出来損ないの支配者

 

 場は、異様な空気に満ちていた。

 チャイルドの襲撃から三日後の朝。場所はイベリアの、どんな魔法を使ったのか完璧に元通りに建てなおされた城の一室である。

 一昨日の夜、西と南の魔族がやってきて何やら騒がしく音を立てていると思ったら、目覚めたときには崩れ落ちたはずの城が完全に元通りになっていたのだった。一体何をどうやったらこんな真似ができるのか。シルフィは幾度となく尋ねてみたが、西の魔王――ルリという名の少女も、南の魔王であるルシファーという青年も、ただのほほんと笑って答えをはぐらかしているだけだった。

 ともあれ、そんな得体の知れない方法で再建された城の、会議に使われていた一室である。

 即席でこしらえた卓には、五つの顔が並んでいた。

 まずは向かって東側。赤毛の魔王チャイルドが、やたらと面倒くさそうな態度で頬杖をついている。

 南側。チャイルドよりもいくらか年上に見えるルシファーが、こちらはきっちりと姿勢を整えて座っている。この集まりの司会的な役割も兼任している彼だが、あまりそういうことを気負った様子はない。

 西側。リヴと同い年くらいに見えるルリが、後ろにいる少女と何やら話をしている。両者ともその容貌は全く同じで、聞いた話によるとどうやら双子らしい。ルリの方が姉で、妹の方はスズというのだそうだ。ただ、話をした印象では、どちらかというと妹のスズの方がしっかり者という感じだった。

 ちなみに、幼少期に誘拐されて魔王になったはずのルリがどうして妹の存在を知っているのかというと、実はスズも強力な力を持つ魔法使いで、実の姉を訪ねにはるばる魔王の城を襲撃したのだそうな。このことは西の領域の機密事項であり、表向きはフェイトとリヴと同じような関係で通しているとルリはいう。そんな極秘なことを自分なんかに教えていいのだろうかと、シルフィは思う。

 そして、北側。

 リヴも一命を取りとめ、自身も多少は回復したらしいフェイトが、目を閉じて静かに腰掛けている。表情からは何も読み取れない。が、よくよく観察してみると、何か決意を秘めているように見えなくもなかった。

 最後に、シルフィはどこにいるのかというと。

「……」

 フェイトとルリの間。どういうわけなのかシルフィは、人間代表として椅子についているのだった。

 この場にいるのはこの六人だけではない。ルリの後ろにスズがいるように、フェイトの後ろにはギムルがいるし、シルフィの後ろにはもちろんラトがいる。味方が誰もいないのは、チャイルドとルシファーの二人くらいのものだった。

 ちなみに、アレスたち三人はリヴとともに別室で待機している。この集まりには基本的に関係ないからと、彼ら三人が辞退したためだ。

 何となく寂しい気はするが、まあ確かに大勢でごちゃごちゃ集まっても仕方ない。それに、リヴが目覚めたときに周囲に誰か知っている相手がいる方がいいだろうという、フェイトからの願いもあった。

 本当は、自分が傍にいてあげたいのだろう。

 けれどそれはできない。元とはいえ北の魔王として。この状況を作り出した、ある意味全ての出来事の元凶として。

 頑なに口と瞳を閉ざすフェイト。もしかしたら、彼はここで裁かれることすら覚悟しているのかも――

「――では、そろそろ始めようか」

 シルフィの思考は、そんなルシファーの一言によって中断された。フェイトが目を開く。ルリがお喋りをやめて前を向く。チャイルドがわずかに居住まいを正す。

「……」

 話し合いが始まった途端、魔王四人による見えない圧力の攻防でも始まるのではないかと思ったが、そんなのはまったくの杞憂だったようだ。圧力も殺気も、誰一人として放っていない。チャイルドですら普通の青年のようだし、ルリにいたっては微笑みを浮かべていた。

 と、

「その前に、一ついいか?」

 チャイルドが、ルシファーに問いかけた。

「ふむ。発言を認めよう、チャイルド君」

「その言い方なんかムカつくからやめろ。俺とお前以外、どうも手下を引き連れているようだが。それはこの集まり的にどうなんだ? 史上初の魔王四人の集会。魔族の行く末が決まる大事な会合だってのに、ちょっと杜撰なんじゃねえのか?」

 自分の存在が完璧に忘れられている。

 が、そのことに対してシルフィは特に文句をつけなかった。自分がこの場に相応しくないことは、自分が一番よく分かっている。そもそもどうして自分なのだと思う。なぜ王たる父親ではなく、巫女でしかない自分が選ばれるのだ。

「ふむ。そのことについては、それぞれから納得のいく説明がなされている」

 シルフィの心の内など知る由もなく、ルシファーは一つ頷いて、

「まず西の魔王、ルリ君だが、彼女の魔法は己の身を守るのには向いていない。天候を操り、災害を自在に引き起こす――なるほど、確かにこれでは自己の安全を確保することは難しい。一人で会合に出席していたのでは、心ない何者か……この場合我々も候補の一人となるが、とにかく誰かに襲撃された場合、彼女は命の危険に晒されることになる。平和維持が最大にして最低限の目標である以上、魔王が暗殺されたなんて落ちは絶対に避けたい。というわけで、妹のスズ君が護衛として同席することを許可した。何か質問は?」

「いや。分かった。んじゃ次、フェイトは? こいつほど身の安全が保証されている奴は他にいねえと思うがな」

「その通り。空気や雷に変化できるフェイト君には、護衛など必要ない。ギムル君が一緒にいるのは彼を守るためではなく、現在の北の状況を彼に随時教えるためだ。何しろ魔王を辞めてからそれなりに時間が経過しているからね。現場を知っている者の意見は必要だろうと判断した」

