HERO

 

 目の前に銃口がある。

 黒く暗い穴が、須藤和哉の眉間に向けてピタリと固定されている。

「お前には二つの選択肢がある」

 よれたスーツを着た男が、銃口をピクリとも動かさないまま言ってきた。

 自分を尾行している妙な気配に気づいたから、人気のないこの廃工場へやってきたのが二十分前。尾行者のこの男に出てくるよう命じたのが十分前。軽く話した後こんな状態になったのが、十五秒ほど前のこと。

 失敗だったかもしれないと和哉は思う。

 まさか、命が狙いだとは思わなかった。

「一つは、俺にこのまま撃ち殺される道」

 こちらが脳内で反省していることなど知る由もない風に、男は淡々と選択肢とやらを口にする。

「もう一つは――このナイフをお前が自分の喉に突き立てる道」

 開いている左手一本で懐からナイフを取り出し、柄をこちらに向けて差し出してきた。

「好きな方で死ね」

「死ぬのは確定事項なわけだ」

 問えば、男はニヤリと笑って返してきた。

「ああ」

「嫌だと言ったら?」

「言えると思うのか?」

「嫌だ」

「言いやがったなこの野郎」

 グリ、と銃口が押し当てられる。さすがに焦らないと言えば嘘になるが、それでも和哉は平静を装った。焦燥を顔に出したところで、得になることは一つもない。

「死に方くらい選ばせてやろうと思ったが、やめだ。お前はこのまま撃ち殺す」

「何をどうすればそんな結論になるのか理解できないけど、その前に俺が殺される理由くらい教えてくれてもいいんじゃないかな?」

「そんなことはお前が一番よく分かってるだろ」

 時間を稼ごうったってそうはいかねえ。男の言葉に、和哉は軽く舌打ちした。睨みつけてくる男の瞳を真っ向から見返しながら、ゆっくりと口を開く。

「まだ根に持ってるの?」

「あん?」

「あんたの組織の使いを、俺が片っ端から追い返したり罠にはめたりしたこと。そのことをまだ根に持ってるの?」

 和哉の言葉に、男は再度笑みを浮かべた。

「当たり前だろ。それで、お前がどうも従順じゃないから、俺みたいなのが出張ってきたわけだ。恨むなら調子に乗った自分を恨め」

「俺はそんなに注目されるほどなの? 自分で言うのもアレだけど、戦闘能力とか破壊力とかは何もないよ」

「とぼけんじゃねえよ。お前のことを何も調べていないとでも思ってんのか?」

 ふん、と息を吐きながら、男はすらすらと和哉の情報を述べ始めた。

「最初は高校生の不良集団。その次はヤクザ。果ては巨大企業の重役、社長。こいつら全員が会って間もない、それまでは何の接点もなかったお前を相手に、まるで前世からの付き合いみたいな態度を示しやがった。教えるはずのない情報を教え、与えるはずのないものを与えた」

「……」

「まともに考えればありえねえ。ありえねえことが現実にありえたってことは、“ありえないはず”とされている事があったってことだ。つまり、それがお前の能力だ。自分への絶対的な服従を相手に強制する、そんな感じのやつだろう」

「……訂正が一つ。それと、付け足しが一つある」

 和哉はじっと男の目を見つめながら、そう言った。

 男が眉をひそめるが、銃弾が発射されることはない。こちらの話を聞く意思はあるようだ。それを確認してから口を開く。

「まず、俺の力は、別に服従を強制するものじゃない」

「そんなら、さっき俺が言ったことはどう説明する」

「無理やりじゃないんだよ。俺のことを自分の支配者だと認識させる、そんな能力なんだ」

「なるほど。だが……まあ、どっちにしろ似たようなものだな。言葉は違っても、相手を自分の好きなように動かせることに変わりはない」

「それもそうだ」

 頷く和哉に、男は問うてきた。

「それで、付け足しの方は? 特にないならもう撃つぞ」

「ないと言えばないし、あると言えばある」

「何だそりゃ」

「まあ、言っておこうか。あのね、今の話をしている間に、俺は能力が発動する条件をクリアした」

「……?」

 男が怪訝な顔になる。いきなり何を言い出すのかコイツは。そんなことを思っている表情。和哉はそれを見て、笑った。まったく、こいつが鈍くて良かった。つくづくそう思う。自分が彼の立場なら、問答無用で撃ち殺すのに。

