出来損ないの支配者

 

「ちょ、ちょっと。どういうこと?」

「シルフィ」

 ラトの制止の声。しかし、それに構っている場合ではない。

「国が滅ぶってどういうこと? 何がここに向かってるの?」

「東西南北の魔王って知ってる?」

 質問に質問で返してきた。そんな言葉を聞いたこともないシルフィは、ふるふると首を振る。それに頷いて、フェイトはそれまでのどこかふざけた調子から一転、真剣な口調になって、

「文字通りの意味ではあるんだけどね。簡単に説明すると、この世界は東西南北四つのエリアに分けられていて、それぞれの地域に強力な力を持った魔族――魔王がいるんだ。今ここに向かってるのはそのうちの東の魔王。チャイルドっていう……まあ、一言で言うなら危ない奴だよ」

「あんたよりも?」

「僕よりも。あいつに比べれば、僕なんか可愛い方だよ」

 フェイトが可愛く見えるほどなら、確かにそれは魔王と呼ぶに相応しい奴である。もちろんフェイトが言っているだけだから、実際はそれほどでもない可能性もあるが……。

 はっきり言ってそれは低いだろう。シルフィは、そう受けとった。

 フェイトの目が笑っていない。

 常に余裕を崩さないこの少年がそんな目をしなければならないほど、チャイルドというのは危険な存在だということなのだ。

「それを伝えるために来てくれたの?」

 危険だと言うためだけに壁をぶち破るのはさすがにいただけないが、しかし危険を伝えにわざわざ来てくれたというのは純粋に嬉しかった。フェイトにとっては、シルフィは少なくとも危険を伝えるのには値する相手だということだから。割と冷めた部分のあるこの少年、どうでもいい相手なら、危険など伝えずに自分だけさっさと逃げてしまうに違いない。

 フェイトはシルフィの言葉に、複雑そうな顔で頷いた。

「半分はそんなところ」

「半分?」

「もう半分は、君を連れて逃げるため」

 こういうことを、この少年は実に淡々と言う。

 あまりに淡々としすぎて、シルフィは一瞬、彼が何を言っているのか分からなかった。

「なっ……」

 ラトの絶句する声で、我に返ることができた。

「ちょ、ちょっと待って。何? わたしを連れて逃げる? あ、あのね、だからコレの前でそういうことを――」

 ラトを指差しながら言う。が、

 フェイトは表情一つ変えずに、静かに言った。

「邪魔するならその人は殺すよ」

「……待って。ちょっと待って。あなた今なんて言ったの?」

「邪魔するなら殺すって」

 殺す。ラトを。フェイトが。

 頭の中でその言葉の意味を整理して、いきなりのフェイトの変化に戸惑っているラトを一瞥。シルフィはギロリと元魔王を睨んだ。

「ふざけたこと言わないでよ。あのね、この人は一応わたしの知り合いなの」

「だから?」

「だからって……フェイト、本気で言ってる?」

「もちろん」

 フェイトは頷いて、二の句が次げずにいるシルフィを諭すように言った。

「知り合いだから殺したくないっていう気持ちは分かるし、僕だってシルフィの恨みを買いたくはない。だけどね、本当に危ないんだ、チャイルドは。その人の相手をしながらどうにかできるような事態じゃないんだ。僕が全力で戦ったって勝てるかどうか分からない。精一杯なんだよ、君を連れて逃げるだけで」

 勝てるかどうかわからないと、よりにもよってフェイトが言っている。

 雷や炎などへの変化という、およそ攻撃という攻撃が効きそうにない能力を持つこの少年が、明確な勝利を口にしない。

 チャイルド。

 フェイトに勝てるかどうか分からないと言わせる、東の魔王。そいつが今この国に向かってきている。

 一人で? それとも、大軍を率いて?

 それを尋ねようとシルフィは口を開き――ラトに先を越された。

「君の目的は分かった。君が何のためにここに来たのかも、これから何が起きようとしているのかも。はっきり言って君は胡散臭いことこの上ないが、まあシルフィが信用しているんだ。俺も一応、君の言うことは信じることにする」

「そりゃどうも」

「そこで一つ聞きたいんだが……そのチャイルド、だったか? そいつは何のためにここに来る? 少なくとも俺が知る限り、この国はそいつの恨みを買うようなことはしていないはずだが」

