モンスター・ハンター

 

「……それで」

 表向きは普通の表情で――ただし、目だけは据わらせながら、水穂が口を開いた。

 彼女の視線の先には、ひっそり冷や汗をかいている草一がいる。どこか虚ろな笑顔で「あはは……」などと言いながら。

「要約すると、遊びに行った先の遊園地で舞花ちゃんを狙っているらしい二人組に遭遇。とりあえず舞花ちゃんと真絵ちゃんを先に逃がして、その二人組のうち片方と交戦……結果、遊園地の一部を徹底的に破壊。得たものと言えば、ほぼ確実に偽名だと思われる『金本』と『山田』っていう名前に、そいつらの人相だけ……こんなところ?」

「……うん」

 やや小さくなって返事をする草一に、水穂は容赦なく続きを浴びせる。

「じゃあ、問題点を挙げていきましょうか。まず一つ目だけど、」

 水穂は人差し指をピッと立てて、

「破壊した遊園地の後始末……まあ、あれだけ大規模に壊しちゃえば、かえって人間の仕業とは思われないでしょうけど」

 仮に思われたとしても、草一の場合は手を触れずに破壊活動を行っている。超能力による被害など普通は認められないだろうから、少なくとも草一は罪に問われない。

 次に、中指を立てる。

「二つ目。あんたと遭遇したことで、舞花ちゃんがモンスターハンターの保護下にあると知られてしまった。逮捕はかなり困難になったわね」

モンスターハンターとは、金本達やその同業者にとって警察のような相手である。しかも、現場での能力が恐ろしく高い。そういう連中を相手に真っ向から挑むようなバカはいないということだ。

「そして三つ目。これが一番重大なことなんだけど……」

 薬指を立てて、水穂は嘆息交じりに言った。

「なんで待ち合わせのここに、二人の姿が見えないのかしら?」

 適当に手に持っている本――お約束にもエロ本だったりする――を読むふりをしながら、水穂はややきつい口調で草一に迫った。

「僕だって分からないよ」

 同じくマンガ雑誌を持ちながら、草一が控えめに言い返した。声に力が入っていないのは、自分の失態だと自覚しているからか。

 水穂も、失態を咎めるようなことを言う様子はない。そんなことは、わざわざ言われなくても草一自身が一番良く分かっている。

「まさか、捕まったんじゃ……」

「それはないよ。あいつら逆方向に逃げたし……遊園地の中ならともかく、外で偶然、なんてのはありえないよ」

「そうすると……自分達で行方をくらましたってこと?」

「あの……」

 会話に突然声が割り込んでくる、が、二人とも気にしない。

「だと思う……舞花ちゃんはともかく、玉野はこのくらいやりそうだ」

「ちょっと……」

「確かに……でも、そうすると行き先は? こんな状況で行方くらまして、ただ遊びに行く、なんてこともないだろうし」

「それなんだけど……あそこかもしれない」

「? どこ?」

「お客さん!!」

 突然荒げられた声に、たった今気づきましたと言わんばかりの表情で、水穂と草一が振り向く。そこには、やや怒気を孕んだ顔で立っている男性店員がいた。

 彼はゆっくりと、押し殺すような声で、

「周りのお客様の、ご迷惑になるんですが……」

 つーか、買う気がないならとっとと失せろや……彼の瞳は、無言でそう語っていた。

『……はい』

 それだけ答えて、神崎姉弟はそそくさとコンビニから退散した。

 

「ねえ、やっぱり黙って来るのはまずいんじゃないかなぁ……」

 戸惑うような声で、舞花は先行する真絵の背中に言った。

「何言ってんのよ。こんなときじゃなきゃ来れないに決まってるじゃない」

「そうだけど……せめて無事かどうかくらい……」

「無事なのが分かったら、神崎のテレポートですぐに連れ戻されるわ。捕まってる可能性も考えさせれば、そう簡単に手出しはできなくなるはずよ」

 自信たっぷりな言い草だが、舞花は「そうかなぁ……」という不安を拭えない。第一、草一と連絡を取れないというのは、危険が迫っても助けを求められないということでもある。

