oneself hero
| フェイトはどこかに出かけ、今部屋にいるのは直樹とスフィだけである。 「ちなみに聞きますけど直樹さん、五千年前がどんな時代だったか、分かりますか?」 いきなり言われて、直樹は返事に困った。困って困って、挙句こんなことを答えた。 「え〜っと、キリストが生まれたんだっけ?」 スフィが、がくりと頭を垂れる。 「……本気で言ってるんですか?」 「ち、違ったっけか?」 血が繋がってないとは言え、本当に神父の息子なのだろうか、とスフィは思う。直樹は義理の息子だとは一世から聞いていたが、それにしても…… 「直樹さん、歴史の勉強、小学校からやり直した方がいいんじゃないですか?」 「うるさいな……それより、五千年前になにがあったのさ」 スフィは、気を取り直して話し始める。 「五千年前っていうのは、エジプト文明などがまだ存在していた時代です。こんなことも分からないんじゃそのうち落第しちゃいますよ?」 「いいから、先を話してよ!!」 「はいはい……じゃ、遠まわしに言っても仕方ないからはっきり言います」 一呼吸分、間を空けて、 「五千年前は、魔族の全盛期でした」 「……ふーん」 感情のこもらない声で、直樹。 「信用してませんね……まあ、いいです。で、わたしは当時、その魔族を束ねる地位にありました。今でもそうではあるんですけど、今は束ねるほど魔族の数は多くないですからね」 「そりゃ凄い。スフィって大物だなぁ」 「わたしをからかってるんなら、やめてください」 じとり、と睨む。一瞬寒気がした直樹だが、今回はさっきのような迫力はない。むしろ拗ねているような、微笑ましい感じである。 「ごめん。続きを」 「はい……いつの世の中でもそうですが、人間というのは強い力を極端に恐れます。それが自分達の生み出したものであっても対象となるのですから、初めから異なる存在だったわたし達魔族が恐怖の対象となるのに、それほど時間はかかりませんでした」 そうだろうなぁ、と直樹は思う。思って、スフィの話を真剣に聞いている自分に気付く。まさか、自分にも妄想癖があるのでは、と不安になる。幸い、まだ電波は受信していないが……。 スフィは、そんな直樹に構わず進める。 「断っておきますが、わたし達は決して、人間に危害は加えていません。力こそ強大でしたが、無闇にそれを誇示することは絶対にしませんでした。人間の間でどう伝わってるか知りませんが、本来魔族は穏やかな性格なんです。人間は、勝手に恐れおののいていたに過ぎません」 これは作り話、これは作り話……と直樹はひたすら頭の中で繰り返す。そして、『作り話』では語呂が悪いと思い、『これは作り話』から『ただの妄想』に変えて、また繰り返す。 ……しかし、完全に無視し切れてはいない。 「それでも、ただ恐れられているうちは良かったんです。人間はもちろん、魔族もわざわざ相手の領域に入ることはありませんでしたから。でも……やっぱりバランスが取れていたわけではなかったんです。魔族の持つ力と人間の持つ力は違います。そして、当時は魔族の力が人間の力を圧倒していました。その状態が続けば、近いうちに世界は崩れ去っていたでしょう。そこで、人間は魔王であるわたしを封印しようと、一人の人間を魔族側に送り込んだんです」 そう言って、心なしきつい視線で直樹を見る。 「……そういう目で見ないでくれよ」 居心地の悪そうな直樹に、スフィはきょとんとし、あ、と小さく呟いて、 「すいません、つい……でも、分かるでしょ?」 「なにが」 「……今までの話、聞いてました?」 「……聞いてたよ」 確かに聞いていた。内容も、おぼろげながら覚えている。 「じゃあ、なんで分からないんですか?」 「なんでって言われても……」 はっきりしない直樹に、スフィは苛々した様子で言った。 「分からないんなら教えてあげます。さっきも言いましたけど、あなたの前世なんですよ!! 五千年前のわたしを封印したのは!!」 そう言えば、そんなことを言っていたような気がした。だが、全然実感が湧かない。心の中で彼女の話を否定できないでいるのは確かだが、だからと言って肯定もできない。 スフィはスフィで、なんだか興奮している。どうも怒っているらしい。 