「ふん。……なるほどな」

 ちらりとフェイトに目をやるチャイルド。だが、シルフィが予想したような侮蔑や嘲笑の色は、そこには欠片も含まれていない。

 あるのは、無関心。

 壊れた玩具を見るような、冷めた感情の色。

「……んで、そこの巫女の小娘は? そもそも、魔王の会合にどうして人間がいるんだよ」

 その目をこちらに向けられたときは、さすがにギクリとしたが。

 幸いなことにチャイルドはすぐにこちらから視線を逸らし、ルシファーに向き直った。

「彼女は言わば傍聴人。話に直接関わる部分はないと思ってくれていい」

「……傍聴人だ?」

 チャイルドが不審そうな声をあげ、ルリとフェイトもまた、ルシファーの方を見やった。

「そう。人間として魔族に関わった者として。また、王族という支配者の血筋として。今後の我々の在り方を、今後の我々との付き合い方を、彼女なりに考えてもらう。言うなれば実験のようなものかな。魔族と人間は、今後交わっていけるのかという、ね」

「……必要ねえと思うがな」

 とは言うものの、とりたてて文句を言うつもりもないらしく、チャイルドはさっさと興味をなくして椅子の背をギシっときしませた。ルシファーはそれを見て頷き、

「では、そろそろ始めるとしよう。議題は……まあ、他でもない。現在起きている騒動をどうやってまとめるかだ」

 全員の視線がルシファーに集まり、六人の注目を浴びながら、ルシファーは口を開いた。

 現在起きている騒動。それはおおまかに分けて三つある。

 一つは、北と東の確執。無断で戦闘行為を仕掛けた東に対し、北側の魔族が憤りを示しているということ。

 もう一つは、北の領域の今後について。いつまでも魔王が不在というわけではない。早急に新たな魔王を探す必要がある……のはいいのだが、問題が一つ。仮に今すぐ新たな魔王を連れて来たとしても、その彼だか彼女だかが魔王として振舞えるようになるまでに、少なくとも十数年はかかるということだ。その間、北の領域をどう扱うかが、今回の議題である。

 そして、最後の一つ。

 この騒動の全ての原因、自分勝手に魔王を辞めたフェイトと、勝手に境界線を越えて北に攻め入り、あまつさえイベリアに多大な被害をもたらしたチャイルドの処遇について。

 前者はともかく、後者にはイベリアの関係者も同席していた方がいい。シルフィがここにいるのには、そのためでもあるのだそうだ。

 自分たちについて話されることもあるというのに、フェイトとチャイルドは平然とした顔で座っていたが。

「最初と最後はともかく、北の扱いに関しては解決させる方法がある」

 ルシファーはそう言って、フェイトの方を見やり、

「フェイト君。君が魔王として復帰することだ」

「そうくるだろうと思ったけどね。嫌だよ」

 フェイトは、即座にそう答えた。

 恐ろしく利己的なその言葉に、フェイトではなくシルフィの方が冷や冷やする。何せここに集まっているのは、立場的にも強さ的にも世界の頂点に立つ四人なのだ。誰かが――ここでシルフィは思わずチャイルドを見やったが――怒って暴れ出したら、四大魔王の争いが起こったりしたら、自分は開始二秒で巻き添えになって死ぬ予感がする。

 そうでなくても、今のフェイトの言葉は問題発言もいいところなのではないか……? そう思いながら、司会役であるルシファーの方を見やれば、

「ふむ。そういうことなら仕方ない」

 と、実にあっさりと頷いたのだった。

「仕方ないが、フェイト君に復帰する気がない以上、北には時期魔王を早急に選抜してもらう必要があるな。ギムル君。もしフェイト君が復帰しない場合、北の時期魔王は誰になるのかな? 僕には何となく予想がついているんだが……ひょっとして、僕たちの知っている人じゃないかい?」

「その通りです」

 別段驚くこともなく、そうなるのが当然であると言わんばかりの素直さでギムルは頷いた。

「……おい。まさか」

 と、口を出したのはラトだ。まさかシルフィが魔王として選ばれるんじゃあるまいなと、そう思ったらしい。そういえばそうだ。魔法使いである以上、シルフィにも魔王に選ばれる条件は当てはまる。

 だが、その心配は全く杞憂のようだった。そのことはギムルではなく、ルシファーが説明してきた。

「そこのお姫様の心配をしているなら、安心していいよ。彼女の魔法は確かに珍しいが、戦闘、破壊の能力が皆無というのは魔王としては少々まずいからね。魔族が評価するのは力のみだ。何かを壊すことが出来る者にだけ、魔族は敬意を払う……と、これは私のいる南の地域ではそうだという話だが。とにかくシルフィ君でないことだけは明白だ。そうだろう?」

「はい」

 実に大人しく肯定しているギムル。一見した限りでは無表情を貫いているように見えるが……よく見ると分かる。あれは無表情ではなく、緊張で固まっているのだ。

「これは僕の個人的な推測だが」

 そんなギムルをよそに、ルシファーは静かに爆弾を投下した。

「時期北の魔王の最有力候補は、リヴ君ではないのかな?」

「――!」

 その言葉に誰よりも劇的な反応を見せたのは、案の定フェイトだ。どこか上の空のようだった雰囲気が一変し、背後のギムルを睨むように見上げている。彼が下手なことを口にしようものなら、そのまま雷になって吹き飛ばしてしまいそうな目つきだ。

