出来損ないの支配者

 

 そして、雷鳴が轟いた。

 一瞬だった。ほんの一瞬のうちに全てが閃光に包まれ、凄まじい熱量がフロア全体に行き届く。目を開けていられず、耳の機能が完全に麻痺し、あまりのエネルギーにアレスは死さえも意識した。膝をつき、反射的に目をかばったまま動けない。

 何が起こったのか、全く見当もつかなかった。

「う……」

 まだよく見えていない目を何とか開き、一体どうなったのか、アレスは状況を確認しようとする。

 ――目の前に広がっていたのは、惨劇の後だった。

 まず、果てしなかったはずの上の階がない。それを支えていた壁もない。床にはヒビが入っていて、もうじきこの階もなくなろうとしている。あれほどいたはずの魔物達は一匹残らず消し飛んでいて、ただノースライナ高原の吹雪が吹き荒れる音だけが耳に響く。

 そしてその中に、フェイトが一人突っ立っていた。

「……だから逃げろって言ったのになあ」

 そこにあるのは悲しみではなく、哀れみでもない。

 ただ呆れているような、そんな淡々とした言葉だった。

「で、あんた達は大丈夫? 一応触れないように気をつけてはいたけど。どっか怪我とかしてない?」

「え? あ、ああ。俺は別に……」

「俺もだ」

「私も。かろうじてだけど」

 返事をしかけたアレスの後ろで、無事だったらしいゲッソーとノエルが声を上げた。二人の声には生気がない。おそらく自分も、似たような声をしているのだろうと思う。

 シルフィを連れて来ればまだマシだったなど、とんでもない思い違いだった。アレスは今、心の底からそう思っている。

 回復役が一人いようがいまいが、こいつは……魔王は、全く構わずに消し飛ばすことができるのだ。魔物を統べる王の名は伊達ではない。こいつが持っている破壊力の前では、人間の抵抗など何の意味も持たない。

「……」

 アレスが今、十歳近く年下に見えるフェイトに感じているもの。

 それは、紛れもない恐怖だった。

 

 魔王の塔が崩れたという話は、とんでもないスピードで世界中に広まった。

 アレス達が戻ってくる前にシルフィの耳にその話が入ったのだから、口コミの速度は恐ろしいものがある。留守番をしている町で、シルフィは半ば呆然としたまま、狂喜する人々を見つめていた。

 魔王の塔が落ちたということは、フェイトが間に合ったという証拠だろう。ひょっとしたらアレス達が自力で……という可能性もなくはないが、フェイトの「三人は絶対に死ぬ」という話に妙に説得力があったため、それはないだろうと思っている。

 いずれにせよ、戻ってきた三人+一人を迎えたとき、シルフィの心の中にあるのは八割方の喜びと……置いてけぼりにされたことに対する、二割程度の怒りだった。

 

「どうしてわたしを置いて行ったりしたの!」

 ずっと泊まっていたためすっかり我が家と化した宿屋の一室。シルフィはありったけの大声で、正座させた三人を怒鳴りつけた。どう考えても二割なんてもんじゃないような怒り方である。

 魔王を倒した勇者一行ともなれば歓迎パーティーの一つや二つ開かれてもおかしくなさそうだが、アレス達が世間的に有名になるのは国王によって正式に勇者と認められた後である。ちなみにそれに関しては黙ったまま名乗らないでおこうと結論が出ていた。別に名を売りたくて塔に行ったわけではないし、置いてけぼりにされたシルフィやフェイトの立場を説明するのに手間取りそうだったからである。

「あなた達は攻撃しか脳のない特攻バカなんだから! 回復役がいなきゃどうにもならないでしょ! 特に周囲を囲まれるような状況じゃ、いちいち回復用の薬を使うのだって手間なのに!」

「バカ……」

 ショックを受けたような表情をするアレスだが、シルフィは追撃の手を緩めない。ちなみに、フェイトは我関せずとばかりに椅子に座ってニヤニヤしていた。

「おまけに死に掛けてたって言うし! フェイトがいなかったら本当に死んでたじゃない! どうしてわたしを置いて行ったりしたの!」

「いや、それは……」

 しどろもどろになるアレス。横に座るゲッソーとノエルも、何だか非常に言いづらそうな顔をしている。どうにかして言い訳を捻り出そうとしているようだが……横から、相変わらず場の雰囲気というものを考えない声がした。

「シルフィはまだ若いから、死なせたくなかったんだってさ」

 あっけらかんとしたフェイトの声。シルフィにとってはただの横槍でしかなかったが……表情を見るに、アレス達にはより拷問を過激にするよう命じる敵の偉い人の言葉に聞こえたようだった。

