oneself hero

 

 トーストとコーヒーという簡単な朝食を済ませて、直樹は着替えようと思って自室に向かい、ふと思って言った。

「ところでさ」

「はい?」

 食器を洗っているスフィが、背中で返事をする。

「スフィの荷物はどこに置いてあるの?」

「荷物なんてないですよ」

 一瞬聞き流し、はっと我に返る直樹。

「荷物がない?」

「はい。封印解けたばかりですから」

 あっけらかんと言うスフィに、直樹は早口で食い下がる。

「で、でもそれじゃあ……」

 スフィに目をやり、

「そのパジャマは?」

 スフィは、昨日着ていた服とは明らかに違う(当たり前だ)パジャマを着ていた。

「あ、これは、あの子達がどこからか持ってきてくれたんです」

「……あの子達?」

 嫌な予感がする直樹。

「はい……アラン、おいで」

 何者かを呼ぶスフィの声。そして、開け放たれた窓から……

「や、やっぱりか!!」

 入ってきたのは、どこからどう見てもカラスだった。

「ほう? たった一日で随分慣れたな。私はアランだ。よろしくな」

 何が悲しくて、カラスとよろしくやらなければいけないのだろうか。アランとか名乗ったカラスもやはり自分で喋っていて、残念だがスフィの腹話術には見えない。

 しかし……

「なんだよ?」

「だから、よろしくと言っているだろう」

 アランは、直樹からみて左の翼を前に出していた。その姿はまるで、

「……ひょっとして握手か?」

「他に何がある?」

 妙な気分になりながら、直樹はアランと握手を交わした。

「……て、ちょっと待った。あのパジャマはお前が持ってきたのか?」

 スフィのパジャマに目を向ける。

「パジャマというのか。そう、私が用意した」

「じゃあまさか、昨日俺と会ったとき持ってたジュースを買った金も、ポケットに入ってた小銭っていうのも……」

「私が調達した」

 なにか文句があるのか、とアラン。対して直樹はつい大きい声で、

「あるに決まってんだろっ。それってまんま盗みじゃねーかよ、どっから盗ってきた!?」

「金の方は、安心しろ。道に落ちているのを片っ端からかき集めたものだ」

 財布ごと盗んでたらどうしようと思っていた直樹は、少しほっとする。

 が、次の瞬間石になった。

「あの、パジャマ、だったか? あれは、ちょうど主と体型が同じような娘がいたのでな。拝借させてもら……」

「拝借するなぁ!!」

 店から盗ってきたなら、こっそり代金を置いてくるなりなんなり対処しようと思っていたが、まさか他人のものを盗ってくるとは……。

「どこの誰のを盗ってきたんだよ!?」

 アランは、問い詰めるような直樹にやや機嫌を悪くしながらも、正直に答える。

「ここからすぐ近くだ。住所は分からないが、持ち主の名前は言える。上がフジミヤで、下が……アヤ、だったな、確か」

「……フジミヤ、アヤ……?」

 名前を聞いた直樹の顔が、蒼白に転じる。そして、いきなり直樹はアランを掴んだ。驚愕するアラン。

「なにをする!!」

「やかましいっ、お前、よりにもよってなんで俺の知ってるやつから……!!」

「知り合いならいいじゃないか、返しに行きやすくて」

「行けるかぁ!!」

 じたばたじたばたと暴れる一人と一羽。そこに、洗い物を終えたスフィがやってくる。

「……なにやってんですか?」

「ああ主。いや、こいつが急に暴れだして……」

「誰のせいだと思ってる!!」

「私は悪事を働いた覚えはない」

「余計悪いわぁ!!!!」

 アランは、鳥のくせに器用に直樹の手をすり抜ける。負けじと追いかける直樹。

 事情のよくわからないスフィは、二人を見ながら呆然としている。



 結局、アランは窓から逃げてしまった。仕方ないので、直樹は彼の主人であるスフィによーく言い聞かせた。

「なにか欲しいものがあったら俺に言って。必要なものは買ってあげるから。そんなに高くなければ好きなものも買ってあげるから、頼むからもう二度とあいつにどこからか調達させるのはやめてくれ」と。