 自分の身も危険だが、妖狐である真絵も同じくらい危険だ。そこらへん、ちゃんと考えているのだろうか……そう思って、問い掛けてみる。

「ねえ、もし見つかったらどうするの?」

「決まってるじゃない。なんとかして逃げるのよ」

「……どうやって?」

「だから、なんとかして」

「……」

 今ここで真絵を気絶させ、すぐに草一と連絡を取るべきなのではないか……舞花はかなり本気でそのプランを検討する。

「そんなに心配することないって。それより、まだ?」

「もう少し……あ、あそこ」

 相当不安ではあったが、それでも舞花は弾む心を抑えられなかった。遠くに見える建物を指さす。

「へー、けっこう大きいね……ボロいけど」

「ほっといてよ……」

 見慣れた家を目にしながら、舞花はやや拗ねたような声を出した。

 

 はっきり言って、中はひどい有様だった。扉も襖も全て蹴破られ、家具のほとんどは原形をとどめていない。ある部屋……舞花の部屋に至っては床板まで剥がされていた。

「ひどい……」

変わり果てた家を目にして、舞花は呟いた。

「また随分荒らされたわねー。何もタンスまで壊すことないのに。あんたに逃げられた腹いせかしら」

 呆然としている舞花の後ろで、真絵が気楽に言う。あらかた破られた衣服の中に、なぜか下着が見えない。おそらく誰かが持ち帰ったのだろうが……むしろ真絵はそっちの方に嫌悪感を抱いている。

「こんなのひどい……」

 まだ呆然としている舞花。さすがに見ていて気の毒に思ったらしく、真絵が声をかける。

「まあ、あんたは被害者なんだからさ。きっとモンスターハンターの、組合? みたいなのが修理してくれるわよ。服も弁償してもらえるって」

「だけど……」

「だけど、じゃなくてさ。もう野良犬に噛まれたんだと思って諦めなさいよ。いつまでもうじうじしてたって何にもなら、」

 真絵はそこで言葉を切り、物凄い勢いで振り向いた。同時に声を上げる。

「何よあんた!!」

 驚いて舞花も振り向く、と、そこには火に包まれて悶えている男がいた。おそらく真絵が狐火を使ったのだろうが……問題は、男が誰かということ――

「!?」

 背後に気配を感じて、舞花は振り向き様に足を振るった。今にも襲い掛かろうとしていた男が吹っ飛ぶ。勢いそのまま、割れた窓から外へ飛び出していった。

 が、

 次から次へと男が湧いてくる。おそらくどこかから監視していたのだろう……二人を包囲するように輪をつくる。

「……ちょっとまずいかも」

 じりじり後退した結果、自然に背中合わせとなった状態で真絵が呟く。緊張した声で、舞花は返した。

「ちょっとじゃ、ないんじゃないかな」

「何人くらいいる?」

「見える範囲で、十人くらい」

「こっちもそれくらいだけど……やれるかな?」

「……多分、外にもいるよね」

「……いるんじゃないかな」

 絶望的な会話を交わしながら、舞花は窓の外に目をやる。一見誰もいなさそうに見えるが……おそらく、外に出た途端に撃たれるだろう。草一と逃げるときに、麻酔銃を使っていたことを思い出す。

 優勢を意識してのことか、男達はなかなか攻めてこない。少しずつ少しずつ、確実に包囲の輪を狭めるという、実に姑息な方法を用いてくる。

 手前の五、六人なら簡単に倒せる。が、おそらく向こうはそれが目的だ。大勢で一斉にかかり、五、六人は捨て駒にしてこちらの自由を奪う。少女二人相手に使うにはかなり卑怯で情けない手段であるが、確実なのも否めない。

