよ。そうじゃなきゃ君が何考えてるのか分からない」 全くその通りで、いつまでもこうして黙っているわけにはいかない。シルフィは覚悟を決め、まるで世界の命運でも話しているかのような慎重さで尋ねた。 「名前はなんていうの?」 「フェイト」 あまり聞かない、珍しい名前だった。どちらかと言うとありふれている自分の名前と比べて、シルフィは自分でも何だかよく分からない劣等感にさいなまれる。珍しい名前って密かに憧れてるのよねーなどと考えながら、尋ねた。 「あなたはどうしてここに来たの?」 「君がいたから」 「……ふざけないでほしいんだけどな」 声に若干の険を含ませながら、そう言った。口で言うほど怒っているわけではないが、からかわれたままでいるのはシャクだった。 ところが、フェイトは大真面目な顔で、 「ふざけてなんかいないよ。話の通じそうな相手が君しかいなかったんだ。だからここへ来た」 「話?」 どうして自分だったら話が通じるだなんて分かるんだろう――そんなことをシルフィが思っていると、フェイトが口を開く素振りを見せた。シルフィは軽く身構え、 「僕を仲間にしてほしい」 「……は?」 身構えたまま、間抜けな返事をした。 フェイトは軽くため息をついて話し始める。 「さっきも言った通り、僕は魔王やってたんだけどね……ああ待って。別に無理に信用しろとは言わないから黙って聞いて……ぶっちゃけ退屈なんだ、魔王って。役職柄年中座りっぱなしだし、周りは人間が嫌いな連中ばっかりだからおちおち遊びにも行けないし。ほとんど監禁だよ。それにいい加減嫌気がさしたんで、今日限りで辞めさせてもらった。でも、人間の社会にはほとんど縁がないから最初に何をすればいいのか全然分からない。そんなときに、塔に入ってきた三人組が話してたのを聞いたんだ。仲間の一人を宿に置いてきたって。んじゃまあ他にアテもないしってことで、君のところに来た」 最後の台詞はほとんど聞いていなかった。 と言うのも、シルフィはその前に出てきた三人組のことで頭が一杯になっていたからだった。仲間であることはおそらく間違いない。いつも一緒にいた……シルフィが旅に出たそのときから一緒だった三人。その彼らが自分を置いて魔王の根城に挑んでいるということは、簡単には信じられなかった。 「その三人の名前は……分かる?」 「んー……そう言えば何か呼び合ってたなぁ。誰が誰かは分からないけど、アレス、ゲッソー、ノエルだったかな」 「……!」 間違いなかった。その三人組はシルフィの仲間だ。魔王かどうかはさて置いて、フェイトがそれに近い場所にいたことは確からしい。それなら――と、恐る恐る尋ねてみる。 「……ねえ、フェイト。その三人は……無事に帰れる?」 それが一番の問題だった。 シルフィを含めた四人のパーティの役割分担は、攻撃三人に回復一人。工作&参謀等の要員はなしというものである。回復役はシルフィのこと。つまり、今魔王に挑もうとしている三人は、攻撃にのみ特化したよく言えば攻撃のプロフェッショナル、悪く言えば突撃だけしか頭にない単細胞。ちなみに仲間であるシルフィが持っている印象は、後者の方が若干強い。 回復の薬は持って行ったのだろうが、攻撃バカ三人だけで魔王に挑もうなどと、無茶もいいところである。シルフィという回復役がいたときは、三人は攻撃にのみ集中していられた。しかし、シルフィがいないとなると、彼らは自分の体力を自分で管理しなければいけない。『管理』……バカが三番目くらいに苦手とする言葉である。 それでも攻撃だけなら世界でもトップクラスの三人。ひょっとしたら勢いで魔王も倒して来れるんじゃないか……シルフィはその微かな希望にすがるよりなかった。いや、自称魔王は目の前にいるわけだが、あくまで自称でしかないのでこの場合は考慮に入れない。 フェイトは……シルフィの希望を、気持ちいいほどに打ち砕いてくれた。 「無理だね。あの三人は全員死ぬよ」 「ど、どうして? どうしてよ!?」 思わず叫んで、彼の胸倉を掴もうとする。