 スフィは、不思議そうな顔をしながらも一応はそれを約束した。

 その話はとりあえず落ち着いたので、直樹は早くも疲れを感じながら、スフィの部屋へとやってきた。今日中に、少なくとも人が住める状態にしなくてはならない。

 しかし、と直樹は部屋を見渡して思う。

 どこから手をつけよう……。

 普通なら、直樹はまず散らかっていない部分から始める。そうすれば、散らかってる部分も勢いでやってしまえるからだ。だが、この部屋の場合、散らかっていない部分が見あたらない。

「直樹さん?」

 固まっている直樹を、スフィが不思議そうに見ている。

「……じゃまずは、部屋に入れるようにしようか」

「はい」

 というわけで、入り口から少しずつ、床のゴミを片付けていくことにした。

 ここには、直樹のものはほとんど置かれていない。置かれていたとしても、それは子供の頃の玩具くらいで、後は全て一世のゴミである。しかし、弦の切れたギターや脚の折れたテーブルは分かるが……

「車のタイヤ……なんでこんなもんがあるんだ?」

「直樹さん、これなんですか?」

 そう言いながらスフィが抱えているのは、首の取れたドラ○もんの人形だった。

「……縁起でもない……」

 ゴミ袋などでは対応できず、やむなく二人は窓の外に一旦ゴミを出した。とりあえず、足の踏み場を作らなければ話にならない。

「でも直樹さん、外に出したゴミはどうするんです?」

 自転車のカゴを空中で操りながらながら、スフィが言う。そんなこと聞かれたって分かるわけないのだから、直樹は仕方なく、

「埋めるわけにもいかないしなぁ……後で考えよう」

 と答えた。まあ、いざとなったら人目につかないところに積んでおこうと思う。

「でも、いろんなものがありますね〜 これなんか紐で綴じてあるし……」

 手近なものに興味を示しながら、スフィが言う。彼女の言葉通り、部屋には古今東西様々なものがあって、埃の積もった雑誌から壊れた仏壇まであった。

「……これ放り投げたらバチ当たるよなぁ」

 仏壇を手に、直樹。両手で持って、とりあえず廊下に出す。

「な、な、な……!!」

 仏壇を丁寧に置いたところで、後ろから悲鳴のような声が上がった。

「どうしたっ」

「こ、これっ これっ」

 慌てふためきながら、スフィは一冊の雑誌を直樹に見せる。

 一昔前の、グラビアアイドルのあられもない写真。見開きを使って、細部に至るまで鮮明に撮れている。宣伝効果は凄まじいものがあっただろう。

「こ、これ、人が、女の人がこんな格好で中に……直樹さん、なんで封印なんか……」

「お約束のボケかましてないで、さっさと閉じる!!」

 赤くなって叫びながら、直樹は雑誌をひったくった。

「なんでこんなもんとっておくんだ、あのボケ親父は……ん?」

 なるべく目を逸らそうとしていたが、ある文字が目に飛び込んでくる。

『1984年』

