出来損ないの支配者

 

 事態は決して最悪というわけではない。少なくとも仕事という見方をするならば。リサは守ったわけだし、一週間という猶予もある。『一日遅れるごとに』という言葉は、言い方を変えるならそれまでは絶対に手は出さないということだ。その間にシルフィを助け出せばいい。フェイトの魔法を使えば奴らの居所はすぐに分かるだろう。その後はアレス達三人で叩けばいい。

 だが、それでも緊急に集まった部屋の中は、重たい空気が支配していた。

 フェイトから事情を聞いて急ぎ戻ってきたアレス。目と鼻の先で戦闘が行われていたというのにまるで気付けなかったと、ゲッソーとノエルはさっきからうなだれている。さすがのリサも自分が軽率な真似をしなければと反省しているし、フェイトは無言のまま部屋の隅でじっとしている。

 そして、ロイ。

 自分が引き起こした状況だというのに、こいつだけは全く動じている気配がない。まあ、不測の事態が一つ二つ起こったところで動揺などしそうにないとは思っていたが、それでもアレスは彼の神経を疑ってしまう。シルフィは一応仕事とは無関係な立場なのだ。そんな少女が自分のせいで人質になったと知って、思うところはないのだろうか。

「何だね? その目は」

 目ざとい。アレスは「いえ、何でもありません」と答え、尋ねた。

「それより、あなたはどう考えているのですか? フェイトの話では、連中はあなたが町を出て行くことを――」

「まさか従えと言うんじゃないだろうね?」

 遮られて、アレスは言葉に詰まる。ロイはその様子を鼻で笑いながら言ってきた。

「なぜそんなことをする必要がある? 私は合法的にこの家と土地を買い、合法的にここに住んでいる。気に入らないという理由だけで追い出されては、どこにも定住することなどできないだろう」

「連中はあなたが犯罪者だと言っていますが」

「だからどうした? それが気に入らなければ法の名の下に裁けばいいだけの話だ。真昼間から忍び込んでくる賊の言うことになど聞く耳も持てん」

「……否定しないんですか?」

 カマをかけてみた。

 ロイは全く動じることなく、蔑むような目つきで睨んできた。

「私が何をしようと君達には関係ない。君達の仕事は私と、娘と、この家を守ることだ。金を受け取るならそれ相応の働きはしてもらわないと困る」

「……そうとは限りません」

 その言い方にカチンときて、アレスは語気を強めながら返した。

「もしあなたが犯罪に手を染めているのなら、残念ですが今回の仕事からは手を引かせてもらいます。罪人に加担するほど落ちぶれてはいないつもりですので」

 あからさまな挑発の言葉だが、ロイは「好きにしたまえ」と言ってとりあわない。まるで代わりなどいくらでもいるかのような態度。実際その通りなのだろう。彼ほどの金と力があれば、護衛くらいいくらでも見つけられるはずだ。

「……失礼します」

 これ以上この場にいるのは、無意味だし不快だった。アレスは落ち込んでいるゲッソーとノエルの肩を叩き、フェイトを促して部屋を出ようとする。

「辞めるなら早めに辞めてくれ。邪魔だからな」

「お父さん!」

 追いかけてきたその言葉。

 リサのたしなめる声がなければ、何か言い返してしまっていたかもしれない。

 

「さて……いつまでも落ち込んでいても仕方がない。とりあえず状況を整理しよう」

 アレス、ゲッソー、フェイトの男三人部屋で、四人は再び作戦会議を行っている。重要なのはこれから何をすべきか。そう考えることで多少は意気を取り戻したらしく、ゲッソーもノエルも顔を上げてこちらを見ている。

「現在、俺達の立場はまだかろうじてロイ氏の護衛だ。サイゾウとかいう男は一週間という時間を与えてくれた。あんな人だから他にも命を狙う奴がいないとも限らないが、とりあえず一週間、彼は安全だろう。娘の方も同様。俺達が最優先すべきは――シルフィの救出だ」

