出来損ないの支配者

 

 朝が来る。

 白い光に消されるように、エヴリスの黒い体が一瞬薄らいだ。

「ちょ、ちょっと……これってヤバいんじゃない?」

 人間の身体は実に素晴らしい。

 長時間背中で揺られている間に、ノエルはエヴリスの速度にも慣れてきてしまっているのだった。無論これ以上速度を上げられれば即死は免れないだろうし、五感が段々遠のいているような感じもするのだが。慣れたと言うより麻痺したと言った方が正しいかもしれない。

 ともあれ、意識だけはなんとか繋ぎとめているノエル。後ろの男二人も同じ気持ちだろう。代表のように、ただ一人エヴリスの頭の上に乗っているリヴに怒鳴るように問いかければ、

「けっこうヤバいよぉ」

 振り向いて来ないまま、リヴは答えた。

「なんかすっごく余裕のある声だけど、エヴリスってこのままだと消えちゃうんじゃないの?」

「消えちゃうよぉ」

「そうなったら私たちはどうなるの?」

「前へ向かって投げ出されると思うよぉ」

「駄目じゃない!!」

 思わず叫んだ。

 だが、リヴは相変わらずのんびりとした声で答える。

「うるさいわねぇ」

 じとーっとした迷惑そうな目で、振り返ってノエルを睨んでくる。迫力など皆無な眼光だったが、それでもノエルは押し黙った。何と言うか、呆れられているような視線。自分よりも確実に一回りは幼い少女にそんな目で見られれば、口の一つもつぐんでしまう。

 リヴは淡々とした声で、言ってきた。

「何のためにわたしがいると思ってるのよぉ」

「え?」

「エヴリス」

 ノエルの発した疑問の声を無視し、リヴはエヴリスに声をかけた。

「お疲れ様。戻っていいよぉ」

「って、リヴちゃん!?」

 止める間もなかった。

 エヴリスにそう言うと同時に、リヴはあろうことか、自ら前方へ身を投げ出したのだ。小さい身体が巨体の向こう側に消える。一体何をやっているのだ。慌てるやら呆れるやらで、とにかくノエルは身を乗り出し、

「――え?」

 唐突に消えた安定感。

 そしていきなり訪れた浮遊感。虚空に投げ出されながら、我ながら間抜けな疑問符を発する。

 エヴリスがリヴの命に従い、その姿を消したのだった。そしてノエルら三人は、リヴの予告通り前へと放り出される。成す術などあるはずもなく、妙にゆっくりした時間の中で落ち行く我が身を嘆いた。

 だが、

「ふぐえ!?」

 衝撃が突然やってきた。視界の端を黒い服が掠めていき、それと同時にノエルは下から横へと運動の方向を強制的に変えられる。

 何だ何だ、何が起こった。わけが分からないまま、自分を抱えて疾走しているらしい物体に目をやる。

「リヴちゃ――」

 その姿を目にして、ノエルは信じられない思いを口に出した。

 風圧に声をかき消されたが、目に映った姿は確かにリヴのものだった。一足先に着地したリヴは、放り出されたノエルたちを走って回収しているのだ。

 あのスピードから飛び降りて無傷でいられるだけでも十分驚愕に値するが、その上ノエルたち三人が落ちる前に回収しようというのだから凄まじい。

 と、

「うえぁぁぁあああぁ!?」

 思わず悲鳴が口から飛び出した。

 エヴリスに負けず劣らずの速度で走っていたリヴは、ノエルを掴まえていた手を何の躊躇もなく振り回したのだ。当然一緒に振り回されるノエル。風圧が壁となって顔を叩き、息ができないまま線となった景色を見る。

 死すらも思い浮かべる一瞬の後、身体に再び衝撃が来た。今度は何かがぶつかってきたような感触。

 目を開ければ、目の前にはぐったりとしたアレスがいた。

「!?」

 リヴはノエルを掴んでいた腕で、アレスをも掴んだ。

 そのことをノエルが理解できたのは、ゲッソーを回収したリヴが動きを止めた後だった。

「す……凄いことする…のね、あなた……」

「このくらいは別に凄くないけど。だって、今のわたしにはエヴリスの能力があるんだからぁ」

 大人三人を抱えている小柄な少女は、涼しい顔でそう言った。小さい手を一杯に広げて、ノエルを親指と人差し指と中指、アレスを薬指と小指で支えていた。

 反対の腕ではゲッソーを、さすがに指は辛いのか小脇に抱え込んでいる。まあ、彼の身体を抱えていられるだけでも凄まじい力と言えるのだが。ノエルは半分呆れながらそう思う。