が、それは先に手首を掴まれて止められた。力を入れてもビクともしない。割と細身な体格なのに、一体どこにこんな力があるのかと思う。 「確かに、攻撃に特化してるのは認めるよ。塔に入ってきた中でも間違いなくトップクラスだ。回復や補助がなくたって、多少強いだけの相手なら倒しちゃうだろうね」 「じゃあ……!」 「でもね」 歓喜しようとするシルフィを遮って、フェイトは情け容赦ない言葉を紡いだ。 「仮にも魔王のいる塔がその程度で攻略できるなら、世の中に回復役や補助役はいらないんだよ」 怒鳴るでもなく、押し殺すでもなく。淡々と言われたその言葉は、なぜかシルフィを震えさせた。 「回復や補助がなぜこの世に存在するのか分かる? 攻撃だけじゃ勝てない相手がいるからだよ。ましてや魔王のいるとされている塔。中にいる魔物のレベルは、世の中のどのダンジョンよりも高い。あの三人は確かに強い。でも、目を疑うほど群を抜いているわけでもない。そんな程度で攻略できるほど、魔王の根城は甘くない」 すらすらと出てきた言葉に、しかしシルフィは、全く反論できなかった。 「あの三人は間違いなく死ぬよ。それもかなり惨い方法で殺される……死ぬ場所によっては殺してすらもらえないかも知れないね。何しろ特殊な趣味の奴が多いから、ひょっとしたら生きたまま標本に――」 「やめて!」 気付いたときには、そう叫んでいた。 「……もうやめて」 奇妙なほど現実味を帯びている話に耐えられない。あの三人が死ぬという可能性を認めたくない。そんな思いがあふれたような言葉だった。 「殺してやるとか言ってた割には、ずいぶんと仲間思いだね」 「うるさい!」 怒鳴られたことに目を見開いて驚くフェイトは無視して、シルフィは必死で頭を回転させた。三人を助ける方法が、何かないか。とりあえず魔王の塔へ行く手段が必要である。だが、ここから魔王の塔までは徒歩だと数日かかってしまうし、唯一あった魔王の移動アイテムは、三人が使ってしまっただろう。 ……まず移動手段がない。シルフィが絶望的な思いにとらわれかけた時、 「……そう言えば、フェイト? あなたはどうやってここへ来たの?」 「どうやってって?」 「ここから魔王の塔までは歩いたんじゃ何日もかかるはずよ? わたしの仲間が塔に入ったのを見たなら、どうやってあなたはここへ来たの?」 「ああ、それね。簡単な話だよ」 何でもないといった感じで、フェイトは頷く。 「歩くより速く移動してきたんだよ」 「そんなことは当たり前よ! その手段を聞いてるの!」 「そんなに怒らなくても……空を飛んで来た――って言うのかなあ。ちょっと表現が難しいんだよ」 「難しいって……どういうこと?」 「んー、つまりね。こういうこと」 フェイトはそう言って……何もしなかった。立つことすらしない。全く同じ姿勢のまま座り続けている。 「一体どういう……!?」 疑問の声を上げかけて、そこでシルフィは気付いた。 「フェイト! 手! その手ぇ!」 フェイトの手が、なくなっていた。手だけではない。手首、腕、なぜか服まで……文字通り“消えていく”。 「これが僕の魔法」 自身の手がなくなっているというのに全くもって冷静な声で、フェイトは淡々と言葉を口にする。 「自分の体を変化させることができるんだ。今は霧だけど、他にも色々できるよ。空気、水、火、雷……有形のじゃなければ大抵のものには変化できる。ここへは風になって飛んできたってわけ」 そう言っている間にも、フェイトの体はどんどん霧状に変化していく。腕、肩、胸、そして頭。とうとう全身が消え去った。 「……へぇー」 仲間の三人のことすら一瞬忘れ、シルフィは手を伸ばしてさっきまでフェイトがいた場所をまさぐる。当たり前だが何にも触れることはない。存在変化――こんな魔法など見るのは初めてだった。 「――僕がここまでやって来た方法を使えば、助けに行けるかもって思ったんだろうけど」 「きゃっ!」 いきなり背後から声をかけられ、シルフィは思わず悲鳴を上げる。後ろに回って実体化したらしいフェイトがそこにいた。 