 相手が支配するタイプの能力を持っていると知っているなら、尚更だ。

「対象はあんただ。あんたはもう俺を撃てない」

「なっ!?」

 男が驚愕の声を出したが、全ては手遅れだ。

 自分が支配されるという可能性を、考えなかったのだろうか、この男は。引き金にかけた指に力をこめてようとしているらしいが、無駄な努力だ。別に和哉が「撃つな」と言っているわけではない。男が自分で「撃つわけにはいかない」と思っているのだから。

「……っ クソッ」

 銃を投げ捨てて殴りかかろうとしてくるが、それも途中で動きを止めてしまう。和哉はそれを見ながら、淡々と言った。

「この能力発動の条件は……まあ、秘密にしておくよ。またあんたに会ったとき、回避されちゃ困るからな」

「次に会ったときは問答無用で撃ち殺してやる!」

「そう怒るなよ、親友」

「誰が親友だ!」

 怒鳴る男に手を振りながら、和哉はその場から立ち去ろうとする。

 追いかけてくるのかとも思ったが、男はその場に突っ立ったままだった。無理やりふんじばるということができない以上、追いかけてきても無駄である。その程度のことは分かるらしい。

「じゃあ」

「……っ」

 歯軋りする彼の姿を最後にちらりと見て、和哉は廃工場から出た。

 当面の間どこへ身を隠すか。そんなことを考える。

 

 待つこと十分。

 自分の中の須藤和哉を慕う気持ちが徐々に薄れ、やがて消えたのを確認。男――神楽はようやく顔を上げた。顔面が熱い。はらわたも頭も、怒りで煮えくり返っている。

「……っざけんなよあのクソガキ!」

 腹の底から怒鳴り声を絞り出し、しばらく和哉を罵り続ける。人を小ばかにしやがって、次に会ったら殺してやる。そんな思いばかりが頭に浮かんでくる。

「ふざけんなよあの野郎!」

「誰が親友だ! 誰が!」

「今度会ったらだと。今度なんかお前にはねえよ! 即刻見つけ出してぶち殺してやる!」

 そうしているうちに、罵り言葉も出尽くしてきた。怒鳴りつかれてふー、ふーと息を整えていると、

「神楽さん」

 背後から、妙に冷めた声が響いた。

「桜花か」

 振り向く。

 十六歳。件の須藤和哉より一つ年下。

 組織の仲間である少女が、いつの間にかそこにいた。

「気は済んだ?」

「……聞いてたのか。いつからいた?」

「三分くらい前から」

 ということは、怒鳴り声のほぼ全ては聞かれていたということだ。神楽は軽く頭を抱えたくなる。五つも年下の娘に、ずいぶんな醜態を見せ付けてしまった。

 と、

「そんなに恥ずかしがらなくても、わたしは神楽さんを軽蔑したりしないよ」

「……悪いな。気まで使わせちまって」

「と言うか、神楽さんのそんな姿、いつものことだし」

 グサ。

 悪気はない。思った通りのことを言ったまでなのだろう。それが分かっているからこそ、ダメージは大きいものがあった。

「ま、まあ、それはいいとして」

「うん」

「あのクソガキ、須藤和哉。すぐ追いかけるぞ。桜花、いつも通り頼む」

「駄目」

「よーし……はぁ!? なんつった今お前!?」

 即座に断ってきた少女の言葉が信じられず、神楽は思わず彼女の方を向いた。常からかなり無表情である桜花はいつもの通りの無表情のまま、淡々と言ってきた。

「須藤和哉を追うのは一時中止。神楽さんはわたしと一緒に、別の能力者を追ってもらうから」

「何だそりゃ! 俺はあのガキに一矢どころか十矢報いたって足りないってのに!」

「本隊命令だもの。文句があるなら偉い人に言って」

「ぐっ」

 それを出されると弱い。仮に本当に文句をつけたところで、私怨(と言うほど大層なものでもないが)で和哉を追うなどということが許可されるはずがない。

「……分かった、分かったよ! 誰を追えばいいんだ?」

「こいつ」

 と、桜花は一枚の写真を差し出してくる。

「山咲悪太郎……凄い名前だな」

「分かってるだけで、そいつ二十人は殺してる」

「……は?」

 桜花の言葉に、神楽はまず自分の耳を疑う。異常がないことを確認すると今度は桜花の冗談という線を考えるが、冗談にしては笑えないし冗談として言うことでもない。調査ミス。それも考えたが、それこそありえない。