突然、スフィは立ち上がって直樹の胸倉を両手で掴んだ。スフィの、女の子の顔が間近にある状態である。が、迫力が迫力なので素直に喜べない。 「封印っていうのは眠らされるわけじゃないから、意識があるんですよ? 真っ暗闇の中を五千年もの間ず―――――――――っと漂ってたんですよ? どれだけ怖いか分かってるんですか? まさか覚えてないなんて言わないでくださいよ!?」 そう言って、直樹を前後にガクガク揺さぶる。 凄まじい剣幕だった。 覚えてないなんて言ったら、冗談抜きで殺されるかもしれなかった。 しかし…… 覚えていないものは、どう言い繕ったって覚えていないのである。 「……そ、それは大変だったね」 命は惜しい。直樹はとりあえず、当り障りのない言い方をした……つもりだった。 「……大変?」 声が異様に優しい。直樹の背中にぞくっというなにかが走る。 「……ひたすら暗くて何もない空間に五千年も閉じ込めておいて、出てくる言葉がそれですか?」 恐怖のあまり、直樹の頭は真っ白になった。 死ぬかもしれないと考えたとき、買い揃えてるマンガまだ完結してないのに……と、心の片隅でひっそりと思った。 スフィが静かに息を吐く。俯いて、深く長く息を吸う。そして、最後に一際大きく息を溜め、 直樹はそのとき、完全に死を覚悟した。 遺書でも書いとけば良かったと、なんとなく思った。 そして、直後、 「わたしをなんだと思ってるんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」 天をもつんざけとばかりの、物凄い怒声だった。 「……あの、馬鹿」 一人タバコをふかしていた一世は、耳が痛くなるほどの大声に眉をしかめた。 この場合の『馬鹿』とは、スフィではなく直樹のことを指している。得体が知れないとは言え、スフィは一応女の子という存在なのだ。怒鳴られる直樹が、問答無用で悪い。 「行かなくていいのか?」 変わらぬ体勢で、一世は言った。すると、闇の中から声が返ってくる。フェイトである。毛並みが真っ黒な上に目を閉じているものだから、いるのかいないのか、よーく見ないとさっぱり分からない。 「行った方がいいと思うか?」 「思うな」 「なぜ」 一世は煙を吐いて、 「直樹は、怒った女のなだめ方を知らん。普通はそういうのは女と付き合っていくうちに段々分かってくるもんなんだが、お前の主人、スフィの場合そうはいかん」 「どういう意味だ? なぜ主人ではまずい?」 「決まってる。最初の一回で直樹を殺しちまうかもしれんからだ」 「……確かに」 納得がいったのか、フェイトは頷く。 「まあ俺が行ってもいいんだが、お前の方があの子の扱いは慣れてるはずだ。とんでもない存在のくせして妙に子供っぽいからな、あの子は。どうせお守りみたいな役割だったんだろ? 昔から」 「……なにもかも見透かされているようで、恐ろしいな。あなたには、何一つ教えていないはずだが?」 皮肉な口調で言うフェイトに、一世は変わらない調子で言う。 「これでも百戦錬磨だ。お前らがどんな感じの存在かくらい、大体の予想はついてるさ」 「ほう? 興味があるな」 「聞いてもつまらんからさっさと行け。早くしないと直樹が死んじまう」 「あなたが喋ったら行く」 ち、と一世は舌打ちを一つ。 「封印されてた悪魔かなんかだろ? あれだけ強力なくせして、つい最近まで全く存在を知られてなかったんだからな……これでいいだろ」 「……やはり、あなたは恐ろしい」 そう言い置いて、フェイトは直樹救出へ向かう。 残された一世が、静かに呟いた。 「……予想通りだったお前らの方が、よっぽど恐ろしいさ」 まさか当たっているとは思わなかった一世にとって、それは紛れもない本心だった。 怒った女は怖いと言うが、今直樹の目の前で怒っている女は、怖いなどというレベルを凌駕していた。 とにかく、そこらの少女とは迫力が違う。前にテレビで、恋人に怒られてヘコんでいる青年を見たことがあって、直樹は彼を気の毒だと思ったものだった。 しかし、今はこう思う。平和でいいじゃないか、と。 なぜなら、 テレビで怒っていた女性は、少なくともポルターガイスト現象を起こしたりはしないだろうから。 「わたしが一体何度狂いそうになったか、分かってるんですかぁぁぁぁぁ!!」 