 その質問に、フェイトは軽く眉をしかめた。なぜ彼がそんな表情を? とシルフィは訝るが、ラトの方は不審そうな顔すらしない。答えをある程度予想している様子だった。

 フェイトは答えたくなさそうに、だが仕方ないと思っているような顔で答えた。

「僕にちょっかいを出しに来るんだよ」

「……だろうな。そしてだからこそ、君はそのチャイルドにそこまで詳しいというわけだ」

「え? ちょ、ちょっと待って」

 二人だけで納得されてはかなわない。シルフィは勝手に納得している男二人に割って入るようにして、フェイトに尋ねた。

「フェイト、そのチャイルドと知り合いなの?」

「知り合いって言うか……シルフィ、僕が君と会う前に何をやってたと思ってるの?」

 魔王。

 馬鹿にするなと即答しようとする直前に、ラトがいることを思い出す。シルフィは一瞬口ごもり、次の瞬間思い当たった。元魔王だったフェイトである。同じ魔王としてチャイルドとも面識があったに決まっているのだ。

 しかし、今の言い方でもけっこう危ういものはあった。

 フェイトが過去に何かロクでもないことをやっていたらしい――少なくともチャイルドという、話に聞く限りでは危ないらしい人物と関係を持つようなことをしていたことが、ラトに知られてしまった。ただでさえ疑われているフェイトである。こんなことを言ったら、チャイルドと一緒に倒すべき敵と見なされてしまうのではないか。

 シルフィのその不安は、しかし杞憂だった。

「君が過去に何をやっていたのかは、この際どうでもいい」

 ラトは嘆息とともにそう言った。シルフィが信用しているのだからとりあえず自分も信用する。当面の間はそのスタイルを貫くつもりのようだ。

「二つほど聞きたいことがある。そのチャイルドは……可能性は低いと思うが、一人で来るのか? 君だけに用があるなら、大勢で来る必要はないと思うが」

「僕が出張って事が終わるなら、こんなところに突っ込んで来たりしないよ」

 肩をすくめながら言うフェイト。ラトは「だろうな」と、ため息混じりに呟いた。

 そうなのだ。

 チャイルドが一人で来るのなら、何もフェイトはこんなところに来ることはなかったはずだ。彼がチャイルドの相手をすればいいだけの話である。そうもいかないからこそ、彼はこうしてここに来たのだ。

 おそらくフェイトが会いたかったのは、シルフィではない。

 シルフィにくっついているであろうラトに会うこと。それがフェイトの本当の目的なのだ。この国の防衛に関与できる人物に。シルフィがそっち方面にはあまり発言力がないのは、巫女という立場を考えればすぐに分かる。だからシルフィを通して、国そのものに対して働きかけようとしたのだ。

 シルフィはそっと苦笑する。

 邪魔するなら殺すとか物騒なことを言っていた。

 だが、もし本当にそう思うなら、姿を現すことなどせずに、ラトだけを攻撃していればいい話。

 おそらくあれは演技。自分がそうするほどの相手がこの国に迫っていると思わせるための。そしてそれは、見事にシルフィに伝わった。

 チャイルドは危険。少なくとも、普段はふざけた態度を崩さないフェイトが真剣に警戒するほどには。

 それだけ伝えればフェイトは十分だろうし、それだけ伝えてもらえばシルフィも十分だった。

「それじゃあ、大勢で乗り込んでくるってことね?」

「そういうことになるね。どれくらいの規模から分からないけど、あいつは派手なことが好きだから……自分の陣地をおろそかにしたら隣接している南の魔王がここぞとばかりに攻め込んで来るから、全軍を率いて来るようなことはないと思うけど。それでもあいつのところは兵隊が多い。低く見積もっても……二万」

「二万……」

 ラトが絶句している。

 無理もない。二万といったら、超大国が一大決戦のためにどうにかひねり出すほどの兵数である。小国であるイベリアにはとてもではないが出せる数ではない。イベリア側の戦力は、たとえ民間から有志を募ったとしても、国民の二割程度――五千に届けば奇跡的といったところだ。

 およそ四倍の数が、夜のうちに攻め込んでくる。

 しかも、

「ちなみに、チャイルドにはこんなのただの余興。二万なんて、魔王にとっては端数でしかない。何しろ世界の四分の一を支配しているわけだから、実力も権力も、人間の王とは比べ物にならないんだよ」

「それって、つまり……」

 フェイトの言葉が示す意味。それを察して、シルフィの顔から血の気が引く。

 フェイトはゆっくりと頷いた。

「たとえ追い払えたとしても、あいつにとってはそんなこと何の痛手でもない。二万程度の兵を失ったところで痛くもかゆくもない。僕がいる限り、何度でもここへやって来るだろうね」