 今は、西暦2002年。つまり、これは今から十八年前に発行された雑誌なのだ。

「親父は、確か今三十二歳……十八年前……こ、これ、親父が十四歳のときのやつじゃねーかっ!!」

 驚愕する直樹。どうでもいいが、暗算が遅い。

「直樹さん、そんなの片手に考え込まないでください。傍から見るとすんごく怪しいですよ?」

 お前に怪しいなんて言われたら終わりだ、といった反論はせずに、直樹は慌てて雑誌をゴミ袋に突っ込んだ。

 黙々と作業を進め……ようとする直樹の背後から、また声がする。

「直樹さん直樹さん」

「今度はなに?」

「これなんですか?」

 目の前に掲げられたのは、ピアノをかたどったオルゴールだった。

「オルゴールだよ」

「おるごーる?」

「知らないの?」

「フェーくん達に教えてもらった事以外は、この時代のものはさっぱり……」

「フェーくん……」

 フェイトのことか、と思いながら、直樹はオルゴールを受け取る。

「これはさ、こうやってここを回すと……」

 言いながら、ネジを二、三回捻る。すると、

「わぁ……」

 流れてきたのは、クラシックだった。聞き覚えはあるが、曲名は分からない。

「綺麗な音……」

 スフィは、初めて聞いたオルゴールに聞き入っている。せっかくだから、そのままBGMとして流すことにした。

「でも意外だな……親父がオルゴールなんか持ってるなんて」

「そうなんですか?」

「うん、かなり……誰かのお土産かな?」

 直樹は一世を思い浮かべる。自分で買ったということはまずないだろう。あの男は、オルゴールを買うくらいなら自販機でワンカップを買うだろうから。

 そういや、音楽とか聴くのかな、と直樹は疑問に思う。引き取られてからただの一度も、直樹は一世が音楽を聴いているところを見たことがない。

 実は隠れてアイドルのやつとか聴いてたりして、と考えながら目をやると、スフィがそこでぼーっとしていた。

「スフィ?」

「……あ、はい?」

「どうかした?」

「いえ……」

 なにか言おうとした時、オルゴールが止まった。スフィはそれを手にとって、ネジを回す。

「ひょっとして、止まりそうだったから気になってたとか?」

「……はい」

 照れくさそうに、笑う。

「そんなに気に入った?」

「もうど真ん中です」

 微妙に古臭い表現をする。

「なら、今度買ってあげようか?」

 別に、意識しての言葉ではなかった。さっき好きなもの買ってやると約束したし、オルゴール一つで済むなら安いものだ、と思ったのだ。

 が、それを聞いた瞬間、スフィが物凄い反応を見せた。

「本当ですか!?」

 直樹に詰め寄ろうとして、がらくたに足をとられてべちゃっと転ぶ。一瞬のことで反応が遅れる直樹。倒れた場所が既に片付いていたためダメージの少なかったスフィは、勢いをつけて直樹の目前に迫る。思わず後ずさる直樹。

