出来損ないの支配者

 

 先に気付いたのは、アレスの方だった。

「……フェイト」

 声をかけると、フェイトは「ん?」と返事をしてこちらを向いてくる。まさか気付いてないのだろうか。元魔王ともあろう者が……

「……後ろに五人ほどいる。俺達の後をつけて来てるようだ。振り向くなよ」

 疑問を感じながら言ってやると、フェイトは明らかに驚いたような顔をした。こいつよくこれで魔王やってこれたなと思う。確かにあの魔法があれば囲まれようが大人数で来られようがあまり関係ないのだろうが、それにしても尾行されていることに気付かないというのはお粗末過ぎる。

 だがまあ、今はそんなことを言っている場合でもないだろう。それに、フェイトは単に魔法が強いというだけで、戦いのイロハに関しては素人という可能性もある。

 いずれにせよ、指示は出してやる必要があるだろう。

「俺が片付けるから、お前は適当なところで横道に入るんだ。誰か追って来るかもしれないから、人目がなくなったところで霧なり風なりになって俺のところへ来い。ただし、俺が全滅させるまで姿は消したままでいるように」

「……分かった。けど、僕がやった方が早いんじゃない?」

「ただ倒すだけならそうだけどな。何故俺達をつけるのか、その理由を聞く必要がある。理由もなく他人を尾行するなんてことはないから、何か……俺達にとってあまり気分の良くない理由があるはずだ」

 簡単に説明してやると、フェイトはなるほどと言うように頷き、尊敬に近いものをたたえた瞳でアレスを見つめてきた。よせと思う。あの程度の思考は、こういった暮らしをしていれば当たり前のように出てくることなのだ。

「とにかく。お前は一切手を出すんじゃないぞ。それに、今気付いたがお前の魔法だと周囲にまで被害が出るんじゃないか? それは困る」

 言うと、素直に頷きかけたフェイトは、わずかに不満そうな顔をした。

「あのさ……塔をぶっ壊したとき、僕はアレス達には傷一つつけなかったはずだけど?」

「……それもそうか。それじゃまあ、危なくなったら一応手を貸してくれ。万が一にもないとは思うけどな」

 冗談めかして言うと、フェイトは首を傾げる。呆れたような口調で、

「ずいぶんな自信だね。あのさ、こう言っちゃなんだけど、アレスってあんまり強そうに見えないよ。本当に大丈夫?」

 アレスは軽く笑って、あっさりと返事をした。

「よく言われるが心配ない。これでも十年近くこういう生活をしてきたんだ。荒事には慣れている」

 すぐ近くにちょうどいい路地があったので、フェイトにそこに行くよう指示した。何となくまだ心配そうな顔をしてこちらを見ている。苦笑して、早く行けとばかりに手をひらひらとやってやる。フェイトはそれでもわだかまりがあるような顔をしながら、角を曲がって姿を消した。変なところでおせっかいな奴である。

 後ろについてきた五人のうち、一人が路地へ入っていく気配。年端もいかぬガキ一人に何人も割いてはいられないということか。別にどう思おうと彼らの勝手だが、一人ではフェイトを見失ったとき立場に困るだろうと思う。ガキ一人尾行できない間抜けのレッテルを貼られてしまうことになるのだから。

 フェイトは文字通り消えてしまうのだから。尾行などできるわけがないのだ。

 まあ、残った四人は四人で、たった一人にぶちのめされたザコという汚名を着ることになる。だから大して変わりはない気もした。

 四人は町中で襲って来るつもりはないらしく、アレスがいくら待っても姿を見せて来ることはなかった。フェイトは既に頭上にでもいるのだろうか。変化能力が彼の魔法である以上、いつかは限界が来ることになる。仮にも魔王だったのだからすぐにどうこうなるとも思えないが、早いうちに後ろの鬱陶しい奴らを片付けてしまった方がいいだろう。

