oneself hero

 

 見るからに怪しい、その男。

 服装に問題はない。程よい色に落ち着いたジーンズに、トレーナー。特に洒落てはいないが、決して異常ではない。

 しかし、

 どんなに格好が普通でも、どこを見てるんだか分からない目つきで、ふらふらとおぼつかない足取りの男を、怪しいと言わずに何と言おう。

 彼がいるのは繁華街である。こういう人間は、チンピラの餌食になりやすい。実際、彼をそういう目で見ている頭が金色のオニーサン達もいる。

 彼は歩いている。口をだらしなく開き、やや前屈みになりながら、ふらふらと。腹でも減っているのか、レストランやファーストフード店を見かけるたびにそちらをじっと凝視する。が、やめる。そしてまた歩き出し、店の店員がそっと安堵の息を吐く。

 と、彼が、何を思ったか薄暗い路地に入った。ここぞとばかりにチンピラ達が動く。彼の後を慎重につけ、通りの死角に完全に入った時点で、

「おい」

 彼がカクン、と不思議な動きで止まり、不気味なほどゆっくりとした動きで振り返る。

 虚ろな目が空を見て、地面を見て、横の壁を右、左の順で見て、ようやくチンピラ達に止まった。

 その間にチンピラ達は、完全に彼を囲むように動いている。

「お前さ、金持ってる?」

 チンピラの一人が、威圧するように彼に言った。やや小柄な彼は、上から覗き込まれるような形になる。

「少し貸してくんねぇ? 俺らちょっとやばくてさ」

 そう言って、笑う。相手を格下と決め付け、嘲る笑い。

 それを聞いて、彼は、一体何を考えているのか、へらっと笑い返した。男の顔が、たちまち朱に染まる。

「……っに笑ってんだてめぇ!!」

 怒鳴り、彼の胸倉を掴む。壁に押し付け、顔を近づけ、

「痛い目に遭いたくなきゃ、とっとと金出せってんだ!!」

「……か?」

 そのとき、彼が初めて口をきいた。

「あぁ?」

「……は…か?」

「聞こえねぇんだよ」

 彼は、自分の胸倉を掴んでいた男の手を掴み返し、

「お前達は悪か?」

 力を込めた。

「な?……あ、ぐああぁぁぁ!!」

 ゴキッという嫌な音と共に、男の手があっさりと折れた。彼はまだ手を離さない。更に強く力を入れて、

「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 耳にこびりつくような音を残し、男の手が砕かれた。たまらずその場にうずくまる。彼はそんな男を見下ろし、無造作に蹴り飛ばした。

「な……」

 他のチンピラ達は、その様子を唖然として見つめている。彼はチンピラ達に目をやり、ニヤァっと笑い、

「悪は、葬らなければ」

 絶叫が上がった。



 路地から出てきた男を、呼び止める者はいなかった。もともと近寄りがたかった上に、彼を狙って行った者達の悲鳴をきいた後では、仕方のないことである。

 彼は、またふらふらと歩き出す。と、足を止めた。虚空を向き、口を小さく開いて、

「……ちから? ……まおうじゃない……つよい……すごく」

 ぶつぶつ呟き始めた。周囲の人々が、彼との距離を一層開く。

 彼はやがて、再び歩き出す。

 

 やって来た警察が、体中の骨を砕かれたチンピラ達を発見するのは、これより四十分後のことである。遅れたのには理由があった。

 誠心高校の窓ガラスが一斉に割れるという不可思議な現象に、ほとんどが携わっていたためだった。



 なんらかの犯罪の可能性もあるとして、学校は生徒を帰宅させた。怪我をしていない大勢の生徒は、「なんだか知らないけどラッキー」という気持ちで帰路についている。

 それは直樹と本当に途中まで一緒に帰っていた綾も同様で、落ち込んでいる直樹を不思議そうに眺めながら、嬉々としてバス停へと向かっていった。

 直樹は、別に落ち込んでいるわけではない。いや、罪悪感を感じてはいる。何と言っても、自分の妙な能力で人を傷つけてしまったのだから。

 だが、理由はそれだけではないのだ。

 一番の理由は、学校からずっと喋りつづけている、頭の中のやかましい声だった。

『……でだな、そのときの彼女の表情といったらもう……くぅー!!』

 自転車で走行すること三十分。延々と語られているのは、五千年前ののろけ話である。

「俺、勇者ってもっと硬派なタイプだと思ってた……」

 実際の勇者は、今のところ、バカップルな青年でしかない。

『僕が彼女の頭を撫でて「綺麗だよ」と言ったらだな、もう赤くなって赤くなって、可愛かったなぁ……ちゃんと聞いてるか?』

「聞いてるよ」

 聞いていない。

『じゃあ、僕は今なんと言った?』

「可愛かったんだろ」

『どこが?』

「親戚のおじさんにお菓子をねだってる姿が」

『ちっとも聞いてないじゃないか!!』

 頭の中の怒鳴り声に、直樹はむしろ呆れたような返事をする。

「お前さ、俺の能力の話とかはどこ行ったわけ? ずっとスフィとの思い出語ってるけど」

『それが重要なんだよ。彼女を……ふ、封印したのは、この能力なのだから……あぁスフィ!! 僕はなんてことをしてしまったんだぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 直樹は、もう諦めかけたような息を吐く。それもそのはずで、実はこのやり取り、かれこれ二十回くらい繰り返されているのだ。

