出来損ないの支配者
| やっちまったことは仕方ないから今回だけは大目に見るけど次にやったりしたらどうなるか分かってんだろうなコラぶち殺されたくなかったら二度とナメた真似するんじゃねぇぞタコ分かったら返事しやがれこのドグサレ魔王が。 リヴと並んで正座しながら受けたシルフィの説教は、内容を極めて簡潔に要約すればこのようになる。冗談抜きでちょっと怖かった。お前今ウチの国がどんな状態か分かってんだろっつーかお前が今の状態に追い込んだんだろ頼むからもう騒ぎを起こすのはやめて部屋で大人しく寝ていろさもないと貴様の背後を短刀を持った黒装束なんかがつけ狙うことになるぞ。笑顔で吐き出された懇願なのか脅迫なのか分からない言葉にコクコク頷いて、だからフェイトはあてがわれた部屋でベッドに寝転がっている。 しかし。 大人しく寝ているかというと、それはまた別の話であって。 「……ねえ」 「はい?」 「なんていうか……僕としては嬉しいんだけどさ。本当にいいの?」 部屋の中……というか、同じベッドの中。リヴが毛布に包まるようにして抱きついてきていた。 自分は、こんな展開を望んでいたのではない。 切々とそう思う。全てを打ち明けた後もリヴは自分を受け入れてくれた。そのことは凄く嬉しいし、自分を許してくれた彼女に対する文句など爪の垢ほどもあるはずがない。 しかし、この状況はどうしたものだろう。 これが夜中に親のベッドに忍び込む子供のそれと同じ行動だったならフェイトも苦笑するだけなのだが、あいにくリヴの方はそう思ってはいないようだった。少女の瞳は明らかに潤んでおり、熱っぽく、言外に告げてくる彼女の想いはとても肉親に向けるそれではない。 彼女が自分にそういう想いを向けてくれることを、嬉しいとは想う。 しかし、フェイトにとってリヴはあくまで妹のような存在であり、愛するのはもちろんだがそれ以上に守るべき存在なのであり、だから少女が期待しているであろう甘酸っぱくも桃色な生活は永遠に訪れることはない。 弱った。 まさかこんな展開になるとは思ってもみなかった。 どうしたものかと悩むフェイトの横で、リヴは実に幸せそうに言う。 「フェイト様……」 腕に頬ずりするのはやめてくれ。何だか凄い申し訳ない気持ちになるから。 「……ねえ」 「はい?」 先ほどと同じような問答を繰り返して、フェイトはため息混じりに問うた。 「僕が言うのもアレだけどさ、そんなに簡単に僕のことを許しちゃっていいの? 僕は君の両親を殺したんだよ? 両親だけじゃない。生まれた場所だって、居場所だって、僕は君から根こそぎ――」 「――でも、フェイト様は新しい居場所をちゃんとくれました」 フェイトの言葉を引き継いで、リヴは笑う。 「本当のことを言うと、あんまり楽しい居場所じゃなかったけど。でも、フェイト様はずっとわたしを気にかけてくれたし、わたしのことを何よりも大事にしてくれたから。それでおあいこです」 そんなものでおあいこにしていいのか。即座にそう思った。 向けられたフェイトの目からそれを感じ取ったのか、リヴは弱々しくまた笑う。 「わたしはね、フェイト様。別に親のことなんか知らないとか、もう覚えてないから関係ないとか、そんなことを言ってるんじゃないんです」 腕を抱く力がより強くなる。少女の柔らかさが、温もりが、腕ごしに伝わってくる。 「あんまり実感はないけど、親を殺されたり村を滅ぼされたりしたのは、確かにフェイト様を恨むべきだと思います。けど――」 顔を上げてくる。 「――もう完全には恨めないほど、わたしはフェイト様のことが好きだから」 「……リヴ?」 薄目を開けた少女がゆっくりと顔を近づけてくる。その意図に気づいて思わず逃げ出そうとするが、リヴに拘束された腕はビクともしない。そういえばこの子にはエヴリスという怪物がついていたのだった。今更ながらに思い出し、焦る。 変化して逃げてしまおうか。