「……でもさ。それって要するに、この国が襲われるのはあなたのせいってこと……よね?」

「……」

 無言の首肯。

 フェイトがいるから、チャイルドがやって来る。ただ嫌がらせをするという目的のために、イベリアという一つの国を滅ぼそうとしている。

 ただただ自分の享楽のために。人の命になど何の価値も見出していない。

 そしてフェイトもまた、自分のせいで国が滅びようとしていることを承知している。あろうことか、その国の住人に普通に接触してきている。

 迷惑の塊のような奴に、そいつを呼び寄せる奴。二人とも、正に魔王だった。

 ため息をつく。

 魔王というのは相当に性格の悪い奴がなるらしい。久しぶりに家に帰ってきたときですら、休ませてくれない。

「……上等じゃない」

 思ったことを、シルフィはそのまま口に出した。

「え?」

 呆けたような返事をするフェイト。眉をひそめてこちらを向くラト。二人に対してと言うより自分に対して、シルフィは宣言した。

「あんたが平気な顔してここにいるってことは、そのチャイルドは魔族の国境破って来るわけよね?」

 元とは言え魔王であるフェイトが自分の陣地に侵入して来たとなれば、その他の魔王たちは黙っていないはずである。フェイトとて、敵陣に入っていくわけだから警戒して当然のはず。少なくとも、軽々しく魔法を使って騒動を起こすような真似をするはずがない。

 フェイトがまだ気軽に振舞っているということは、ここがまだフェイトの陣地であるという証。そう思っての問いだった。

 案の定、フェイトは頷いた。

「う、うん」

「やっぱり。それなら話は簡単じゃない。ルール破ってるのは向こうなんだから、こっちは全力でそいつを懲らしめればいいだけでしょ」

「いや、理屈はそうだけど、それが簡単にできるなら苦労しないわけで、」

「できるできないじゃないの。やるの」

「……」

 フェイトを黙らせ、シルフィは続ける。

「やらなきゃこの国はお終いなんだから、気合入れて追い払うしかないでしょ。それにまだ希望がないわけじゃない」

「?」

「忘れた? この国は宗教国家なのよ?」

「だから?」

 分からないらしいフェイトに、分かりやすく解説してやる。

「信じる者は救われるってね。神様が守ってくれるとか、悪魔が神を滅ぼそうと攻めて来たとか。何ならわたしが直接鼓舞してもいいし。とにかく、それらしいことを言っておけば国民全員がやる気になるわ。宗教なんかとは縁のなかったあんたじゃ分からないと思うけど、迷える子羊は兵士より強いのよ。少なくとも意思はね」

 フェイトはしばし、ポカンとしていた。

 シルフィの言うことがイマイチ飲み込めていないのだ。

 シルフィの言葉――イベリア国民全員を兵士として立ち上がらせる作戦。信心を煽って戦わせるという、そこらの独裁者よりもよほど性格の悪い案。何しろシルフィの立場が立場なので、余計に悪質に見えるのだ。

「君は……」

「ん?」

 かろうじて発せられたようなフェイトの言葉。聞き返すシルフィに、

「君は……本当に巫女?」

 失礼な問いかけである。巫女でなければこんな作戦など思いつくはずがない。自分がどれだけ崇められているのか。自分が唱える神の名が、どれほどの力を持つ呪文となるのか。巫女であるからこそ、それを知ることができるのだ。

 毎日毎日、巫女様巫女様と、十字架相手にやるのと全く変わらない態度で祈りを捧げる国民。恨みはないが無性に苛々するときがある。わたしは人形じゃない、神の子でも何でもない、普通の女の子。遊びたいし、男と女のことにも人並みには興味がある。絵に描いたような清純な巫女様なんかじゃない。そう怒鳴り散らしたくなることも、しばしばだ。