「あの子が捕まってる限り、私たちは自由に動けないからね……でも、場所も分からないんでしょ?」

「そっちの方はフェイトに担当してもらおう。フェイト、お前の魔法はシルフィに禁止されてたみたいだが、事情が事情だからな。思う存分使え」

「了解。んじゃ早速、」

 変化を始めようとするフェイトに、アレスは声をかけた。

「一つ言っておくが、あまり深入りはするな。魔法を見られたんだろう? 連中はお前の魔法を相当警戒しているはずだ。おそらく、魔方陣を使って魔法そのものを封じてくるだろう。助けに行って自分が捕まるなんてことはないようにしてくれ」

「そこまで間抜けじゃないよ」

 軽い返事を残し、フェイトは姿を消す。

 さて、とアレスは一息つく。それと同時にドアがノックされた。

「はい?」

「……アレスさん」

 リサだった。

 まあロイが来るわけないし、来るとすればリサ以外に誰もいないわけだが……それよりも、いつの間にかアレスに対する呼び方が変わっている。そう言えば彼女はシルフィと一緒にいたらしいが、そのときに何かあったのだろうか。

「……少し、よろしいでしょうか」

「……はい」

 決して強くはないが、頷かなければならないような気がする口調。何か思いつめたような顔をしている。襲撃の前と後で明らかに態度が変わっていた。一日のうちにこうも態度を変えられると、こちらとしては困惑するしかない。

「何でしょう」

「あの……できれば他の人は」

 二人だけで話したいということか。出かける前なら即座に遠慮していたが、どうやら今はそういうギャグのノリではないらしい。アレスは頷いて、ノエルとゲッソーに目配せした。二人が頷き返して部屋を出て行く。

「ありがとうございます……驚いたでしょう?」

「は?」

「私の態度が急変したこと。別人じゃないかって顔してますよ?」

「は、いや、その……まあ」

 図星を突かれてつい慌てるが、リサはただ微笑むだけ。ますます分からない。世間知らずのお嬢様とばかり思っていたが、これはどちらかと言うと深窓の令嬢という感じだ。

 どっちもあまり変わらない気もするが――そんなことを考えていると、リサは唐突に頭を下げてきた。

「ごめんなさい」

「はい?」

「シルフィがさらわれたのは私のせいです。私が変な真似しなければ……ごめんなさい」

 どうしてシルフィのことを呼び捨てにしているんだろうと思ったが、それはひとまず置いておくことにする。

「気になさらないでください。悪いのは護衛を引き受けておきながら何もできなかった俺達です。なにせ、現場にいたのが仕事とは無関係なフェイトだけだったんですから……笑われても文句言えない立場なんですよ」

「そんな……」

 それでもまだ気にしているらしいリサ。何となく気まずい空気から逃れるように、アレスは話題を変えた。

「それで、何か? そのことをわざわざ言いにきてくれたんですか?」

「あ、いえ。少し……父のことでお話が。それと、私のあなたに対する態度について」

「……」

 確かにそれは気になった。決然とした表情でこちらを見上げてくるこれが本来のリサだというのなら、少し前までアレスにべったりくっついて来ていた彼女は一体誰だったのか。もちろん仮面を被ったリサなのだろうが、なぜそんなことをする必要があったのか。

「単刀直入に申し上げますと、私はあなたに父を裁いて欲しかったのです」

「……すみません。単刀直入にではなく、できれば回りくどく説明してもらえませんか?」

 いきなり何を言いだすのかという思いで、アレスは思わず机に手をつきながら言った。

 と、手をついた机を見下ろすと、そこには四人分の椅子がある。長話になりそうな展開で椅子の一つも勧めないのはマナー違反だと考える。アレスは椅子を引き、一つをリサに勧めた。