一瞬そんなことを考えるが……それだけはやっちゃいけないことくらいは、フェイトでも分かる。 逃げ場はない。 観念するしかないのか。 添い寝の状態からリヴは半ばのしかかってくる。元々が軽い少女の身体。先ほどのように空中から落下でもして来ない限り重さで死にかけるということはないが、しかしこれはこれで別の意味で死にそうだった。 胸の上に手が置かれる。 本気で暴れれば多分逃げ出せるだろうが、そんなことをリヴは望んでいないだろうし、彼女を悲しませることは自分もまた望んでいないわけで。 「……リヴ」 「はい」 「……。本当に、いいの?」 最後の確認のつもりで口にした問いかけに、リヴは小さく微笑む。 「フェイト様じゃなきゃ、ダメなんです」 ――……一体どこで、いつの間にそんな台詞を覚えたのやら。 諦めると同時に苦笑する。彼女が自分にそういう役目を望むなら、自分はそれに応えてやろう。彼女の望む役になれるのかどうかは分からない。妹を見るような癖はなかなか抜けないだろうし、ひょっとしたら永遠に抜けないかもしれない。 けれど、彼女が保護者ではなく、一人の男として自分を見るのなら。 自分もまた、彼女を一人の女として見るべきなのだろう。 嬉しくないわけではない。 「リヴ」 「?」 きょとんとするリヴの背中に手を回して、フェイトは力を入れて小柄な身体を抱きしめた。急接近した顔が一気に紅潮する。彼女が本気になれば、単純な力では敵わない自分の拘束など何の障害にもならないわけで、そうしないということはつまりリヴにその気がないということだ。 のしかかった重みはやはり少し軽く、こうして間近で触れ合ってみても、成長は感じられるもののまだまだ子供といってもいい体格だ。 それでも、好意を向けてくれるのは純粋に嬉しい。今は許してもらえた安堵の方が大きいが、やがて自分が彼女を見る目が変わってくることになるかもしれない。 なぜなら。 シルフィよりも、ノエルよりも、今まで出会った誰よりも、おそらくこれから出会う誰よりも、 腕の中で赤くなっている少女は、誰よりも何よりも、自分が世界で一番愛しいと感じる存在なのだから。 フェイトとリヴがベッドの上でイチャついているとき、同じ屋根の下ではアレスたち三人が頭を寄せ合っていた。議題の中身はさもありなん。この城とこの国から、如何にシルフィに悟られずに脱出するか、ということである。 「……しかしそりゃあ、無理ってもんじゃねぇのか?」 冬眠中に悪夢を見ている熊のような表情をしていたゲッソーが、諦めたようにそう言った。 「シルフィはある意味国王よりも上の存在だぜ? この国で起こったことで、あいつの耳に入らないことなんかねぇだろうよ?」 そう。今、この国で最も崇められているのは、国王ではなく一介の巫女に過ぎなかったシルフィだ。 元々が宗教国家であるから、下地はばっちりだった。その上、チャイルドが暴れ狂っていたとき、ラトと共に魔王に立ち向かったのは誰あろうシルフィだった。国王は横で震えていたらしい。そんな光景を見せつけられては、国民の心情がシルフィになびくのも頷けるというものだ。 娘が敢然と立ち向かっている横で震えていたという国王は、情けないといえば情けないが、仕方ないといえば仕方ない。 あの場で積極的に動けたのは、シルフィが自分たちと共に世界を巡り歩いていたからこそ。傷つき、血を流し、死神の鎌で首筋を撫でられた経験があったからこそ。 シルフィと国王では、得意とする戦場が違うのだ。もしチャイルドが腕に物を言わさず、人間の国家のように話し合いと騙し合いで勝負を挑んできたなら、活躍したのはシルフィでもラトでも自分たちでもリヴでもフェイトでもなく、今回は全く何の存在感もなかったシルフィの父親だっただろう。 しかし、結果としてシルフィの父親に活躍の機会は与えられず、また自分たちとリヴ、そしてフェイトは全ての決着がついたときイベリアから遠く離れた場所にいた。