「……それ、本当?」

 氷のような声で、シルフィは問いただす。アレス達は互いに顔を見合わせ……やがて、観念したように頷いた。目を閉じて、次に来るであろう雷に耐える姿勢をとっている。

 だからというわけでもないが、シルフィは遠慮なく雷を落とした――静かで、だからこそ不気味な雷を。

「……死なせたくなかった。ふーん? 死なせたくなかった? へー、そう。まだ若いから。そうね、二十歳こえてないのはわたしだけだったもんね。あなたたちだってもうすぐ四十歳のゲッソーを抜かせば二十一と二十三だからわたしとそんなに違うとは思えないけど、まあ最年少だってことには変わりないよね」

「……あのさシルフィ。まず落ち着こう。にこやかに語りながら杖で殴ろうとするのはやめようよ。アレス達は今抵抗できないんだから。いくらシルフィが非力でも真上から振り下ろしたら頭割れるから。口だけにしよう。ね?」

 笑顔で魔法使いが持っている杖(実際は殴るための鈍器)をスタンバるシルフィを、さすがにやばいと思ったのかフェイトが止めてきた。シルフィはしばらく彼を不服そうに眺め、いっそこいつも殴って黙らせようかとも一瞬思ったりしたが……宿屋で流血沙汰はいくらなんでもアレなので、渋々ながら杖を床に置いた。

「わかった」

「うん、ありがとう。それじゃ続けて」

 フェイトが身体をどかし、その先には青くなっている三人。再び怒鳴ろうと口を開きかけ――閉じた。なんだか急に怒りが冷めてしまった。

 フェイトに水を差されて頭が冷えた……という理由もあるが、もう一つ。認めたくはないが、攻撃方面ではまるっきり役立たずな自分を置いていったアレス達の判断は正しいという考えは、シルフィの中にも確かにあったのだった。

 だから、いつまでも怒りを感じていることはできない。自分にも非……はないような気がするが、仕方のない部分があった以上は。

 シルフィは深呼吸を一つし、静かに言った。

「……もう、置いていったりしないでね。ちゃんとした理由があるなら無理に連れて行けなんて言わないから。お願いだから縛り上げてクローゼットに放り込むような真似は二度としないで。死ぬかと思ったんだから」

 暗闇の中の酸欠に空腹、そして喉の渇き――クローゼットの中で感じた恐怖を思い出し、シルフィはしみじみとそう言った。

 

 置き去り云々は一段落したものの、最大の問題がまだ残っている。シルフィはアレス達三人と一緒に、椅子に座って能天気な笑顔を浮かべているフェイトを見やった。

「ん?」

 視線に気付いたのか、フェイトがこちらを向いてくる。こういう部分だけ見れば完璧に人間だし、戦闘力も申し分ないのだから別に新たな仲間として一緒に連れて行ってもいいような気はする。だが、

「……シルフィ。あいつは……危険だ」

 一行のリーダーであるアレスが、彼を連れて行くことに難色を示しているのである。だが、仮にも命の恩人であるフェイトを拒む理由がシルフィには分からない。

 しばし相談と称して部屋の隅でこそこそやっている四人。シルフィはアレスに尋ねた。

「どうして? 確かに凄い魔法が使えるとは思うけど――」

「いや、問題はそこじゃねえんだ」

 ゲッソーが横から口を出してくる。相手が熊だろうが竜だろうがお構いなしにケンカをふっかけるほど好戦的な彼までもが、フェイトに恐れをなしているらしい。

「確かにあいつの魔法は強力だし、一緒に連れていけば戦力にはなるだろうよ。今こうしている分には、性格にも特に問題はないように見える」

「だったら、」

「でもな……お前は見てないから分からないだろうが、あいつは自分の元部下を何の躊躇いもなく消し飛ばしたんだ。分かるか? 自分の邪魔をする奴は誰だろうが……たとえ家族だろうが容赦しない。そういうタイプなんだ。俺達がいつ元部下の立場になるか分かったもんじゃねえ。力ずくで止めようにも……あいつは強すぎる。俺達の手に負えねえ」

「言葉で言い聞かせればいいよ。言って聞かないほど子供じゃないんだから」

「言い聞かせるためには、最低限相手が常識を備えていなければならない。彼は人間の社会についてほとんど何も知らないんだろう? それでは無理だ。話し合いにならない」

 これはアレス。シルフィは思う。知らないなら教えればいいだけの話ではないか。何で、大の大人が二人も揃ってフェイトに怯えているのだろう。これではまるで……厄介者を引き取るのは避けたいと言っているかのようだ。過度な期待を寄せるつもりはないが、少し情けないんじゃないか。