 ――来ないのなら、いっそこっちから。

 アレスはいきなり、フェイトが入って行ったのと同じような路地に駆け込んだ。後ろの奴らは面白いほど動揺し、慌てて後を追ってくる。一つ目の角を曲がり、二つ目の角は左に曲がり、

 直後に立ち止まって、剣を抜いて息を殺した。バタバタという足音。一流の刺客はどんな場面でも足音など絶対にたてない。よって、こいつらは二流もしくは三流だ。対象がちょっと妙な行動に出ただけで浮き足立つなどと。

 足音が近づいてきて、一人目が、角を曲がってきた。

 目が合った。

 驚愕も疑問もなく、ただアレスがそこにいるのが理解できない男の顔。それを見つめながら、アレスは何の遠慮もなく、そいつに手加減一切なしの一撃を食らわせた。

「うぉっ!」

 たった一撃で吹っ飛んで、壁に当たって動かなくなる。急所ではないが傷が深い。まあ、運が良ければ生き延びるだろう。

「――!」

 一人目があっさりやられ、残りの三人は哀れなほど浮き足立ちながら、それぞれの武器を構えた。ナイフ、トンファ、一人は素手。獲物が小さいからと言って侮るつもりはないが、この場合は使い手があまりにも情けなさ過ぎる。弱いものいじめならいざ知らず、武器を持った相手と戦うなど初めての経験なのではないか。

 こいつら程度では自分の敵ではない。こっちは武器の扱い方を知っている連中を何人も相手にしてきたのだ。速ければ二、三秒。遅くても五秒以内にはケリがつくだろう。自分で言うのも何だが、実力が違いすぎる。

 ――ならば、

「なあ、君たち。どちらも武器も持っていることだし、このままやり合えば必ず怪我人が出る。それはお互いに望むところではないだろうし、どうだろう? 一つ二つ質問に答えてくれれば、俺は君たちに危害を加えはない。お互いに会わなかったことにしてそのまま家に帰る。それで円満に解決するんだが……」

 町のチンピラと大して変わりないような三人は、しかし、アレスをぼんやりと見つめていた。覚えがある。ときどきシルフィが自分に向ける目つき。

 こいつアホか? と思っている目だ。

「……聞き入れてはもらえないようだね。残念だ……ならばさあ、来るがいい!」

 宣言して、アレスは剣を構えた。アホを見る目をしていた三人も慌てて戦闘体勢に入る。まず一人目――ナイフを持っている奴が、奇声を上げながら突っ込んでくる。

「おあああああああああああ!!」

 遅い。しかも構えがまるでなっちゃいない。ナイフはナイフという武器であって、他の何物でもないのである。しかしこの男は、どうやらナイフを「短い剣」としてとらえているようだ。剣をがむしゃらに振り回すというのもあまり感心できる行為ではないが、ナイフであれば尚更である。そんなんで当たるかボケ。

「……ふん」

 男が、ナイフは届かないが剣は届くという間合いに入る。そこでアレスから見て左斜め上に、薙ぎ払うようにナイフを動かした。単純な動かし方をする男であるから、次に来るのは右斜め下方向への振り下ろし。アレスはそれに合わせて剣を振るう。

 ギィンッという金属音とともに、男のナイフが宙を舞った。呆気に取られる男。しびれたらしい手にぼうっとした目をやり、同じような目をアレスに向けて、

 アレスはその顔面に、何の遠慮もなく靴底を見舞った。ゲシっという擬音が聞こえてきそうな一撃に、男は成す術もなく仰向けにひっくり返る。

 指をピクピク動かし、口からは泡を吹き……見事なまでの気絶っぷり。これだけは褒めてやってもいいかもしれないと、アレスは呑気にそんなことを考える。

「さて、残りは君たち二人。さあ、さくさく行こうか」

 とても戦場で発されたものとは思えない言葉に、しかし残りの二人は怯えたように後退する。互いに顔を見合わせ、どうやら先を譲り合っているようだ。どうせやられるのに。

「来ないならこちらから行くぞ?」

 宣言ではなく提案のような響きで、アレスはそう言う。二人の顔が微妙に引きつり、再度お互いに顔を合わせ、今度はそれに頷くという動作が加わって、

 直後、二人同時に突っ込んできた。

 なるほど。確かに一対一で敵わない以上、二対一で挑むしかない。片方がやられる間にもう片方が手傷を負わせる。どちらがやられるかは神のみぞ知るというやつだ。この場で選べる選択肢の中では最良のものだろうと思う。案外頭が良いではないか。