掛け声とともに、宙に浮かんだパイプベッドが飛んでくる。危機一髪でそれを避ける直樹。だが、間髪入れずに中身を床にぶちまけた本棚が襲いかかってくる。 「どこをみたってず――――っと真っ暗、どこまで行ってもず――――っと真っ暗、あなたわたしをそんな目に遭わせといて、よくもそんなぬけぬけと―――――!!!!」 床をゴロゴロ転がりながら、スフィの爆撃を必死に避ける。彼女の言っていることは直樹にとっては言いがかりもいいとこで、彼女を封印したことすら覚えていないし、百歩譲って仮に直樹の前世がそんな事をしたのだとしても、生まれ変りである直樹がなぜ責められなければいけないのだろうか。 だが、そんなことを言うとますます怒りそうなので、直樹はひたすら怒りが収まるのを待っている。 しかし……怒りが収まるまで、果たして自分は生きていられるだろうか、と直樹は思った。 ハサミとかカッターとか、そういう物騒なものが一斉攻撃の構えをとっている。直樹は動けない。下手に逃げたら、そこで狙い撃ちにされてしまう。 が、このまま固まっていたところで、やっぱり狙い撃ちにされるだろう。手元に転がっているもの、本でもいいしCDでもいい、そういうものを投げつけたならあるいはチャンスがあるかもしれないが…… (……一応女の子だしなぁ) やれるやれない以前の問題で、やろうとも思わなかった。 スフィが睨んでくる。おもちゃを捨てられた子供のような顔をしているが、目つきは鬼だ。 「……あなたが五千年前に言ったこと、分からないわけではないでしょう?」 それでも、暴れるだけ暴れて少しは落ち着いたのか、静かに言ってくるスフィ。だが、直樹は…… 「……」 沈黙で答えた。スフィが再び激怒する。 「……こ……の……」 見開かれたその目は、怒りに燃えていて、 「この、極悪人――――――!!!!」 刃物の群れが、直樹めがけて物凄いスピードで迫った。 死を意識する暇すら与えられず、ただ呆然としている直樹。そんな彼に刃物が殺到し、体中に突き刺さる……直前に、刃物は全て、力を失って落下した。 「え!?」 思わず声を漏らすスフィ。そんな彼女に、いきなり水が降ってくる。 「きゃっ、つ、つめた……!!」 「……目は覚めたか、主人」 突然の声に、直樹はぼんやりと、スフィは慌てて声のした入り口の方を向く。 フェイトだった。頭上には、スフィにぶっかけた水が入っていたと思われるバケツが浮いている。 「殺してしまっては元も子もないだろう。怒りは分かるが、その辺にしておいてやれ」 「で、でも、全然覚えてないんだよ? それに……」 全身びしょ濡れで反論しようとするスフィ。フェイトは無言で視線を向ける。そして、 「主人……俺を怒らせたいのか?」 「ひぅ……ご、ごめん……なさい」 叱られた子供のように、いや、実際叱られた子供なのだろう。スフィは小さくなってポツリと言った。 直樹は、まだ呆然としている。 フェイトは直樹に一瞥をくれた後、部屋の惨状を一通り見渡して、言った。 「今日はもう話し合いは無理だな……仕方ない、明日、片付けをしながらやろう。今日はもう二人とも寝ろ」 「で、でも……」 「寝ろって……ここで?」 それぞれなにか言いたそうな直樹とスフィ。フェイトはため息と共に目を閉じ……目を開けて、二人をぎろりと睨んだ。思わず口篭もる二人。フェイトはここぞとばかりに、 「いいからさっさと寝ろ!!!!」 ……二人がなにも言わずに従ったのは、言うまでもない。 そして翌日。直樹は、今日片付ける予定であるスフィの部屋と大して変わらないような自室で目覚めた。 結局、昨夜は片付けもそこそこに寝てしまったのだ。 目覚し時計を見ると、朝の八時だった。一世は、日曜は昼になるまで起きてこない。どうせだからもう少し寝よう……と思ったが、眠れなかった。 気になったのは、昨夜のスフィである。 あの剣幕は凄まじかったと思う。だが、直樹はなにをそんなに怒っていたのか分からない。怒られる理由が分からないからだ。分からないことを怒られても困る。ひどく理不尽な体験をしたようで、直樹は段々苛々してくる。 ただ、 心のどこかに、罪悪感を感じている自分がいた。自分は彼女とは昨日初めて会ったのだから、過去のことで怒られるような謂れはない。