 結論。桜花の言葉は本当。だが、

「それだけ殺したにしては、ずいぶんと世間の反応は薄いな。つーか皆無だな」

 桜花は神楽の疑問に、軽々と答えた。

「こいつは死体を残さないの。だから死亡者は全員行方不明として扱われてる」

「死体を残さない? んじゃあ、どんな風に殺すんだ?」

「溶かすの」

「……」

「こいつの武器は超高温度まで温度を上昇させられる掌。情報班が過去を見たところ、コンクリートとかを普通に溶かしたって。熱のことはよく分からないけど、コンクリートがいけるなら人間の身体くらい簡単なんだと思う」

「……」

「というわけで、神楽さん、頑張ってね」

 そこで初めて、桜花は表情らしいものを浮かべた。

 ニコリと微笑んだのだ。励ますように。応援するように。小さな両手を握り締めて上目遣いに見上げてくる可愛らしい仕草。普段が無表情であるだけに、一層希少に見える微笑み。花が咲きこぼれたようなそれは、向けられただけでその日一日を楽しく過ごすことができるほど愛らしい。神楽は今、それを間近で、自分だけに向けられている。

 嬉しくも何ともなかった。

 この変なところでしたたかな少女が自分の浮かべる笑みの意味を知っていて、なおかつそれを利用していることなど、神楽はとっくの昔に見破っているのだ。

「頑張ってねってお前、気楽に言うけどよ」

「いいじゃない。神楽さん強いし」

「コンクリート普通に溶かすなんて芸当、俺はできねえよ。応援寄越してもらおうぜ。あと十人くらい」

「他も忙しいみたい。お前らだけで何とかしろだって」

 早くも無表情に戻った桜花が肩をすくめながら言う。神楽はそれに、ため息をつきつつ答えた。

「んなこと言ったって、真っ向から挑んだんじゃ勝ち目ねえだろ。掌に触られただけでアウトなんだろ?」

「そこをどうにかするのが神楽さん」

「無理だっつーの。チクショウ、何だってこんな……待てよ」

 そこで、ふと思いついた。

「桜花」

「ん?」

「須藤和哉の居場所、今すぐ探し出せ」

「……神楽さん」

 まだそんなことを言っているのか。そう言いたげな桜花に、神楽は慌てて否定した。

「違う。あいつの能力は使えそうだからな、協力を仰ごう。身の安全と引き換えなら乗ってくるだろ。……ま、仕事が終わった後、ひょっとしたら俺の手が拳銃の引き金とかに滑っちまうかもしれねえが」

 油断しきった和哉を背後から……そう考え、思わず笑みを浮かべる神楽。

「……。神楽さん」

「あん?」

「その笑い方、不気味だからやめた方がいいよ」

 そう言う桜花の表情は、常と変わらぬ無表情。

 

 あるいは、物体を空中で自在に操ること。

 あるいは、言葉を発しないまま自分の意思を相手に伝えること。

 超能力者と呼ばれる人間は、この世界に存在する。

 ただ、無制限のように思えるそれらの力は、決して人々の想像のままというわけではない。

 異能力の正体は、身体の部位に発生した特殊な力。掌から超高温の熱を発生させること。風のように速く走ること。身体がゴムのような弾力性を持つこと。

 須藤和哉の場合、それは目だった。

 相手と目を合わせ、五秒間見つめ合うだけでいい。それだけで相手が自分を特別扱いしてくれることは、幼い頃から何となく知っていた。それが超能力と呼んでもいい力だと気づいたのは、最近になってからだったが。

 他人にはない特殊能力ではあるが、その力を持つのが身体の一部なので、特別隠す必要はなかった。黙っているだけで、相手は不思議がりながらも、和哉のことを王様のように扱ってくれる。

 生活や周囲の環境など、和哉にとっては何も恐れることのないものだった。何しろ、それらを自分の味方にする術がある。敵になる可能性のないものを恐れるはずがない。

 和哉が恐れるのは、やがて現れるかもしれない自分以外の能力者。

 自分の力が通じない相手。

 敵になる可能性のある者たち。

 そう、例えば、

「だからつまり、お前の力が要るわけだ」

 目の前で自分を説得しようとしている、それぞれ神楽、桜花と名乗った二人組などだ。

「……バカじゃないのか?」

 昨日殺そうとした相手に協力を要請するとは。呆れながら和哉は言う。

 昨夜は下宿生活をしていると言う女子大生の部屋に泊めてもらった。しかし、和哉の能力は目を合わせていないとそう長い時間持続させることができないので、夜はさっさと寝て、朝は彼女が起きる前に部屋を出た。