 ――ただし、

 アレスは小さな動作でわずかに身を沈め、そして自ら前へ出た。次の瞬間には、トンファを持った奴の懐に入り込んでいる。

「なっ!?」

 驚きに目をむく彼は、おそらく、いつの間に入り込まれたのかも分からなかっただろう。この速さこそがアレスの最大の武器であり、今もアレスの命がある最大の理由なのである。チンピラ程度に破られるわけがない。ベテラン冒険者の中でも、姿を視認できる者すら稀なのだから。

 アレスは速度を殺さず、勢いのままに剣の柄を男のみぞおちに叩き込む。頭上で奇声が聞こえ、そのまま男は吹っ飛んだ。確認はしていないが完璧に決まった。しばらくは立てないどころか、意識そのものが飛んでしまっているはずだ。

「さて、次は――ぅお!」

 頭で考えるより先に、体が動いた。

 凶悪なまでの速度と威力で迫り来る拳を、アレスは身を仰け反らせてなんとかかわす。風圧が顔に当たり、もし直撃していた場合のダメージを考えて冷や汗が出る。

 そして、せっかくなので仰け反った体勢のまま、足を大きく振り上げた。何か妙な感触のモノを遠慮なしに蹴り上げる。

 男の急所だった。

「……ぐお……あ…あ…………」

 目を見開き、この世のものとは思えぬ苦痛を顔中に表現しながら、最後の一人は股間を押さえてうずくまった。尻もちをついたアレスはそんな彼を見やり、しばし思案した後近寄って気絶させた。意識を残しておくのも気の毒だったし、

「フェイト、いいぞ」

 この声に反応して姿を現したフェイトを見られるのは、色々な意味でまずい。

「えげつないなあ……」

 急所を攻撃されて苦悶していた男を見下ろしながら、フェイトの第一声。確かにちょっと気の毒かなと思わないでもないが、襲ってきたのは向こうなのだ。アレスとしてはそれ以上気にする必要はない。

「でも、全員倒しちゃって良かったの? 話聞かなきゃならないんでしょ?」

「お前を追っていた奴がいるだろう。そいつから話を聞けば――」

「どうやって見つけるのさ。僕のことは見失うし、仲間がどこ行ったか分からないしで、あいつ今でも町の中を彷徨ってると思うよ」

「……」

 言われてみれば。あの雑踏の中から、顔も見ていない最後の一人を見つけ出すのは難しい。と言うか不可能だろう。

「……仕方ない。こいつらのうち誰かが起きるのを待とう。殺してはいないから――」

「あいつはもう死にそうだけど」

 フェイトの指差す先には、最初に倒した男がいる。そう言えばこいつだけは斬りつけたのだった。応急処置のやり方は一応知っているが、はっきり言って男の傷は深い。これはここで自分が処置を施すよりも、

「フェイト、シルフィを呼んで来てくれ。あいつの魔法なら傷を治せる」

「? 初耳だよそんなことは。回復役とは聞いてたけど」

「知らなかったか? シルフィは治癒効果のある魔法の使い手だ。分かるとは思うが、魔法使いでしかもそれが回復能力だという人間は本当に貴重でな。変に狙われてもいけないから、基本的にそのことは隠している。お前も言いふらしたりするなよ」