「え……えー、まあ、その……」

 傍で見ているシルフィにさえ、その視線の威力が分かるのだ。直接向けられているギムルが何も感じないわけがない。眼下から注がれる殺気を孕んだ睨みをちらちら見下ろしながら、ルシファーの問いに何と答えていいものか迷っていた。

 そんな彼に助け舟を出したのは――

「フェイト君。そんなに睨んじゃダメだよ。ギムルさん困ってるよ」

 話題を理解していないのか、場を和ますためにわざとやっているのか、ルリがのほほんとした調子で口を出してきた。

 フェイトは一瞬、ほんの一瞬だけ彼女をも睨みつけ――直後に、気まずそうに目を伏せた。さすがに自分よりも年下の少女にまで喧嘩を売るつもりはないらしい。もしチャイルドあたりから口出しされていたら、二大魔王の再戦が勃発していたかもしれないが。

「……悪かったよ」

 誰に対してなのか不明な謝罪を口にし、ふいっと卓上に置かれたグラスを見つめる。迷子みたいな表情だ、とシルフィは思う。

 こんな覇気のないフェイトは、初めて見た。

「ふむ。それでギムル君、どうなのかな?」

 ひたすら傍観に徹していたルシファーが、ギムルを促し、

「……仰る通り、リヴです」

 ギムルはチラチラとフェイトを窺いながらも、はっきりと頷いたのだった。

「現在の北の領域の中で、フェイトの次に強力な力を持っている魔法使いはリヴです。魔法そのものは別に大したことはないものですが、あいつが体内に宿しているエヴリスが強すぎる。夜狼……エヴリスのことですが、あの種族は北の魔族のうちでも間違いなく最強に属します。数が少ない上に単独での生活を好むので、俺自身もほとんど見たことはないんですけどね」

 そう言って締めくくるギムルを見ながら、おいおいおい、とシルフィは思った。仮にも北の領域の代表が、そんな重要なことをベラベラと喋るのは如何なものか。

 次期魔王候補が誰なのかはともかく、その力まであっさり喋ってしまうのは幾らなんでもまずい気がする。リヴの力はエヴリスの力と同じ――つまり、チャイルドのように肉弾戦で強さを発揮するタイプだということが、今の話で丸分かりになってしまった。

 本来の……というか人間の王ならば、得意とする武器が剣だろうが槍だろうが、一撃必殺を好むのか一撃離脱を好むのかなども、仮に誰かに知られたところで大した損失ではない。魔法使いでもない限り個人の強さなどたかが知れているし、そもそも国という存在は一個人を重視しない。それが例え王であってもだ。初代が死ねば二代目が跡を継ぐ。二代目が死ねば三代目がその跡を……という風に。重要なのは国を治める王なのであり、その王となった誰かではない。

 だが、魔族の王は違う。

 個人の強さが何より優先されるのが魔族の社会だ。違うとは言わせない。元北の魔王からの直々のお言葉なのだから間違いはないはずだ。

 重要なのは王という立場ではなく、王が持つ強さ。

 つまり、現時点での魔王の実力というのは、絶対に、何を置いてでも優先して隠すべき事柄である。

 チャイルドがフェイトを殺せなかったのも、フェイトが仕掛けた罠が結果的に失敗に終わったのも、お互いに自分の実力の全てを隠していたからに他ならない。命がけの決闘をしていながらも、二人とも自分の底だけは絶対に見せなかったのだ。全力を見せるというのは、強さが全てである魔族にとって致命的なハンデになるから。

 それを踏まえて、先ほどのギムルの発言を考えてみると……どう考えてもおかしい。無用心だ。

 リヴの力はエヴリスの力と同義であると、ギムル自身が認めてしまった。

 リヴの力の底を、身内が暴露してしまった。

 これ以上の失策はない。相手から何か情報を引き出したわけでもないのだ。自分たちが抱える有力な戦士の実力という、魔族にとっては生命線にも等しい情報を、何の見返りもなしに与えるなどと。

 シルフィは思う。もし自分が北の魔王なら、何を置いてもまずこいつをクビにするだろう、と。

 だが。

 この場でそんなことを考えているのは、信じがたいことに、シルフィ一人のようだった。ルシファーは腹の底で何を考えているか分からないから何とも言えないが、少なくとも残りの三大魔王は、今のギムルの発言に何ら疑問を抱いてはいないようだ。誰もが当然という顔をしている。殴ってでもギムルを止めるべきだったフェイトでさえ、そんな顔をしている。