 そんなことを考えているうちに、包囲の輪はすぐそこまで迫っていた。男達が襲撃の構えを取っている。舞花は背後の真絵と同時に身構え、

 次の瞬間、全方向から襲い掛かってきた。

 

「ゴエモン、起きろ」

「……」

「おい、起きろこのゴクツブシ。保健所に連れてくぞ」

「……何の用だ? おい」

 思いっきり不機嫌そうな声で呟くゴエモンに怯みもせず、草一は淡々と言った。

「舞花ちゃんが今どんな感じか、調べてくれ」

「テレポートすりゃいいじゃねぇか」

「場所と状況によるだろ。玉野と遊んでるだけなら、僕がわざわざ行く理由ないし」

「行かない理由もないと思うがね……まあいい。調べてやるよ」

 そう言って、ゴエモンは鼻をひくつかせる。嗅いだことのある臭いならどれほど離れていようと関係なく捕まえて、そのにおいの持ち主の現状を見る……それが、化け猫ならぬ化け犬ゴエモンの能力である。

 あちこち嗅ぎまわっていたゴエモンが、ふと停止する。そのまま呟いた。

「あー、いたいた……おい坊主。ちょっとマズイ状況みたいだぞ」

「どんな感じ?」

「縛られて転がされてらぁ。周りを囲ってる奴らにやられたな。まあ、十人くらい床にのびてるが……多勢に無勢もいいトコだな、ありゃあ」

「残りは何人いる?」

「ひーふーみー……十人ってトコだな」

「なら問題ない、か」

 草一は呟いて、意識を集中させる。と、思い出したように、

「姉さんに言っといて。なんかヤバそうだから行ってくるって」

「分かった」

 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、草一の姿が消えた。

 

「変態」

「強姦魔」

「人さらい」

「ハゲ」

「やっかましぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 転がされた状態で憎まれ口を叩く少女二人に、山田は思わず怒鳴った。

さっきまで金本の暴走を叱っていたのだが、いきなり「捕らえた」という情報が入って飛んできたのである。思わぬ僥倖だったが、唯一シャクなのは、ここを見張らせるというのが金本の指示だということだった。