「分かったけど……ふーん。回復能力かあ……」

 感心したように呟きながら、フェイトは再び変化を開始する。体が徐々に消えていき、腹まで変化したところで思い出したように言ってきた。

「そう言えばさあ。何かアレス、こいつらに何か持ちかけてたみたいだけど」

「ああ……戦わなくて済むならそれが一番だからな。結果は失敗に終わったが……それがどうした?」

 フェイトは、冷めた目つきで、

「仲間をいきなり攻撃した相手にそんなこと言われても、耳を貸すような奴はいないと思うんだけどなあ」

「……」

 なかなか鋭いことを言う。即座に納得してしまい、アレスはわずかに感心したような視線をフェイトに向けた。が、フェイトは既に完全に変化を終えており、声だけがアレスの耳に響いた。

「シルフィがアレスをバカ呼ばわり理由が、少し分かったような気がするよ……」

 

 時間は少し前にさかのぼる。フェイト達が尾行に気付く少し前、リサによって押し倒されていたシルフィは、彼女の口から意外と言えば意外な事実を耳にした。

「実は私……命を狙われてるの」

「……ふーん」

 日頃の生活が生活なだけに、命を狙われているごときでシルフィは驚かない。そんなことはアレス達と一緒にいれば日常茶飯事だし、実を言うと、四人の中で一番弱そうに見えるためか人質にされたことも何回かあったりする。そのうち半分は自力で脱出していたりもする。戦いを生業にして生きている者にとっては『死』など常に隣にあるわけで、だから「命を狙われている」と告白されても「だからどうした」としか思えない。

 だが、そんな事情をリサが知っているわけもなく、

「なによその淡白な反応。お前なんか死んでも構わないっていうの?」

 年が近いためか、彼女はシルフィに対しては普通に喋るようにしたようだった。シルフィとしてもそっちの方が話しやすくて助かる。

「そんなことないけど。それより、なんで? そんなに多く男の人から恨み買ってるの?」

「どうして男の人限定なのよ。違うわよ、恨みを買ってるのは私じゃなくてお父さん」

「お父さん? ……まあ、お金持ちだから一人や二人から恨まれてても不思議じゃないけど」

 言ってしまってから、仮にも依頼人をそんな風に言ってしまってはまずいんじゃないだろうかと思った。しかも相手はその依頼人の娘である。

 しかし、リサはそんなことは気にした様子もなく、

「一人や二人じゃないわよ。多分、町の人全員から恨まれてると思う。私だって、町の大人からは嫌われてたもん。子供とは仲良かったけど」

 親に嫌われていたら、子供にも普通嫌われるんじゃないだろうか……シルフィはそう思ったが、さすがにそれを言うほど無神経ではなかった。仲が良かったのはそれだけリサが努力したからだろう。まさかその頃から男をたらしこんでいたわけではあるまい……多分。

「何、その目は」

「……別に。つまり、町の人はお父さんを恨んでて、だから娘のあなたをどうにかしちゃおうって考えてるっていうこと?」

「そういうこと。捕まったらきっと、他人に知られたら死ぬしかないようなことをさせられるに決まってるわ。具体的には●●とか××とか△△とか、」

「わ、分かったから。もう分かったから、あんまりそういうこと言わないほうがいいよ」

 真っ赤になりながら止まらないリサの口を塞ごうとして……気付いた。

 五、六人。大体それくらいだろうと見当をつけた。アレスならもっと正確に気配を読めるのだが、戦闘要員ではないシルフィにはそんな神業じみた芸当はできない。とにかく、二人して座っている庭の一角。茂みの中に誰かがいる。

「リサ……さん。わたしが合図したら、屋敷の方へ逃げて。立ち止まっても振り返ってもダメ。それだけ遅くなるから」

「? どういう――」

「いいから……今! 急いで!」

 いきなり叫んで、シルフィは立ち上がった。困惑しながらも声に反応したらしく、リサは転がるように屋敷の方へと走っていく。

 茂みの中から数人が飛び出てきた。五人だ。慌てず騒がず、三人をシルフィに二人をリサに分担してきた。シルフィは苦い思いでそれを分析する。今の対応やかねてからの情報などから、リサがこういうことに関して素人なのは知られているはずだ。そして、気配に気付いたことで、シルフィが多少なりとも経験のある人間だと判明した。リサを捕まえるのは一人で十分。それでも大事をとって二人を割いておく。残りの三人でシルフィを叩く。丸腰の少女一人くらい、四人五人でかかる必要はないと考えて。