「まあ、どうぞ」

「ありがとう……それで、もうフェイトさんから話は聞いていますのね。そう言えば彼は?」

「シルフィが捕まっている場所を調べてもらっています。あいつの魔法はむしろそういう方面の方が得意でしょうから」

 リサは既にフェイトの魔法を知っている。ならば、特別に隠す必要もないと思った。幸い、自分の体を変化させるという化け物じみた能力にも抵抗はないようだし。

「そうですか……あのとき彼が来てくれなければ、私も一緒に捕まっていたのでしょうね……あ、ご、ごめんなさい」

 お前らは何の役にも立たなかった――そう言っているとも取れる自分の言葉に気がついたらしく、リサは慌てて頭を下げた。アレスは苦笑して首を横に振る。それなりにグサリときた言葉だが、事実だ。文句など言えるはずがない。

「それよりも、さっき仰ったことは一体……?」

「あ、はい……さきほどの父の態度を見れば明らかですが、父は犯罪に手を染めています。私も何度かやめるよう言ったのですが、一向に聞き入れてもらえず……」

 俯いて、悲しそうに呟く。何と言っていいのか分からずアレスが黙っていると、リサは続きを口にした。

「私は父が好きです。他の人から見れば信じられないでしょうけど。でも、だからといって後ろ暗い真似をしてほしくはないのです。何とか父を真人間にさせる方法はないか、常に考えていて……そんなときに、父が護衛を雇うと言い出しました。最近町の皆さんが妙な動きを見せていると言って。私は、これはチャンスだと思ったのです。町の人の訴えは父が外に漏れる前に握りつぶしてしまいますが、外の人間であるあなた方にこっそりバラしてしまえば……と」

「なるほど……しかし、我々が町の外でそれを知らせても、町の声を握りつぶせるロイ氏には大した効果はないのでは? 証拠などすぐに隠してしまうでしょう」

「何なら私が直に証言します。それらしき書類を父がしまっているのも何度か見ていますから、必要ならそれも持ち出しましょう」

「……」

 何とまあ、恐れ入る。

 この娘は本気だ。本気でロイの犯罪を暴く気だ。そりゃアレスだってロイには反感を抱いているが、さすがにここまで考えることはない。実の娘がまさか父親を訴えようなどと考えるとは……

「シルフィを助けなければいけないのは分かります。私だって、彼女には無事に帰ってきて欲しい。でも……そこを何とか、お願いできないでしょうか?」

 懇願するような瞳でこちらを見つめ、そう言ってくる。別に自分達がやらなくても、リサ一人でどうにかできるんじゃないかという気はしないでもない。何しろ行動力のありそうな娘だ。最初にアレスにべったりくっついていたのも、少しでも気を引いて協力してもらいやすくするためだろう。結果的には逆効果だったわけだが、過激なほど積極的ではあった。

 それに、彼女も言ったように、こちらにはまだシルフィの問題が残っている。考えようによってはリサのせいでシルフィは捕まったようなものだ。協力してやる理由は、何もない。

 ――だが。

 協力してやらなければ、おそらく帰ってきたシルフィにぶん殴られるだろう。

『どうして助けてやらなかった』――そう怒鳴りながら殴りかかってくるやけにリアルな想像のシルフィに苦笑しながら、アレスは口を開いた。

「分かりました。何とかやってみましょう」

「――っ! ありがとうございます!」

「ですが、貴女にも幾つか協力してもらうことがあるかもしれません。我々はもうお父さんの反感を買ってしまっていますし、彼に疑われることなく近づけるのは貴女一人ですから」

「何でも仰ってください。できる限りの協力はいたします」

 嬉しそうに返事をしてくるリサに、アレスはふと疑問を感じる。どうしてあの父親の元で育って、娘がこう成長するのだろう。反面教師というやつだろうか。

「しかし、意外ですね。こう言っては何ですが、そこまで黒いお父さんに育てられて、どうして貴女は父親を裁こうなどと考えるようになったのか」

 疑問をそのまま口に出して言うと、リサはクスリと笑って答えた。

「父が実際に私を育てたわけじゃないですから。母は私が物心つく前に亡くなって、育児は使用人の仕事でした。その人達は、良い人ばかりだったんですよ……もっとも、それ故に父の傍にいることに耐えられず、皆数年もしないで辞めて行ってしまいましたけど」