「それは残念ながら無理なんだ。この魔法で存在を変化させられるのは自分だけ。君を一緒に連れて行ったりすることはできない」 「……そう」 確かに、それではシルフィが助けに行くのは不可能だ。自分だけしか変化できないと言っているし、シルフィにしても正直そんな得体の知れない能力に身を預ける気にはなれない。 ……だが。 「なら、フェイトだけで行って」 「はい?」 とても意外そうに、フェイトはそう返事をした。ようやく一矢報いることができたシルフィは、ちょっといい気になりながら言う。 「ただで仲間になれるだなんて思ってないでしょ? 助けてきてくれたら、そのときはわたしもあなたを仲間だって認めることにする。それに、フェイトが助けに行けば三人も説得しやすいと思うよ」 「待って。ちょっと待って。僕に塔へ戻れと? 逃げ出して来た場所に舞い戻れと?」 「うん」 いとも簡単に、シルフィは頷いた。 「あのねフェイト。今言った交換条件もそうだけど……はっきり言って、仲間を助けようともしない奴を仲間にすることはできないの。だってそうでしょ? 他の職業は知らないけど、わたし達は仲間との信頼関係が生死に直結してる。信頼できない相手を仲間にはできないよ」 「……」 フェイトの表情に、変化が現れた。 驚きだったのかもしれないし、納得だったのかもしれないし、あるいは失望であったのかもしれない。いずれにせよシルフィには関係なかった。自分は言うべきことを言っただけ。それをどう考えるのかは、フェイトの仕事である。 ただ……もしフェイトが断ってしまったらどうしようかと思う。そのときはもう絶望だ。助けに行く手段も力もない。泣いて頼み込むしかないだろうか―― 「それとも……わたし達の仲間になるの、やめる?」 心中の不安を押し殺し、そう囁いて、しばしの間。フェイトは……頷いた。 「分かったよ。僕の負け。行くよ、行くからさ」 『降参』とでも言うように両手を上げ、苦笑しながら、 「だから……そんな不安そうな顔しないでよ」 「……」 バレていた。上手く隠していたつもりだったのだが……やはり、表情のどこかに現れていたらしい。 やる気になってくれたらしいフェイトは立ち上がり、軽く背伸びをして具合を確かめるように腕を回す。そして、その状態のまま思い出したように振り向いた。 「僕一人帰ってくるわけにはいかないから、次に会うのは何日か後だけど。そのときはまたよろしく」 「うん。……三人のこと、よろしくね」 シルフィがそう言う間にも、フェイトの身体は徐々に変化を始めている。さっきの霧よりも数段早い。どうやら変化の早さも自分の意思でコントロールできるらしかった。 「そう言えば、名前をまだ聞いてなかった。何て言うの?」 「そうだっけ。わたしは……わたしの名前は、シルフィ」 「ふーん」 その声を発した者の姿は、既にない。 “良い名前だね……それじゃ、ちょっと行ってくるよ” 「……やはり、三人だけではきつかったか」 シルフィ一行のリーダー格。勇者アレスは苦渋に満ちた声で言った。 魔物に対処できるレベルではあるのだが、とにかく数が多い。倒しても倒しても倒しても倒しても出てくる。勇者の首はもらったとか、今夜は人肉パーティだとか、他人の家に無断で入り込んでんじゃねぇとか、最後の例外を除けば実に魔物らしいことを言ってくれるのだった。 回復用の薬は腐るほど持ってきたはずなのに、残りの数が心配になってくるほどだ。道程が長く、障害は山ほど……過去、魔王討伐に出かけた何人もの戦士達が帰って来なかった理由は、案外これなのかもしれない。 魔王という特定の相手がいるのではなく、この塔全体が『魔王』なのではないか……疲労しきった頭で、そんなことを考えた。 「だがなぁ……シルフィの奴を連れてきても、状況がそう変わるわけでもないと思うぜ……このっ!」 横から飛び出してきたスライムを蹴飛ばしながら、戦士――ゲッソーがぼやいた。 確かにその通りではある。