その思いを口に出そうとする直前。それまで黙っていたノエルが、疑問を口にした。

「シルフィ。あんたこそ、何でそんなにあの子の肩を持つの?」

「それは……だって、皆を助けてくれたのはフェイトなんだよ? ついでに言うとクローゼットから出してくれたし。フェイトが何か危ない性格らしいのは分かったけど……でも、」

「でも?」

「……本当に気に入らないから消し飛ばすような性格だったら、皆を助けに行ったりしないよ」

 それに、とシルフィは心中で付け加える。あのときフェイトは言った。助けに行くから、不安そうな顔をしないでくれ、と。アレス達が言うような考え方をする奴が、そんな台詞を言えるとはとても思えない。

「フェイト!」

 ここであーだこーだ論じているよりも、本人に直接聞いた方が早い。そう判断するや否や、シルフィはフェイトに呼びかけた。退屈そうに窓の外を眺めていたフェイトが振り返る。

「ん?」

「今聞いたんだけど……魔王の塔で、どうして元部下を消し飛ばしたりしたの? ……邪魔だったから?」

 フェイトは、何でまたそんなことをという顔で、

「そうだよ」

 あっさりと頷いた。シルフィが一瞬硬直する。……が、その後でこう付け加えてきた。

「さっきから話を聞いているとどうも何か勘違いしているみたいだけどね。別に僕は気に入らないからあいつらを殺したわけじゃないよ」

「聞いてたの!?」

 思わず声を上げた。アレス達も同じように驚いている。フェイトは渋い顔で「耳は良い方なんだ」と言い、

「むしろ逆に聞きたいんだけどね。僕がああしなかったら、どうやって脱出するつもりだったの? あいつらは裏切った僕を見逃すようなことは絶対にしない。それは長年魔王やってた身として保証する。魔物っていうのは基本的に命よりもプライドを優先するんだ」

「だが、別に殺すことはなかっただろう!? 壁に穴でも開けてそこから――」

 声を上げたアレスに、しかしフェイトは呆れたように一言。

「あそこ何階だったと思ってるの?」

「――!」

 率直かつ的確なツッコミに、呆気なくアレスが言葉をなくす。

「僕のことが気に入らないってのは、それは仕方ないとは思うけどさ。変な誤解しないで欲しいな。理由もなく誰かを殺したりするほど僕は狂っちゃいない。あそこでああしたのは他に方法なんかなかったからだよ。……それにまあ、個人的な怨みもあったしね」

「……怨み?」

 その言葉が引っかかり、シルフィは聞き返した。が、フェイトはわずかに渋い顔で「何でもないよ」と答えただけ。喋り過ぎたことを後悔しているかのような表情だった。

 気まずい空気が、部屋の中に流れる。最初に口を開いたのは……アレスだった。何かを決意したかのような表情で、

「……まあ、確かに命を助けてもらったのは事実だ。シルフィの言うとおり、俺達が思っているほど君は危険じゃないのかもしれない」

「……」

 黙っているフェイトに、アレスは「だが」と続け、

「だからと言って、俺達が君に抱いた印象が消えるわけじゃない。疑いはしないが、心から信用もできない……今の君の立場はこんなところだ」

 聞きようによらなくとも物凄く無礼な言い方だが、フェイトは特に気分を害した様子もなく話を聞いている。もっともなことだとでも思っているのか、表に出さないだけで内心は怒り狂っているのか。普通、ここまで言われたら「そんなに嫌なら、無理して仲間にしてくれなんて言わないよ」と思うところなのだが……それだけ必死だということだろうか。フェイトは文句一つ言わない。

「そこでだ。一つ、お互いに妥協しあおうじゃないかと思う」

「……と言うと?」

 アレスの提案に、フェイトはわずかに怪訝そうな顔をする。シルフィも、ゲッソーやノエルと同じように、アレスの口の動きに注視する。

「魔王の塔挑戦に際して、俺達は金もアイテムもほとんど使ってしまった。旅を続けるには金を稼がなければならないから、最低でも一ヶ月はこの町にとどまることになる」

 その間に、と、アレスは何故かおもむろにシルフィを指差し、

「シルフィから人間界のことについて一通り学んでくれ。一ヶ月あっちこっち連れ回してもらえば、常識くらいは身につくだろう。君を仲間にするかどうかはその後決める。どうかな?」

