出来損ないの支配者

 

「……白けたな」

 ルリの豹変からいち早く立ち直ったチャイルドが、本気でつまらなそうな顔でそう言った。

「巫女の説教だけでもうんざりだってのに、今度は西の小娘の説教かよ。付き合ってられねぇ、俺は帰るぞ」

 やれやれと肩をすくめて、本当に席を立とうとする。ルシファーが慌ててその前に立ちはだかり、

「ちょ、ちょっと待ちたまえ」

「なんだよ」

「なんだよ、じゃない。君はこの問題の当事者だろう。いなくなられては困る……そうだ、それならフェイト君も同じだな、うん。他の誰にいなくなられても、君たちだけはここにいてくれなければ」

「だったらどうして巫女なんかが出て来たんだよ」

 呆れた風に言うチャイルド。まあ確かに、今回の騒ぎについての話し合いがどうしてシルフィの講義になっていたのかは、リヴも疑問に思うところではあった。

「……それは……」

 しばし言い淀んでから、ルシファーはぽつりぽつりと述懐する。

「……我々の関係は、今、非常に危ういものになっている」

「あん?」

 ワケが分からんとでも言いたげに、チャイルドは首を振った。

 そんな彼を、ルシファーはジロリと睨む。

「不機嫌そうにそう言うがな、チャイルド君。全ての原因は君とフェイト君との確執にあるんだぞ」

「……あのな、確かに今回俺がやり過ぎたのは認めるが、全ての原因ってのはどういうことだ。俺にも分かるように説明してくれ」

 棘のあるチャイルドの口調。あれは少し怒っている雰囲気だ。まさか今ここで東VS南の魔王対決が勃発したりはしないだろうが……心なし不安になり、リヴは一歩後ろに下がる。

 と、

「?」

 背中が何かにぶつかった。

 自分の後ろに誰かいた気配などない。扉を開け放ってすぐの場所に立っているのだから、室内にいた誰かではありえない。一体誰が――そう思って振り返ると、

「〜〜〜〜っ……!!」

 思わず悲鳴をあげそうになるが、直前に伸ばされた手に口を塞がれた。

「……しー、静かに」

 からかうような声音。優しげな口調。何十年も聞いていなかったような気がする、それは紛れもない、フェイトの声だった。

「せっかくルリがお膳立てしてくれたのに、声を立てたら無駄になっちゃうよ」

 背後から手が伸びてきて、いまだに火花を飛ばしているルシファーとチャイルドを示す。なるほど、チャイルドはともかく、ルシファーはフェイトがこの集まりから抜けることを絶対に許さないだろう。

 二人がいい感じに睨み合っている間に、こっそり抜け出してしまおうという腹積もりらしい。

「……いいんですか?」

 自分のために、こんな重大そうな集まりを抜け出しちゃって。

 そう問おうとしたが、それを制するようにフェイトは言う。

「いいよ。……って、僕が勝手にそう思うだけだけど。でもまあ、多分いいんじゃないかな。二人はしばらくあのままだろうし」

「はぁ……」

 そんないい加減なことでいいのかなー、とも思ったが。

「それとも、僕と一緒にいるのは嫌?」

 不安そうに尋ねられたその言葉に、リヴは即座に首を振った。そんなことあるはずがない。夢にだって思うはずがない。口を塞がれていたので言葉を口にすることは出来なかったが、そうでなければ大声で否定していたところだ。

「よし。行こう。屋根の上なら誰もいないだろ」

 弾んだ声でそう言うフェイト。

 どうしてそんなに嬉しそうなのか、わずかに疑問に思いながらも、

「……はいっ」

 拒否する理由などあるはずもない。リヴは小さく頷いて、フェイトと共に忍び足で部屋を抜け出す。

 目の端に、小さく親指を立ててくるルリの姿が映っていた。

 

「……なにやってるの、アンタは」

 呆れたような妹の言葉に、ルリは小さく舌を出す。

「なにって?」

「アンタだって分かってるでしょーよ。ルシファーの言うことも一理あるって」

 それなのに一体何やってんだか。妹のそんな呟きに、ルリは小さく苦笑する。

 確かに。ルシファーの言うこと――というより行動は、正しい。

 後でまた集まればいいと自分は言った。そんなことなど不可能であると、そう自覚していながら言った。

 魔王がもう一度集まるなど、出来るはずがないのだった。

 当たり前の話だ。そもそも自分たち四人は、どうしてこんな場所で一堂に会しているのか。フェイトとチャイルドが人間界を巻き込んでの大喧嘩を始めたから。事の仲裁には、もはや同じ魔王である自分とルシファーが出張るしかなかったから。ルシファーはそう考え、ルリはそれに同意し、そして自分たちは今ここにいる。

 この会合は予定されたものではなく、物事の必然が重なった結果だ。集まろうとして集まったわけではない。たまたま、気がついたら集まっていた。せっかくだから四人で話し合いでもしようとルシファーが思い立った、それだけのことだ。