 非常に残念だが、その推測は正しい。一人相手でも勝てるかどうか。ノエルやゲッソーなら五人全員が相手でも楽勝なのに……と、この場にいない二人を恨めしく思う。頼みの綱は逃がしたリサだが、彼女もこのままでは捕まってしまう。

 ――ならば、

「地裂!」

 シルフィは叫んで、地面に両手をついた。同時に大地に亀裂が走り、今にもリサに追いつきそうだった二人の足元を崩れさせる。どうせ勝てはしないならば、せめて援軍を呼ぶだけの時間を稼がなければ。

「この小娘!」

 シルフィの前に立ちはだかっていた三人のうち一人が、苛ついた声で羽交い絞めにしてきた。再び走り出した二人がリサに迫る。もう地裂は使えないから、別の術を唱えようとして、

「おい待て。死にたいのか?」

 首筋に何か危なそうな光を放っているものを押し付けられて、黙らざるをえなかった。死の危険を感じたことは何度かあるが、こうしてまじまじと向き合うのはあまり経験したことがない。額に冷や汗が浮かび、喉が知らず知らずのうちにゴクリと音を立てる。

 そのうちに、リサの肩に追手の手がかけられた。何やら抵抗しているが、単純な力比べで女が男に勝てるのは稀だ。

 一応リサは依頼主の娘である。今回シルフィは仕事とは無関係という設定になってはいるが、そうも言ってはいられまい。死を覚悟で術を唱えようと口を開き、

 一瞬の閃光とともに、リサを追っていた二人が倒れた。驚きに目を見開いていると、

「……なんか、こっちも物騒なことになってるね」

 呑気な呟きとともに、フェイトが姿を現した。

 助かったと、羽交い絞めにされながらシルフィは歓喜した。フェイトの力はアレス達三人をも上回る。現に、リサを追っていた二人は倒された。こっちの三人も時間の問題だろう。まさしく一瞬の形勢逆転――と、そこまで考えて、ふと重大な問題に気付いた。

「フェイト! どうして姿現してるのよ!」

 見られると色々問題だから、人前で魔法は使うなとあれほど言っておいたのに……確かに場合が場合という気もするが、よく考えればわざわざ姿など現さず、とっとと残りの三人も倒してそれから出てくれば良かったのだ。あー失敗失敗などと呟いているあたり、そういうことを全く考えていなかったのは明らかだった。

 こいつもバカだ……新しい仲間が加わって少しは嬉しくも思っていたのだが、どうやら特攻バカが三人から四人に増えただけらしいと察し、シルフィはがくりと脱力した。そのあまりの落胆ぶりに、シルフィを捕らえている男が「だ、大丈夫か?」と尋ねてきたりする。

「まあ、済んじゃったことを言っても仕方ないってことで。そこのシルフィ捕まえてる人……そうそう、あんた……死にたくなかったら今すぐその子を放した方がいいよ。僕の魔法は、避けるのは簡単だけど手加減するのは難しい。さっきの二人は奇跡的に生きてるみたいだけど、はっきり言おう。奇跡は何度も起こらない」