 実際、ラトがそばにいてくれなかったらとっくの昔に怒鳴り散らしていただろう。

 だが。

 今回ばかりは、彼らの望む巫女様であろうと思った。それで彼らが死の恐怖を忘れることができるなら、自分はいくらでも人形となろう。

「……悪いことなんてレベルじゃないことは分かるけど」

 だが、勢いが薄れるにつれて、昂ぶっていた精神も次第に落ち着いてきてしまった。

 誤魔化すように言い訳を口にしてみる。フェイトの目は別に何も言ってこないが、自分の心に耐えられなかった。

 何しろ、自分の国を支える人々に向かって死ねと言うのだ。国のために死地へ赴けと命じる。それも、国の象徴である巫女が直々に。

 フェイトが部屋に飛び込んで来たことなど可愛い悪戯に思える、本当の意味での極悪な行為。

 権力を使い。心を操り。人を駒のように戦わせる。それがあってはならない支配者の姿であることは言うまでもない。

「でも……うーん」

 自分で宣言しておいて何だが、やはり怖くなってきたシルフィである。

 自分の言葉で多くの人が死ぬ。自分の名を叫んで死ぬ。自分を守るために死ぬ。一度は逃げ出した、そして今も逃げ出す機会を窺っている自分のために死んでいく。その事実が怖くてたまらなくなった。守ってもらうほど何かができるわけではない。それが分かるからこそ。

 もし戦いになって、たとえ一人でも死んだなら。自分はもう、旅に出ることはできないだろう。シルフィはそれだけは確信できる。もしそんなことをしたら、自分を守るために死んだその彼に対して何と言い訳すればいいのか。

 その彼の死を背負えるだけの力が、自分にあるとは思えなかった。

「……あ、その、やっぱり……」

「――やるぞ」

 前言撤回しようとしたシルフィを遮ったのは、冷え冷えとしたラトの声だった。

「え? ちょ、ちょっと待って。やるぞって――」

 言いかけたシルフィの言葉をラトは遮る。有無を言わせない、強い口調で。

「怖くなったんだろうが、実際それ以外に道はない。お前がさっき言った方法しか。本当に来ているなら、追い払うしかないだろう」

「でも、でも、別に国の皆を戦わせることないじゃない」

「兵士の数が足りないさ。国民を駆り出しても尚負けているくらいだ。分かっているだろう。二万と言ったら、この国の総人口に匹敵する数だぞ」

 黙らざるをえなかった。

 国の守りにかけてはシルフィよりもラトの方が詳しい。そのラトがこう言っているのだから、実際にそうなのだろう。

 だが。

 それでも、何か言うべきだと思った。と言うより、何か言わなければ、自分の案が採択されることに耐えられそうにない。自分のせいで誰かが死ぬのは御免だった。

「他に何かないかな? 例えば……逃げるとか」

「どこへ逃げる? どうやって逃げる? 王族だけ逃げるとかそういう話ならともかく、国民を連れていくというのは国が一つ移動するのと同じ意味だぞ。不可能だ」

「う……そ、それじゃあ援軍は? どこかに助けを求めれば――」

「攻めてくるのに日があるならそれも可能だろうが……今晩中に来るとなると、それも没だな。援軍が来るより前に、うちの軍隊が全滅しているだろう」

 ことごとく却下されるシルフィの案。二つ口にした時点で既に頭が真っ白になるが、そもそも絶望的なこの状況で、そう幾つも策が出てくるはずもなかった。城門を閉じて立てこもるという方法も浮かんだが、それは自分で却下した。相手の食糧がなくなるのを待つ案だが、そもそも自分たちにはそうする以外に戦う術がないのだった。

 立てこもって時間切れを待つ。打って出るほどの戦力がない以上、それがチャイルドを追い払える唯一の方法なのだ。

「……」

「気持ちは分かるけどな、シルフィ」

 ほんの少しだけ口調を柔らかくし、ラトが言ってきた。

「死にたくないなら戦うしかない。絶望的に強い相手でも。ならお前は、せめて戦いに対する恐怖だけでも取り除いてやるべきなんだよ。気休めでも何でもいいから気持ちを楽にさせてやれ。この国でそれができるのはお前だけだ。国民のためを思うなら、彼らの望む巫女となれ」

 先ほど思ったことを、面と向かって言い聞かされた。

 そもそも国民を煽るというのは、お前が言い出した案だろう――そんなことは、ラトは一切言わなかった。仕方ないこと。他に道はない。それを強調して、シルフィをまず楽にさせようとしているのだ。

 それに頷くのは、甘えだろうか。

 自分がしようとしている事から目を背ける、最低の行為だろうか。

 おそらくそうなのだろう。シルフィは自分でもそう思う。

 けれど、他の案を思いつけない以上、それに頷く以外に道はないのも事実。不平だけ口にして行動しないのは、この世で最も愚かな行為の一つ。

 甘えでも何でも、何かはしなければいけない。巫女というのは、支配者というのは、それこそが役目なのだから。

「シルフィ」

 背中を後押しするようなラトの声。

 シルフィは、それに頷こうとして――

 

「――伏せろ!」

 それまで黙っていたフェイトの、突然の怒鳴り声だった。

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