 微笑の中に、少しだけ寂しそうな色。親代わりの人間が次々と入れ替わっていたのだから、無理もない。

「あの人達は父の行いに嫌悪を感じていたはずです。でも、それでも私には来たときから辞めていくときまでずっと変わらない態度を通してくれました。思うんです。その恩に報いるためには、まず父を止めなければならないのではないかと。最も父に近く、だからこそ父を止められる私が」

「恨みはないんですか? 自分を置いていったその人達に」

「……本当のことを言うと、少しはそういう気持ちもありますけど」

 でも、と、リサは微笑んで続ける。

「あの人達が辞めたのは父のせいです。その恨みも込めて、父を裁こうと思うんです」

「個人的な恨みも入っているわけですね。純粋な正義の気持ちからかと思っていましたが」

 おどけた調子で言うと、リサは笑顔の中に、少しだけ邪悪なものを混じらせる。

「私は、正義感で動くような模範的な人間じゃないんですよ。もしそうならアレスさんを色仕掛けで口説くようなことはしません」

「それもそうですね」

 色仕掛けの内容は逆に自分を引かせるものであったけれど――アレスはこの言葉は言わないでおいた。お前の色仕掛けは気味が悪かったなどと言うのは、男としてと言うか人間として配慮に欠ける。

 それは自分だけの胸にしまっておいて、アレスは別のことを言った。

「それじゃあ、早速協力してもらいましょう」

「はい?」

 首を傾げるリサに、でもやっぱり見た目はいいんだよなこの子、などと思いつつ、

「外にいるゲッソーとノエルを一緒に説得してください。本来俺一人で決めていいことじゃないですからね。フェイトは何とでも言いくるめるとして、あの二人はそうはいきませんから」

 決して冗談ではなかったのだが、リサは笑って頷いた。

 

 部屋の床一面に描かれている絵は、おそらく魔方陣なのだろう。魔法使い対策もあらかじめしてあったらしい。用意がいいことだ、と、シルフィは感心半分呆れ半分に考える。魔法使いなど滅多にいるものではないというのに。

「欲しいものがあったら言え。大抵のものは持ってきてやる」

 もはや拘束する必要はないと思ったらしく――実際その通りだ――サイゾウはシルフィを解放していた。部屋へ案内しながらの言葉、その口調が思ったよりも柔らかかったので、シルフィは怪訝に思いながら尋ねる。

「急になんで優しくなってるの? わたし、最悪の場合地下牢に閉じ込められて何か怪しげな薬の実験台にされたりするのかと思ってたけど」

「……お前、俺達を一体なんだと……まあいい。期限の一週間までは、お前にはできるだけ不自由させないように計らってやるよ。大事なお客さんだからな」

「だったら、ここから解放してくれるのが一番嬉しいんだけど」

「却下だ。この部屋から出なければ、お前の安全は保証してやる。ただし……」

 と、わずかに声を低くして、

「期限が切れてもロイが立ち退く動きを見せなかった場合、もしくはお前が術か何かを使って妙なことを企てた場合、お前の立場はお客から交渉用の道具に変更される。意味は分かるな?」

「えーっと……つまり道具は壊れても別に構わないってこと?」

「平たく言えばそういうことだ。この部屋なら、あの厄介なクソガキの魔法も通用しないからな。そう簡単にお前を取り戻したりはできない。だから、お前もおとなしく人質になっておけ」

「変な理屈ね……でもまあ、うん。分かった」

 この状況では自分の力は皆無に等しい。わざわざ自分の首を絞める真似をする必要もないので、シルフィは素直に頷いておいた。

 するとサイゾウは、なにか疑わしそうな目つきで睨んでくる。

「やけに素直だな……言っておくが、仮にここから抜け出せても、俺がいる限りお前は絶対に逃げられないぞ。痛い目に遭いたくなかったらおとなしく、」

「分かってるわよそんなこと。抵抗したって無駄だろうからおとなしくしてやろうってのに、何? 死ぬ気で反乱起した方がいい?」

「いや、それならいいんだが……ずいぶんと落ち着いてるな。もうちょっとこう、人質らしい反応はできんのか?」

 わずかに困惑している様子でサイゾウは言ってくる。が、シルフィにとって人質にとられることなど初めてではないし、むしろ「どうせアレス達がなんとかしてくれるだろうからこっちとしては一週間のんびり過ごせばいいや」とか思ったりしているわけで、彼の言う人質らしい――不安で怯えるとか、そんなところだろうが――反応をすることは難しい。