 同じことは二度とできない。

 もう一度集まることなど不可能だった。まず、場所をどこにするのか? 時間は? それをどうやって伝える? 魔族というのは基本的に他の地域の連中が侵入してくることを徹底的に嫌う。地域の奥深くになるほどその兆候は顕著になる。そして、魔王というのは、その地域の最も奥深い場所に居を構えている。

 だからおそらく、今全てを決めるべきだというルシファーの考えは、正しい。

 だが、

「ルシファーさんはね、多分、魔族を人間の国みたいにしたいと思ってるんだよ」

「?」

 未だにチャイルドと睨み合っているルシファーを眺めながら、首を傾げる背後の妹に言う。

「話し合いで物を決める。強さなんか……全くとは言わないけど、ほとんど関係ないようにする。魔王っていうのもただ強いだけの人じゃなくて、ちゃんと王様として、自分の国――自分の地域のことをちゃんと考えられるような人にする。多分ね、ルシファーさんは、こういうことを考えてるんだと思う」

 でもね、と続ける。

「そんなことは、無理なんだよね」

「どうして?」

「だって、誰もそんなことを望んでないんだもの」

 ルシファーとチャイルドが取っ組み合いの喧嘩になりそうになっている。ギムルとラトとシルフィが、命がけといった表情で止めに入っている。理想を振りかざすルシファーと、うるさげに聞き流すチャイルドの対比。

 あれが今の魔界の姿なのだと、そう思いながら、ルリは言う。

「いくら王様がこうしよう、ああしようって思ったって、他の人が頷いてくれなきゃ、そんなものは長続きしないもの。国を変えるのは革命。そこに住む人全員の意思。どこに行ったって同じだよ。王様は形だけ皆をまとめるだけで、自分の思い通りに何かをするなんて出来っこないの」

 それがルシファーには分からない。

 魔界にどっぷり浸かりながら、ただ憧れだけを抱いて人間の社会を目指す彼は、一番大切なものが分かっていない。

「……ねえ」

 小さなため息とともに、スズが尋ねてきた。

「ん?」

「あんた、本当に何のためにここに顔出してるの? ルシファー寄りの考えかと思えば、あの人の言うことを真っ向から否定しちゃうし。結局何もかもうやむやなまま終わっちゃいそうだし。あんたは何しにここへ来てるの?」

「何も」

「……は?」

 首を傾げる妹に、ルリは笑いながら言った。

「最初の目的は、フェイト君とチャイルドさんの喧嘩を止めたかったから。それ以上の意味はないよ。ここにいるのだってただの気まぐれ。うやむやに終わるならそれでいいんじゃない? 放っておいたって時は流れていくんだよ」

 言いながら、立ち上がる。

「スズちゃん何か勘違いしてるみたいだけど、わたし、ルシファーさんに賛成だなんて一言も言ってないよ?」

 本格的に戦い出しそうな二人の魔王を止めるために、ルリは苦笑しながら立ち上がる。

 まだ早いのだ。

 魔族の世界が変わるには、もう少し時間が必要だ。

 何せ範囲が広すぎる。魔王一人で変えるのはとても無理だ。ルシファー一人が騒いだところで、どうにかなるような物では最初からないのだ。

 その地域最強の魔法使い、魔王。そいつを頂点に据えて、自分たちは好き勝手に暮らしている魔族。

 この二つの存在を根底から覆さなければ、魔族の社会は変わらないのだと思う。

(……そういう意味では、一つのきっかけなのかもね)

 先ほど部屋を出て行った少年を思い出す。

 魔王の座から逃げ出した、一人の少年を思い出す。

 

 晴れ渡った青空だった。

 その空の下、今も復旧作業が続いているイベリアの町並みが、城の最上部である尖塔からは一目で見渡せた。

「改めて思うけど、とんでもないことやっちゃったんだな、僕は」

「フェイト様が気にすることないですよ。チャイルドが悪いんです、全部」

 フェイトの自虐的な呟きに、傍らに座ったリヴが答えた。風になびく長い髪を押さえて、わずかに寒そうに身を縮めている。

「寒い?」

「あ、いえ、そんなことは……」

 などと言いながらも、身を守るように肩を抱く手は更に力を強めている。

「うん。僕もちょっと寒い」

「……はぁ。あの……フェイト様――」

 不思議そうにこちらを向いたリヴに、不意打ちのように一言。

「おいで」

「……は?」

 両手を広げながらかけた言葉に、リヴは目を丸くしたまま固まった。数秒が経過。広げた腕の中は無駄に冷えていく。いつまで経っても少女の温もりはやって来そうにないので、もう一度、

「こっちにおいで」

「は? え、あの……」

「嫌?」

 からかうような言葉にリヴはぶんぶん首を振る。なんか今の僕って凄くムカつく奴だなあと自分で思いながら、フェイトは手を伸ばし、半ば強引にリヴの身体を引き寄せた。思ったよりもずっと小柄な身体の少女は、フェイトの懐の中で真っ赤になりながら俯く。紅潮する頬を隠しているつもりなのだろうが、斜め上から眺めるフェイトには彼女の表情は丸見えだった。