 バカじゃないのか、こいつら。

 一瞬頭にそんな言葉が思い浮かび、条件反射でフェイトにそれを浴びせそうになる。

「……っ!」

 が、寸前で何とか思いとどまった。

 何と言っても、四人は魔王なのだ。王の名を冠する存在なのだ。

 しょせんは巫女に過ぎない自分など及びもつかないような計算を、その淡々とした顔の裏側で休みなくやっているに違いない。そう考える。そう考えることにする。

 自分の頭によぎった考えは、無知な小娘の見当はずれな予感に違いないのだ。

「ふむ。大体予想の通りだな。北の次期魔王はリヴ君が最有力候補……だが」

 と、ルシファーはフェイトを見やる。

 その視線の意味を即座に理解したらしく、フェイトは小さく頷いた。

「リヴがもし魔王になったら、僕とは二度と会えなくなる。自分で言うのもなんだけど、僕と一緒にいられないなんてことをリヴが納得するはずがないね」

「そういうわけだね。フェイト君が顧問か何かになって、魔王となったリヴ君を助けるというのも……」

「却下。それじゃ僕が魔王をやめた意味がない」

「うーむ。わがままだね君も。そうするとまた新たな魔王を連れて来るしか……」

「……また、赤ちゃん連れてくるの?」

 そう言ったのは、それまで成り行きを見守っていたルリだ。

「可哀想だよ」

「しかし、そうは言っても北には魔王のなり手がいないんだ」

「うーん……でも、ねえ、スズちゃん。赤ちゃん可哀想だよねえ」

「同意を求められても困るんだけど……」

――ちょっと待てちょっと待てちょっと待て。シルフィは必死に頭の中でその言葉を繰り返す。

 一体全体何なのだ、この和気藹々としたノリは。

「とりあえず、暫定って感じで魔族の中から誰か出したらどうだ?」

 ひどく面倒くさそうに、しかし割合に的を射た意見を口にしたのはチャイルドだ。

「しかし、それでは根本的な解決にはならないだろう。いつかは魔王を選ばなければならない」

「……。そりゃまあ、そうだけどよ」

「魔族の中から臨時魔王を出すのはあくまで応急処置だ。出来るなら早いうちに本当の魔王を選んでおきたいよ。事情を知る我々の代であるうちにはね」

――……我慢できない。誰かに聞いてみなければ、浮かぶ疑問が抑えられない。

「……ねえ、フェイト」

 と、シルフィとしては小声で問いかけたつもりだったのだ。

 だが、どうやら魔王というのは揃って地獄耳であるらしい。ルシファー、チャイルド、ルリ、ついでにスズという実に四対八つもの瞳が、同時にシルフィに向けられた。

「……あ、えーっと……」

「いや、気にしないで、思ったことがあったら何でも言ってくれ。何せ魔王が皆で集まるというのは前例がないものでね。おかしな部分があっても不思議じゃないんだよ」

 と、ルシファーは実に気楽に言うものだから、ついシルフィも調子に乗って、

「それじゃあ……えーっと、次の魔王とか暫定で魔族が魔王やるとかって、全部北の領域が決めることで、他の魔王が口出しするようなことじゃない……と、思うんだけど……」

『……』

 全員、無言。

 背後でラトが思わず剣に手をかけている気配がした。

 それをひしひしと感じながら、今すぐこの場から消え去れたらどんなに楽かと思う。四人の魔王と二人の側近から発せられる無言の圧力。何かおかしいことを言ったのだろうか。やっぱり変なこと言わないで人形よろしく座っていれば良かったと切に思う。誰にも気にかけられないというのは、辛くはあるが楽でもあるのだ。

「……シルフィ君」

「は、はいっ!?」

「……えーと、非常に心苦しくはあるが、一つ尋ねたい」

 君はひょっとして、王族として政治に関わったことがないのかな?

 と、そう尋ねられると思ったのだが、ルシファーは別のことを口にした。

「君はひょっとして、国政というものにかなり詳しかったりするのかい?」

「はい……?」

「いやー、恥ずかしい話ではあるんだが……」

 ルシファーは頬をぽりぽりと掻きながら、

「我々は王といっても、政治その他にはまるで素人でね」

 白状した。

「……」

 無言で四人の魔王を見渡せば、皆どことなく気まずそうに――信じられないことに、チャイルドまでが――目を逸らした。なるほど。素人。互いに手札を隠して交渉を進めるということを全く知らないわけだ。だからこそ、ギムルがぺらぺらと北の内情を喋っているときも、誰も何も反応しなかったのだ。

 そんな真相をいきなり告白されても困るのだが。

「……それじゃあ、この集まりの意味って一体……?」

「集まりの意味というより、集まることに意味があると言った方が正しい」

 そういえば、フェイトから聞かされていた。

 魔王とは、最強の証。

 東西南北、四つの地域の中で最強の力を持つ者が選ばれるのだと、そう聞いた。

 だが、逆に考えればそれは、魔王とは単なる筋肉バカでしかないという意味でもあったのだ。

「……あの、すみません帰っていいですか?」

 何故だろう。

 あれほど恐ろしかった魔王たちが、今はただの間抜けにしか見えない。

「そう言わずに。この場で唯一政治というものに関わっていたのは君だけなんだ」

「だったらどうしてパ……わたしの父を呼ばなかったの? 巫女なんかじゃない、本職の王なのに」

「本職なんか呼んだらレベルが高すぎて我々はついていけない。誰だっていきなり上級者を相手には出来ないからね。まずは自分より少し強い程度の相手で訓練をするわけだよ」

 すると、何か。

 ここに自分がいるのは、魔王に政治の何たるかを実戦形式で教え込むためというわけか。

「平たく言えばまあ、そういうことになる」

 あっさりと頷くルシファーを見ながら、シルフィは強く思う。

 帰りたい。

「そこで聞きたいのだけれど、さっき言っていたのはどういうことかな? 我々は口出しすべきではないとか何とか……出来れば教えて欲しい」

 更に強く強く思う。

 普通に暮らしているだけでも、一般常識を身につけているだけでも、他国の事情にあれこれと口出しするのはタブーだというのは分かるはずなのに。

「……えーっとですね、その前にお尋ねしますけど」

 興味深々といった視線を受けながら、シルフィは最後に一際強く、この言葉を頭に浮かばせた。

「内政干渉って言葉、知ってます?」

『?』

 こいつら全員、揃いも揃ってバカばっかりだ。

 

 頬に触れる冷たい感触。冷たいけれど、どこか温かみのある感触。

 誰かの手だ――と、リヴは夢見心地で思う。

 自分は柔らかいところに横たわっていて、誰かに付き添ってもらいながらまどろんでいるらしい。なぜそんな状態になっているのか。意識を失う前、自分は何をやっていたのか。全く思い出せない。

 もっとも、それならそれでいいのだけれど。

 確かなことは一つ。ここには敵がいないということだ。優しく頬を撫でてくれる手がそれを伝えてきてくれている。ここにいるのは、この手の主は、味方だ。

――味方?