 その代わりと言っては何だが、シルフィは嫌悪を露にしているような表情を浮かべる。

「うわ……何? 女の子を怖がらせたいの? 最低……変態ね」

「テメコノヤロ……」

「あ、冗談冗談。嘘だってば。そんなこめかみピクピクさせないでよ本気で怖いから。ほら、固く握った拳なんか開いて。深呼吸ー」

「……もういい。おとなしくしてろ。何か用があったら見張りに言え。いいか? 絶対に、おとなしく、見張りの奴をからかったりいびったりすることもなくおとなしくしてるんだ……!」

 本気でキレかかっているらしいサイゾウ。さすがにこれ以上何か言うと命が危ないと判断し、シルフィは黙って頷いた。意外に短気な男だと思う。あの程度でヘソを曲げるとは。

 サイゾウが出て行き、扉が閉まる。外から鍵をかけられる音。

「……さて」

 何となく呟いて、部屋をぐるりと見回した。ベッドに椅子、机に本棚。入り口の隣には等身大の鏡。それ以外には特に何もなかった。服や下着の類が見当たらないが、言えばもらえるのだろうか。一旦旅に出てしまうと着替えるのも困難になるため、町にいるときくらいは毎日着替えたいのだが。

 ……町と言うが、そう言えばここはどこなのだろう。サイゾウの瞬間移動によってここへ連れてこられたため、シルフィは現在位置が分からなかった。

 壁に目をやる。と、小さくて鉄格子まではめられているが一応窓らしきものがあった。シルフィの背よりも高い場所にある。少し思案した後椅子を動かし、その上に乗って外に目をやり、

 フェイトと目があった。

「なっ――」

「しーっ! 声出さないでよ、バレちゃうから」

 思わず悲鳴を上げようとしたシルフィの口を、フェイトが慌てて塞いできた。

 口に手を当てられたまま見ると、どうやらフェイトは片手一本で格子にぶら下がっているらしい。意外に腕力があると感心すると同時に、ここがぶら下がらなければいけない高さの場所であることに気がついた。どこかの建物の二階か、人里離れた断崖絶壁か。

 フェイトの手を除けて、シルフィは小声で尋ねた。

「フェイト。いきなり悪いんだけど、ここはどこなの?」

「人里離れた断崖絶壁にある建物の二階だよ」

「……両方なんだ」

「は?」

「ううん、こっちのこと。それよりよくここが分かったね」

 何気ないつもりで言うと、フェイトはしかし、疲れたような顔をした。

「うん。町の人間なんだから町のどこかにいると思って探したのに、こんなところにいるんだから。おかげでえらい苦労したよ。結局さ、町であいつらの仲間らしい奴を見つけて、そいつが向かってる方向に先回りして来たんだ」

「仲間らしい奴なんて……よく分かったね」

 何の前情報もないのにサイゾウたちの仲間だと見破るというのは、はっきり言って超能力の域だと思う。感心を通り越して半ば尊敬しかけるが、フェイトはあっさりとタネを明かした。

「いや、さっき屋敷に戻るまえに一悶着あって。それでたまたま顔憶えてたってだけ……あ、そう言えばあのアレスにやられた奴のこと忘れてた。まだ生きてるかな」

「?」

「こっちのこと。あのさ、悪いんだけど、もし怪我人が運び込まれてきてるようだったら治してあげといて。多分アレスにやられた奴だから」

 話が全く見えない。見えないが、アレスにやられたという台詞で大体のことが予想できた。

「分かった……って、こんな話してる場合じゃないでしょ。これからどうする?」

「中にいる奴らくらい、僕の魔法でなんとかできると思うけど……」

「それはダメ」

 フェイトの案をシルフィはきっぱりと却下した。どこに魔法使い用の罠があるか分からないのだ。ここでフェイトまで捕まるのは避けなければならない。フェイトの変化能力は、シルフィとアレスたちとを繋ぐ橋になる。

