出来損ないの支配者
| 「!?」 先ほどと同じ現象。再度目を疑うノエルだが、今度は分かった。 一言で言うなら、悪賢そうな小男。 変化能力を持っていると言うから、これも本来の姿ではないのかもしれない。ともあれ、そいつは確かにそこにいた。ドラゴンに扮してこちらを威圧しようとした魔族。リヴ曰く、フェイトを裏切った最低最悪の恥知らず。 グレン。 迫力だけはやけにある名前を反芻しながら、ノエルは小男をじっと観察する。 力はそれほど強そうではない。自身の変化能力を武器にしているあたり、どうも真っ向から力比べを挑むタイプではなさそうだ。そもそも前へ出て戦うことも稀だろう。他の生物への変化では、フェイトと違って直接的な破壊力がない。 情報収集。もしくは悪巧み。こいつの本領はそのあたりと見て間違いなさそうだ。 「グレン。今更、何をのこのこと顔を出しに来たのぉ?」 ゾッとするような、リヴの冷淡な声が聞こえた。 さっき手加減なしの一撃で吹っ飛ばしたばかりの相手に、早くもニ撃目を加えるつもりらしい。腰を軽く落とし、今度は拳ではなく掌を広げている。 問答無用とばかりに戦闘態勢に入るリヴに、グレンが慌てて言った。 「ま、待てっ!」 「待たない」 ドラゴンに変化してもダメージを食らったっぽいから、あの状態のグレンとやらがリヴの一撃を受けたら、まあ確実にのたうちまわるだろう。両手を突き出して待ったをかけるグレンと、じりじり迫るリヴの両者を見比べながらノエルはそう思った。 敵はグレン一人だし、こちらはリヴを入れて四人いる。まず負けることはないから、気楽なものだった。 が、 「私を傷つければ、イベリアの巫女も無事では済まんぞ!」 この一言には、耳を傾けずにはいられなかった。 どういうことだ。なぜここでグレンを傷つけると、シルフィが危険になるのか。 「どうでもいい」 「どうでも良くない! ちょっと、どういうこと!?」 シルフィをあっさり切り捨てて話を進めようとするリヴを横に押しのけて、ノエルはグレンに詰め寄った。 「ちょっと……なにぃ?」 不満そうな声を上げかけたリヴ。だが、彼女は後ろから出てきたアレスとゲッソーに行く手を遮られた。 「悪いけど、ちょっと黙っていてくれ」 「お前にとってフェイトが大事なように、俺らにとってもシルフィは大事なんでな」 男二人にそう言われ、小柄な少女が押し黙る。 どちらかと言うと、後半のゲッソーの台詞に心を動かされたようだ。彼女にとってフェイトは命にも等しい。それと同等の価値があるのだと言われれば、黙らざるをえないのかもしれなかった。否定することはつまり、彼女にとってのフェイトの価値をも否定することになってしまうから。 それはともかく。 「で、どういうこと?」 腰から短剣を引き抜いてグレンに突きつけながら、ノエルは問いただした。 「知りたいか?」 リヴが相手でなくなった途端、グレンはいきなり強気になる。 「ぜひ知りたいわね」 「そうか、そんなに知りたいか……ククク」 嫌らしい笑みを浮かべ、ノエルのことを嘗め回すように見つめてくるグレン。はっきり言って気持ち悪い。 こちらの動揺を誘い、それを面白がろうとしている瞳。自分が上であると、有利であると、何を根拠にしているのか知らないが信じきっている。そんな目だ。 このまま交渉するのは分が悪い。ノエルはそう踏んだ。舐められたままでは話がしづらい。精神的に優位、少なくとも対等の立場にならなくては。 だからノエルは、振り向いてこう言った。 「リヴちゃん。こいつ死なない程度に痛めつけてやって」 「おいっ!?」 嬉々としながら男二人を押しのけて出てくるリヴを見て、グレンが慌てて声を上げた。 「お前、私がさっき言ったことを忘れたのか! 私を傷つければイベリアの巫女はただでは済まないぞ!」 グレンの言葉に、ノエルは半眼になって返した。 「残念だけどね。イベリアにはフェイトもいるのよ。あいつが一緒にいるなら滅多なことは起きっこないわ。それでも一応気になるから話を聞いてやろうって言ってるの」 「聞いてやろう……だと? そんなふざけた態度を取るような立場だとでも――」 「思うわよ。て言うか、あんたには交渉の余地がないって言ってるの。何ならもう一回か二回、リヴちゃんに吹っ飛ばされた方がいい? 自分の立場ってものを身でもって味わえるだろうし」 腕をぶんぶん振り回しながら(アレスとゲッソーが思わず身を引いている)歩み寄ってくるリヴ。