全ての賞賛はラトとシルフィが受け、その他大勢は『何か知らないけど巫女様を手伝っていたらしい』という、何だかよく分からない位置に落ち着いている。 それはいい。この国の主役はこの国の中心にいる者であるべきだ。余所者の自分たちがおいそれと顔を出していいものではない。 ただ問題なのは、今回の一件でシルフィの立場と権限が今まで以上に強くなったということ。 元々シルフィはここに置いていくつもりではあった。イベリアが国として立ち直れるまでは、彼女がここを離れるわけにはいかない。本人も生まれ故郷の危機を放って旅に出るつもりはないだろう。この段階で置いて行かれることには、特に文句はないはずだ。 けれど、先の話は分からない。 イベリアが復興した後も、おそらくシルフィは旅に出ることはできない。 もうこの国は彼女なしではいられない。怪我人、病人関係なしに治療できる回復魔法。外の世界を知ることで得た経験値。そして、単純に心の支え。この国に生きる人々にとって、シルフィはもうただの巫女ではない。なくてはならない人間になってしまったのだ。 もし可能なら――このまま黙って行方をくらまし、シルフィとの縁は切ろうと、アレスはそこまで考えていた。 旅路を共にした仲間に対してあまりに酷い仕打ちだと言えなくもない。けれど、そうすることが自分たちにとっても、シルフィにとっても最善だとは思う。 旅立った後も知り合いとして、友人として訪ねることは簡単だ。 だが、イベリアはこれからが一番大変な時期である。そんなときにただのお客として訪ねたところで、邪魔になるだけだろう。巫女の友人というだけの、何だかよく分からない英雄。自分が王だったら確実にこう思う。できればもう二度と訪ねてきて欲しくはないと、と。 魔法の力があるフェイトやリヴなら色々と役に立つこともあるだろうが、ただの人間でしかないこの場の三人は、この国においては邪魔者でしかないのだ。 「やっぱり……例の案?」 「……。それしかないだろうな」 ノエルの言葉に頷く。 シルフィに知られずこの国から抜け出すなど、絶対に不可能だ。 ならば、悟られても後を追おうと思わせないようにするしかない。 「問題は、あいつが納得してくれるかどうか」 説明するときを思うと頭が痛い。ひょっとしたら軽蔑されそうな気がするし、そんな役目を負うのは嫌だと言うかもしれない。 全ては、フェイトにかかっている。 頷いてくれるといいのだけれど。そう思いながらアレスは立ち上がって部屋を出た。後ろからノエルとゲッソーもついてくる。 フェイトとリヴが押し込められているのは、実はすぐ向かいの部屋。 軽くノックする。どういうわけか中でごそごそという物音がして、出てくるまでに時間がかかった。不審に思う。物音がするからには寝てはいないだろうが、しかし一体何をやっているのだろうか。 もう一度ノックしようとしたところで、ガチャリと扉が開いてフェイトが顔を出した。 「……なに?」 なぜか服が乱れている。息がほんのわずかに上がっていて、どことなく不機嫌そうだった。 部屋の奥を見れば、リヴがベッドの端にこしかけてひたすら壁を観察していた。 「悪い。寝ていたか?」 「……まあ、そんなとこ。で、どうしたの?」 用件だけ言ってさっさと消えろ。そんな雰囲気を感じないでもない。 「頼みたいことがある」 説明するにつれてフェイトの表情が徐々に変わり、壁を観察していたリヴが驚いたように振り返った。 雑務に追われた一日が終わる。 ――……疲れた。自室のベッドに倒れこみながら、シルフィはまどろみの中に身を投じる。 ここ最近はずっとこの調子だ。夜は本当に、泥のようにぐっすりと眠れる。フェイトを除く三人の魔王がそれぞれの地域に帰ったから、明日からは少しは楽になるだろうが、それでもやるべきことは山ほどある。 アレスたちとも、ずっとまともに会っていない。 