「今はまだ情報が少ないし、フェイトだって別に作戦立てて来たわけじゃないんでしょ? 今はとりあえず、わたしと連絡を取れるってことだけ報告した方がいいと思う。何か案があったり進展したりしたらまた教えて。わたしもできるだけ探ってみるから」

「分かった」

「大丈夫なときは窓から……えーっと……何か布を垂らしておくから。あと、ここ魔法を封じる魔方陣が描かれてる。これ多分フェイト用の対策だから、こっち側に入って来ないように気をつけて」

「うん。……誰か来たみたいだね。それじゃ、そろそろ行くよ」

 シルフィが何か言う前に、フェイトは手を離して空中へ身を投げた。落下中の姿が薄らいで、消えた。

 そしてその直後、ノックもなしに扉が開かれた。

「おい!」

 サイゾウである。さっきシルフィに業を煮やして出て行ったばかりなのに、なぜかわらにも縋るような目でこちらを見ていた。哀れなほど狼狽している。

「女の子がいる部屋に『おい!』なんて言って入るの……?」

「気に障ったなら謝る! お前、確か術を使えたよな? 治癒効果を持つ術も使えたりするか?」

 いきなり何を言うと思ったが、そう言えばさっきフェイトが言っていたことを思い出した。アレスがまた何かやらかしたらしく、その犠牲者が運び込まれたようだ。

「術じゃないけど魔法ならできるよ。案内して」

 仲間を殺人犯にするのも嫌だし、仲間のせいでこうなったのだから後始末を自分がやるのは当然のことだとも思う。

 言った直後に、別にわざわざ魔法だとバラす必要はなかったと気付いた。だがまあ、サイゾウなら大丈夫だろう。敵を信頼するのもどうかしている気がしないでもないが。

「あ、ああ、すまん。こっちだ」

 どうやら彼の仲間はよほど酷い状態らしく、シルフィが一歩足を出すのと同時にサイゾウは駆け出した。シルフィは慌ててその後を追う。

 

 着いてみれば、確かにひどい状態だった。真正面から手加減なしの一撃を食らったのだろう。肩からわき腹にかけて大きく切り裂かれていて、むしろまだ生きていることの方が不思議なくらいだ。もう既に虫の息で、いつ死んでもおかしくない。仲のいい友達なのか、見覚えのない男が彼にとりすがって泣いていた。

 シルフィは怪我人に駆け寄り、         

「邪魔よ! どいて!」

 とりすがっていた男を、文字通り蹴飛ばした。

「な、なにしやがる!」

 男が怒鳴ってくるが、そんなものは無視だ。サイゾウが慌ててそいつを押さえ込んでいるのを横目で見ながら、シルフィは傷口に手をかざした。はっきり言ってあまり見ていたくない光景に、意識を集中させる。

 手の平が暖かくなる。青い光がゆっくりと輝き始める。ただでさえ使い手の少ない魔法の中でもとびきりレアな、シルフィの回復魔法。切り傷なら瞬き程度、武器でちょっとやられたくらいの傷も、数秒あれば完治させることができる。

(……でも)

 さすがにこれほどの傷となると、数秒とはいかない。力を全開にして、自然治癒力の促進と傷口の治療を同時に進行させて、それでも数時間かかるかもしれない。

「何か食べるものある? あと飲み物とか果物。できるだけ疲れが取れて、体力を回復できるやつ」

「あ、ああ。それくらいならすぐ用意できるが、そいつはそんなもの食べられる状態じゃあ――」

 言いかけるサイゾウを、シルフィは一喝した。

「わたしが食べるの! 体力勝負になりそうだから、すぐ用意して!」

 魔法の源は体力である。格好つけて魔力なんて呼ぶ奴もいるが、両者は全く同じものだ。魔法をより強力にするには、瞑想も座禅も必要ない。ただランニングやら腕立て伏せやらのトレーニングをすればいい。