 だから、和哉は昨夜から何も食べていない。残金も乏しくなってきたし、適当なヤクザを捕まえて金をせしめようかと考えていた矢先のことだった。「昨夜は悪かった。ところで、朝飯一緒に食わねえ?」とか言いながら、昨夜の男と見知らぬ少女がセットで現れたのは。

 適当に入ったレストランでモーニングセットを頼んでしばし。向かい合っている和哉と二人。

「事情は大体分かったよ」

 互いに黙っていても埒が明かない。和哉の方から切り出した。

「殺人犯を捕まえなければならない。が、相手は強力な破壊能力を持っている。まともに立ち向かったんじゃ返り討ちにされる可能性が大。そこで、力を使わずに相手を戦闘不能にさせられる俺の能力を使いたい、と」

「妙に説明臭い言い方だが、まあそんなところだ。ヤクザなんかと堂々と知り合いになってきたお前だ。今更殺人犯の一人や二人、簡単だろう?」

「……」

「仕事中のお前の身の安全は保証する。奴はお前には指一本触れられないようにするし、もちろん俺たちもお前を狙うような真似はしない」

「……」

「何ならさっき俺が頼んだオレンジジュースもお前にやろう」

 最後のふざけた物言いは無視して、和哉はじっと二人を睨む。愛想笑いを浮かべている神楽に、無表情でどこを見ているのかいまいち分からない桜花。二人の真意を探ることはできないが、ただ一つ分かること。

 二人は和哉と目を合わそうとしていない。微妙に目線を逸らしている。

 彼らの仲間、もしくは二人のうちどちらかが、自分と同じ目に特殊能力を持っているのだろう。和哉はそう考えた。

 能力の内容を聞いて、二人は和哉が目の能力者だと判断したのだろう。

 そこで対策を立ててきた。能力を持つ部位が同じなら、条件もある程度被ってくる。そこから和哉の能力発動条件を推測し、目を合わさないことで支配から逃れるようにしたのだ。

 もうこの二人に能力は通じない。和哉は心中で舌打ちしつつ、口を開いた。

「……聞きたいことが幾つかある」

「何でも言ってくれ」

「どうやって俺を見つけた?」

 二人のうちのどちらかの能力。それはほぼ間違いない。

 だが、どちらなのかは分かっていない。それをはっきりさせておきたかった。神楽だとすると少々厄介だが、桜花ならわずかに和哉が有利になる。戦闘に向いていない能力なら、小柄で華奢な桜花を警戒する必要がほとんどなくなるからだ。

 神楽は、

「そりゃお前。直感と経験を頼りに靴の底をすり減らしてだな」

 愚にもつかない戯言を口にした。

「……」

「いや、本当だって。俺ら元刑事だから」

「帰るぞ」

「……。悪かった。お前を探し出したのは桜花の能力だ。こいつも目の能力者でな、地図を見つめていると、現実のその地域を見ることができる……と、本人は言っている」

「神楽さん」

 喋りすぎだ。そう言うように神楽を諌める桜花。和哉としても同感で、まさか能力の内容まで教えてくれるとは思わなかった。

「別にいいだろ。こいつは少なくとも敵じゃない」

「昨夜は、仕事が終わったら撃ち殺してやるとか言ってたくせに」

「ばっ……お前それを言うなよ。せっかく築きかけた信頼関係がパーじゃねえか」

「そんなものを築いた覚えはないぞ」

「あれ?」

 意外そうに振り向いてくる神楽。天然なのか演技なのかいまいちよく分からない。わずかに気が抜けたような気分で、和哉は更に問うた。

「で、あんたの能力は?」

「俺か? 戦闘向きの能力だよ。桜花は見ての通り戦闘能力皆無だから、護衛係が必要なんだ。まあ、そうでなくても二人で組む場合、片割れは俺みたいな戦闘要員になるのが常だ」

「そんなことは言われなくても分かる。あんたはどんな能力かって聞いてるんだ」

「知りたいか?」

「知りたいね」

「……後悔しても知らねえぞ?」

 ゾクリと、

 背筋が寒くなるような笑みを神楽は浮かべた。だが、それはただのハッタリだと和哉は踏んだ。何せここには桜花もいる。和哉が無事で済まないような能力なら、彼女とて危険になるはずだ。そんな真似をするはずがない。