 異常な破壊力を持つフェイトと比べて、ついつい可愛らしい少女のように見てしまっていたが、リヴも十分化け物の仲間なのだということを、まざまざと見せ付けられた感じだった。むしろ力の種類が単純な分、フェイトよりもタチが悪いかもしれない。

 と、そう思っていると、

「さ。早く行きましょう」

「いたっ い、行くってどこへ?」

「イベリアに決まってるでしょぉ」

 三人を地面に投げ出し、リヴは腰に手を当ててじぃっとこちらを睨んできた。早く立ってキリキリ歩け。心の中でそう言っているのが、よく分かる表情。

 だが、そんなことを言われても、生身の人間であるノエルたちがすぐに回復できるはずもない。

「ちょ、ちょっと待って。お願いだから少し休ませて……」

 自分より幼い容貌の少女にこんなことを言うのはさすがに少し気恥ずかしかったが、体力はともかく精神的に限界だった。

 リヴが相当に嫌そうな顔をする。まあそうだろうなと予想していたノエルは、あまり驚くことはない。

 だが、次の行動には、思わずリヴを見上げてしまった。

「待たない休まない早く行くの! 歩けないなら、わたし一人でも行くからねぇ!」

 リヴの怒鳴り声など初めて聞いた。どうやら、それほどまでにフェイトの身が心配らしい。仮にも元魔王なのだから滅多なことがあるわけがないと思うがしかし、そんなことはリヴとて分かっているはずだ。

 つまり、リヴが案じるような何かが、イベリアに有るということ。

 チャイルド。東の魔王。

 彼女が言っていたそいつがイベリアにいると見て、間違いはなさそうだった。敵の大将がどうしてそんなところにいるのかと、その疑問は残る。だが、フェイトまで危険になるような相手というのが他に思い当たらない。

「ねえ」

「今でも遅れてるくらいなのにぃ! ……なに? 今度はなに!?」

 凄まじい剣幕で睨んでくるリヴ。だが、怒鳴り声に慣れてしまえばどうってことのない姿ではあった。元があまり迫力のない容姿なので、凄まれてもあまり怖くないのだ。

 リヴの怒りを正面から受けつつ、ノエルは言った。

「チャイルドって、どういう奴なの? 会ったことあるの?」

「……。一度だけ」

 渋々質問に答えてやる。リヴが示したそんな態度は、しかし彼女の全てというわけではなかった。精々半分といったところだ。

 もう半分は、恐怖だった。

 この場にいない人物に対する恐怖。隠そうとしているらしいが、瞳は明らかに動揺に揺れていた。リヴは、チャイルドという存在を恐れている。

「どんな奴?」

 怖いの? などと聞けば睨まれるのは分かりきっている。ノエルはリヴの内心には気づかない振りをしながら、そう聞いた。

 が、

「怖い。物凄く怖い相手」

 ノエルが遠慮した言葉を、リヴ自身があっさりと認めた。

 だがこれは、あまり良くない事実である。普通に怖いだけの相手だったら、リヴの性格からして「あんな奴本当は怖くない」とでも言うように振舞うはずなのだ。弱点を他人に見せるのは、彼女にとっては自殺行為のようなものなのだから。

 それをせずに、チャイルドを怖い相手だと認める。

 それは、リヴが心底チャイルドを怖がっているという証拠だ。虚勢を張ることもできずに震えているということだ。虎男のギムルはリヴならフェイトを手伝ってチャイルドとやり合えると言っていたが、それも怪しいものになった。

 そんなノエルの思いが顔に出ていたのだろうか。リヴはハっと我に返ったように、ぶんぶんと首を振ってきた。

「でも、でも、フェイト様と一緒なら大丈夫」

「大丈夫って……」

 自分を相手に否定したところでどうにもなるまい。ノエルはそう思うと同時に、ある不安を覚えた。

 怪力と爆発的な瞬発力、そして持久力。リヴの持つそれらの力は、どう考えても前に出て直接戦うためのものだ。一方、フェイトの変化能力は、どちらかと言うと後方支援に向いている。直接戦うこともできないではないが、それよりも、仲間の撤退の際に敵を牽制したり、一撃必殺の隙をうかがったりと、そういった役割の方があの能力は活きる。

 フェイトとリヴが組んで戦う場合、最善なのはリヴが前へ出て敵と向かい合い、フェイトが後ろで援護するという配置なのである。

 だが、問題点が色々とある。第一に、フェイトは絶対にリヴを前に出そうとしないであろうこと。妹のような立場のこの少女を前に出して自分は後ろで隙をうかがうなど、フェイトは絶対に認めないだろう。