今頃は旅に出る計画を立てているのだろうか。そんなことを思うと、仕方のないことだと分かってはいても寂しくなる。 今はまだ、自分はこの国を離れられない。 今はまだ、旅に出ることはできない。 けれど、いつか。 いつか、この国が自分なしでも大丈夫なまでに立ち直ったら、そのときは―― 「シルフィ」 突然、枕元から聞き覚えのある声が降ってきた。 眠気が一気に吹き飛んだ。 「フェイト!?」 身を起こせば、目の前には元魔王の少年が立っていた。風か何かになって忍び込んできたのだろう。いつもながら心臓に悪い真似をする。 「ど、どうしたの?」 「今から出発だから。お別れを言いに来た」 最初、何を言われたのか分からなかった。 「……え?」 「周り皆が働いてるこの国にずっといても居心地悪いだけだし、身体が鈍らないうちに勘を取り戻したいからって。皆はもうエヴリスに乗って国を離れてる。僕もすぐ後を追う」 「ちょ、ちょっと待ってよ。なんでそんないきなり――」 「それでね、アレスからの伝言があるんだ」 シルフィの言葉を無視して、フェイトは淡々と用件を口にする。おかしい。態度が変によそよそしい。フェイトには昼間の転落事件の際にお説教をしたばかりだが、そのときには特に変わったことなどなかった。 どうして? 「そのまま伝えるね。一回しか言わないからよく聞いて」 どうしてそんな風に、ただの伝言係みたいに淡々と喋るのだろう。もっと普通に話してよ。わたしたちは、 ――仲間でしょ? そう問いかけたいシルフィに耳に、フェイトの冷たい声が届いた。 「『子守りはもう、うんざりだ』」 ……は? なに、それ? 「『回復魔法は確かに貴重だけれど、そのためだけに面倒を見る余裕はもうない。君はその国に残って、君の役目を果たすといい。それがお互いのためになる』」 「フェイ、ト。待って、ちょっと待っ――」 「『君に助けられたことは何度もある。だから、ありがとう。そして』」 そしてフェイトは、シルフィが伸ばす手から逃れるように、己が身体を変化させ、 「さよなら」 血相を変えて飛び出していったシルフィを、ラトは黙って見送った。今日も今日とてシルフィの部屋の番犬をしていたわけだが、今夜ばかりは正直居ない方が良かったかという思いがある。 耳はいい方である。部屋の中にフェイトがいたことも、彼がシルフィに何を告げたのかも、大体の内容は聞こえていた。 この国の最重要人物が夜中に城を飛び出すのはできれば止めたいところだが、こればかりは好きにさせてやろうと思う。どのみちシルフィが一人で国の外に出ることなど不可能だ。頃合を見計らって迎えに行ってやればいい。 それに今は、 「……言い訳があるなら聞いてやる」 隣で実体化したまま黙っているフェイトに、ラトは小さくそう言った。横目を使って見やれば、部屋の中から聞こえてきた声を紡いだ本人とは思えないほど意気消沈した顔をしている。 しばらく黙したままだったが、やがてぽつりぽつりと、フェイトは言葉を吐き出す。 「言い訳っていうか、別にシルフィが要らないなんてこれっぽっちも思ってないよ」 今しがたシルフィに向けた台詞とは正反対の言葉。 「シルフィは僕たちの仲間だもんね。本当なら、この国を吹き飛ばしてでも連れていきたいよ」 「……」 実際にそれができる奴に言われても笑えない。引きつるラトの表情を見て、フェイトが小さく息を吐いた。 「でもま、そんなことしてもシルフィに怒られるだけだし。今この国に彼女が必要なのは確かだから……わざわざ一芝居打ってあげたんだからね。感謝してほしいよ」 そりゃありがたいことだ。そうコメントしてやるが、しかしフェイトの顔色はあまり優れてはいなかった。こいつも損な役回りだよなと思う。彼がここにいるのは、彼が持つ魔法の特性故だろう。実体を持たない存在への変化。先に行った連中に簡単に追いつけるだけの速さ。それがあるからこその居残り役。 