「はい?」

 疑問の声を上げる。が、それはあっさりと無視されて、

「……なるほど。うん。僕はそれでいいよ」

「決まりだな」

「ちょ、待って、ちょっと待って」

 頷いたフェイトを遮るように、シルフィは横から割り込んだ。

「何? どうしていきなりそんな話になってるの?」

 話の展開について行けずにそう言うと、アレスとフェイトはネタ合わせでもしていたかのように同時に振り向いて、

「シルフィは、フェイトの面倒を見るのが嫌なのか?」

「ひどいなあ。シルフィにまでそんなこと言われるなんて思わなかったよ」

「何で二人揃ってわたしを非難してるのよ! あんた達お互いに何て言うか嫌いな相手じゃなかったの!?」

『いや、別に?』

 ハモりやがった。人に何かを押し付ける時だけ意気投合しやがって……妙に怒りを感じるシルフィに、ノエルが後ろからそっと声をかけてきた。

「まあまあ。落ち着きなさい。あんたに頼むのにはちゃんと理由があるんだから」

「理由も何も今のはアレスの思いつきじゃない! ノエルが理由なんか知ってるわけないでしょ!」

「うっ……だ、だから。私も今分かったのよ」

「わたしが一番押し付けやすいから? そりゃ確かにフェイトと最初に会ったのはわたしだし、フェイトを仲間にしようって言ったのもわたしだけど――」

「それもあるけど……ああ待ちなさい、最後まで聞いて。あのね。身も蓋もないことを言うと、若いあんた達は仕事をもらいにくいのよ」

 再び文句をつけようとするシルフィを制止しながら、ノエルは言う。

「私達はそれなりの装備をしてるけど、あんた達はただでさえ見た目丸腰。特にフェイトなんかは武器も防具も、アイテムすら持ってない。しかもどっちも歳が十代ってのが致命的ね……そんな奴に仕事は任せられないっていう人が多いのは知ってるでしょ?」

「それはまあ……ん? ちょっと待ってよ。ノエル、一体どんな仕事をする気?」

「え?」

 引っかかるものを感じて尋ねると、ノエルはなぜか固まった。ゲッソーが向こうで「バカッ」という顔をしている。見ると、アレスも「ギクリ」という表情を浮かべている。その対面ではフェイトが、

「……若いってとこだけ言っておけば良かったのに。でも、あんた達も懲りないね。ついこの間塔で死にかけたばかりなのにさ」

 その一言が決め手だった。

 ついでに言うと、フェイトの言葉に対するアレスの「わっ 言うな!」という呟きがダメ押しだった。

「……皆、まさかまた自分達だけで魔物退治しようとしてる……?」

 まさかも何も疑いようがない。そりゃシルフィが仲間になる前は三人で退治をしていたのだから、彼らにとっては危険でも何でもないのだろう。だが、魔王の塔で散々な目に遭ったのはついこの間である。正確に言うと五日前である。反省という言葉を知らないのか……と、シルフィが怒りを通り越して呆れ、再び怒鳴ろうと口を開きかけ、

「……あー、ちょっといい? またシルフィのお説教を聞かされるのも困るからさ」

「そ、そうだな。俺もそうおも――」

「アレスは黙ってて」

 意外なことに、フェイトが(三人にとっての)助け舟を出した。いっそ微笑ましいほどに救われたような表情をしたアレスに睨みをきかせ、シルフィは問う。

「何かいい案があるの?」

「うん。別に、一ヶ月中ずっと魔物退治してるわけじゃないんでしょ? だったらさ、退治に出かけるときは僕達もこっそりついて行くっていうのはどう? あ、心配しなくても、僕は見学してるだけだから」

 手は出さないよ、と笑顔で念を押してくる。

 その提案をシルフィは考える。確かにそうすれば三人の危険はぐっと減るし、フェイト自身が反則的に強いから彼の身の安全は考慮に入れなくて済む。それに、魔物退治の間に人間社会について色々と教え込んで、普段の生活でそれを実践という形にすれば、ぶっつけ本番で教え込むよりも事はスムーズに進むはずだ。

