oneself hero
| 「そんなに気にすることはないではないか」 壊れかけている直樹をさすがに哀れに思ったのか、アランが言った。 「黙っていれば分かるまい。嘘をつくのは気がひけるのかもしれないが、一度くらいなら誰も咎めはしない。なかったことにしてしまえ」 いかにも魔王の使いらしい言い草である。 それを聞いて、直樹はゆっくりとアランに目をやった。そして、悟ったような口ぶりで、 「お前はなにも分かってないんだ」 「なんだと?」 「バレずに盗んできたつもりなんだろう?」 「? ああ」 「それが甘いんだ。そろそろ来る頃だよ。見てりゃ分かるさ、上には上がいるってことが……」 直樹がそう言った瞬間、 玄関のチャイムが鳴った。 「お出ましか」 一世が、今ついたばかりの席から腰を上げる。 「スフィ、少し隠れてろ。フェイトもアランもだ」 言いながら、目玉焼きを作っていたスフィを押しのける。 「誰がきたんですか?」 「鬼さ。直樹にとってのな」 意味深なセリフを口にしながら、スフィを押し入れに押し込む。フェイトとアランを続けてぶちこみ、 「良いって言うまで、音を立てるな」 戸を閉めた。そして、直樹を向いて一つ頷き、 「行って来い」 直樹は、決死の覚悟で敵陣に突入する兵士のような顔をして、 「スフィ……ひょっとすると、仕事は受けられないかもしれない。そのときは、ごめんね」 そう言い置いて、客を迎えるべく玄関へ向かったのだった。 それでも出迎えるまでは、ひょっとしたら違うかも、という期待もあったのである。 しかし、 玄関の戸を開けた時点で、その儚い希望は木っ端微塵に砕け散った。 藤宮綾。 それが彼女の名前である。 「や、やあ藤宮」 死の恐怖を感じつつ、にこやかに手を上げる直樹。綾も、顔は笑いながら答える。 「こんちわ。ちょっと用があるんだけど、いいかな?」 ダメならダメで構わないけど。普通の人が見れば、綾の笑顔はそう言っているように映るだろう。 しかし、彼女と十年近い付き合いの直樹は、それがあくまで表向きであることが嫌でも分かる。 彼女の真意はこうだ。『ダメなんて言ったら……どうなるか分かってるわね?』 直樹は嫌になるほど分かっている。 だから、 「あ、ああ。別に、いいよ」 と答えるしかなかった。 「そ、ありがと。じゃあ、上がってもいいかな」 選択肢は、やはり一つ。 「もちろん……」 廊下を歩いているとき、綾は目ざとくそれを見つけた。 「片付けしてたの?」 スフィにあてがう予定の部屋である。 「ああ、ちょっと」 「なんでまた、あんなとこを」 「気分だよ」 なにか後ろ暗い感じの直樹を不審そうに見ながらも、綾はとりあえず頷く。 為す術もなく、直樹は綾をリビングまで通した。途中、なんとか誤魔化そうとは試みたのだが、「あたしを行かせたくないの?」と聞かれてはお手上げである。 「おう、綾ちゃん。久しぶり」 綾を出迎える、にこやかな笑顔の一世。が、目は直樹の方を向いていて「もう少し頑張れこの馬鹿」と言っている。どうもスフィと出会ってから理不尽な事で何度も責められているような気がする。こんなところでも人を苦しめるとは、さすが魔王。 「こんにちは、おじさん」 「おいおい、おじさんはやめてくれと前にも言ったろう?」 一世は苦笑する。よくもまあ、こんな場面でいつも通り振舞えるものだと思う。直樹など、玄関からここまで歩いてきただけで寿命が数年縮まった思いなのだが。 「でも、友達の父親をお兄さんとは呼べないですよ。あ、『城山神父』とか」 「やめてくれ。神父なんて柄じゃない」 あんた、立場は神父だろ……直樹は呆れながら呟く。 「ところでおじさん、それに直樹」 改まった口調で、綾。 「ん? なんだ?」 「どうかした?」 こっちも何気ない様子で、返す。が、 「この家は、猫と鳥を飼い始めたんですか? しかも、女の子つきで」 思いっきりバレてるし。 内心パニックになった直樹だが、それでもなんとか言い返す。 「な、なんのこと?」 綾はふふんと笑い、 「そこに落ちてるのは猫の体毛ね。向こうには、鳥の羽もある。飼ってないにしても、家に入れたのは事実でしょ?」 動かぬ証拠を立て続けに見せつけられ、直樹は早くも降参する。しかし、まだ、これだけはシラを切り通さなければならない事があった。 「猫とカラスは、確かに昨日餌をやった。