 そう、味方。

 自分にとっての味方といったら――フェイト以外にない。

「……フェイト様?」

 言葉と同時に、記憶が蘇る。

 自分が何をしていたか思い出す。

 グレンに言われたことが、その後の展開が、脳裏に次々と浮かんでくる。フェイトが魔王を辞めた理由。人間であること。彼が人間で、自分が魔族であること。

 唐突に、怖くなってきた。

 寝たふりを続けていれば良かったと思う。もしここにいるのがフェイトだったら。決別の言葉を告げるためにここにいるのだとしたら。今度は追いかけてくるなと、そう言うためにここにいるのだとしたら――

「残念、私よ」

 降ってきた声は、しかしフェイトのものではなかった。

「……えっと」

 柔らかく微笑んでいるのは、年上の女性。フェイトが仲間と認めた人間たちの一人。名前は……名前は……

「……ノエルよ」

 呆れたように声を響かせ、わずかに残念そうな表情を見せながら、女性が名乗った。覚えてもらえていなかったのが悲しいのだろうか。

 彼女の表情を見ながら、思う。今度は忘れないようにしようと。

 今までは大して気にもしなかったその表情が、今では何となく、罪悪感を沸き起こらせる。

「……フェイト様は?」

 気まずさを誤魔化すように尋ねれば、

「大事な会議中。今はちょっと抜け出せないと思うわ」

 その言葉を聞いた感想は、残念半分、安堵半分といったものだ。フェイトがいないのはやはり寂しいし、まだしばらく会えないというのはとても悲しい。だけれど、それは自分の前に真実が明かされるのが先延ばしにされたということでもある。

 魔族と人間。異なる二つの種族という隔たりを意識したとき、フェイトはどんな行動に出るのか。

 種族の違いなど関係ないと、そう言ってくれるのか。

 それとも――

「そういえば」

 リヴの思考を遮るように、ノエルが思い出したように呟いた。

「フェイトに、貴女に伝えておいてくれって言われたことがあるの」

 その一言でリヴは石になる。顔から血の気が引く。もう追いかけてくるな、その言葉が脳裏に蘇る。

 そんなこちらの心理を知ってか知らずか、ノエルは面白そうにクスクス笑いながら、

「聞きたい?」

 殴ってやろうかと思う。だが殴ったらフェイトの言葉を聞けないし、何より怪我でもさせようものなら帰ってきたフェイトに怒られる。ノエルもその辺を分かってやっているに違いない。でなければ、いくらなんでも自分をバカにするように笑うなど出来ないはずだ。

 だが。

 笑われっぱなしはやはり悔しい。

「……」

「……黙って睨まないでよ。怖いから。分かったわよ、言うわよ」

 と、やけにあっさりと口を開こうとする。

「ちょ、ちょっと待って……」

「ん?」

「え、えっと、フェイト様が言ったのって……いいこと? 悪いこと?」

 いいことだったら、もちろん聞きたい。

 だが、悪いことだったら聞きたくなかった。それが本当に悪いことなのか、ノエルが判断しているだけだから実際は分からない。ノエルが悪いことだと思ったことでも、自分にとっては物凄く嬉しいことだという場合だって当然あるだろう。

 でも。

 もし本当に、悪いことだったら。もし本当に、「今度は追いかけてくるな」と言われたら。

 フェイトに拒絶されることは、何よりも恐ろしいことで――

「……たぶん、いいことだと思うわよ」

――だからリヴにとって、ノエルのその言葉には、正直、救われた思いだった。

「でも、悪いことかもしれない」

「? なにそれ!?」

「リヴちゃんが想像してる「お前なんか嫌いだ」とか、そういう類のものじゃないけど。フェイトにこう言われてリヴちゃんが喜ぶとも思えないってことよ」

 そんなことを言われたら、ますます混乱するしかない。いいことでも悪いことでもない。そんなものがあるとは思えなかった。フェイトに関することで悪いことでないなら、それは全ていいことなのだ。

 だが、ノエルは自分とフェイトの関係を知っている。勝手な憶測でこんなことを言う人間じゃない。そう思うくらいには、リヴはノエルを信用していた。彼女がこんな風にもったいぶって言うからには、それなりに重い言葉なのだろうと――

「ごめんね、だって」

「……?」

 あまりにもあっさりとしたその言葉を聞いて、リヴはしばし固まった。

 なぜに彼女が、自分に謝るのだろう。

「ああ、いや、私じゃなくて。フェイトがね、ごめんねだって」

「……フェイト様が?」

 ごめんね、と? 一体何を? 以前魔王の塔を出奔したとき、自分を置き去りにしたことだろうか。そのことはもういいのに。こうして再び一緒にいることが出来たのだから、あんなことはもうどうでもいいのに。

 だが、そのことを呟いていると、ノエルは――

「そういうわけじゃないみたいだったけどね」

「じゃあ、どんな?」

「さあ? 詳しいことは僕が自分で話すって、フェイトはそう言ったから」

 頼りにならない女だ。

 そういう思いを目線に乗せて、あからさまに睨んでやる。間違っても、彼女に全てを伝えなかったフェイトが悪いなどとは思わない。言わないからには言わないだけの理由があるのだろうから。