「……要するにあんたが未熟ってことじゃない。自慢げに何を言うかと思えば……」

「シルフィちょっと黙ってて。て言うか君はどっちの味方なのさ」

 場違いにも呑気に言葉を交わす二人。それを遮ったのは、シルフィを羽交い絞めにしている男だった。

「……魔法……か。驚いたな、自分の体を変化させられるのか」

「なんか見る人皆に珍しがられてるけど、そんなに驚くものでもないと思うけどなあ。魔法は魔法でしょ」

 何でもないように言うフェイトに、シルフィの頭上から男は答える。

「謙遜はしなくていい。自分の存在自体を変化させるというのは、俺の知る限りでも前例がないからな……だがまあ、お前の言うことも一理ある」

 男の言葉が終わるのと同時に、シルフィの視界が一瞬黒く塗りつぶされた。それに驚く間もなく、次の瞬間には元の風景が目の前に広がる――いや、

 元の風景ではなかった。

 さっきまで正面を向いていたフェイトは、こちらに背を向けていた。拘束されたまま驚いているシルフィの頭上から、再び男の声。

「魔法は魔法だ……珍しいとは思うが、驚くには値しない」

 瞬間移動――シルフィの頭にそんな言葉がよぎる。一定の範囲内ならどこでも好きな場所を行き来できる魔法。雷になればフェイトも似たようなことができるだろうが、これは途中に障害というものが全くない。シルフィも一緒に移動してしまっているのだから、複数で同時の移動も可能なのだろう。移動系の能力としては最高のものだ。

「ひっ な、なんなのあなた!?」

 悲鳴が聞こえて横を見ると、いきなり現れた男に驚いてリサが腰を抜かしていた。

 ……彼女がここにいる(と言うか、自分達が彼女のところへ来た)と言うことは――男の考えに気付いて、シルフィは夢中で叫んだ。

「フェイト! この子だけでも死守!」

「あ、このやろ!」

 男の苛立った声。慌ててリサへと手を伸ばし――途中で引っ込めた。逆に跳んで遠ざかる。

 その直後、リサと男の間に、雷に変化したフェイトが割り込んできた。男があのままリサを掴んでいれば、その手は黒こげになっていただろう。事前に危険を察知して逃れるとは……

「ふぅー……思ったよりも反応早いな、君」

 わずかに安堵したような響きで、男はフェイトに言う。

「でもいいのか? 忘れていたら困るから言っておくが、君の仲間は俺が捕まえてるんだぞ?」

「い、いた……ちょっと痛いって」

 抗議の声も空しく、男はシルフィを締め上げる力を強めたまま。変な真似をすればシルフィの安全は保証しない。言外にそう言っている。

 だが。フェイトは臆するどころか、逆に男を見つめてこう言った。

「そっちこそ気付いてないみたいだから言っておくけど、シルフィ殺すってのは自殺と同じだよ。僕の力は分かっただろうし、他にもあと三人、人間にしてはやたらと強いのがいるから。四人がかりでリンチしてあげるからね……念入りに」

 最後の『念入りに』だけ、フェイトはクスリと笑いながら呟くのだった。

 しかし、そんなことは男とて分かっているはずだ。シルフィはフェイトに対する盾である。それを放棄することなど、決してできはしない。

 脅しに屈するどころか逆に脅してくるフェイトを前に、男は黙考していた。しばらくしてから口を開く。

「俺達の要求は、そこの娘の父親――ロイがこの町から出て行くことだ。さもなければこの娘の命はない。一週間ごとに指を一本切り取って送りつける。その次は耳。体を少しずつ、ゆっくりと解体して殺す。それが嫌なら――」

「ちょっと待って」

 シルフィも言いたかった台詞を、フェイトが代弁してくれた。そうだ言ってやれ。お前らがロイにどんな感情を持っているのか知らないが、部外者であるシルフィは何の関係もないのだと、

「ロイの仕事って何?」

 そっちかよと思う。わたしはどうなってもいいのかコノヤロウとフェイトを睨むシルフィの頭上から、男はバカにしたような口調で言った。

「色々あるさ。麻薬の売買、要人暗殺、人身売買。およそ犯罪と名のつくものには全部手を出してるだろう。そこの娘には何と言ってるのか知らないが……俺達はもう、あんな奴がこの町にいることに耐えられない。だからすぐにでも出て行ってもらうつもりだった。それなのに……」