 ただ、

 フェイトは仮にも元魔王である。仲間であった魔物を退治する仕事に、抵抗を感じることはないのだろうか。変な情けをかけて邪魔をされてはかなわない。

「大丈夫なの? 元々の仲間と敵対するんだよ?」

 それに対するフェイトの答えは、実に簡潔だった。

「ん? ああ、そういうのは平気。だって、元々魔物に仲間意識なんてないんだから」

「……へ?」

 意外な答えに、シルフィは間抜けな声を漏らした。同じように疑問を持ったらしく、アレスが「どういうことだ?」と聞いている。

「えっとね。何て言うのかな……魔物には基本的に友達とか仲間とか、そういう感覚がないんだよ。塔にいた連中も、ただ群れていた方が何かと都合がいいからあそこにいただけで。上下関係はあったけど、それも単に強い順だったしね……要するに、協調性? そういった要素が皆無なんだ。だから、仮に目の前で退治されようと、魔物は何も感じない」

「そ、それでも少しくらいはあるでしょ? 人間と魔物とどっちを選ぶって言われたら、魔物の方を選ぶんじゃないの?」

「選ぶ基準は『どっちが自分にとって都合がいいか』でしかない。どっちもどっちだった場合は、その選択を迫った奴にこう言うよ。『お前の好きな方を選べ』ってね」

「……それじゃあ、何で?」

 フェイトの言葉が信じられず、シルフィは呟いた。彼の言葉が本当だとしても、どうしても説明できないものがある。

「何が?」

「どうしてフェイトはわたし達の仲間になりたいなんて思うの? だって変じゃない。魔物に仲間意識なんてないんなら、フェイトだって別に仲間が欲しいなんて思わないはずでしょ?」

 フェイトが仲間を欲しがる理由は、人間社会の常識を教えて欲しいから。最初に出会ったときにそう聞いた。教師として誰かが必要だから――と、ただそれだけの理由なら、今言われた『便利だからくっついてるだけ』というものにピタリと一致する。

 アレス達を助けに行ったのも、そうしなければ仲間とは認めないとシルフィが言ったからだ。仲間意識というものがない以上、塔にいる魔物は名前を知っているだけの他人でしかない。行くのも助けるのもフェイトにとってはほとんど問題がないのだから、これも少し手間がかかったくらいにしか思わないのかもしれない。

 だが、それなら、不安を感じているシルフィを慰めることはないはずだ。さっさと行ってさっさと帰ってくればいいだけ。それだけでも条件は果たすのだから、変な優しさを見せる必要はないはずである。あのことに妙にこだわるようだが、シルフィにとってはそれだけ重要なことだった。正直に言うと……あの一言でどれだけ気が楽になったか知れない。

「……そうだね」

 ややあって、フェイトは答えた。恐ろしく簡潔に。

「それはきっと、僕が魔物として変わってるからだと思うよ」

「変わってるからって……もうちょっと真面目に答えてよ」

 さすがに納得できないシルフィの返事だが、フェイトは肩をすくめて、

「だって、それ以外に思い当たるものがないんだから。何だか知らないけど、僕は魔物よりも人間に甘いって言うか共通するものがあるって言うか、とにかくそういう部分があるんだよ。それに正直言ってね、魔物ってどう頑張っても仲間だと思えないんだ。人間に対しては何の問題もなくそう思えるのに……まあ、別にいいじゃん。そんな特別な理由じゃなくたってさ」

「そりゃそうだけど……」

 何となく妙なものを感じながら口ごもる。今のは、魔物としては十分に特別な理由じゃないのだろうか。魔物に対して仲間意識がなくて、人間に対してはあるというのは……何か、ただ変だというだけでは片付けられないような気がした。

「そんなことより、何だっけ? 魔物を目の前で退治しても平気なのかってことだけど、今言ったように全然平気。大丈夫。問題全くナシ」

「まあ、フェイトがそう言うんならいいんだけど……皆は? 何か言いたいことある?」

 首を傾げながらもシルフィは頷き、後ろのアレス達に問いかける。三人とも、首を横に振った。

「それじゃまあ……とりあえず、一ヶ月だけよろしくね。フェイト」

「うん。こちらこそ」

 差し出した手を、フェイトは笑顔で握り返してくる。

 一ヶ月の、言うなれば研修期間。とりあえず何から教えようかとシルフィは考えて、

 ……最初に、色々と問題のある彼の魔法を禁じなければ思った。他人に見られたら非常にまずいので、これは仕方ないだろう。それ以外に何かあるだろうかと考えて、ふと気になって尋ねてみる。

「フェイト……買い物の仕方とかは、分かる?」

「ううん。分からない」

 にっこりと。

 一ヶ月後が思いやられる返事を、フェイトはあっさり口にした。

前へ戻る 次を読む


よろしければ感想をお願いします。

お名前:

メールアドレス:

評価などありましたら(必須じゃないです):最高 まあまあ 普通 ちょっと…… つまらん

コメント:
   

トップへ戻る