「だから睨まないでって言ってるのに」

 辟易したような言葉とともに、ノエルはなぜか扉を指さした。

「こんなところで私を睨んでる体力があるなら、行ってきたらどう?」

「? どこへ?」

「会議場。外へ出て、左に曲がって真っ直ぐ行けば着くから。無駄に大きい扉が目印よ」

「……でも、まだ都合悪いんでしょ?」

 だからフェイトはここにいないと、ノエルがそう言ったのではないか。

 言うことをころころ変えるな――と、そういう思いを込めて睨んでやると、ノエルはなぜか呆れたように肩をすくめた。

「気にしなくていいんじゃない?」

「……はい?」

「どうせロクな話し合いなんかしてないでしょうし。ていうかね、これ会議が始まる前にシルフィから聞いた話なんだけど……」

 言いながら、声をひそめて顔を近づけてくる。内緒話でもするつもりらしい。

 耳を掴んで捻ってやりたい衝動にかられないでもなかったが。

「……」

 万が一重要な話だったら、機嫌を損ねられるのは困る。リヴは黙って、顔を傾けて耳を貸した。

 そして――

「会議の内容っていうのがね――」

「――え?」

 

 ベッドから跳ね起きて走り去っていたリヴを見送りながら、ノエルは喉の奥でくつくつと笑う。

 と、

「……性格が悪いな、お前も」

 開け放たれた扉から入ってきたアレスが、心底呆れ果てたような顔で言ってきた。

「あら? 聞いてたの?」

「いや。だが、彼女の顔を見れば大体の内容は見当がつく」

 大方フェイトがらみだろう? と問うてくるアレスに、ノエルは笑いながら頷いた。

「若いっていいわよねー。リヴちゃんの顔ったら……ちょっと前まで人形みたいに無表情だったのが嘘みたい」

「後でどんな仕返しをされても知らないぞ」

「そのときはフェイトが助けてくれるでしょ」

 彼がこっちの味方である限り、リヴは自分たちには手を出せない。そのことを思って、ノエルはまた笑みを浮かべる。

 これで、純真なあの少女を弄り放題だ……。

 無表情でフェイト以外には心を開かなかった少女が少しずつ見せ始めた、意外に可愛らしい素顔。これを逃す手があるはずがない。これからも色々と……そう、色々と楽しませてもらうつもりだ。

 喉の奥で低く笑うと、横のアレスが怖気づいたように身を引いた。

「? なによ」

「不気味だぞ、ノエル」

「うるさいわね。それより何の用? リヴちゃんの様子でも見に来たの?」

「いや。それもないわけじゃないが、そろそろこの話をすべきじゃないかと思ってな」

 もったいぶるアレス。ノエルはわずかに眉をひそめながら、問いただす。

「この話ってどの話よ」

「旅を続けるかどうか、という話だよ」

 こともなげに、その言葉は発せられた。

 旅を続ける。

 この地を、壊滅状態にあるイベリアを離れるとアレスは言っているのだ。確かにそろそろ考えなければいけない時期ではある。冒険者として生きるなら、仕事などあるはずもないこの場所にいつまでも留まっているわけにはいかない。

 だが、今ここを離れるということは――

「……シルフィを置いていくの?」

「だからどうしようか、と言っている」

 肩をすくめながら、アレスは続ける。

「ここに留まるという道もないわけじゃない。なにせこんな状態だ。人手はいくらあっても足りないだろうから、ここで作業を手伝うのも十分仕事になるだろう」

 イベリアが滅ぶことは、なくなった。

 西の魔王ルリの魔法――天災を自在に引き起こすという、ある意味フェイトよりも性質の悪いその能力で、イベリアと敵国との間にある道という道を全て破壊してしまったのだ。もちろん流通のことを考えれば相当の損失ではあるが、軍隊がやってきて責め滅ぼされるよりはマシだというのが、シルフィを含めたイベリア王族の見解だった。

 本当なら敵国に直接被害を与えて欲しいところだったのだろうが、ルリ本人がそれは断固拒否したのだ。無関係なその国の人にまで迷惑をかけるのは嫌だ、と。のほほんと微笑む少女をノエルは思い出す。魔王とは思えないほど、純朴で優しい少女だった。

 それはともかく。

 イベリアは滅びない。そしてそれは、一つの事実を示す。すなわち――国が安定するまで、シルフィはここに留まるということだ。

 壊滅状態の生まれ故郷を放ってまで、旅に出ることは出来ない。

 それが、シルフィの出した結論だった。

「国が持ち直すには、あと数年はかかるだろうな」

「うん」

「冒険者としてこれからも生きるなら、とてもじゃないが数年は待てない」

「……うん」

 アレスの言いたいことは、ノエルもまた考えていたことだった。

 一時的にせよ、永遠にせよ、自分たちが冒険者として生きるなら、シルフィとはここで別れることになる。同じ場所には何年も留まっていられない。停留は、冒険者としての勘を鈍らせる。

 常に危険に身を晒す立場である冒険者にとって、勘が鈍るというのは死活問題なのだ。

「出発するなら早い方がいい。今晩にでも」

「ちょっと待ってよ。そんなに結論を急がなくても……ていうか、ゲッソーは何て言ってるのよ」

 ここにはいない巨漢のことを口にすると、アレスは肩をすくめて、

「あいつは、今すぐにでも出発したいと言っている」

「……!」

「シルフィのことを一番気にかけていたのはあいつだからな。冒険者として生きることをやめるつもりはない。けど、シルフィと別れるのはやはり辛いから、出来るだけ顔を合わせないでこっそり出て行きたいそうだ」