ちなみに山田はハゲではない。強姦するつもりもないし、特にアブノーマルな趣味を持っているわけでもない。

 が、もちろん舞花や真絵にとってはそんな真実などどうでもいいことである。

 縛られて転がされているという事実をまるで無視して、真絵が更に言い放つ。

「よってたかって女の子縛り上げて、これが変態じゃなきゃ何なのよ?」

 真絵に触発されたのか、舞花が後に続く。

「しかも自分じゃ何もやってませんよね。情けないです」

「黙れ!!」

「嫌よ」

「嫌です」

 即答され、山田はつい押し黙った。人外少女二人はここぞとばかりに集中砲火を浴びせる。

「大体さ、女の子二人捕まえるのに何人がかりなわけ? この家に入りきらないほどいたわよね」

「お前らが相手なら、人数揃えないと勝ち目ないだろうが」

 かろうじてうめく山田に、舞花が容赦のない一撃を加える。

「鍛え方が足りないんじゃないですか? 真絵ちゃんはともかく、わたしは人狼の中では落ちこぼれなのに」

「あたしだって出来の良い方じゃないわよ……ったく、そんな二人にここまでやられるなんて。よくそれで魔物を扱う商売なんかできるわね」

「お、お前ら……自分の立場分かってるのか!?」

「分かってるわよ」

「だからこうして一矢報いてるんじゃないですか。頭悪いですね」

 普段からは想像もできない辛辣な言葉に、山田だけでなく真絵までもが引いていく。

「あんたにもそういう部分あるのね……意外だけど」

「? 何のこと?」

「ううん、なんでもない……それよりさぁ、いい加減この縄解いた方がいいわよ?」

 後半は山田に向けられたものだが、彼はこれを鼻で笑う。まあ、当然の反応である。

「せっかくの商品をわざわざ逃がすか」

「あたしは、あんたのためを思って言ってるんだけどなぁ……」

 どうやら本気で言っているらしいその言葉に、舞花が反応を見せる。

「ねえ、そういう見え透いたハッタリはやめた方が……」

「ハッタリじゃないわよ」

 真絵は床に向かって嘆息しながら、

「神崎がこの状況見たら、手加減しないと思うなぁ……もう遅いみたいだけど」

 怪訝に思う舞花の視界の端で、

「うごっ!?」

「え!?」

 突然、山田が何者かに蹴り飛ばされた。吹っ飛んだ山田の頭が壁に激突し、とてつもなく嫌な感じの音を立てた。

 そして、それまで山田がいた位置に、

「あの金本って奴はいないみたいだね……あいつがいたら少し厄介なことになるかと思ってたけど、良かった良かった」

 普段と全く変わらない調子で、草一は言った。ざっと周りを見回す。十数人の男達が、何の前触れもなく現れた草一にびびっていた。

草一は、特に身構えるでもなく、

「いち、にい、さん……十二人、か。じゃあ……」

 軽く呟いて、両手を胸の高さまで持ち上げる。その場にいる全員が怪訝そうに見守る中、

「ごめんね」

 胸の前で両手を交差させる。と、

『ぎゃ!!』

『ぐえ!!』

『あぐ!!』

『ぐふぉ!!』

『ぐぎょ!!』

『おご!!』

 十二人の男達が一斉に、隣の男と頭を打ちつけた。それぞれ悲鳴を上げて崩れ落ちる。

 ポカンとしている舞花達を見下ろしながら、草一はにっこりと笑い、

「もう大丈夫だ……けど、」

 にこやかな笑顔はそのままに、全く変わらない口調で、

「なんでこんなところにいるのか、説明してもらえるよねぇ?」

 ほんの一瞬、舞花はその言葉の中に殺意を感じた。

 

 隣の部屋から、地獄の雄叫びが聞こえてくる。舞花と真絵はやや青ざめた顔をしているが、理由はそれだけではないだろう。

「そっか。舞花ちゃんの家を、ちょっと見てみたかったわけね」

 優しい声で……優しすぎてかえって不気味な声で、水穂が言った。顔は笑っている。慈母のような笑みを浮かべているが……その下に別の表情が潜んでいる気がしてならない。

「あはは……あいつに見つかったらさ、ほら、絶対ダメだって言われるだろうし」

 冷や汗をかきながら真絵が抗弁している。クーラーは効いているのに、汗だくになりながら。

「だから、」と続けた真絵を遮って、水穂は今晩のおかずでも話しているかのような調子で、

「その『ちょっと』のおかげで、私達がどれだけ肝を冷やしたと思ってるのかしら?」

 恐ろしい。舞花は心からそう思った。

「だ、だから……その……」

 なんとか言い訳しようとしているらしいが、後が続かない。あのような状況を招いて、さすがにマズイことをした、と思ったのだろう。実際、草一が来なければ一巻の終わりだった。

「舞花ちゃんもね、危ないと思ったら実力行使してでも止めなさい。自分が狙われてるっていう自覚があるの?」

「ご、ごめんなさい……」

「うちの愚弟と犬がいなきゃ、あんた達どうなっていたと思ってるの? 今回はなんとかなったけど、次は、」

『ぎああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!』

 水穂の言葉を遮るように、隣室から絶叫が響く。確か草一が山田を尋問しているはずだったが……

『ほーら、死ぬぞぉー、食われるぞぉー』

『やあああぁぁぁぁぁぁむぇええええええぇぇぇぇぇぇるおぉぉぉぉぉぉ!!!!!』

『まだ拒否する元気があるのか……よし、もう少し……』

『ジュネーブ協定はどうなった!? 俺の人権は!? ここは民主主義国家じゃなかったのかぁ!?』

『何それ?』

『ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!』

(ドボン!! ブクブクブク……)