 神楽は氷のような笑みのまま、ゆっくりと言った。

「ひ・み・つ♪」

「……」

「ま、待て、帰るなって!」

 席を立とうとする和哉を、神楽は慌てて引き止めてきた。桜花が呆れ果てた顔で水を飲んでいる。似たような気持ちになりながら、和哉は再度椅子に腰掛けた。

 神楽が汗をふきつつ、弁解めいた口調で説明する。

「まあ、白状するとだな。一度使ったら取り返しのつかないことになるんだよ、俺の能力は。だから昨夜お前を殺そうとしたときも、能力じゃなくて普通の拳銃を使ったんだからな」

「別に見せろとは言ってない。どんな能力なのか教えてくれればいい」

「無理だ」

 あっさりと、神楽は悩む素振りもなく即答した。

「なぜ無理かって言うと、俺みたいな戦闘向きの能力の場合、知られるっていうのはそれだけで不利になるからだ。何しろその能力を中心に戦い方を組み立てるわけだからな。桜花なんかは知られても別に困らないが、俺は違うんだよ」

「なるほど」

 和哉は目を閉じて頷き――片目だけ開いて神楽を睨んだ。

「じゃあ質問を変えよう。その能力っていうのは一対一の戦い向きか? それとも、集団をまとめて吹き飛ばすようなタイプか?」

「前者だ」

「身体に直接傷を与えるタイプ? それとも毒のようなものを相手に注入するのか? それか、精神を壊したりするのか?」

「ノーコメント」

「それはお前の意思で自由に扱える力か?」

「当たり前だろ、んなこと」

「分かった。協力しよう」

「早っ!」

 口に運んでいた水を吹き出しそうになりながら、神楽は即決した和哉に妙なものでも見るような目を向けてきた。

 そんな彼に和哉は続けて言葉を放つ。

「ただし、いくつか条件がある」

「やっぱりそう来たか。何だ?」

「一つ。仕事中だけじゃなく、仕事の後も俺の身に危害を加えるな。別に護衛しろとかそんなことは言わないから、一切関わってくるんじゃない」

「ぐっ……」

 苦々しい表情になった神楽。それを見て、和哉は驚くと言うより納得したような気になった。仕事中だけという限定をさりげなく言葉の中に含ませたあたり、何かあるのではと思ったが。

 桜花の『昨夜は撃ち殺してやるって言ってたくせに』という発言がなければ、ひょっとしたら疑いを抱くことはなかったかもしれない。無表情に氷を噛み砕いている少女に、密かに感謝しておいた。

 と、

「お待たせいたしました」

 それぞれ頼んだモーニングセットが運ばれてくる。

 が、手を付け始めたのは桜花一人で、神楽と和哉は睨みあったまま手を動かそうとしない。

「神楽さん。いらないならオレンジジュースちょうだい」

「やらん。後で飲む。触るな」

 伸ばされた桜花の右手をペシっと叩く神楽。だが、その間に桜花の左手がデザートのヨーグルトを奪取していた。「てめっ この野郎」「わたし野郎じゃないもん」低レベルな口争いを繰り広げつつ、ヨーグルトを争奪している二人。

「……おい」

「ああ、すまん。桜花こら、いい加減に返せ」

 少女からヨーグルトを奪還し、ようやく神楽はこちらに向き直ってきた。

「で、何だって?」

「……。あんたたちがどうして能力者を仲間にしたり殺そうとしたりするのかは、この際どうでもいい。とにかく、仕事が終わったら二度と俺に関わるな」

「お前なあ、朝飯の前にそんな重い話やめようぜ。トーストが冷めちまうよ」

 和哉が文句を言う前に、神楽が朝食に取り掛かるほうが早かった。

 トーストにスクランブルエッグとベーコンを挟んでいる神楽は、もはや何を言っても聞く耳持ちそうにない。和哉は仕方なく、自分も箸に手を伸ばした。

 