フェイトを裏切った相手を殴れることがよほど嬉しいのか、その表情は実に生き生きとしている。大きな瞳が爛々と光を発している。 そんな彼女に、ノエルはアドバイスしてやった。 「リヴちゃん」 「んー?」 「……ただ殴るのも痛いだろうけど、生爪剥がしたりとか目玉くりぬいたりとか、そういう局所的な拷問も相当効き目があるって知ってる?」 「おいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」 グレンの叫びはきっぱりと無視し、 「えぇ、でも、そんなことするとわたしの手が汚れるしぃ」 「ナイフ使う?」 「あ、うん」 ノエルが差し出したナイフを受け取り、見たこともないような笑顔を浮かべるリヴ。フェイトのためと言うより、完全に自分の腹いせらしい。 まあ、考えてみればフェイトなら、これほどまでに間抜けな奴の相手をまともにするはずがない。リヴはこいつがフェイトを裏切ったと言っていたが、フェイトにしてみれば、むしろいなくなって良かったとまで思っていたことだろう。 ただし。決してそのことは言わない。 そんなことを言ってもリヴを止められるはずがないし、シルフィを脅しの道具にしようとしたこいつには、ノエルも少なからずムカついている部分がある。生爪や目玉の必要はないが、少しくらい痛い目に遭わせた方がいい。 ただ一応、殺さないようには言っておいた方がいいだろうと思った。こんな奴だが一応それなりの立場にはいるらしい。有益な情報を、少なからず持っている可能性がある。 と、ノエルが口を開こうとしたときだった。 「そ、そうだ。お前の秘密について知りたくないか?」 何を思ったか、グレンはリヴにそう問いかけた。 「わたしが自分で知らないことを、貴方が知るわけないでしょぉ」 あっさりと却下するリヴ。 だが、次の一言には、動きを止めざるをえなかった。 「そうとは限らんぞ。例えば――フェイトがなぜ魔族を憎むのか」 「――!」 「そしてなぜ、憎いはずの魔族の中で、お前だけは特別なのか。これは別にお前が昔から一緒にいたからじゃない。お前を特別視する理由が別にあるのだよ」 「……それは?」 リヴが臨戦態勢を解いた。 それを見て、ノエルの頭の中で警鐘が鳴る。まずい。この展開はまずい。嫌な予感がする。 ノエルは思わずリヴに何か言いそうになり、その前にグレンが口を開いた。 「教えてやってもいいが、一つ条件があるな」 つい、と、グレンはこちらを指差した。 リヴが振り返る。 ノエルとリヴの視線が、一瞬だけ交差する。グレンの声が再度聞こえた。 「そいつらを始末すれば、教えてやろう」 「無理」 リヴは即答した。 当然と言えば当然で、フェイトから与えられた命令は『三人を守ること』 リヴがこちらに手を出すはずがないのだ。 妙なことを言い出すから慌てたが、何のことはない。間抜けはやはり何をやっても間抜けだ。ノエルはほっと胸を撫で下ろそうとし、 「フェイトに嫌われてもいいのか?」 グレンの言葉に、眉をしかめた。 リヴもまた聞き流すことはできなかったのか、怪訝な様子で尋ねている。 「どういうことぉ?」 リヴの問いに、グレンは満面の笑みで答えた。 「簡単なことだ。お前は今のところフェイトに可愛がられているが……それがいつまでも続くか? フェイトは私達とお前とで別な見方をするが、それは本当にささいな違いでしかないぞ。その違いがなくなってしまえば……お前はフェイトに憎まれる。私達と同じ――」 「――!」 グレンの言葉が終わらないうちに、リヴの身体が霞んだ。 ノエルが反応する間もなかった。瞬きにも足りないような一瞬の後、リヴはグレンに掴みかかった。 「――リヴちゃん!」 声をあげるが、あまりに遅い。リヴは刃のようになった爪で、今にもグレンの喉笛を切り裂こうとしている。 だが―― 「否定しようと、これは事実だ」 グレンの声には恐怖も焦燥も何もなく、ただ勝利を確信した自信に満ちた響きがあった。 「遠からず、お前はフェイトから疎ましく思われるだろう。フェイトは魔族を嫌う。そしてお前は“魔族”だ。分かるだろう。私の言っていることは」 「……嘘」 答える声は、信じられないほど弱々しかった。 グレンはそれに、やはり笑みで答える。押し倒された体勢のまま、上に乗るリヴを見上げる。 「そう。嘘かもしれん」 この声が少しでも揺らいでいれば、リヴは躊躇わずにグレンを殺していただろう。 