「……でも」 ひそかに同情していると、フェイトは静かにそう呟いた。 「?」 「でも、時期をみてまた迎えに来るよ」 目を向けた先の表情が、徐々に変化していく。 「僕たちにとっても、シルフィは大事な仲間だからね」 おいおい、と思う。思わず顔がひきつる。変なことを言うのはやめてくれ。お前にそんなことを言われると冗談に聞こえないんだよ。 そんなことを思うラトに、フェイトは更に言う。一変した口調、力強く熱を持ち始めた声音。握り締めた拳。真っ直ぐに何かを見据えている瞳。不敵な笑みを浮かべる口元。 「僕たちは、彼女を見捨てない」 そしてフェイトはニッと笑って、「大丈夫」と、そんな言葉を残して姿を消した。 今はまだ、シルフィには何も言わないよ。 今はまだ、彼女の心はこの国にあるだろうからね。 そして、五年が経った。 二十二歳になったシルフィだが、やっていることは五年前とほとんど変わっていない。泥沼のような睡眠から這いずり起きて、山積みの仕事に追われながら一日を過ごし、自室に引き上げて泥のように眠る。 この国の状況は格段に良くなっている。何と言っても、あの事件がきっかけで出来た魔族との繋がりが大きかった。現在の北の魔族たちの代表的な存在であるギムルと裏で交渉し、多大な協力と援助を得ることができている。もちろん諸外国には絶対に知られてはならない極秘事項の一つだが、おかげでイベリアは昔よりも遥かに豊かになってしまっている。何せ相手は大陸を四分割した勢力のうちの一つ。その力たるや、人間社会における一国など比べ物にもならないのだ。 しかしそれでも、やることはいくらでもあった。起きて、仕事をして、眠る。五年間ずっと繰り返してきた一日は、いまだに途切れることなく続いている。 今日も今日とて、そうだった。 へとへとになって自室に引き上げ、ベッドに倒れこめばすぐに睡魔が手を伸ばしてくる。今日片付けた仕事。まだ片付いてない仕事。明日手をつけなければならない仕事。様々な事柄が頭に浮かんでは消えて、 「シルフィ」 五年前と全く同じ言葉で、五年前と全く同じようにシルフィは飛び起きた。 「――!?」 嘘じゃないか、と思う。 シルフィと同じく五年分成長したフェイトが、にっこり笑いながら枕元に立っていた。 「フェ、イ、ト?」 「久しぶり」 「あ、久しぶり……じゃなくて、え? なんで? だって――」 どうしてここに、あなたがいるの? そう問いたいのに言葉が出ない。 あの日、さよならって言ったのに。 あの後国中を走り回って、でも皆はもうどこにもいなくて、国の外に出ようとしたら止められて、迎えに来たラト兄ちゃんに抱かれながら一晩中泣きはらして、 ほんの少し立ち止まるだけのつもりだったのに、わたしの旅はいきなり終わって、 それが信じられなくて、 五年間、ずっと考えないようにしてきて、 それなのに、何でそんな平然と、あなたは目の前に立ってるの? 「あのときはごめんね」 笑顔のままで申し訳なさそうに、フェイトは言う。 「ここに残る君に余計なことを考えさせたくなかったんだ。君のことが必要ないなんて、本当は誰も思ってなかったよ。その証拠にこうして迎えに来て……ごめん、これは嘘。脱出の手口も経路もまだなんにも考えてない。今日は個人的に君に会いに来ただけ」 「あ……そう」 頷くしかない。あの言葉は芝居でした。今更そう言われても困るしかない。 ただ、久しぶりに会ったフェイトが懐かしくてたまらない。 「……ねえ」 「ん?」 「他の皆は? アレスとか、ノエルとかゲッソーとか、あとリヴちゃんは?」 「ここにはいない。ここからちょっと離れた町の宿屋に泊まってるよ」 その返事を聞いたシルフィの心境は、落胆半分、安心半分というところだった。皆がまたこの国に来ているわけではないらしいということに落胆し、しかし全員が無事であることに安堵した。ひょっとして誰か死んでしまっているのではないか。