 それっきり、音が止む。

「楽しそうねー……」

 真絵の呟きに、誰も何も言わなかった。

 しばらく沈黙してから、水穂が取り直すように咳払いする。

「……これからは気をつけなさい。モンスターハンターは……超能力者だって、決して万能じゃないの。少なくとも、自分から危険に首を突っ込むような真似は二度としないで」

『はい……』

 肩を落として反省する二人を見て、水穂はようやく普通に微笑んだ。

「よろしい」

 その瞬間、舞花達を圧迫していた不可視の力が消え去る。

 ひょっとして、水穂も超能力者なんじゃないだろうか……ふとそんなことを考えるが、それは悲痛な叫び声によって霧散した。

『分がっだぁぁぁぁぁあ!! 何でも、何でもしゃぶえるがらあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』

『そっかー。分かってくれて嬉しいよ』

(ザバァ!!)

『ゲホ、ゴホゲホ』

『あれ? 大丈夫?』

 能天気な草一の声が、黙り込んだ三人の耳に飛び込んできた。

 

「山田が捕まった?」

『そのようです』

 電話で報告を受けた金本は、手にしていたチキンラーメンの丼をテーブルに置いた。ここは秘密基地ではない。思いっきり庶民的な、金本の家である。

「確か、あの娘の家で本人とおまけを捕らえたって言ってたよな? 何で逆に捕まってんだ?」

『詳しいことは不明ですが……奇妙な点があるんです』

「奇妙な点?」

 ペットボトルのお茶を喉に流し込みながら、聞く。

『はい……あの家の周りを見張っていた連中が、『絶対に誰も来てはいない』と言い張るんです。山田さんが捕まったのは第三者……おそらくモンスターハンターの介入があったからに決まっているのですが……』

「……ああ、心当たりがある。見張りの言ってることは本当だ」

 丼を取って麺をすすりながら、

「そいつは間違いなくモンスターハンターだよ……山田は仕方ないな。助けるような余裕も義理も義務もない。運が悪かった」

『では、この件からは手を引きますか?』

「……そうだなぁ」

 モンスターハンターを過小評価してはいけない……それが、金本や同業者の間での定説だった。狩人の名を冠しているだけあって、バケモノが揃っている。多少意地になって人狼の娘を追いかけたが、そろそろ潮時かもしれない。

 通常の人間相手であればどうにでも出来るが、草一は厄介だった。あれはバケモノの中でもトップクラスの部類に入る……金本と同じように。

 ……バケモノはバケモノで迎え撃たなくてはならない。

「……いや」

『はい?』

 金本の言葉に、沈黙を訝り始めた部下が声を上げる。

「……最後に、俺が一回だけ動く。今からいう物、すぐ持ってきてくれ」

 それは、金本が始めて人に張る意地だった。

 

『山田君歓迎会』

 夜の神崎事務所。執務室も兼ねるリビングの壁には今、そう書かれた幕が張られていた。

二つ合わせて四人座れるソファには、困惑顔の山田に、彼と同じような顔をしている舞花と当然のような表情の真絵がいる。山田の隣は空席で、そこには数分前まで草一が座っていた。

 更に、所長の椅子には水穂が上機嫌でオレンジジュースを飲んでいる。明日は出勤日のため、酒が入るとまずいらしい。

 床の上ではゴエモンが、贅沢にも牛肉を貪っている。

「あの……」

 夢でも見ているような声で、山田が声を上げた。彼の服は『ちょっとした取調べ』で濡れてしまっていたため、近所の洋服店で簡単な服を調達した。

「ん?」

 声に気づいた水穂が聞く。山田は彼女の方に顔を向けて、

「これは一体……?」

「見れば分かるじゃない。歓迎会よ、あなたの」

「な、なんで僕が歓迎……僕は貴女達と敵対していたんですよ? しかも、」

 舞花に目をやり、

「彼女を捕まえようとしていた。なのにこれは……」

「……つまり、『もっとちゃんとした刑罰を与えるべきじゃないか』って? あなたって真面目ねー」

「茶化さないでください。どういうことなんですか?」

 まるで、罰してくれとでも言っているかのような山田に、水穂はため息を一つつく。ポツリと答えた。

「ないの」

「ない?」

 聞き返した山田に、水穂は頷く。

「あなたを裁くような法律がないの。考えてもみなさいよ。舞花ちゃんは人狼だし、真絵ちゃんは妖狐よ? 妖怪とか魔物に分類される子達を対象とした誘拐と人身売買なんて、どうやって罪に問うのよ」