「桜花」

「うん?」

「さっきは助かった。ありがとな」

 レストランを出てしばし。

 和哉からさりげなく距離を置いた神楽は、頃合を見て桜花に話しかけた。

「さっきって?」

「あいつと俺の睨み合いを潰してくれただろ」

「?」

「……お前まさか、本気でジュースとヨーグルト狙ってただけなのか?」

「それはいいとして」

「おい」

「別に約束しちゃえばいいんじゃないの? そんなの後で破れば関係ないでしょ」

「するよりはしない方がいい」

「一度約束すれば油断してくれるかも」

「口約束程度で安心したり油断したりするほど甘い奴じゃねえよ。あそこで俺が頷いていても、今の警戒心丸出しの態度が変わっているとは思えん」

 前を向いて一見関心のない態度を装っている和哉は、しかし意識ははっきりとこちらに向けていた。

「じゃあ、どうするの?」

「仕事が終わるまでは仲間だ」

「その後は?」

「始末するか……まあどちらにしろ、あいつの要求通りってわけにはいかねえな」

 危険すぎる。

 神楽はひそめていた声を更に小さくして、桜花にだけ聞こえるようにそう言った。

「あいつは危険すぎるんだ。放っておくわけにはいかねえ」

「対象の完全支配……。でも、本人はまだセコい使い道しか考えてないみたいだけど」

「セコくない使い道を考え出した時じゃ遅いんだよ」

「人を支配する怖さを教えてやらないと……ってこと?」

「いや」

 桜花の問いを、神楽は否定した。

「そうじゃねえ。人を支配するのに怖さなんかねえよ。他人を自分の思い通りにできるのに、何を怖れる必要がある?」

「それはそうだけど」

「まあ、だからこそ怖いんだけどな」

「……神楽さん、ボケた?」

「ボケてねえっ だからな、“怖くない物”っていうのが一番怖いんだよ。何せ怖くないから、それをするのに何の躊躇いも覚えない。リスクがないから簡単に手を出せる。『ちょっと待てよ』と思わせる物が何もない。それがこの世で一番怖い」

 結局のところ、自分たちのしていることは、怖くない物を怖い物にするということなのだ。神楽はそう思う。

「だから怖がらせるんだよ」

「え?」

「能力を使えば悪いことをしても怖くないと思っている連中に、それは怖いことだって思い知らせるんだ。そんなことを続けていたら、俺たちみたいな奴が出てくるぞってな」

 能力を使って好き勝手やっているような奴は、得体の知れない暗殺者に殺されてしまう。

 悪いことは誰かが必ず見ている。

 お前のやっていることにはリスクがついている。

 そのリスクとなるのが、能力者を捕まえたり殺したりしている、神楽たちであると。

 その存在が知られていないようでは意味があまりないが、まあ、少なくとも和哉は今回のことで少しは考えるようになるだろう。支配の能力を使い続けるとどうなるか。調子に乗るとどうなるか。それが分からないほどバカでもあるまい。山咲悪太郎という、ちょうどいい例もいることであるし。

「それが分かるようなら、まあ、生活の援助くらいはしてやってもいいな。能力なしに一人で生きていくってのはさすがに難しいだろうからなあ」

 数歩前を行く和哉の背中を見ながら、神楽は軽い調子でそう言う。

 

 一方……

(怖がらせる、ねえ)

 後ろの二人は聞こえていないと思っているようだが、実は和哉はばっちり二人の会話を聞いていた。耳は割といい方なのだ。細かいところは聞き取れなかったが、大体何を言っていたのかは理解できた。

 正義の味方を自称している連中の集団。そんなところだろうと思っていたが、正しくその通りだとは思わなかった。悪い奴らを怖がらせる。正義の味方がいると思わせる。そんなことを本気で言うような奴ら。

 迷惑なことこの上ない。

 彼らの言っていることは理に適っているし、間違っているのは迷惑と思う自分であること。それは承知の上だが、それでも迷惑なものは迷惑だった。別に国を動かしてやろうとか、組織を作り上げようとか、そういうことをしているわけではないのだ。放っておいてくれと思う。生活の援助など要らない。

 まあ、神楽は組織を作り上げようとか、国を動かそうとか考え始めてからでは遅いと言っているので、そんな言い訳はするだけ無駄だ。するつもりもないが。

 問題なのは別の一点。

 リスクを負っていることを思い知らせるには、その彼が能力を使って悪事を働いていると神楽たちが察知する必要がある。

 まさか四六時中対象に張り付いているわけではないだろうから、何らかの手段を使って監視しているのは間違いない。あるいは、そういう能力者がいるのかもしれない。

 ふざけた真似をする。

 他人を監視し、裁きを与える。神にでもなったつもりだろうか。

 能力というのは生まれ持った力。言うなれば才能である。

 才能を使って何をしようが、お前らの知ったことではないはずなのだ。

 

後編へ続く

 

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