そんな不安が五年間常にあったから。 「ねえ、シルフィ」 「え?」 「まだ、旅を続けたい?」 唐突な問いだった。 「続けたいって言うなら、僕たちはどんな手を使ってでも君をここから連れ出してあげる。この城を吹き飛ばしてでも。もう旅はいい、僕たちとも会いたいとは思わないって言うなら……僕は今すぐここから消えるし、今後二度と君の前には現れない」 「そんな――っ」 「落ち着いて」 大声をあげかけたシルフィをフェイトはやんわりと制してきた。「大声は出さないで。ラトさんが飛んできてしまう」 それもその通りなので、シルフィは自分の口を塞いで周囲をうかがう。 ここ数年、夜はちゃんと自分の部屋で寝ているラト。足音は聞こえてこなかった。 「あくまで仮の話。君が拒まない限り、僕たちはいつでも君に会いに来るよ。誰に何と言われようと、例えラトさんの妨害を受けようと。……そんな真似しないとは思うけどね。なりふり構わないようになれば勝つのは絶対に僕たちだってことは、あの人も分かってるだろうから」 勝つのは僕たち。そりゃそうだろう。フェイトに勝てる人間などそうそういない。あの赤い魔王チャイルド、そしてルシファーとルリ。少なくとも、現役の魔王である彼ら三人に匹敵するほどの力を持っている者でなければ。 ただ、シルフィは思う。 勝つのはフェイトたち。負けるのはラトたち。 では、自分は? 自分は一体、どちらの側に属するのだろう? 「答えは持ってる?」 フェイトは問うてくる。 「持っているようなら今聞かせてほしい。持っていないようなら三日後にまた聞きに来る。さあ、どうする?」 おどけた調子で問うてくる。軽い調子で答えを促してくる。が、そんなことをいきなり言われても、ついさっきまで明日すべき仕事について考えていたシルフィには返すべき答えなどない。今は答えられないから三日後にまた来て。そう言うのは簡単だ。 簡単だ、けれど。 五年。人間としては決して短くはない時間。けれど一つの国が立ち直るのに十分な時間というわけではない。確かに見てくれは良くなった。確かにお金は前よりも大きく動いている。確かに人の顔には笑顔が戻った。五年前に失ったものは、魔族という新たな力も手伝って、確かに今、急速に戻りつつある。 けれど。 戻ってきたものを維持するのに、自分たちは今も必死になっている。 国を支える。そのために必要なのは魔法ではなく知識と経験。今までは興味もなかった王族としての仕事を、シルフィもまた覚えた。一秒でも早く国を元通りにしなければならないという宿命が、シルフィが巫女であり続けることを許さなかった。 失敗した。怒られた。謝った。驚いた。恥をかいた。泣いた。転んだ。怒鳴った。叫んだ。立てなくなった。立たされた。逃げたかった。傷ついた。孤独だった。周りの全てが敵だった。 苦しかった五年間。 けれど、誇りに思う五年間。 必死になって死に物狂いで駆け抜けてきて、だからこそ、掴んだもの。 「……一つだけ聞かせて」 捨てられないものがある。魔王だったフェイトが捨てたもの。 「なに?」 目を逸らせないものがある。魔王だったフェイトがそもそも見ていなかったもの。 「もし――」 見守っていたいものがある。魔王だったフェイトが毛嫌いしていたもの。 「もし――」 ――見守ってくれた、人がいる。 魔王だったフェイトには、周りのどこにもいなかった人。 「もしわたしが一緒には行けないって言っても、また会いにきてくれる?」 「うん」 その問いを予想していたかのように、何を当たり前のことをとでも言うように、フェイトはあっさりと頷いた。 「仲間だろ? 何度だって会いにくるよ」 僕たちは君を見捨てない。 たとえ、生きる場所が変わっても。 フェイトはそう言って、にっこりと笑った。 |
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