「これで暖かい」

「……はぃ……」

「ん? 何か震えてるけど、まだ寒い?」

 言いながら、腕にこめる力を少しだけ強めてやる。

 その途端、電撃が走ったようにリヴの身体がビクリと跳ねた。なかなか面白い反応をすると思う。もちろんフェイトは今自分がどのような行為に及んでいるのか自覚している。あと一回何かされからリヴは確実に死ぬだろうし、今の自分たちを他人が見たら、事情を知る知らないに関わらずこう思うだろう。バカップルと。

 だがそれでも、やめようとは思わなかった。

 こうでもしていなければ、不安だった。

 こうしてリヴの反応を確かめなければ、フェイトは不安で仕方なかった。大丈夫。まだ大丈夫だと自分に言い聞かせる。

 ようやく覚悟が出来たと思う。

 自分だけは君の味方――リヴにずっと見せ続けていた仮面を、捨てるときが来たのだと思う。

「リヴ」

「……はぃ?」

「ごめんね」

 腕の中の少女が、目だけをこちらに向けながら首を傾げる。

 目を合わせられない。

 彼女の瞳を真っ向から見つめて話す勇気など、とてもなかった。

「僕が魔王を辞めた理由は、グレンから聞いたんだよね」

 自分がいない間に彼女に何があったのか、彼女が何を知ったのか、大体の事情はノエルから聞かされていた。リヴはほとんど全てを知ってしまった。知った上で、どうやら妙な思い違いをしているらしい。

 自分が魔族を憎むから、そのうち嫌われるかもしれない――と。

 そんなことが、あるはずがないのに。

 嫌われるのではないかと、憎まれるのではないかと、こっちは出会ったその瞬間から今までずっと思い続けてきたというのに。

「僕が魔族を憎むから、君のこともそのうち憎むかもしれないって?」

「……はい」

「……。あのね、」

 根本的に、一つ。リヴが忘れていることがある。

「君は人間だよ?」

「……は?」

 唖然として振り返るリヴの表情を覗き込む。苦笑しながら言葉を紡ぐ。

「知らなかったっけ? 魔法を使えるのは人間だけ。似たような能力はあっても、魔族が魔法を使うことはできない。……ここで質問。魔法が使える君は人間? それとも魔族?」

「あっ……」

 思い出したらしい。魔王が選ばれる条件を。

 そして、

「え? でも、それじゃあ――」

 その疑問が口に出される前に、フェイトは口を開く。

「だから、ごめん」

「え? ごめんって――」

「君が魔族にさせられたのは、僕のせいなんだ」

 リヴの言葉を遮って、フェイトはそう告げる。

 事実の後にリヴの頭に浮かぶであろう疑問。フェイトという魔王がいるにも関わらず、なぜ自分は魔族にさらわれたのか。そのことを、今から説明しなければならない。

 都合がいいのか悪いのか。今まで記憶の奥底に押し込めていたものが、今回の騒動で表面に浮かび上がってきてこう叫んでいる。観念しろと。これ以上彼女の傍にいることを望むなら、全てを彼女にさらけ出せと。

 自分を心から慕ってくれている。

 自分のためなら死んでもいいとまで思ってくれている。

 苦い記憶が問い詰めてくる。そんなリヴを前にして、お前はいつまで腹に一物を隠し持つ。そんなことが許されるのか? 他でもないお前が答えろ。そんなリヴを前にして、お前は真っ直ぐに彼女の前に立てるのか?

 真っ直ぐに、彼女の目を見れるのか?

 お前が目を逸らしたら彼女がどんな思いをするか、それは今回のことで嫌というほど分かったはずだ。

 さあ、言え。

 今はもう自分しか知らない。ギムルも知らないしグレンも知らなかった。アレスたちと初めて出会ったときに殺した、ゴンザレスだけが知っていた。

「それだけじゃない」

 自分が命じた。

「僕は、“君”を連れて来るように言った」

 ルシファーは一人で平気だった。チャイルドも一人で平気だった。ルリには会いにきてくれる妹がいた。

――だがフェイトは一人で平気ではなく、会いにきてくれる誰かもいなかった。

 

「『この子がいなきゃ、僕は魔王になんかならない』 僕はそう言って、だから君が連れて来られたんだ」

 

 忘れ去っていた記憶だ。

 あまりにも言うことを聞かない自分を宥めるために、魔族たちは一度だけ自分を人間の町へ連れて行った。お供は確かグレンと、変装して何とか人間に見えないこともないようになったもう一人の魔族だった。

 いくら人間の町といっても、二人のお供が常に傍に張り付いていて、町を歩くのは大人も子供も名も知らない赤の他人。楽しめるはずがない。こんなことで自分の機嫌をとっているつもりの魔族たちが憎かった。お供の二人はことあるごとにもう楽しめたか? と尋ねてきた。ふざけるなと思った。