「それは……」

「大体、あなただってこっちの方が都合いいでしょ。意味のないこと考えてないで、これからを考えなさい」

「は、はあ」

 山田が、言いくるめられたようにそう返事したとき、

「そうそう。大切なのはこれからだよ」

 ジュースやらお菓子やらを両手一杯に抱え、草一が戻ってきた。品が切れそうだったのでコンビニへ走ったのである。

 立ち上がった舞花に荷物を預けながら、言う。

「それに、罰なら十分受けたじゃん」

「え?」

「ほら、僕の取り調べ。何ならもう一回やる?」

 それを聞いた途端、山田の表情が蒼白に転じた。取調べは舞花達に聞こえたものだけではなく、他にもいろいろ行われていたのである。

「そ、それは遠慮するよ」

「そう? 残念……まあ、しばらくはうちで監視付きの格安アルバイトだから。それが罰だと思いなよ」

 励ますようにそう言って、草一はソファに腰を降ろす。山田が、多少緊張しながらも頷いた。

 

「何なの、あれ」

 夜も遅いということで、真絵は舞花の部屋に泊まることになった。どうせ明日は休みなのである。

「歓迎会? でも、あの山田さんって根っから悪い人でもなさそうだし、いいんじゃない?」

「お人好しね、あなたって……」

 感心半分呆れ半分といった様子で、真絵が呟く。

「あなた怖くないの? 自分をまだ狙ってるかもしれない奴と、同じ屋根の下だってのに」

「多少は怖いけど……でも、大丈夫だよ。いくらなんでも敵の中で変な真似はしないと思うし……それに」

「? それに?」

 舞花は何か言ったが、声が小さすぎて真絵には聞き取れない。

「何?」

「……草一君がいるし」

 舞花が顔を紅潮させる。それを見た真絵が……信じられないという顔をした。

「……世界一似合わないカップルね……」

「な、何それ!?」

「いやだって、性格がまるで逆じゃない」

「いいじゃない、逆だって!!」

「そりゃいいけど……ふーん、あのトーヘンボクにもとうとう春が……」

 感心したように頷く真絵の様子を見て、舞花が慌てたように手を振る。

「べ、別にそういう意味じゃないよ!! ただ強くて頼りになるっていう……」

「何を今更言い訳してんのよ。あれだけはっきり言ったんだから、堂々としなさい堂々と」

「堂々とって、だから……」

 言い訳にならない言い訳で、舞花は必死に真絵を言い負かそうとする。が、相手が狐では勝ち目はない。

「ふーん。じゃあ神崎のことは何とも思ってないの?」

「あ、当たり前だよ!!」

「だってさ、神崎。残念だったわね」

「え!?」

 自分の肩越しに呼びかける真絵を見て、舞花が慌てて振り向く。そこには、

「……」

「……こんな手に引っかかるってことが、気にしてるって証拠だと思うけど?」

 誰もいなかった。

 真っ赤になりながらも言い訳が思い浮かばず、舞花は後悔を顔中で表しながら振り向く。

 その後しばらく、舞花はそのネタでからかわれ続けた。

 