「なんで逃げるんですか?」

「いや……別に」

「あ、それより本当にいいんですか!?」

「うん。一つか二つくらいなら、なんでも好きなものを……」

「ありがとうございます!!」

 直樹の言う事を皆まで聞かず、スフィは大げさなほど頭を下げる。そして、上げた顔には満面の笑み。

 とりあえず喜んでいるようなので、また怒られるかと思っていた直樹は、ほっと胸を撫で下ろした。



 とりあえず足の踏み場を作り、ちょうどいいからお昼にしよう、という直樹の提案により、二人でキッチンへ赴くと、

 アランが、また新しい服を盗ってきていた。

「やめろって言ったじゃねーかよぉ……」

 思わず泣きそうになる直樹。

「ふん。私は、主の命しか耳に入れないのでな」

 なんとかしてくれ、とスフィを見る。スフィは申し訳なさそうに、

「気持ちはありがたいんだけど、直樹さんが困るみたいだからもうやめて。ごめんね」

「出過ぎた真似をしました。反省します」

 なんなんだこの差は……と直樹はなんだか悔しくなる。そして、まさか、と思って恐る恐る尋ねた。

「おい。それはまさか、藤宮から盗ってきたんじゃないだろうな?」

 アランは、直樹を見て、

「よく分かったな。あの娘の体型は驚くほど主に似ているんだ。ま、容姿では主に遠く及ばないが、それでも庶民にしてはなかなか整った……」

 前半部分を聞いた時点で、直樹はムンクの叫びを上げた。

「あの……直樹さん?」

 心配そうに聞くスフィを完璧に無視して、直樹は頭を抱えてうずくまる。

「貴様、主のせっかくの心遣いを……」

「……焼き鳥にされたくなけりゃ、黙ってろ」

 別人かと思うほどのドスのきいた声に、アランは気圧されて言葉を見失う。

「直樹さん、頭でも悪いんですか?」

「……余計なお世話だよ」

 言われてスフィはえ? という顔をし、自分の言葉を振り返って「あ!」と小さく叫び、

「ご、ごめんなさい。頭痛いんですか?」

「……割れそう」

 悲痛な声。

「病気ですか!? それなら薬を……」

「いや、そういう類の痛みじゃないから……ちょっと、一人にしてくれるかな」

「は、はい」

 直樹は、呆然としているスフィを置いて、キッチンと同じ部屋にあるリビングで大の字に寝転がった。

 開け放たれた窓の外を見つめる瞳には、言いようのない哀愁が漂っている。



 一世とフェイトが起きてきたのは、それから十分ほど後だった。どうやら昨夜はかなり遅くまで飲んでいたらしい。一世はもちろん、フェイトも相当いける口のようである。

「ウォッカもなかなかだが、俺は焼酎の方が好みだな」

「気が合うじゃないか。よし、今度とっておきの大吟醸を……お、おはよう」

 キッチンから顔を覗かせたスフィに、一世が挨拶する。

「おはようございます」

 一世は片手を上げて応じ、

「昨夜はすまなかったな。うちの馬鹿が、変なこと言ったみたいで」

「いえ。もう気にしてませんから」

「それはなにより……で、直樹はどこだ? 朝から一緒だったんだろ? 確か」

「直樹さんなら、向こうで現実逃避してますけど」

「?」

 怪訝そうな顔をする一世。フェイトが、様子を見に向かう。

 すると、そこには、やはり大の字に寝転がった直樹がいた。傍らにはアランがいて、直樹を複雑な目で見つめている。

「どうした?」

 アランに簡単に挨拶した後、フェイトが声をかける。直樹が、首だけ動かしてフェイトを向いた。

 その顔は、途方に暮れていた。

 まるで、フランス料理のフルコースを食べた後に財布を忘れた事に気付いたかのような、そんな表情だった。

「……なあ」

 直樹が口を開く。これ以上ないほど脱力しているくせに、そこには奇妙な迫力があった。

「いっそ雲になれたなら、どんなに楽だろうな?」

 意味不明なことを言う直樹。

 フェイトは、無言で全身の毛を逆立たせた。アランは直樹を見て、やれやれ、と首を振る。

「そ、そうだな」

 それだけ、なんとか捻り出した。

「だろ……?」

 そう言って、直樹は再び窓の外に目を向ける。

 フェイトは一目散にその場を離れた。

「どうだった?」

 舞い戻ったフェイトに、一世。

「別人かと思った」

「そうか……なにかあったのか?」

 スフィに向けて、問う。

「いえ、特に……あ、でもそう言えば」

「うん?」

 スフィは、わずかに目線を上にあげて、

「フジミヤアヤっていう名前が出るたびに、なんか凄いショックを受けてましたけど」

「……なにかやったのか?」

「アランが、わたしのために彼女から服を盗ってきちゃったんですけど」

 一世、なるほど、と頷く。

「大体分かった。気にするな、そのうち自分で解決するさ」

「でも……」

「大丈夫だ。直樹も君を売るような真似はしないだろうから、見て見ぬ振りをしとけ」

 そう言って、ぽんぽん、とスフィの肩を叩く。なんだかよくわからず、スフィは「はぁ……」と曖昧に返事をする。

「ところで主人。ちゃんと話すことはできたのか?」

「なにを?」

 なにを、じゃないだろう、と呟くフェイト。

「五千年前と、仕事の話だ」

 スフィが、「あ……」と漏らす。漏らして、誤魔化すような笑みを顔に浮かべ、フェイトに、

「ごめん、まだ」

 フェイトは、がっくりと脱力した。

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