 ふざけるなと思ったから、ちょっとした悪戯をしてやった。

 風に変化してお供の二人の前から姿を消し、慌てふためく二人を一睨みした後、自分で町を楽しむために別の場所に移動した。

 子供心にも、自分の魔法の危なさは何となく知れていた。ここなら大丈夫。そう思う場所で実体化し――その現場を、一人の迷子に見られていた。

 

「それが、君だったんだ」

 あのころよりはずっと大きくなった少女は、顔をこちらに向けて首を傾げている。もちろん記憶になどないだろう。あの頃のリヴはまだロクに喋れもしなくて、ようやく一人で歩けるようになった程度だ。どういった経緯で迷子になったのかは知らない。知らないが、とにかくフェイトはそのときに、当時三歳だったリヴと出会ったのだ。

「多分親とはぐれたからだと思うけど。初めて会ったとき、君は泣いてた」

「……」

 自分の醜態を語られて楽しい人間はあまりいない。リヴも例外ではないのか、自分が迷子になって泣いていたという事実を聞かされて、気まずそうに俯いている。昔から泣き虫だったんだね、リヴは。そんなことを言えば、おそらく彼女は卒倒する。

 言ってみようか――ほんの少しだけ傾いた思考を、しかしフェイトの中の記憶は咎めた。逃げるな。先延ばしにするな。ようやく覚悟を決めたのだろう。決意が萎えないうちに言ってしまえ。

 唇を噛む。逃げかけた自分を叱咤する。

「実体化した僕を見て、君はなんて言ったと思う?」

「……なんて言ったんです?」

 自分ではロクに考えもせずにリヴは言葉を返し、フェイトはそれに、あっさりと答えた。

「『おにいちゃん、まほーつかい? すごいひとなの?』」

 舌足らずな口調まで、よく覚えている。

 誰かに凄いと言ってもらえたこと。誰かに認めてもらえたこと。力や破壊力を畏怖とともに崇められるのではなく、単純に、褒めてもらえたこと。

 疑問形の言葉だから、厳密に言えばリヴは別に褒めたわけではない。そもそも本当にフェイトを魔法使いと分かって言っていたのかも怪しい。魔法使いは凄いことをする人。そして、今自分の目の前にいる人は、何だか知らないけど突然現れるという凄いことをした。だからこの人は魔法使いかもしれない――そんな、漠然とした考えで尋ねたに過ぎなかったのかもしれない。

 だが、漠然としていようが曖昧であろうが、彼女の言葉がフェイトを揺り動かしたことに変わりはない。

 舌足らずな少女の一言に、フェイトはどうしようもなく惹きつけられた。目を逸らすことなど出来なかった。それだけ人に飢えていた。リヴがフェイトを必要とするずっと前から、フェイトはリヴを必要としたのだ。

――でも、と、フェイトは思う。

「……僕は別に、君だから君を選んだわけじゃない」

 ここから先の言葉は、血を吐くくらいの覚悟がいる。

 グレンたちが見つけるまで、フェイトはずっとその場でリヴを凝視していた。問いかけに答えもせずただじっと見つめてくるフェイトに怯えたのか、リヴはわずかに身を引いていた。もっとも身を引いたところで、彼女の後ろは行き止まりでしかなかったが。

 通してくれと言われれば、そのときはまだ、頷くことが出来ただろう。

 グレンたちが現れたのはリヴにとって最大の不幸であり――フェイトにとって、最大の幸福だった。

――魔王様? 誰ですか、こいつは。

 記憶の中の光景、フェイトはそこに立ち尽くす。ここはイベリアの城ではなく、薄暗い路地の入り口だ。腕の中にリヴはいない。少女は新たに現れた二人にますます怯えながら、隅の方で縮こまっている。

 自分は、リヴと同様に今よりもずっと小さい自分は、全てを頭の中で計算した上で、戸惑ったような声を出す。

――えぇ、と……何でもないよ。

 何でもないわけがない。そう思わせる。

 何かヤバいことになった。そう思わせる。

 そう思わせなければ、二人の魔族は余計な厄介ごとは御免だとばかりに自分を連れてさっさと帰ろうとするに決まっていたからだ。

 そんなわけにはいかない。

 帰るわけにはいかない。

 目の前の少女が、新たな二人の出現に怯えることしか出来ない少女が、フェイトはどうしようもなく欲しかった。子供が玩具を欲しがるような衝動だ。相手に命があろうが意思があろうが関係ない。重要なのは自分が欲しいか否かで、手に入るかどうかは、玩具を与える大人の意思次第なのだ。

 そしてフェイトの周囲にいる大人は、フェイトが期待した通りの反応を示した。

 現在に意識が戻る。

 腕の中のリヴの存在を確かめながら、フェイトは愚かで幼稚だった自分を心の中で殴り殺す。取るべき道は他にいくらでもあったはずだ。自分が間違っていることにだって、本当は気づいていた。この子を連れてきてはいけない。自分のような目に遭わせてはいけない。そんなことは分かっていた。

――見られたんですね?