「……僕達が護衛なんか引き受けちゃったもんだから、直談判がしにくくなったってこと?」

「そういうことだ」

 フェイトの言葉に男は頷く。ふとシルフィが見ると、リサは顔を少し青くさせながら話を聞いていた。さっきまで交わしていた会話を考えると、彼女も父親が何か汚い商売に手を染めているのは察していたのだろう。だが、ここまでドス黒かったとは予想していなかったようだった。

「あのさー……そういうことなら本人に言っちゃっていいよ。中にいる仲間には手出しさせないようにするから。ね、シルフィ」

「え? ……あ、あぁ、うん。手は出させないよ」

 ロイがどんなに黒い商売をしていようと金を払う以上は依頼人であり、シルフィ達には何があろうと彼を守る義務がある。法の下にロイを裁くのならまた話は違ってくるが、今回彼は屋敷に侵入して人質を盾にしているため、それも当てはまらない。だから本当は、シルフィは「いや、手ぇ出すに決まってるでしょ依頼人なんだから」と言わなければならない。

 ……だが、シルフィだって解体されながらゆっくり殺されるのは嫌である。男の言うことも分からないではないので、フェイトの言葉には頷いておくことにしたのだった。

 男はそれを聞き、しかし苦笑した。

「あのな。お前ら自分の立場を分かってるか? ロイに雇われた護衛の言うことなんか、信用できるわけないだろう」

「じゃあどうすりゃいいのさ」

 聞き返すフェイトに、男は多少うんざりしたような調子で「だからさっきから言ってるだろ」と前置きし、

「俺達の要求をロイに伝えろ。あいつが町を出るのを確認できたら、この娘は返してやる。何も今日明日とは言わない。そうだな……一週間だ。一週間経ってもまだロイがこの町にいるようなら、さっき言った通りのことを実行する」

「……あのさ、わたしはこの町の都合とは無関係な気がするんだけど……別に護衛に参加してるわけでもないし。か弱い女の子だよ?」

 誰も言ってくれないので仕方なく自分で言うシルフィを、男は呆れたような目で眺める。

「俺の仲間を二人も倒しておいて、どこがか弱いんだ」

「倒したのはフェイトなんだけど」

「うるさい。どっちにしろ、術を使える時点でお前が素人じゃないのは明白なんだよ。戦闘能力がないのは本当みたいだが、それはむしろ人質に取るのに都合がいいだけだ。運が悪かったな」

「運が悪いって、あんたがわたしを放せば済むことでしょ!」

「放したりしたら即あのクソガキの餌食じゃねーか。あいつ今現在も俺の隙を虎視眈々と狙ってやがるんだぞ。そんな奴を前に人質解放なんかできるかボケッ!」

「フェイト! 隙を狙うのやめなさい!」

「んなこと言われても……」

 困惑したように呟くフェイト。そのとき、漫才に嫌気が差したのか忘れられている自分をアピールしたいのか、男の仲間のうち一人が声をかけてきた。

「おいサイゾウ、いい加減にしろ。そんなガキさっさと殺せばいいことだろうが」

「ん? そんなことしたらあいつにやられるだろうが」

 シルフィを捕まえているサイゾウというらしい男は、フェイトから視線を外さないまま答えた。声をかけてきた男が怒鳴る。

「そいつじゃない! まずあのガキを殺せばいいだろうが! そうすりゃ後は女二人だけだろうがよ!」

「あ……」

 間抜けな声で、サイゾウは今気付きましたとばかりの呟きを漏らす。

「言われてみればその通りだな……おい、動くなよ」

 シルフィを捕まえたままフェイトにそう言い、サイゾウは言ってきたのとは違う仲間に合図を送った。そいつは頷き、ナイフを取り出してフェイトに近寄って行く。まずい。変化すれば造作もなく逃げられるだろうが、自分が捕まっている状態ではそれもできない。変化していない状態のフェイトでは、常人と何の違いもないはずだった。