でも、女の子なんてこの家にはどこにも……」 いない、と言いかけた直樹を、綾は文字通り馬鹿を見る目で見た。 「……なんだよ?」 「あんたね、嘘をつくならもう少しマシな嘘つきなさいよ」 言ってる意味が分からない。そんな直樹に、綾は冷酷に告げた。 「玄関に、あんたやおじさんじゃサイズの合わないスニーカーがあったの。ついでに廊下で髪の毛も見つけといたわ。長い、茶色みたいな金髪」 決定的だった。 もはやなにをどう言おうが、言い訳にすらならなかった。 黙っていた一世が口を開く。 「靴くらい隠しとけ、馬鹿」 綾は振り返り、 「じゃ、やっぱりいるんですね」 「ああ、いる。仕事の依頼人が、報酬として家政婦みたいなことやってくれてる。で、わざわざそんなことを確かめに来たのか?」 「いえ。女の子はどうでもいいんですけど……あたしは、カラスに用がありまして。そこの押し入れですね?」 確信を持って、押入れに目をやる。 「……探偵になれるよ、君は。ちなみにどうして分かった?」 「さっきからあたしがなにか言うたびに、微妙に動いたりする気配がありました」 「……大したもんだ。おい、もう隠れても無駄だから出てきていいぞ」 一世の降伏宣言と同時に、押し入れの戸が開き、フェイトを抱えたスフィが顔を出す。 「……すごい人ですね」 服の埃を手で払いながら、スフィ。綾は意外そうな顔をして、 「日本語できるんだ」 「はい。記憶の伝達を使えばかんた……じゃなくて、勉強しましたから」 軽い微笑みは、綾に好感を与える。 「あたしは藤宮綾。あなたは?」 「スフィです。よろしく」 「幾つ?」 「ごせ……十五歳です」 正確には、5315歳である。 「ふーん、わたしより二つ下なんだ。しばらくここにいるんだって?」 「あ、はい」 「じゃ、あの部屋はあなた用に片付けてたのね。それじゃあ、お姉さんから忠告。おじさんは大丈夫だと思うけど、直樹には極力近づかないように。なにされるか分からないからね」 心外そうな顔をする直樹。なにかできるわけがない。スフィ相手にちょっとでも変なことをしようものなら、たちまち意識は三途の川に直行である。 「さて、話は後でゆっくりするとして……カラスく〜ん、ちょっといいかな?」 忍び足でその場を去ろうとしていたアランを、綾の細腕が掴む。 細いからと言って、侮ってはいけない。その握力、腕力は、学年でもかなり上の方に入る。男子を含めて、だ。アランなど、その気になれば一瞬で締めることができる。 「君だよねぇ、あたしの服を二着も盗ってったの。ヒカリモノでもないのに、物好きだねぇ。もう小さくて捨てようかと思ってたやつだから別にいいんだけど、泥棒はいけないなぁ〜」 その、話し掛けるような口調に、直樹は背筋が寒くなる。まさか、喋れることまでバレてるんじゃ…… だが、それは杞憂だった。 「……さて、お仕置きはここまでにしておいて、直樹、この子がどこに隠してるか、知らない?」 「え? さ、さぁ、しら……」 知らないと直樹が言う前に、スフィが、 「それなら、わたしが持ってます。着ちゃったから、洗って返します。ごめんなさい」 綾は、足を持って逆さ吊りにしたアランに目を向け、 「君、ひょっとして飼い主のために服盗んだの?」 「こ、答えるわけないだろ? カラスなんだから」 アランの、今にも「離せ!!」と叫び出しそうな様子を察して、慌てて言う直樹。 「そりゃそうね。あ、服は別に返さなくていいわよ。どうせ捨てようと思ってたやつだし」 「いいんですか?」 「いいのいいの。お近づきの記念にプレゼント」 からからと笑う綾。 「あの、ところで、そろそろ離してあげてもいいんじゃ……」 スフィが、アランを見ながら言う。 「ん? ああ、そうね。もう泥棒なんかするんじゃないわよ」 パッと手を離す綾。頭に血が上っていたのか、アランはそのまま落下する。そして、床に墜落してぐったりと。 「軟弱ねえ」 そう言って、綾は戸口に向かった。 「もう帰るのか?」 「ええ。用は済んだし」 「あ、待ってください」 スフィが後ろから声をかける。 「あの、もしよろしければ、お昼ご一緒に……服のお礼と、お詫びもしたいし……」 綾は苦笑して、 「そういうことは、居候のあなたが言うことじゃないと思うけど?」 どこかからかうようなその言葉に、スフィはそれもそうだと思ったのか、やや赤くなって俯いてしまう。 