 確かそう言ったのは、グレンの方だったと思う。

 自分が間違っていることは、分かっていた。

 少女を、ただ怯えることしか出来ない小さな女の子を自分のいる世界へ引き込んではいけないことくらい、分かっていたはずだった。

 分かっていても、抑えられなかった。

 だからフェイトは、こう言った。

――そうだよ。

――でも、殺しちゃいけない。

――僕はこの子が欲しい。

――この子がいなきゃ、僕は魔王になんかならない。

 この言葉を最初に後悔したのは、塔で最初にリヴに会いにいったときだ。

 

「僕が最初に会いにいったときのこと、覚えてる?」

 じっと話に聞き入っていたリヴは、突然の問いをしばし意識していないようだった。呆けたような表情でこちらを見上げ、まるで今の言葉から新たな話が始まるとでも思っているように耳を傾けてくる。

 自分に向けられた問いかけであると彼女が気づいたのは、数秒が経過した後だった。

「え? あ、えと……はい。雨の日の夜でした……よね?」

 わずかに自信なさげな言葉にフェイトは頷いた。頷いてから、言った。

「実はね。僕が会いにいったのは、それが二回目なんだ」

「はぃ?」

 

 最初に会いにいったのは、夜空に雲ひとつない、見事なまでの星空が見える日だった。

 連れてきたのはいいものの、フェイトはなかなか会いに行く決心がつかずにいた。綺麗な夜空はただの口実だった。こんな綺麗な景色を見れば、あの子も少しは気が晴れるかもしれない。笑いながら何かを話せるかもしれない。友達になれるかもしれない。リヴを塔に連れて来てから三日。意気揚々とそう思いながら、フェイトはリヴにあてがった塔の中で一番良い部屋へと向かっていた。

 考えが甘いとしか言いようがなかった。

 あくまでも自分本位にしか考えない、正しく子供の発想だった。

 部屋の扉を開ける前に気づけたのは、不幸中の幸いと言えるだろう。

 押し殺したすすり泣きなどという可愛らしいものではない。

 扉の外で聞こえたのは、絶叫といってもいいくらいの、悲痛なまでのリヴの泣き声だった。

 扉の外で固まっていた。取っ手に手をかけた状態で、フェイトは凍りついていた。

 その声を聞いてようやく、自分が何をしてしまったのか気づいたのだ。

 綺麗な夜空を見たら気分が晴れる?

 笑いながら話せるかもしれない? 友達になれるかもしれない?

 それまで抱いていた期待がそのまま、刃物のようにフェイトに突き刺さった。

 リヴの叫び声が、それらをより深く身体に食い込ませた。

 家に帰してあげることが出来たなら、すぐにでもそうしただろう。

 だが、リヴの家はもうない。

 連れてきたその翌日には、あの村は全滅させてしまっていたから。

 自分の愚かさが、幼稚さが、バカさ加減が、許しがたい罪が、二度と抜けない楔となって深く深く身体に打ち付けられた。

 リヴの泣き声が聞こえていた。

 逃げることなど許されなかった。

 

 実際にリヴに会いに行ったのは、それから更に数日が経った後だ。

 風に変化して何度も何度も様子を見に行った。悪戦苦闘しているギムルと泣き喚いてばかりのリヴを、毎日のように眺めていた。ギムルが少しずつ、本当に少しずつリヴの心を解き始めて、それでようやく、フェイトはリヴに会う決心がついたのだ。

 リヴには、自分のことを覚えていてほしくなかった。

 自分のことを覚えているということは、自分と会った後にここに連れて来られていたということも覚えているということだから。怒鳴られるのが怖かった。リヴの怒りが、家に帰せと泣き叫ばれるのが、恐ろしくてたまらなかった。

 ギムルもグレンもゴンザレスも誰もいない、雨の日の夜だった。

 昼夜問わず泣き通すのはさすがに体力がもたなかったらしく、リヴは夜にはちゃんと寝ているようだった。日に日に酷くなっていくリヴの顔をずっと眺めていたフェイトである。今のリヴがどんな表情をしているのか、どんな顔で寝ているのか、簡単に想像することが出来た。

 申し訳ないことをした。

 心の底からそう思う。

 真昼間から会いに行く度胸などとてもなかった。わざわざこんな真夜中に来たのはもちろん、誰にも見られないためだ。ここにいるのはフェイト一人で、扉の向こうにいるのはリヴ一人。自分が彼女を訪ねる姿は誰にも見られないし、もちろん……彼女から逃げる姿も、誰にも見られない。