 シルフィはそれなりに鍛えてはいるが、それでも力を全開にした状態ではそう長くもたない。休むことが許されない以上、食べ物飲み物その他で小まめに回復しながら頑張るしかなかった。

「急いでよ、早速疲れてきた」

「わ、分かった。おい! 早く用意しろ、急げ!」

 サイゾウの声とともに、その場にいた男たちが一斉に動いた。それを見ながら、シルフィは少し意外に思う。リサを躊躇いなく人質にしようとしたり自分を脅したりする冷徹な集団でしかないと思っていたが、仲間思いな一面もあるではないか。

 悪いことをしたかもしれない。別にシルフィがやったわけではないが、仲間であるアレスが原因なのだ。いかにアレスとて意味もなく他人を斬りつけるようなことはしないだろうから、多分襲い掛かったところを返り討ちにされたのだろうが……そんな事情はもう関係ない。仲間のせいで誰かが死に掛けているのなら、それを助けるのは自分の義務だ。

(にしても、フェイトの奴、治しといてなんて気楽に言っちゃって……けっこう疲れるのに。多分アレスがこの魔法のこと教えたんだろうけど、こういうこともちゃんと言ってくれなくちゃ)

 フェイトはおそらく、シルフィなら何でも治せると思っているのだろう。アレスから聞いたのはおそらく「回復魔法の使い手」ということだけだろうから。実際はそんなことはないということを、これが終わったら教えておかなくては。

「おい。一応用意できたぞ」

 サイゾウの声が横から降ってきた。目をやると、確かにさっき言った通りのものがそれぞれ山盛りにされている。集めてくれたのは感謝するが、食べるのはシルフィだということを分かっているのだろうか。はっきり言って食べきれない――そう言おうとして、やめた。口に出しても仕方ないし、余ったらここにいるサイゾウ他何人もの人間で食べればいいだけだろう。

 その代わりに、シルフィはこう言った。

「ありがと……安心して。絶対助けるから」

「……頼む」

 もはや人質と誘拐犯の関係ではないが、誰もそんなことは気にしなかった。

 

 一方。

「シルフィが回復魔法の使い手なのは分かったけどさ……けっこう酷い傷だったでしょ。いくらなんでも辛いんじゃない?」

 シルフィの予想と違い、フェイトは回復魔法を万能薬のようには思っていなかった。自身も魔法の使い手だからだろう。限界は必ず訪れるということを理解しているのだ。

 そんなフェイトの心配を否定したのは、他ならぬアレスだった。

「シルフィなら大丈夫だ。あいつに治せなかった傷はない。今度だって朝飯前にやってのけるだろうさ」

 シルフィの回復魔法を誤解しているのは、どちらかと言うとアレスの方だったりした。

 

 ……調査も略奪も一通り終わり、元魔王の塔は今や立派に完全無欠な廃墟と化していた。ありがちと言えばありがちだが、夜な夜な討ち滅ぼされた魔王の霊が彷徨い歩いているという噂も当然のごとくあったりする。本物は遠くの町でピンピンしているわけだが、そんなことを知る由もない一般ピープルは誰一人ここには近づこうとしていない。元々人が住むには過酷な条件下である。こんな場所に好き好んで来るような輩などいるはずが……なくもなかった。

 

「……お頭〜 もうここには何もないでしょう。調査団とか他の盗賊とかが根こそぎ持ってってますって」

 おどおどした口調でそう言っているのは、青年と中年の間くらいの男だ。顔に浮かんでいる恐怖の原因はおそらくこの場所だろう。

 その声に答えて、夜闇の中から野太い声が聞こえてくる。

「ばかやろう。残り物には福があるって言うだろうが。きっとここには魔王が最後の最後まで隠そうとしたお宝が眠ってるに違いねえ。俺たちの狙いはそれなんだよ。魔王秘蔵の宝は、俺たちガンルード団が戴く」