 山田に寝室……急ごしらえの部屋をあてがい、草一は自分の部屋に戻っていた。

 明かりはつけない。

 机に目を向けて軽く念じる。と、いきなり引出しが開いてナイフが飛び出てきた。掲げた草一の手の中に収まる。

 ベッドに倒れこみ、しばらく刀身を眺めていた。明かりがないから、光りはしない。

 しばらくそうしていると、ノックがした。

「どーぞ」

 そのままの体勢で告げる。暗い室内と重なって少々危ない格好だが、見られて困るというわけでもない。扉が開く音に、目を向ける。

 入ってきたのは姉だった。寝間着に着替えているが、まだ寝るつもりではないらしい。

「何か用?」

 顔だけ向ける。舞花や真絵なら立ち上がって明かりをつけるところだが、この場合不要だ。水穂も気にした様子はない。

 明かりをつけろと言う代わりに、こう言ってきた。

「あんたが、抑えられないんじゃないかと思ってね」

 その言葉に、クスリと笑いをもらす。

「何言ってんの?」

「……」

 沈黙で応える水穂に、草一は笑みを消す。上半身だけを起こし、俯いて、

「……そう思う?」

「思うわ。思いたくないけど」

 水穂は即答し、続けた。

「あの山田……偽名でしょうけど……彼はあんたが始めて会った、『魔物を捕まえようとしていると実感させる人間』だものね。何かあっても不思議じゃないわ」

「……」

「あんたの報告にあった……金本だっけ? 彼とだって、何も戦う必要はなかったわ」

「……そういつもいつも、最善の判断が出来るわけないじゃないか」

 鬱陶しげに告げ、言い返す。

「大体、姉さんだっておかしい。そりゃ『魔物を相手にしていた』なんていうのは通用しないけど、舞花ちゃんも玉野も、戸籍はあるし保護者もいる。そうじゃなくても、協会が裏からいくらでも手を回してくれる。実際今まで捕まえたやつは、皆そうやって裁いてきた……それを何であいつは見逃すんだ? まさか惚れたの?」

 最後の方はやや咎めるような調子になる。が、水穂はまるで気にせず、言った。

「法で裁いちゃったらあんたの決着がつかないでしょ。ちょうどいい機会だって思ったのよ」

「どうだか……」

「草一」

 吐き捨てる草一に、水穂はやや強い調子で迫る。ベッドまで歩み寄り、ぼんやりと彼女を見上げる草一にきつい眼差しを向けて、

「正直に答えなさい……どう思った?」

 草一はしばらく視線を水穂に固定し、やがて俯いた。あぐらの上でナイフをいじる。開かれた扉から光が入るが、水穂の影になってしまっている。

「……そうだね」

 呟いた。

「……初めて舞花ちゃんと会ったときは、珍しい上にこんな可愛いなら狙われても仕方ないかもって……本気で少し思った」

「それは……」

 本題とは違う。水穂はそう言いたかったのだろうが、草一はそれを遮って続ける。

「魔物は大体玉野みたいな感じかなって思ってたから、意外だったよ。人間の女の子よりよっぽど素直だしね」

「……」

「体育のときに見た身体能力は凄いと思ったけど……僕から見れば全然『魔物』なんて物騒な奴じゃない。普通の女の子だよ。だから、ここ最近は魔物だなんて認識してなかった。だから遊園地だって連れて行ったんだ。普通の女の子なら、行ったって構わないって思って」

 でも、と、草一は言葉を切る。

「あいつらは、その普通の女の子を狙ってた」

 ナイフの刀身が、音を立ててひび割れる。机の上にあったボールペンがかたかた音を立てて動いている。明かりが、ついたりつかなかったり、不明瞭な点滅を繰り返す。

「草一……」

 やや心配そうな声で、水穂が草一の肩を掴もうとする。が、途中で静電気にでも触れたかのように手を引っ込めた。

 机が、椅子が、本棚が動き出す。

「何の力もない、何にも特別じゃない女の子を……そういう人をあいつらは狙ってきたんだ」

 そういう奴らが実際にいるって、初めて分かった。

 そう続けた草一の手には、砕け散ったナイフの破片が突き刺さっている。無視しているのか気づいていないのか、草一はいつもと全く変わらない調子で言った。

 ……舞花や真絵に何か言うときと、同じように。

 ……学校で誰かと喋るときと、同じように。

 淡々と、草一は水穂の問いに答えた。

「……殺してやりたいって、思ったよ」

 今もそれは、変わってない。

 冗談としか思えないその言葉は、あくまで何でもないように。

 ただ、確実に『いつも』にはない、明確な殺意が込められていた。

 