 自分は最低の奴だと、そう思っていたはずなのに。

 それでもどうにか格好をつけようとする自分がおかしく、情けなかった。

 息を吸う。限界ぎりぎりまで吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。

 深呼吸を数度繰り返し、フェイトはようやく、扉の取っ手に手を伸ばした。リヴは絶対に寝ているはずだ。大丈夫だと自分に言い聞かせる。自信がなくなったら、寝顔だけ見て帰ればいい。また今度にすればいい。やり直しは何回でも出来るのだ。

 取っ手に手をかけ――る前に、取っ手の方が動いた。

 変化する余裕などなかった。

 フェイトの目の前で扉が開き、そこには、寝ぼけているように目を擦っているリヴが立っていた。

 決してトイレに起きたわけではないはずである。なぜならトイレは部屋の中にある。用を足すには部屋の中を少し歩けばいい話であり、そりゃ廊下にも備え付けのトイレがあるにはあるが、ただでさえ暗い塔の中で、ことさら暗い廊下のそれに輪をかけて暗いトイレに出向く理由は何もなかったはずだ。

 理由は何もないが、しかし現実に、リヴはそのときフェイトの目の前に立っていたのだった。

 何故?

 この言葉しかフェイトは思い浮かばなかった。どうしてリヴが外に出てくる? いざとなれば寝顔だけ見て帰ればいいという計画が出端からくじかれた。どうする? やあ、こんばんは。そんな当たり障りのない挨拶でもして逃げるか? 何を馬鹿な。こんな真夜中にこんな人気のない廊下で偶然出くわして、当たり障りのない挨拶だけして帰るなどと、そんなこの世に二人といそうにない怪しい奴になる気か? そんな奴として彼女の記憶に残る気か?

 まっぴらだった。

 まだ、家に帰せと怒鳴られる方がマシだと思った。

 固まって動けないのはどうやらフェイトだけではないようだった。リヴもまた、呆然と突っ立ったまま動かない。扉を開けたら目の前に人がいたという事実は、少なくとも寝ぼけた頭を一発で覚醒させる程度には衝撃的なようだった。

 雨の降る夜だった。

 ほぼ一年中雪の降るこの地域では、比較的暖かい季節だった。

「……どうしたの?」

 かろうじて出た言葉が『やあ、こんばんは』ではなかったことに、フェイトは自分で安堵した。

 リヴは虚を突かれたようにわずかに身を引き、いつでも部屋の中に逃げ込める体勢のまま、注意深くフェイトを窺ってくる。問いに対する返答はない。まさか本当に寝ぼけただけなのだろうかと、そう思いかけたそのとき、フェイトはあることに気づいた。

 リヴは、寒そうに身を震わせていた。

 

「寒いの?」

 あのときと同じ言葉を、フェイトは現在のリヴに発する。

 腕の中で身を震わせたリヴが、慌てたように顔を上げてきた。そんなことはないとばかりに首を振る。気づかれていないつもりらしいが、上から覗き込んでいるフェイトとしては、彼女が寒がっていることなど丸分かりだった。自分に抱かれていて尚寒がるほど、ここの空気は冷たい。

 そうでなくても病み上がりなのだ。早く下に行って、暖かい部屋で休ませてやるべきだろう。

 だが、もう少しだけ。

 打ち明ける決心をしたものの、この話はやはり、誰にでも聞いてもらっていい類のものではない。

「ここから先は、もうそんなに長い話じゃない。覚えてる?」

 尋ねれば、腕の中でリヴはコクコクと頷いた。

「えと、あのときも寒かったんですよね、わたし」

「……あのとき“も”?」

「……ッ! い、いえあの、その、えと……っ」

 リヴは面白いくらいに予想通りの反応をする。そのことを笑いながら、フェイトは更に少し腕の力を強めた。そろそろ感情の爆発具合が致死量に達しつつあるリヴであるが、飽きることなく顔を赤くしておろおろと他愛無い抵抗をしてみせる。

 愛しい、と思う。

 この世の何よりも、他の誰よりも、この子が愛しいと思う。

「……うん。もともと住んでいた僕は何も感じてなかっけど、君はあそこよりは温かい地方で生まれた子だったから。それまで我慢してたけど、とうとう耐え切れなくなったんだよね。それで毛布をもらいに部屋を出ていこうとした」

「……はぃ」

 力を強めつつあるフェイトの腕の感触故か、意地を張っていた過去の自分への気まずさか、リヴは俯き加減でボソリと答えを返す。

 

 毛布が欲しい。リヴのその言葉を、フェイトは最初理解することが出来なかった。

 この暖かい時期に毛布? なぜ? そう思った。

 そう思ったが、同時に、これは彼女と親しくなる絶好の機会であると叫ぶ自分が心の中にいた。いつでもどこでも、必ず頭のどこかでしたたかにそういうことを考える。それを考えれば、確かにフェイトは、魔王の器であったのかもしれない。

「僕の部屋に来る?」

 フェイトはそう言った。

 そう言ったが、リヴは不審そうな目で見てくるばかりで頑として頷こうとしなかった。自分が前に出会った魔法使いであることは、どうやら覚えていないらしい――そのことに安堵したものの、まるっきり怪しい奴を見る目つきで見られるのも、それはそれで居心地が悪かった。