「フェ――」

 まさか庭で戦闘が行われているとは思っていないのだろう。ゲッソーもノエルも、出てくる気配すらない。今フェイトがやられてしまっては、こちらの勝機が完全に失われる。本来無関係なフェイトをも殺そうとする連中なのだ。仮にロイがおとなしく町を出て行っても、シルフィの身の安全は保証できなかった。

 ならば、せめて一矢は報いよう。シルフィは口を開く。自分を犠牲にしてでもこいつらを倒せ。そう言おうとして――急に、声が出なくなった。

「あんまり変な真似はするな。おとなしくしていれば危害は加えない」

 頭上からサイゾウの声。人質に取って、しかも場合によっては拷問めいたことまですると宣言した者の言葉ではない。シルフィは首をなんとか動かして彼を睨むが、文句の言葉が出てこない。

「声はしばらく出せないだろう。そういうツボを突いたからな。お前は――」

「ねえ」

 何か言いかけたサイゾウを遮ったのは、近寄ってくる相手を見向きもしていないフェイトだった。

「ナイフで人間を即死させることはできると思う?」

 シルフィ以下、その場にいるフェイト以外の全員の頭上に疑問符が浮かぶ。いきなり何を言い出すのかこいつは。

「僕は無理だと思うんだよね。致命傷を与えることはできても、即死はさせられない。この意味が分かる?」

「……いや」

 本気で分からないらしく、サイゾウは警戒しながら返事をする。

 答えを口にするフェイトの口調は、相変わらず緊張感のないものだった。

「仮に僕がその人にやられたとしても、あんた達を皆殺しにする時間はあるってことだよ」

「……忘れたのか? こっちにはこいつがいるんだぞ?」

 サイゾウはそう言ってシルフィを軽く持ち上げる。いい加減この体勢でいるのに疲れてしまったシルフィだが、文句は何一つ言えなくされてしまっている。仕方ないので、何だか物騒なことを言い始めたフェイトを見つめた。

「今何もしないのはあんたも魔法使いみたいだからだよ。下手にちょっかい出して万が一のことがあるといけないからね。でも、自分が死ぬ間際にまでそんな遠慮をするつもりはない。あんたの瞬間移動と僕の雷への変化、どっちが速いだろうね?」

「……」

 さすがにこれにはサイゾウも沈黙した。彼とて、フェイトの変化よりも自分の方が速いと言いきる自信はないのだろう。シルフィを盾にしてなんとか牽制しているに過ぎない。

 サイゾウの仲間二人も、黙り込んだ彼を見て動揺し始めている。フェイトに近寄っていた奴も足を止めた。自分に何かしたら殺す。それができる力を持った相手にそう言われては、彼でなくとも二の足を踏む。

 ……だが。

 フェイトとて、自分の変化の方がサイゾウより速いと言いきることはできないだろう。警戒すべきは彼の瞬間移動のみであり、彼の速さを上回る自信があればとっくに勝負はついているはずである。これは、フェイトにとっても危険な賭けなのだ。

 いつもはアレス達と一緒にいるから自分の戦闘能力の低さを気にしたことはなかったが、今度ばかりはそれが悔やまれた。アレス達ほどとはいかなくてもある程度の力があれば、こうして捕まったりしても自力で脱出できるものを。これが無事に済んだら稽古でもつけてもらおうかと思う。

「……俺達の要求を憶えてるか?」

 長い沈黙の後、サイゾウはそう言った。

「うん」

「それをロイに伝えろ。期間は一週間。一日遅れるごとに、こいつの体の一部を切り取って送る。ロイが出て行った時点でこいつは返す。分かったな?」

「……分かった。伝えておく」

「ごねるようなら無理やりにでも叩き出せ。仲間の命がかかっていることを忘れるな」

 最後にそう捨て置いたサイゾウの横、いつの間にか倒れた二人を担いだ仲間が集まってくる。瞬間移動で逃げる気だ。

 視界が暗転する直前、悔しげな顔をし、すまなそうにこちらを見ているフェイトと目が合った。

 心配するなという意味で頷いたが、果たしてフェイトに見えたかどうか。

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