 第二に、リヴ自身が敵――チャイルドを恐れているということ。戦う前から怖がってしまっているのでは、戦えるものも戦えない。フェイトのパートナーどころか、足手まといにすらなりかねない。

 そして第三に、二人の配置を入れ替えた場合、その力が激減してしまうということ。フェイトが前へ出てしまうと、援護しようにも彼の能力に巻き込まれる恐れがあるため、必然的に一対一の構図になってしまうのである。フェイトとチャイルドがぶつかったとき、リヴの存在は完全に無駄になってしまう。

 つまり、リヴがフェイトの元へ行く意味は、はっきり言って無に等しい。むしろ邪魔になる恐れがある分、行かない方がいい。

 しかし、それを面と向かって言ったところで、リヴはフェイトの元へ行くのをやめようとはしないだろう。逆に意固地になってしまう可能性すらある。何とか言い含める方法を考えなければいけない。

「そのチャイルドって……」

 と、そこまで言いかけて、ノエルは気づいた。

 目の前に立つリヴの向こう側。白み始めた空。鳥ではない何かが飛んでいる。

「……?」

 見間違いかと一瞬思った。が、そんなことはありえない。その姿ははっきりと目に映る。鳥など一飲みにしてしまいそうな巨大な顎。翼を広げた禍々しいシルエット。人間でも魔族でもない、魔獣と呼ばれる生物の王。

「ドラゴン!?」

 信じられない思いで、ノエルは叫んだ。

 ドラゴンなどほとんど伝説の生物である。各地を旅して回ったノエルも、話に聞くのが精々だった。強靭な力と破壊力で全ての敵を蹴散らす、空と陸の王者とも呼べる生き物。一説には、魔王とは実はドラゴンなのではないかとも言われているほどだ。それほどまでに彼らは強力なのである。

 少なくとも、人間の武器など太刀打ちできないと言われるほどには。

「?」

 顔面に疑問符を浮かべて空を見上げたリヴは、途端に表情を厳しく引き締めた。

「チャイルド」

「え? あ、あのドラゴンがチャイルドなの?」

『ドラゴン=魔王』説はあまり信じていなかったノエル。フェイトの登場でその気持ちはますます強くなったのだが、ひょっとしてあの説は正解でもあったのだろうか。

 だが、リヴはノエルの問いに首を振った。

「あれはチャイルドじゃないけどぉ。チャイルドはドラゴンを飼っているって、前にフェイト様が話してくれたの」

「ドラゴンを……」

「何回か乗ってるのを見たこともあるって」

「……」

 さすが魔王。片やドラゴンを乗り回し、片やそれに驚きもしない。上空を飛んでいるだけで騒いでいる自分とは格が違う。ノエルは、こちらに降下してくるドラゴンを見ながらそう思――

「って、降りてくる!?」

「そうだね」

「そうだねって、リヴちゃんどうしてそんなに冷静なの!?」

 急速に大きくなる邪悪な影に混乱しながら、ノエルは叫ぶようにそう問うた。

 そんなノエルに、リヴは変わらぬ冷静な声で言う。

「あれはドラゴンじゃないもの」

「は?」

「ドラゴンはもっと強大。もっと強力。わたしには分からなくても、わたしの中のエヴリスが分かるもの。本物のドラゴンだったら、もっと緊張しているはずよぉ」

「でも、じゃあ――」

 目の前にいるアレは何だ。

 そう尋ねる前に、ドラゴンが目の前に降り立った。でかい。間近で見るドラゴンは、その威容だけで相手をどうにかしてしまえそうなほどに巨大で禍々しい。翼を広げた全容はエヴリスのそれよりも更に大きく、ノエルは自分の持つ武器がやたらとちっぽけに感じられてならなかった。弓と矢が、この化け物相手に何の役に立つだろう? こいつを相手にできるのは、少なくとも人間ではない。

 あるいはリヴのような。あるいはフェイトのような。

 ドラゴンと同じく強大な破壊力を持つ者でなければ、こいつの相手は務まらない。そう思った。

 ――が。

「……?」

 ノエルは何となく、違和感を覚える。

 リヴの言葉があったからだろうか。目の前にいるのは巨大で強大なドラゴンなのだが、落ち着いて見ると、なぜだかそれほど威圧感がない。ちっぽけな存在が虚勢を張っているような、そんな印象さえ受ける。