「……そう」

 頷きながら、ノエルの頭にはこれまでの思い出が蘇っていた。

 この国で出会った、奇妙な少女。

 四人で旅に出た後しばらく続いた気まずい空気。結果的にそれを吹き払ったシルフィ誘拐事件。

 そして、フェイトとの出会い。その後に起こった様々な出来事。

 瞬く間に通り過ぎていった過去を思い出しながら、ノエルは小さく呟いた。

「そうね。私も……できるなら、黙って出て行きたいかな」

 会えばきっと、一緒に来てほしいと言ってしまう。

 その言葉を抑える自信が、ノエルにはなかった。

 

 走る、走る。

 少し走っただけで息が苦しくなる。傷が癒えても体力が戻っていないのかもしれない。普通ではこんな短期間で治るはずのない傷が治っている。ということは、何かしらの裏わざを使ったことになる――そのくらいは、気絶していたリヴでも想像できた。

 最有力候補はシルフィの回復魔法。次点、他の誰か。

 どうでもよかった。

 走れるのなら、走る。それだけで十分だった。

『今回の会議でね、フェイトの処分が決まるんだって』

 勝手に魔王を辞めて、その結果が今回の事態を招いたから、フェイトが責任を取らされるかもしれない。ノエルはそう言った。

 そんなバカな話があるか、と思う。悪いのはチャイルドではないか。勝手に攻めてきて勝手に暴れて、その責任をどうしてフェイトがとらなければならないのだ。

 だからリヴは、自分の何倍もの大きさのあるその扉を、半ば体当たりに近い形で押し開いた。

 フェイトの無事を確認するために。

 そして、ふざけるなと、その場の全員に一言怒鳴ってやるために。

 

 ……が。

「……あれ?」

 間抜けな声は、自分の口から漏れて出た。

 フェイトの処分。

 悪くすれば処刑されるかもしれないと、そう聞いたからこそ慌てて駆けてきたというのに――何なのだろう、この雰囲気は。

「……リヴ?」

 処刑されそうな気配など微塵もないフェイトが、不思議そうに声をかけてきた。

「身体はもういいの?」

 なぜか一人だけ席を立って、何やら弁舌を振るうような体勢になっているシルフィが、次いで尋ねてくる。

「……あれ?」

 もう一度、呟いた。

 和気藹々というわけではないが、比較的穏やかな会議の場。処刑だの責任だのという重々しい文字は、影も形もない。

「えっと、あの……しょ、処刑とか、責任とか……は?」

『は?』

 苦し紛れに放った言葉は、どうやら彼らを大いに混乱させたようだ。少なくとも、フェイトとチャイルドが互いに顔を見合わせて首を傾げるほどには。

 頭が猛烈に熱くなる。一体これはどういうことなのか。聞いていた話と違う。フェイトは、本気で心配そうにこちらを見やってくるフェイトは、今にも殺されるか否かという窮地に立たされていたのではなかったのか。

――……あの女ぁ……ッ!

 ノエルに謀られたと気づいたのは、それから更に数秒が経過した後だった。あんな嘘をついて、何のつもりか知らないが、当然、相応の報復を覚悟しての行いだろう……違うなどとは言わせない。

 今すぐ回れ右してあの腹黒女の喉笛を切り裂いてやりたかったが、場の全員の視線を一身に浴びている今では、「失礼しました」などと言って引き下がるわけにもいかない。どうにかこの場を辞す方法はないものか……と、必死に頭を巡らせていると、

「……スズちゃん、重いよ」

 間抜けな声が、空席となっている椅子の方から聞こえてきた。

「ん? ああ、ごめん。刺客でも襲ってきたのかなと思ったから」

 もう一つの声が響き、やがて椅子の下から、片方は鏡なんじゃないかと思わせるほどそっくりな少女が二人頭を出す。見覚えはあった。どちらがどちらなのかは判別できないが、西の魔王ルリと、彼女の妹であるスズだ。

「……んーっと……リヴちゃん、だっけ?」

 と、そう声をかけてきたのは、おっとりとした口調から察するに魔王ルリの方だろう。

「は、はい」

「フェイト君に会いに来たの?」

「え? あ……はい」

 間違ってはいない。確かに、フェイトの無事な姿を確認することも、目的の一つではあった。

「んー。じゃあフェイト君、行ってあげたら?」

「は?」

 突然矛先を向けられて、珍しく間抜けな声をあげるフェイト。そんな彼に、ルリは変わらない口調で言う。

「こんな流れになっちゃったら、もうフェイト君がいてもいなくても大差ないし。それにフェイト君は元々ここの人間なんだから、シルフィさんには後からじっくり教えてもらえばいいことだと思うし。だから、ね。今は大事な女の子を優先してあげようよ」

……ちょっと待て、と思う。改めてじっくり眺めてみれば、何だこの面々は。東西南北の魔王に、側近が二人。シルフィたちの存在が浮いてはいるが、まあ一連の事件に巻き込まれた被害者という見方をすれば納得できる……と、問題はそんなところではなく。

 魔王四人が、一箇所に集まっている。

 それだけでも前代未聞だというのに、あの西の魔王は今何と言った?

 フェイト君はもういてもいなくても大差ない。

 元とはいえ北の魔王の存在を、なぜそれほどまでに軽く扱える?