 魔物に関する過去二十年分の資料。

 それが、金本が持ってこさせたものだった。魔物の情報は決して多くないが、それでも目撃情報まで入れれば結構な量になる。金本はそれを一人で調べていた。

 予想が正しければ、目的のものは十五〜十年前のどこかにあるはずである。

 魔物の中でも異端視されている存在。世界に十体いるかいないかの、超少数種族。

 ――『悪魔』という名の。

 もちろん、金本に悪魔を捕まえるつもりなどない。悪魔は、魔物の中でも飛び抜けて強い力を持つ。

 自分が本気になってようやく五分に渡り合える相手と、誰が戦うものか。戦闘は好きだが、それはあくまで趣味である。命まで賭けようとは思わない。

 ではなぜ、悪魔種族のことなど調べているのか。

 金本はそれを誰にも言っていない。山田が捕まった時点で金本のチームは既に人狼の娘から手を引いている。今やっているのは、金本の個人的な用事だった。だから、誰に話す必要もない。

「……お」

 目当てのものを見つけ、金本の手が止まった。十二年前の資料である。わずかに古ぼけた写真が添付されている。

 それは、非常に珍しい、悪魔種族を退治したというものだった。やったのはモンスターハンターではない。金本の同業者だった。その悪魔はどうやら人間と結婚していたらしい。これもまた珍しいが、人間と魔物が一緒になるというのは決して皆無ではない。

 その悪魔の名前は――

「……当たり、か」

 小さく呟いて、金本は写真に目を移した。生前の悪魔が、五歳の男の子の手を引いている。

 これで謎は解けた。金本は笑う。

 あとは、実行あるのみだった。

 

 出かけてくると言って外へ出て、間もなく雨が降り出した。

 周囲の人達が慌しく避難するのを眺めながら、草一は雨の中をゆっくりと歩く。濡れるのは構わない。夏だし、風邪をひく心配はないだろう、と思う。夕立だろうから、すぐに止むだろう。

 山田の存在に慣れるにはしばらく時間が必要だった。今はまだ、限界がある。だから外へ逃げた。

 ――殺さないように。

 慣れなければ、と思う。慣れなければ、そのうち殺してしまう。遊園地では彼を意識しなかった。舞花の家でも衝動は抑えられた。さっきまでは……昨夜水穂に本音を言ったからか、少し気分が楽だったから何とかなった。昨夜何も言わなければ、やばかったかもしれない。

 山田に害はない。頭では分かっている。彼には、一人で女の子をさらうような度胸はない。

 それでも、あいつと手を組んでいたというだけで許せない。あいつ。自分の身近な少女を狙ってきた男。行く先に立っている、金本と名乗った――

 金本が、そこにいた。

 傘をさしている。向こうはだいぶ前からこっちに気づいていたようで、視線を一時も外さない。

 草一は構わず近づいていく。特に恐れが必要な相手でもない。

 声が聞こえるほど近くなったとき、金本が言った。

「よう。落ちこぼれ」

 ……調べたらしい。そこまで舞花に執着するのか、と、多少呆れながら思い……ふと気づいた。彼女を狙っているのなら、今の言葉はおかしい。

 草一の疑問を予想していたかのように、金本は笑った。

「どこかで話すか?」

 相手の手の上で踊らされているようで、少し嫌な感じだったが。

「……いいよ」

 それなら、その手を徹底的に攻撃すればいい。自分を躍らせたことを、後悔させてやればいい。

 ……雨は止まない。それどころか、ますます強くなっていく。

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