「……ドラゴン?」

 後ろで自信のなさそうなアレスの声。どうやらノエルと同じ印象を持ったらしい。

 その疑問に答えたのは、ドラゴンではなくリヴだった。

「ドラゴンなんかじゃないでしょぉ」

 つまらなそうに言う。

「元に戻りなさいよ、グレン。あなたの実力じゃドラゴンの力は再現しきれない。見た目だけ変化したって、怖くも何ともないんだからぁ」

「……黙れ、小娘が」

 唐突に、ドラゴンが口をきいた。

 それは予想していた地鳴りのような声ではなく、ごく普通の、ノエルやアレスが発しているのと変わらないような声だった。威圧感も何もない。姿は異様なだけに、その様は滑稽にすら見えてしまう。

 声を向けられたリヴもまた、心底呆れ果てたような声で、

「黙れってその声で言われたって、全然怖くないのにぃ」

「うるさい!」

 怒鳴り声。

 それとともに、突然ドラゴンは大口を開け、リヴに襲い掛かった。巨大な口腔が、悪魔のような牙が、小さな少女を飲み込もうとする。

「リヴちゃん!」

 さすがにこれには驚き、ノエルは慌てて弓を構える。が、間に合わない。弓を構え、矢を構え、そして放つ。最低でもその三段階の準備が必要なノエルは、咄嗟の対応というものに嫌でも遅れてしまう。

 そんなノエルの横を、二つの影が猛スピードで走り抜けた。

 アレスとゲッソー。

 細身と巨大の剣をそれぞれ持ちながら、ドラゴン目がけて疾走する。

 だが遠い。距離にすればそれほどではないし、二人なら半秒も要らずに駆け抜けられる。それでも遠い。リヴがドラゴンに襲われる前に助けるには、遠すぎる。二人が到着するのとノエルの矢が放たれるのとでは、時間にそれほどの違いはない。

「逃げろ!」

 リヴに向けたアレスの叫び声。逃げたところで間に合わない。そんなことは明白だが、言わずにはいられない。そんな声。

 リヴはその声に反応したかのように、動きを見せた。

 右手を下に、左手を上に。小さな身体で、それぞれを大きく伸ばし――

「グレン」

 迫るドラゴンの巨大な顎を――

「わたしに、エヴリスに、あなたが勝てるとでも思ってるのぉ?」

「な……あぁ!?」

 自分の三倍はあろうかという巨体が全体重を乗せた攻撃を、軽く背をそらしただけで受け止めてしまった。

「……は?」

 矢に手をかけたノエルは元より、アレスとゲッソーも急停止したまま固まってしまっている。目の前の光景。苦悶のうなり声を上げるドラゴンを、リヴが涼しげな様子で抑え込んでいる、その状況が信じられない。

 しかも、それだけでは終わらなかった。

 リヴは両手に力を込め、ドラゴンの上顎と下顎に指を食い込ませる。

「ぐあ、ぐぁぁぁぁあああああ!」

「うるさい。目の前で叫ばないでよぉ」

 咆哮の中から聞こえてくる、淡々とした声。おそらくリヴは憮然とした表情をしているのだろう。目の前で震えている声帯に眉をしかめているのだろう。上下に腕を伸ばしたまま。力など込めようがない体勢のまま。

 化け物。

 ノエルの頭に、そんな単語が浮かぶ。本来その言葉を冠するはずのドラゴンに対してではなく、一見すれば守られるべき存在である少女に対して。

「ぐお、は、放せ! 放せぇ!」

「うるさいって言ってるのにちっとも大人しくならないのは――この口!?」

 珍しいリヴの怒鳴り声。

 それは彼女にとって、掛け声でもあったようだった。怒鳴ると同時に両手を一気に合わせる。ドラゴンの口を掴んだまま。大きく開かれたそれを、リヴは勢いをつけで強引に突き合わせた。

「ふぐっ!?」

 さすがにたまらなかったようで、ドラゴンの瞳が泳いだ。目を回し、ふらふらとした足取りで数歩リヴから離れるドラゴン。魔獣の王が一人の少女に手玉に取られている様は、なかなか凄まじいものがあった。

 リヴはまだ容赦しない。離れていくドラゴンに近寄った彼女は、まだ目を回しているらしい魔獣の直前で停止。軽く腰を落とし、拳を固める。

 まさか――

「フェイト様を裏切った恥知らずが、よくわたしの前に出てこれたわねぇ?」

 怖い。

 淡々とした、そして冷淡な声。少女を凄いと思ったことは何度もあるが、怖いと思ったことは初めてだった。

 自分より一回りも年下のリヴ。

 軽く屈まなければ目線も合わせられないような小柄な少女。

 その彼女を、ノエルは純粋に怖いと思う。

「――死ねっ!」

「ふぐおっ!?」

 掛け声とともに放たれた、空気を切り裂く異音と大地を踏み砕く轟音。

 繰り出されたそれは、およそリヴに似合わない、恐ろしく豪快な正拳突き。

 ドラゴンの腹に、リヴの手が一瞬飲み込まれたように見えた。次の瞬間にはドラゴンは吹っ飛んでいる。ありえないほど遠くまで吹っ飛んでいる。巨体がぐんぐん遠ざかる。落下しないほどの勢いで何かが吹っ飛ぶ光景など、ノエルは初めて見た。