「別にいいさ、一人増えるくらい。直樹もいいな?」 アランを持ち上げて揺さぶったりしていた一世の言葉。 「いいよ。せっかくだし」 「よし。綾ちゃんは?」 「……それじゃあ、ご馳走になろうかしら」 出て行こうと開いた扉を、閉める。 「じゃあ、焼き鳥の準備でもするか」 アランを抱えて一世。スフィが慌てて取り縋る。 「だ、だめですよ!!」 「冗談だ、冗談。カラスなんか不味くて食えんしな」 「そういう問題じゃないんですけど……」 受け取ったアランを贅沢にもソファに横たえ、スフィはキッチンへ赴いた。 「目玉焼き冷めちゃいましたけど……」 「まあ、仕方ないさ」 「なにか新しいの作ります?」 「焼き鳥とか」 悪ノリする一世。 「だから、ダメですよ!!」 「だから、冗談だって」 「……う〜」 悔しそうなスフィの声。あいにくだが、当分はこのネタで遊ばれそうな模様である。 「いじめるなよ」 直樹が、スフィのフォローに回る。 「お前な、ああいうタイプは一番いじめがいがあるんだぞ?」 「聞こえてますよ」 「聞かせてるんだよ」 「……」 もはや何をどう言っても無駄だと悟ったのか、スフィは黙って調理に専念する。 「おじさん、相変わらずですね」 綾は、そんなやりとりを見て楽しそうに笑っていた。 「それじゃ、ご馳走様」 帰るという綾を見送るため、直樹は玄関まで足を運んでいた。 「悪いな、ロクに話もできないで」 まだ、スフィの部屋の後半戦が残っているのだ。 「まあ、また遊びにくるわよ。スフィともゆっくり話したいしね」 「なんか世間知らずっぽいからなぁ。いろいろ教えてやってくれ」 なんせついこの間まで完全に隔離状態だったからな、と直樹は心で付け加える。そして、いつの間にかスフィの主張を完全に受け入れている自分に慌てた。 「……ねぇ」 綾が、不意に真剣な声を出す。自分の心に説得を試みていた直樹は、その声で我に返る。 「あの子、どう思う?」 「あの子って、スフィか。どう思うって?」 聞き返す直樹に、綾は妙に歯切れ悪く、 「直樹から見て、どんな感じ? ってこと」 「? 可愛いとか綺麗とか、そういうの?」 「そうじゃなくて……その……嫌な感じはしなかった?」 突然なにを言い出すのだ、と思った。 「嫌な感じって……」 綾は、慌てて付け足す。 「違うの。あの子自身は、いい子だと思う。素直だし、可愛いし……だけど、雰囲気っていうか、そういうのがすっごく嫌な感じだったんだけど……直樹は?」 「別に、なにも」 「そう……」 釈然としない様子の、綾。 「別に、スフィは変なこと言ってもやってもいないだろ? なのに」 「うん、そう。でも、でも……」 自分でも言葉に迷っているかのように、自信なさげな綾の声。彼女にしては、それは非常に珍しいことである。十年来の付き合いである直樹は、それが良く分かる。 だが、その直樹にも、彼女の言った言葉は予想できなかった。 「例えば悪魔っていうのは、なにもしてなくても、嫌な感じがする……と思う」 「……悪魔って」 あまりの言いように、呆然とする直樹。別に綾は聖人ではないのだから、人の悪口くらいいくらでも言う。だが、なにもしていない、むしろ友達になったって良さそうなスフィに対して、それはあまりに…… 「……ごめん、今のは言い過ぎた」 ショックを受けていた直樹に、綾は言った。 「変だよね、あんないい子を悪魔呼ばわりなんて。本人がいなくて良かったよ」 「あ、ああ」 綾は、すっかりいつもの様子に戻っている。 「今のは忘れて。間違ってもスフィに変な態度とらないでよ? 言ったりなんかしたら殺すからね?」 「わ、分かってるよ」 綾は、クスリと笑って、 「外人の女の子なんて初めて見たから、こっちも緊張したんだね、きっと。それじゃね。スフィに変なことしたらただじゃおかないわよ」 お前に殴られる前に、スフィに殺されるだろうなぁ、と思う直樹。 「じゃーねー」 「ああ」 機嫌よく帰っていく、綾。 直樹には、その姿が、どこか無理しているように見える。 「嫌な感じ、ね」 やっぱり、と思う。やっぱり、スフィが魔王だから。 だけど、 「それならなんで、俺はなんとも感じないんだ?」 直樹の疑問には、誰も答えない。 |
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