 と、同じ疑問は南の魔王――ルシファーも感じたらしい。

「ちょっと待ってくれ、ルリ君。そんないい加減な――」

「別にいい加減じゃないよ。そもそもフェイト君はもう魔王じゃないんだから、ここにいること自体おかしいんだよ」

「魔王だとか魔王じゃないとか、そういう問題じゃないだろう。東西南北で最強の我々が集まることに意味があるんだよ。それに北の領域の問題や、東との確執も――」

「関係ないよ」

 あっさりと。

 ルシファーの言葉は、あまりにも呆気なく、小さな少女によって切り捨てられた。

「ルシファーさんの言う通り。元々魔王っていうのは、それぞれの地域の中で一番強い魔法を生まれ持った人間がなるよね。――だから、集まることそのものには意味なんかないと思うよ」

「……一体どういう――」

「魔王は人間の王とは違うもの。私たちは要するに喧嘩が強いだけで、自分たちの地域を治めるなんてことしてないもの。やるのはせいぜい、こうしましょうっていう暗黙のルールを示すことだけ。それを守るか守らないかも自由。相手まかせ」

 突如として猛攻撃に出たルリを、リヴを含めた場にいる全員が唖然としながら見守っていた。

 口論になれば最も弱そうなのは間違いなく彼女だと、誰もがそう踏んでいたのだろう。ところがどうだ。今の彼女のこの、冗談のような舌の回転率は。

「本当の意味での王様じゃないんだから、会合なんか意味ないんだよ。それぞれがそれぞれの判断で動いて、問題があったらそのときだけ手を出して、あとは放っておけばいいんだよ。魔族って皆そんな感じでしょ?」

「……。あー……ルリ君、いくつか尋ねたいことがある」

 呆気に取られたままのルシファーが、言う。

「どうぞ」

「そう考えているなら、どうして僕がこの会合を言い出したときにそう言わなかった?」

「だって、この会議の本当の目的って、シルフィさんから王政について学ぶことじゃなかったでしょ。フェイト君とチャイルドさんが喧嘩して色々壊して色んな人に迷惑かけちゃって後始末どうしようって、それを考えるはずだったでしょ。それと、色々迷惑かけたんだから二人ともお咎めなしってわけにはいかないって、最初はそういう目的だったでしょ」

 一人席を立ってシルフィは何をやっているのかと思ったら、魔王相手に王政について述べていたらしい。まさか自分から説教をし出したわけではないだろうが、おそらくルシファーあたりに頼まれた結果こうなっているのだろうが、それでも承諾するあたり、彼女もずいぶん大胆な真似をする。

 今現在、シルフィは完全に自分の手元から離れてしまったこの場の空気に右往左往していた。何をしていいのか分からないらしい。無理もないとリヴは思う。同じ立場に立たされたら、自分だって右往左往するしかないだろう。

「後始末は大事だし、二人に何か責任取らせるのもいいと思うけど、でもそれって大事なことでしょ。あれもこれも今すぐに片付けようとしたら、絶対どこか間違っちゃうよ。だから今日のところはとりあえず先送りにして、シルフィさんの講義だけ聞いて終わるべきだと思う」

「……もう一つ」

「なに?」

「それが君の目的なら、僕がシルフィ君に教えを請うたときに文句を言えばよかっただろう。なぜ今になって?」

「別に教えてもらうのが悪いことだなんて思ってないよ。シルフィさんの話は面白いし。あのね、私が文句を言いたいのは、何が何でもここに魔王四人がいて、何が何でも今ここで結論を出さなきゃいけないってこと。そんな必要ないでしょ? こんな流れからまた話し合いを始めるなんで出来ないし、日を改めればいいだけじゃない」

 矛先を直接向けられたルシファーはもとより、フェイトやチャイルドまでもが唖然としていた。シルフィやラト、ギムルなどは言うに及ばないし、この状況の元凶と言えなくもない自分もまた、初めて見る少女の姿に呆気にとられていた。

 ただ一人。

 西の魔王の妹だけは、呆れやら感心やらが入り混じった複雑そうな苦笑を浮かべて、自分の姉を見やっていた。

「リヴちゃん」

「は、はい」

 向けられたルリの瞳は、しかし優しく、全てを包み込むような色をしていた。

「うるさい人が黙ってるうちに、フェイト君を連れて行っちゃえば?」

 彼女の顔に広がる微笑みを見ていると、とても、今しがた大弁舌をぶちまけて南の魔王を叩き潰したとは信じられない。その光景は目の前で繰り広げられていたというのに、あれは夢ではなかったのかとさえ思う。

 ルリ。

 ぼんやりしていても、ほんわかしていても、さすがに魔王というべきか。

「……? リヴちゃん?」

 不思議そうに、何を躊躇っているのかと言わんばかりの仕草で、ルリは小さく首を傾げた。邪魔者は片付けたのだからとっととフェイトを連れて行けばいいのに。彼女の丸い瞳から、そんな声が聞こえてくる。

 冗談ではない。

 こんな、ある意味先ほど突入したときよりも悪い状況下で、言われるままにフェイトを連れ出すことなど出来るわけがないのだ。

 退くに退けず、行くに行けない。

 板ばさみのような状態でリヴは固まり、そんな様子を更に不思議に思ったのだろう。ルリが更に首を傾げる。何か言わなければと思うが、何を言っていいのか分からない。稚拙な言い訳すら出て来ない。言葉というものを忘れてしまったように、頭の中が綺麗に白くなっている。

 そんな、リヴの状況を打破したのは、ある意味最も以外な人物だった。

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