 そして、ドラゴンの姿がいきなり縮小し、消えた。

「へ?」

 思わず間抜けな声を上げる。あれほどの巨体。相当離れていなければまず見失うはずのない物が、突然視界から消え失せたのだ。

 どこへ行った? 反射的に目を凝らし、ドラゴンが消えた地点を探る。何だろう。何が起こったのか。まさかドラゴンは一定以上のダメージを食らうと消滅してしまうのだろうか。そうすると、実はリヴはドラゴンよりも強いのでは――

 そう思ったノエルだが、しかしその思考は遮られた。

「ちょっと」

「はいぃ!?」

 横からかけられたリヴの声。

 鬼のような強さをたった今目の当たりしたため、つい裏返った返事をしてしまう。

「……なにぃ?」

 そこはかとなく不満そうな表情。いきなり声を裏返らせて、何をしているのか。そう思っている表情。

 それを見て、ノエルはかえって気が抜けた。鬼神の如き強さの後でこんな顔ができるのは、世界広しと言えどもリヴ……と、おそらく彼女にこの態度を教え込んだ張本人であるフェイト。この二人くらいだろう。

「何でもないわ。それより、あのドラゴンは……」

「あんなのどうでもいいわよぉ。早くイベリアへ行きましょ」

「どうでもいいって……殺したの?」

 仮にも魔獣の王。いくら強力とは言え、リヴの一撃だけで死ぬとは思えない。先手を取ったのは確かだが、無視するには少々相手が大きい。そう思った。

 だが、

「さあ。ひょっとしたら死んでるかも」

「まさかっ! ドラゴンを一撃で殺せるわけ――」

「だからあれはドラゴンじゃないの」

 呆れたようなリヴの言葉に、ノエルは遮られた。

 ドラゴンではない?

 言われた事を反芻する。どういうことだ、それは。

「フェイト様を裏切った最低で恥知らずで大馬鹿で生きてる価値もないような、グレンっていうのがいるんだけどぉ」

「……」

 何とも言えない気分になるノエル。リヴは構うことなく続けてくる。

「そいつは変化能力を持っていたの。他の生物に変化する能力。多分、さっきのドラゴンはグレンが変化したもの。あんなに弱いなんて、それしか考えられないしぃ」

「変化能力って、フェイトみたいな」

 リヴがギロリと睨んできた。

「フェイト様の魔法と一緒にしないでよぉ。比べ物にならないくらい弱いし、見た目もなんだか気持ち悪いし。見たでしょぉ、さっきの薄気味悪い姿」

「誰がだ、貴様ぁッ!」

 その怒鳴り声は、頭上から聞こえた。全員が空を見上げる。

 グレン……とかいうらしい魔族が、またしてもドラゴンに変化していた。姿が異様なのは変わりない。変わりないが、少女の拳一つで吹っ飛ばされるわ、言っていることがどうも雑魚っぽいわで、迫力は皆無になってしまっていた。

 下から見上げている分にも、高みから見下ろされていると言うより、怖くて降りてこられない間抜けな印象を受ける。

「言わせておけば、好き勝手に!」

「事実でしょぉ」

 空をため息混じりに見上げながら、淡々と言い返すリヴ。

 白けたようなその視線の先にいたドラゴンは、忌々しげな表情を浮かべながら降下してきた。リヴの攻撃を恐れてか、彼女の間合いよりも若干離れた位置に降り立つ。

 接近戦主体の三人はともかく、ノエルの矢なら十分に届く距離。いざというとき、第一に攻撃を仕掛けるのは自分だ。ノエルはそう思い、密かに弓と矢を握りなおした。

 そんな思いを知ってか知らずか、リヴはドラゴンに声をかけた。

「いい加減に元に戻ったらぁ? 弱いっていうことはもうバレてるんだし、意味ないでしょぉ?」

「……」

 凄く悔しそうだ。

 歯軋りの音が聞こえてきそうなドラゴン。苦虫を噛み潰したようなとは、こんな顔を表すためにある言葉なのだろう。

 だが、ノエルが何となくそう思った瞬間、ドラゴンの姿は掻き消えた。

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