 出来るなら。少女と仲良くなりたい。友達になりたい。

 この状況は、そうなるための絶好の好機といってよかった。逆に、ここで不審な印象を持たれてしまえば、この先ずっとそういう目で見られることになる。友達どころの話ではない。

 フェイトは悩んで、悩んで、悩んで。

 その挙句に、こう言った。

「僕はフェイト。魔王だよ」

 その言葉に、リヴはしかし首を傾げる。フェイトは心中でそっと息を吐く。人間の間では、まだ魔王という存在は知られていない。魔族が好き勝手に暴れているとしか思われていない。

 その認識を利用するのだ。知られては、困る。

「すごくつらいことを、今から言うよ。落ち着いて聞いて」

「……」

 怪訝そうにしながらも、リヴはゆっくりと頷く。それを見て、フェイトはゆっくりと言う。過酷な現実をリヴに突きつける。

「君の村は、もうない。魔族に滅ぼされた」

 リヴは一瞬、きょとんとした。何を言われたのか分からないようだった。お前の住んでいた場所はもうない。帰る場所はどこにもない。まだ幼い少女にとって、何よりも辛い事実。

「……あ」

 リヴの膝が折れて、ガクリと小さい身体が崩れ落ちそうになる。

 フェイトは手を伸ばしてそれを支え――そのまま抱きしめて、耳元で呟いた。

「……君しか、助けられなかった」

 自分は、お前の味方だ。

 正真正銘、世界に敵しかいなくなったリヴに、甘い言葉で救いの手を差し伸べる。

「僕が行ったときはもう手遅れだった。村の人たちまで助けられなかった。……君だけしか、助けられなかった」

 腕の中で戸惑うような気配。やがてそれが徐々に理解へと変化し、リヴの表情は泣き顔に変わる。手に取るにように分かった。震え始める小さな身体。耳元で聞こえる嗚咽の声。全てがリヴの心の中をフェイトに伝えてきていた。

 少女を悲しませたこと。

 少女を騙したこと。

 二つの事実が心に突き刺さるのを感じる。

 だが、

「……ッ」

 ゆっくりと、背中に回された腕。

 控えめに力が込められる。味方の存在を確かめるように、離れてしまわぬようにと抱きついてくるリヴの感触。

 手に入れたかったものが、手に入ったのを感じた。

 自己嫌悪に苛まれながら、ごめんねと繰り返しながら、フェイトはそのとき、確かに笑っていた。

 

 腕の中のリヴは、まだ動かない。

 だが、それはまだ話を理解できていないからだとフェイトは思った。ずっと騙され続けていたこと。ずっと嘘をつかれ続けていたこと。それを理解したら、リヴは絶対に自分を許しはすまい。彼女が得られたはずの生活を、幸せを、フェイトは全て奪ってしまったのだから。

 エヴリスの力で引き裂かれるかもしれない。ここから突き落とされるかもしれない。

 どちらにしても、甘んじて受けようと思った。リヴには殺されても文句は言えない。そうされるだけの罪が自分にはあり、そうするだけの権利が彼女にはある。

「フェイトさま」

「……ん?」

 思ったよりも淡々と呟かれた言葉に、フェイトは思わず普段通りに返事をする。

 それが、油断となった。

「助けてくださいね」

 そう言った途端にリヴはフェイトの腕から飛び出して、そのまま屋根から飛び降りた。

「――!?」

 一瞬目を疑い、次の瞬間、青ざめる。いくらエヴリスの身体能力を持っているといっても、ここから飛び降りたら大怪我どころではすまない。慌てて立ち上がり、風に変化して落下したリヴを追いかける。

 追いかけて、追いついた。

 追いついて、変化を解いてリヴの身体を抱きしめる。風圧に解けそうになる腕を必死で掴んだ。爪が食い込む。それでも離さない。歯を食いしばる。絶対に離さない。絶対に、絶対に――

……絶対に?

 絶対に離さない、それはいいが、その後は?

 自問する。行き着く先は当然地面だ。あと数秒もしない間に叩きつけられるだろう。それまで大人しく待っているはずもないが、ではどうする? 変化したらリヴを離してしまうが、変化しなければ自分は何の役にも立たない。

 愕然とした。

 この状況でリヴを助けるのは、不可能だ。

「リ……」

 思わず腕の中の少女を見やった。いまや遥か彼方にある、二人がいた尖塔の屋根。あそこから飛び降りるのは無理でも、ここからならどうにかなるのではないか。エヴリスを宿しているときのリヴの身体能力は本当に凄まじい。

 だが。

「……」

 腕の中で、少女は目を閉じていた。

 顔を、フェイトの胸にうずめていた。

 全てを委ねると、そう言っているかのように見えた。苦笑する。死ぬも生きるも、全ては自分の意思一つというわけか。思いもよらず降って湧いた絶体絶命の危機の中、それでもフェイトは苦笑が浮かぶのを抑えられない。

 リヴ。

 これが、君の復讐かい?