だが、現実にはリヴは動けずにいる。グレンの声はあまりにも確信に満ちていて、それが本当に嘘なのかどうか判断できないのだ。もし本当だったら。もし本当に、将来自分がフェイトに憎まれるようになったら。リヴはその思いで硬直している。そのことが、ノエルははっきりと分かった。 リヴの全てはフェイトで動いている。これは間違いない。 別にフェイトが意図してリヴを操っているわけではなく、リヴの方がフェイトの望むように動こうとするのだ。彼のためにあろうと、彼の望むままの人形でいようと、リヴ自身が考えている。 なぜそんな性格になったのかは分からないが、幼少期に何かあったのだろう。気にはなるが、今問題にすべきなのは別にある。 リヴにとって、フェイトは全てであり絶対だ。 フェイトに嫌われるということは、存在そのものを否定されるに等しい。 圧倒的に不利な立場にいるグレンが発した些細な戯言。それすらも、リヴにとっては恐ろしいのだ。 動けずにいるリヴの下で、グレンが続けて問いを発した。 「だが、本当だったらどうする?」 分かったことが他にも一つ。 こちらのペースで事を運んでいるうちは、グレンはただの雑魚でしかない。力もほとんどない、取るに足らない相手だ。少なくともリヴがいれば、何も怖れることはない。 だが。 調子に乗らせてしまうと、恐ろしく難しい敵に変貌する。グレンのペースに引き込まれるのだ。今のリヴのように、精神的な弱点を突かれてしまう。 グレンの小憎たらしい笑み。 動けずにいるリヴ。 ここでグレンを倒すのは、おそらく容易い。全く何の問題もない。ノエルが射殺してもいいし、アレスとゲッソーが斬りかかってもいい。自分たちに反応できるほど、グレンは戦闘慣れしていない。 下手にこのままにしておくよりは、今すぐ倒してしまった方がいい。リヴは惑わされているだけだ。些細な疑問でも不安になる。フェイトが絶対であるからこその反応と言える。 だが、フェイトが彼女のことを嫌うなど、絶対にありえない。普段の姿を見ていれば、そんなことは一目瞭然なのだ。 ノエルはそっと二人に合図を送る。舌打ちを軽く三回。リヴもグレンも気にも留めていないだろう。フェイトにも教えていない、三人とシルフィが決めた暗号のようなものだ。 舌打ち三回。 それは『戦闘準備』の合図。アレスが、ゲッソーが、密かに剣を握る手の力を強める。 それを確認して――舌打ちを一回。『戦闘開始』 「――!」 グレンが現れたときに射ようとした矢がまだ手に残っている。ノエルはそれを構え、ロクに狙いもつけずに放った。グレンに当てるのが目的ではない。とりあえず、リヴに当たらなければ問題はない。 一瞬でもグレンが矢に気をとられてくれれば、その隙をアレスかゲッソーか、もしくは二人が同時に叩く。 風を切って矢が飛ぶ。 リヴからは外れている。命中するならグレンの肩。理想のコースにノエルは安堵と同時に満足する。 アレスが左から、ゲッソーが右から飛び出していく。 グレンが驚愕の表情を浮かべ、矢とアレスとゲッソーを同時に見、どれに対処するかを一瞬決めかねている。そうだ、迷え。躊躇の時間が一瞬でも長引くほど、お前の死はそれだけ確かなものになるのだ。 散々迷った挙句、目前に迫る矢に視点を定めたグレン。 横の二人へ対抗する手段は――ない。 勝った。ノエルはそれを確信する。 ――が、 「……え?」 何が起こったのか、一瞬分からなかった。 リヴが手を伸ばして、後ろから飛んできた矢を掴んだ――それを理解したのは、リヴが姿を消すほんの一瞬前のことだった。 「――っ」 小柄な少女が、朝日の中で掻き消える。 それと同時に、左右から悲鳴のような声が聞こえた。グレンに斬りかかっていたはずのアレスとゲッソー。二人が、恐ろしく速い黒い影に吹っ飛ばされる。まずはアレス。そしてゲッソー。常識ではありえない速度で動く影は、瞬く間にグレンに迫っていた三方の攻撃を阻止してしまった。 「リヴちゃん!」 思わず叫んだ。 グレンの言葉になど聞く耳持つ必要はない。そう言おうとした。 だが、 「分かってるの!」 リヴは、そう叫び返してきた。 「分かってる、言いたいことは分かってるのぉ。こいつの言ってることなんてただの妄言だって、フェイト様が気変わりするはずなんかないって、ちゃんと分かってるのぉ」 「だったら――」 「でも!」 ノエルの反論を封じるように、リヴは声を張り上げる。 