 何の根拠もない推論を自信たっぷりにぶち上げて、頭らしい声が「がはは」と笑う。「単に、他の奴らと鉢合わせて抗争になるのが怖かっただけでしょうが……」男はぼそりと呟く。ガンルードという盗賊団は、総勢十人の小所帯だった。

 仮に魔王秘蔵の宝とやらがあったとしても、ガンルードに見つけられるものが他の盗賊や国の調査団に見つけられないはずがない。が、そのことを言うと頭は怒る。男は何とか柔らかい言い方で穏便に諦めてもらおうと、もう一度口を開きかけ、

「あの〜」

 背後から声がした。

 振り向くと、まだ十代前半であろう少女が突っ立っていた。フリルのついた、真っ黒で動きにくそうな服を着ている。紫色の髪に紅い双眸。十年先が楽しみな容姿で、下手すると今だって男の一人や二人なら簡単に落とせそうだった。表情は歳相応の幼さがあるのに、妙な色香が混じっている。

 その彼女が、幼い、そしてやはりどこか蠱惑的な声で言ってきた。

「ここの主がどこへ行ったか、あなたたちは知りませんかぁ?」

 ここの主とは、言うまでもなく魔王のことだろうが。一体何を言っているのだろう。魔王が滅ぼされたというのは、それこそ子供でも知っている一大ニュースだというのに。

 そのことを言おうとするが、後ろからの頭の声の方が早かった。

「何してる、捕まえろ! 売れば相当な金になるぞ!」

 浅ましいことこの上ない。確かにこれだけ可愛ければ買いたがる変態は大勢いるだろうが、人身売買などという腐った行為に手を貸すのはごめんだった。ちょうどいいかもしれない。こんなセコい盗賊稼業にも嫌気がさしていた頃だし、この少女を連れて逃げてしまえば――

「知らないんですねぇ……残念ですぅ」

 場の雰囲気というものを全く考えていない少女の声。男はため息をついた。後ろの頭が人手を集めている。囲まれる前に逃げようと、少女の方に手を伸ばし、

「じゃあ、もういいよぉ」

 少女が、男ではない何かにそう語りかけ、

 ――ぞりっ、という、ひどく不気味な音。

「……あ?」

 間抜けな声を漏らして、男は伸ばした手を見た。そこにあった手を……今はもう何もない、闇と瓦礫の広がる空間を。

「あ、あ、ああああああああああああああああああああああああああああ!!!??!?!」

 叫ぶ。何が起こったのか分からず、痛みを感じることもなくただ起こったことが理解できない。視界の端に呆然としている仲間たちを見つけ、もう片方の端にひどく楽しげな笑みを浮かべる少女を映した。

 少女は笑っていた。男の醜態を嘲るわけではない。それはただひたすら楽しげな、無邪気で純粋で、それ故に邪悪な笑みだった。そのままの表情で言う。

「お腹空いたでしょ? ここにあるのは食べちゃっていいよ……不味そうだけど」

 男ではなく、ましてや頭やその他の盗賊たちでもなく、不可視の何かに少女は語りかけている。

「さあ、めしあがれ」

 そしてその夜、ガンルード盗賊団は壊滅した。

 

 月の浮かぶ空を眺めながら、少女は呟く。さっきまでいた盗賊だかチンピラだか分からない連中はもういない。皆“エヴリス”の腹の中だ。

「魔王は死んだ……か。ばっかみたい。それじゃあ、誰がどうやって魔王の塔をこんな風にしたのよぉ」

 人間に塔を木っ端微塵にするような破壊力はない。大砲や爆弾でも、跡形もなく消し飛ばすことなどできはしない。これほどの破壊を実現できる存在など、少女の知る限りでは一人しかいなかった。

「……どこにいるのかなぁ、フェイト様」

 恋人に呼びかけるような甘い響きとともに、そんな言葉が闇の中に溶け込んでいく。

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