あの超能力者みたいな行動と言い、フェイトの存在と言い、確かにただ気が狂っているでは片付けられないのだろうが、そんなことは自分には関係ない。そう、頭では分かっている。 なのに、なぜか、自分がとんでもない仕打ちを彼女にしたような気がしてならない。 スフィは、もう怪しいを通り越して異常だ。関わればただでは済まない。誰も、好き好んで彼女と知り合いになりたくはないはずだ。自分がそうしなければいけない理由はどこにもない。仕事なんかさっさと断ればいい。断って、一刻も早くここから追い出せばいい。 それが、一番正しい行動のはずだ……きっと。 そう思った。思い込もうとした。 直樹の気分は、余計暗くなった。 顔を洗おうと思って起き上がり、部屋を出た。 頭はまだもやもやしている。スフィに対しての、不信感と罪悪感が、ごちゃ混ぜになっている。 ふと、永遠の暗闇というのはどういうものなのだろうか、と思った。 少し興味を覚えて、足を止めて目を閉じてみる。当たり前だが前が見えなくなる。そして思う、この状態が永遠に続いたとしたら……。 少しだけ、怖くなる。多分音なんてものもないんだろうな、と想像する。文字通りなにもない空間に、五千年も閉じ込められる……。 目を開けて、考えた。 自分は、前の自分は、本当にそんなひどいことをしたんだろうか? 朝からすっかりブルーな直樹が、洗面所の扉を開く。そして、目が合った。 スフィだ。顔の半分をタオルに埋めて、直樹を見てほんの少しだけ嫌そうな顔をする。長い髪に、少し寝癖がついていた。 「……おはようございます」 ひたすらに無感情な声。 「お、おはよう……」 直樹は直樹で、気まずそうにそう言うだけ。 「……」 「……」 お互いに無言だった。そして、十数秒後、スフィが静かに口を開いた。 「そこ、出れないんでどいてくれませんか?」 その声がまた、直樹は怖くてたまらない。 「ご、ごめん」 体を移動させて、道を開ける。 「どうも」 わざとらしく礼を言って、スフィは出て行こうとした。直樹の脇をすり抜けて、廊下に出ようとする。 自分より小柄な背中が、直樹の目に映った。そこに、さっきの暗闇の想像が重なる。 小さな、ひたすらに小さな背中だった。 直樹は、無意識に口を開いた。 「あ……あのさ」 スフィは、無言。足も止めようとしない。 それを見た直樹は焦り、言葉を探して結局なにも思い浮かばず、仕方ないので正直に言った。 「昨夜スフィが言ってたことは、悪いけど一つも覚えてない」 スフィが止まった。一瞬怯むが、どうも「で?」と言われているような気がして、直樹は続ける。 「でも、昨夜の言い方は謝りたいんだ。俺は、自分がなにをしたのか覚えてない。だけど、スフィが本当にそんな事をされたんなら……昨夜の俺の言い方は、怒って当然だと思う。だから、ごめん」 そう言って、頭を下げる。 それから、ふと思い出したことがあって、付け加えた。 「それと、スフィが言ってた、俺が言った言葉ってやつ。あれも、覚えてない」 無言の背中に、直樹はただ言い続ける。 「自分で思い出せるかどうか分からないし、聞いたって思い出せないかもしれない。だけど……昔の事は全然分からないけど……」 ついさっきまで、こんなことを言うとは全然思っていなかった。できれば今日中にでも、お引取り願おうとさえ思っていた。 それなのに出てきた言葉はこうなのだから、人間ってのは不思議だ、と思った。 「今の俺にできる事は、なんでもする。教えてくれれば、理解するよう頑張る。だから……少なくとも今は、これで勘弁して欲しい」 言いたい事は言った。 スフィがどう反応するかは、分からない。 しばらく沈黙が続いた。直樹にとっては、永遠のように思えた。 そして、聞こえてくる声。 「分かりました」 その声は、昨日の、怒り出す前の彼女のものだった。 「じゃあ、とりあえず……」 わずかに俯いていた直樹の顔を覗き込むようにして、スフィがにっこりと笑った。 「今日のわたしの部屋の片付け、手抜きしないで真剣にやってください」 直樹は、つられて笑いながら、頷いた。 |
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