「フェイト様、ときどき凄く悩んでた」 そう言ってくる。 「魔王の塔にいた頃から、誰にも見られないところで、ずっとずっと悩んでた。ずっとずっと怖い顔してたのぉ! それで、それで、その後のフェイト様は、決まって――」 「いつもよりもお前に冷たかった」 グレンが、言葉の後を引き取った。 リヴが引きつる。気配で、後姿でそれが分かった。 「もちろん些細な変化だ。その日の機嫌が悪ければこんなものだろうと、そう思えるほどの。だが……お前は感づいていたわけだ。さすがと言うべきか」 一人わけの分からないことを言い始めるグレン。ノエルは怪訝に思うくらいだが、震えるリヴの肩を見るに……どうも、ただ戯言を言っているわけではないらしい。 何なのだろう。 魔王だった頃のフェイトが事あるごとに悩んでいて、その後決まって機嫌が悪くて。それがどうしたと言うのだろうか。悩み事の後に機嫌が良い人間の方が少ないはずである。あからさまにリヴに冷たかったのならともかく、話の内容からしてそういうわけでもなさそうなのに。 「お前、今幾つだったかな?」 唐突に、グレンはリヴにそう尋ねた。 「……十三」 ポツリと、リヴが答える。警戒している声ではない。不安に苛まれて、心細いときに出す声だ。 グレンはそれを聞き、微かに笑みを深める。 「そうすると、フェイトは十七か。なるほど……もうそんなに経ったのか」 感慨深げに一人呟く。訝る四人の視線に晒されながら、グレンはリヴに言った。 「なぜフェイトが魔族を、やがてお前を嫌うようになるのか。それだけは教えてやろう」 「……!」 ビクリと震えるリヴ。グレンは小さく小さく、不気味に微笑みながら、その一言を口にした。 「フェイトは人間だ」 「……え?」 リヴも、ノエルも、アレスもゲッソーも。グレンが何を言っているのか、瞬時には分からなかった。 四人が言葉の意味を理解する時間、わざと待っていたのだろうか。まさかと思った瞬間、絶妙のタイミングでグレンが続きを口にした。 「魔族すら敵わないほどの強力な魔法使い。そんな子供をさらって魔族として育て上げる。分かるか? それが魔王であり――フェイトだ」 「うそ……」 「嘘なものか。考えてもみろ。人間だからこそ、人間として生きたいなどと考えるのだ。今現在の奴こそ、人間である証だぞ」 確かに。魔族として生まれ魔族として生きてきたなら、好奇心を示しはするだろうが、人間として生きたいなどとは思うはずがない。人間が魔族として生きたいと思うことがないように。 しかし。 フェイトが、人間? 確かに外見は人間以外の何にも見えないし、むしろ魔族の部分を探す方が難しいが、そう言われても簡単に信じられるものではない。 「それがバレた」 グレンはまたしても、考える間を与えない。 計算してやっている。こちらが驚き、疑う。だが考えるまでにはいかない、その瞬間を狙って次の言葉を吐き出している。 「フェイトは知ったのだ。自分が人間であり、魔王にさせられたことを。だからこそ魔族を嫌う。本来の自分を奪った魔族を憎む。――自分一人のために、自分が生まれた村を滅ぼした魔族を嫌悪する」 グレンがニヤリと笑っている。 こちらの驚愕の表情を見て、笑っている。 「発覚を防ぐために、な。魔族最強である魔王が実は人間だなどというのは、魔族の沽券に関わる問題だ」 「……それを私たちに教えていいの?」 何となく、嫌な予感はした。 ただ、それでもノエルは尋ねた。グレンが笑顔のままこちらを向く。 「問題ない。ああ、リヴ。安心しろ。お前ももう、この連中を殺さなくてもいい」 妙な音が聞こえた。 鳥にしてはあまりにも高く、不気味な鳴き声。獣にしては遠くから聞こえる。それはまるで、空の彼方から空気を震わせているような―― 「東の魔王――チャイルド様がドラゴンを飼育しているのは知っているか?」 今度は偽者ではない。 一匹でもない。 東の空を埋め尽くす、黒い影の群れ。 「東の領域最強のドラゴン部隊だ。――お前ら四人、まとめて死ね」 グレンの宣告を、悪夢でも見ているような気持ちで聞いていた。 軽く数十匹はいる、巨大なトカゲのシルエット。 グレンの言葉は、リヴを動揺させるわけではなかった。 これを待っていたのだ。 空から攻め入ってくる、ドラゴンの軍勢を。 |
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