 護るしかない。どうにかするしかない。自分が絶対にそう考えると、それを見越した上で飛び降りたのだとしたら、自分はずいぶんこの少女を甘く見ていたのだと思う。いつまでも無垢なままだと、純真な少女だと思っていた。

 ため息を吐く。

 腕の中のリヴが怪訝そうに、わずかに不安そうに顔を上げてくる。

 笑いかけた。

 大丈夫。リヴは死なさない。自分も死なない。二人一緒に生き延びてやろうと思う。

 リヴは助けてくれと言った。

 ならば自分は、助けるべきなのだ。

 裏切り続けてきた罪を、こんなことで償えるならば、何度でも同じことをしてやろう。大きく息を吸い、吐き出す。深呼吸は一回。もうそんなに時間はない。遥か上方にある尖塔の屋根がそれを教えてくれていた。フェイトは口を開く。

「リヴ」

「?」

「ちょっと我慢してね」

 言いざまに、フェイトは風へと変化した。リヴの身体を離した直後に雷へ変化し直す。一秒すらもが惜しいこの状況では、風の移動速度すら遅く感じた。向かう先は近づきつつある大地だ。空気を切り裂く。雷のまま地面に触れる。爆音が響いて、着地した地点を中心にかなりの範囲の土と石が消し飛んだ。

 後でシルフィに怒られるかなと一瞬思う。

 知ったことかと直後に思う。

 焼け焦げた地面の中心で、フェイトは頭上を仰ぎ見た。今尚落下し続けるリヴの姿。太陽の光が目に入るが、細めながらも絶対に目を逸らさない。狙いを逸らしてはならない。範囲を絞る。リヴの身体がギリギリ入るくらいまで、可能な限り狭く、強く。

 リヴの身体が迫る。

 その瞬間、フェイトは風に変化した。

 真上へと力をかける。弾き飛ばさないように、取りこぼさないように、狭く長く強く己の身体を操る。特定の形に変化した身体を維持するなど試したこともなかったが、思ったよりはずっと簡単だった。安堵する。

 風の、受け皿。

 リヴの小さな身体を、包み込むように受け止める。

 落下をすぐには止めなかった。それでは、地面にぶつかったのと大差ない結果になってしまう。リヴが落ちるよりも少しだけ遅く動き、落下する速度を少しずつ緩めていく。落下によって生じた力をゆっくりと落としていく。受け皿の維持よりも、この力の加減の方が難しかった。少しでも気を抜けばリヴを落としてしまいそうになる。少しでも力を入れれば、弾いてしまいそうになる。

 必死だった。

 チャイルドと戦っているときなど問題にならないほど、フェイトは必死になっていた。

 地面が再び迫る。リヴの落ちる速さはかなり遅くなっている。今の状態で地面についても、死ぬことはない。

 が、多分、叩きつけられた痛みでしばらくのたうち回ることになる。それではいけない。それでは助けたとは言わない。

 変化を解いた。

 フェイトは空中でリヴを再度抱きとめて、自分が下になるよう身体の位置を調整して――その直後に、背中にとてつもない衝撃がきた。

「――ッ」

 声にならない悲鳴が漏れた。リヴの身体の重みが効いた。フェイトは地面とリヴに挟まれる格好となり、叩きつけられた痛みが背中から全身に行き渡り、押し潰された内臓が口から飛び出そうになった。

 実際、胃液を少し吐き出した。

「ふぇ、フェイト様!?」

 血でも吐いたと思ったのか、ごふっ……というフェイトの声を聞いてリヴが慌てて上体を起こした。泣きそうな顔で覗き込んでくる。死んでない、大丈夫。声はまだ出せないので、目でそう慰める。

 伝わるはずもなかった。

「フェイト様! フェイト様! わ、わた、わたし……ご、ごめんなさい! わたしが変なことしたから、それで、それで……むぐッ」

 わたわたと手を振り回しながら狼狽するリヴの口を、フェイトは手を伸ばして塞いだ。

 涙目のまま見下ろしてくるリヴに向かって、声を絞り出す。

「助けてくれって……言ったよね」

 怪訝そうな表情で、リヴは小さく頷く。

 上に乗ったままのリヴの身体が正直重い。おかげで腹側に受けた衝撃がなかなか引かず、声もまともに出せない。が、それを言おうとは思わなかった。

 彼女の、重みを。

 大切なものの、存在を。

「……ちゃんと、助けたよ」

 そう言って、笑う。

 リヴはしばしきょとんとしていたが、やがて、泣きながら笑い返してきた。

 あとしばらくすれば、今の爆音は何事かと、シルフィたちが駆けつけてくるだろう。それまでもう少しだけ。

 もう少しだけ、護るべき存在の重みを、確かめていようと思う。

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