シルフィは回復効果を持つ珍しい魔法の使い手で、この場にいれば相当頼もしい存在だっただろう。だが、それでもやはり限界はある。彼女の魔法もいつか撃ち止めがくる。しかも彼女の場合、攻撃方面ではほとんどアテにならない。仲間に対してあまりこういうことは言いたくないが……彼女を守らなければならないために、かえって負担が増す可能性もある。 「大の男が二人も揃って……今更ぐだぐだ言わないでよっ!」 ハンターのノエルが、空から攻撃してくるドラゴンやらに向けて矢を放つ。半端な武器では傷一つつけられないドラゴンの皮膚だが、目だけは別だ。神業とも言える正確さで、ノエルは次々とドラゴンの眼球を射抜いていく。 「そうだな。すまん」 アレスは一言謝り、目の前にいたガイコツの兵士を渾身の力を込めて叩き斬った。モロいガイコツが粉々になり、再生される前にそれを踏み潰して粉々にする。骨が原型を留めていなければ再生される恐れはない。 だが、敵の数はあまりに多い。倒しても倒しても、どんどん上へと続く階段から湧いて出てくる。順番待ちまでしているようだ。はっきり言って……さばききれる数ではない。人間の中でも有数の攻撃力を持つ三人だったとしても。 それでも、諦めるくらいなら最後まで戦った方がマシだ――アレスがそう思ったその時。 「……やれやれ。たかが人間が、ずいぶんと往生際の悪いことだな」 しわがれた、醜悪な声が聞こえた。同時に魔物の攻撃が一斉に止まる。何事かと思って声のした方を見ると、 「お前らだけだぞ? 生き物の中でも、そこまで自分の死期というものを知ろうとしないのは。少しは恥と思わないのか?」 老人……である。狡猾そうな瞳の、声と同様醜悪な顔立ちの老人。その態度、威厳共に、他の魔物とは明らかに一線を画している。 「お前が……魔王か?」 アレスがそう問うと、老人はニヤリと不気味に笑った。 「そうだ……と言いたいところだが、違う。私はただの代理よ。お前らごとき、魔王様が相手をする必要などないのでな」 「魔王はどこだ? この上にいるのか?」 「そんなことを知って何になる? 挑むつもりか? 魔王様の配下である魔物相手にそのザマだというのに? はは……はははははっ! やめておけやめておけ! そんな程度ではあの方には到底敵わぬ!」 得意そうにそう言う老人。アレスの後ろで、ゲッソーが苦々しげに呟いた。 「……とか何とか言って、本当は魔王なんかいないんじゃねえのか?」 「――っ!」 一瞬、 ほんの一瞬、老人の顔に焦りが走った。アレスは怪訝に思う。何だ? 今の反応は? 「……ひょっとして、図星?」 アレスと同じことを思ったらしいノエルが、信じられないといった顔でポツリと言う。老人の顔に、今度こそはっきりと焦りが見え、 「ふ、ふん……だから何だと言うのだ? お前らはどうせ魔王様のところにはたどり着けない。ここで死ぬのだからな」 開き直りやがった。いないのかよ! と心の中でツッコミを入れながらも、言ってることは確かにその通りだとアレスは渋々認め―― “……いやー、それはないと思うよ” どこか間延びした、少年の声が響いた。 「? 何だ今のは?」 「さあ……」 「いよいよ幻聴が聞こえ始めたかしら……?」 アレス達三人が思い思いに呟き、それに答えるかのような老人のうめき声が、微かに聞こえてきた。 「ま……」 信じられないといった声。 「魔王様……?」 「……やあ、ゴンザレス」 その声はアレス達の背後から聞こえてきた。慌てて振り向くと……そこには、場違いなほどに余裕な笑みを浮かべた少年がいる。 一体いつの間にそこに来たのか、三人は全く気付かなかった。 そんなアレス達の驚きをよそに、少年は勝手に喋り始める。 「ちょっと用ができてね。戻ってきた。ま、またすぐ行くけど」 「は、はあ……て、お待ちください。あなたは何故そこにいるのです?」 と、 ゴンザレスというらしい老人が示したのは、言うまでもなくアレス達の傍。見ると、周囲の魔物たちは困惑したようにアレス達――正確に言えば少年を囲っている。 「早く離れてください。そやつらは今すぐ処刑いたします」 「いやー、それがさー」 ゴンザレスの恐ろしげですらある言葉に、少年は間延びした返事を返す。 「用って、実はこの人達を助けることなんだ。だからダメ。処刑禁止」 「なっ――」 絶句するゴンザレスを無視して、少年は今度はアレス達に話しかけてきた。 「シルフィから伝言」 「え? ――し、シルフィ?」 「ちょっと待て。どうしてお前があいつのことを――」 「て言うか、本当にあなたが魔王なの?」 その問いに答えはない。代わりに、 「『帰ったら五回くらい殺してやる』だってさ。気の毒にね……せっかくここで助かっても、どのみち死ぬ運命にあるなんて」 『――!』 いかにもシルフィが言いそうな台詞に、三人が思わず息を飲む。行くも地獄退くも地獄――何故だか知らないがそんな言葉がアレスの脳裏をよぎり、その時復活したらしいゴンザレスが叫び声を上げた。 「な、何を言っているのですかあなたは!!」 「何をって、聞いての通りだよ」 ゴンザレスに向き直り、フェイトは真剣な口調で答えた。ところがそれが勘に触ったらしく、再び怒鳴り声。 「正気ですか! 魔王の身で人間を助けるなどと! まさか魔物としての誇りを捨てたわけではあるまいな!?」 「人間を虐げて馬鹿みたいな優越感に浸るのが魔物としての誇りなら、そんなものいくらでも捨てるよ」 「魔王さ――」 「ゴンザレス」 言い募ろうとするゴンザレスを遮って、どうやら本当に魔王らしい少年は静かに言った。 「僕はもう決めた。これからは人間として生きていく……邪魔するなら、容赦はしない」 最後の台詞には、威圧感すらあった。呆気にとられているアレス達に向かい、少年が告げた。 「僕はフェイト」 「え?」 「僕の名前。詳しいことはシルフィも一緒に話したいから、とりあえずここを出よう。もう魔王はいないんだから、こんな場所に用はないでしょ?」 そう言いながらフェイトはさっさと歩き出す。アレス達は慌ててそのあとをついて行こうとするが……すぐに立ち止まることになった。 ゴーレムその他の魔物達が、フェイトの前に立ち塞がっている。たとえ元魔王であろうと、裏切り者は許さないということか。 アレスは無言で剣を構え、ゲッソーとノエルもそれに倣う。結局戦わなければ出られそうにない。満身創痍の自分達と、武器の一つも持たない元魔王……突破できるとは思えないが、やるしかない。 だが、 「フェイト…君?」 「問題ないよ」 フェイトが片手でアレス達を制した。ゴーレム達を見上げて言う……嘲笑うように。 「僕を止める気?」 「……」 「悪いことは言わないから、やめた方がいいよ。分かってるんだろう? どうあがいたところで、お前らじゃ僕には絶対に敵わない」 「……」 「……死にたいのか?」 ゾクリと、 自分達が言われたわけでもないのに、アレスの背中に悪寒が走った。 「死にたいならいくらでも殺してやるけど……できるなら元部下を手にかけたくない。三秒待ってやるから、すぐに道を開けるんだ」 特に威圧しているわけでもないのに、フェイトの声は氷の冷たさを思わせる。傍で聞いているだけでこれだ。もし面と向かって言われたりしたら……考えただけで恐ろしかった。ちらと盗み見ると、そう思っているのはアレスだけではないらしく、ゲッソーとノエルも似たようなことを考えているような表情だった。 「いーち」 秒読みが始まる。魔物達は動かない。逃げるでもなければ、攻撃を仕掛けることもない。 「にーい」 と言うより、動けないのかもしれない。逃げるのは裏切り者を見逃す行為になるから許されない。が、攻撃を仕掛けても待っているのは絶対の死――動きたくても動けない、そんな状況に陥ってしまっているのかもしれない。 「さーて、と。結局誰も逃げなかったか……ま、分かっちゃいたけど」 ほんの少しだけ残念そうな声で、フェイトはそう呟き、 「じゃあ、さよなら。皆」
宣言した。 |
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