 しかし、二十一回目にしてようやく効果があったようで、

『知りたいかい? どんな能力なのか』

 涙声で問うアルガデス。

「知りたい」

『そうか……だが、まず最初に言っておく。これは本当に恐ろしい能力だ。悪用すれば、冗談でなく世界が滅ぶ。いいね?』

 まだ少し嗚咽が混じっていて、緊張感は皆無である。だが、直樹は真剣に、

「ああ」

『よし。まあ、その前に一つ例を挙げよう。スフィの能力を思い浮かべてくれ』

「あのポルターガイストか?」

『そう。ま、彼女の本来の力はあんなものではないけどね。で、あれは見たとおり、物体を手を触れずに、思うように操る能力だ。彼女にこれを教えたのはフェイト。だから、フェイトもこの能力を使える。むしろこの方面では彼の方が強いかな。もちろん、スフィが使えるのは彼女にも才能があったからだがね。分かったかな?』

「なんとなく」

 返事をする間に、近所の公園を過ぎる。

『じゃあ、次はアランの場合。君を吹き飛ばしたり、押さえつけたりした能力は、言ってみれば霊圧かな。水圧と同じようなものだが、こっちは水以外の、そう、霊力のようなものを使う。ただし、君が窓ガラスを割ったのは、これとはまた違う方法だ。君には霊圧の能力は備わっていないからね』

直樹は無言で頷く。

『じゃあいよいよ本題。君自身の能力』

「……ああ」

 教会が見えてくる。

『はっきり言って、今言ったスフィ達の能力とは比べ物にならない。おそらく、人類の最終兵器である核爆弾とやらも凌駕するだろうな。その気になれば、国の一つや二つは造作もなく……』

「ごたくはいいからさ。結局何なわけ? 俺の能力ってのは」

 淡々と、直樹。実はまだ、それほど凄い能力だとは考えていない。世界が滅ぶなんてのも、大げさな表現だと思っている。

 だが、

『君の能力は……』

 直樹は一瞬耳を疑う。

 それは本当に、世界を滅ぼすに足る能力だった。



 気がつけば、人間の子供に弄ばれていた。脚を持たれて、逆さ吊り状態である。最近、どうもこのポーズをとることが多いのは気のせいだろうか。

「おかーさーん、からすだよぉ」

 舌足らずな声で言うのは、十歳にも満たない少女。授業参観でもあったのか、母親と一緒に帰宅している。

「こーら、そんな風にしちゃいけません。離してあげなさい」

 母親が、軽くたしなめる。

「えー、でも動かないよ? 死んじゃってるよ?」

 勝手に殺すなと、暴れ出すアラン。じたばたともがく。

「わっ、わっ、わっ」

 少女は手を離さない。別に意図的に捕まえているわけではなく、握った手を離すという反応をとれないらしい。が、アランはお構いなしに暴れまくる。と、

「いたっ」

 脚の爪が、少女の手の平を傷つけた。少女がようやく手を離す。しめたとばかりに空に身を躍らせ、少女を嘲笑うかのように見下ろして、

「……うぇ」

 涙を溜めた、少女の瞳を見た。

「だ、大丈夫!?」

 母親が慌てて駆け寄っている。少女は膝をつき、血が滲んでいる手を見ながら、とうとう泣き出してしまった。

 アランはそれを、複雑な心境で見下ろしている。もちろん、悪いのはアランをゴミのように持っていた少女だ。アランに全く非がないわけではないにせよ、大部分は少女自身が原因である。

 だが、どうもアランはそう思えない。

 少女は大声を上げて、泣き続けている。母親が彼女の手をひき、あやしながら急ぎ足で歩いて行った。やがて、その姿が見えなくなる。

いつまでも見ているわけにもいかないので、アランは気を持ち直して飛び去った。

 しかし、その場を離れるとき、

「……すまなかった」

 ポツリと呟いた。



 帰り道は延々のろけ話を聞かされて大変だったが、帰ったら帰ったで、直樹はスフィの笑顔に不吉なものを感じた。

「おかえりなさい、直樹さん。早かったんですね」

 妙に嬉しそうに言うスフィ。直樹が「ちょっとね」と言おうとした、そのとき、

『スフィィィィィ!! 無事だ、元気だ、なにも変わってない、やったぁぁぁ、バンザァァァイ!!!!』

 頭の中で絶叫が響いた。思わずクラッとなる直樹。耳元で思いっきり怒鳴られるよりも効果がある。

「直樹さん?」

 よろよろと壁に手をついた直樹に、スフィは心配そうな声をかける。

「どうかしたんですか?」

「ああ……ちょっと頭痛が」

『声も変わってない!! ああ、その声を何度聞きたかったことかっ!! その声の恋しさのあまり何度の眠れぬ夜があったかっ!! あぁ、スフィ!!』

「お薬とかは……?」

「いや、そういう類の痛みじゃないんだ」

『なんて心優しいんだ!! 五千年前もそうだったっ 覚えているかい? そう、あれは君と出会ってから三度目の夏、天気は晴れていて雲一つなかった快晴の日に……』

「じゃあ、今日はもう寝た方が?」

「ああ、そうする」

『そこで君は優しく介抱してくれたねっ!! 傷ついた僕の腕を取って、きつ過ぎぬよう、緩過ぎぬよう、本当に丁寧に……あれ? スフィ?』

 直樹はとっくに自室に戻っている。当然だが、スフィの姿などどこにもない。

『君、なぜこんなに早く引きこもる!? 少しは僕達の再会を気遣ったらどうなんだ!?』

「気遣って欲しけりゃ、少しは静かにしろ……」

 制服を脱いで部屋着に着替え、直樹はそのままベッドへ倒れ込む。

『こらっ 寝るな!! 僕は君の目を通して外界を見ているんだぞ!? 君が寝たら僕はどうすればいいんだ!!』

「寝てろよ」

『ふざけるな!! せっかく、せっかく五千年振りの再開なのに……!!』

「どうせスフィはしばらくいるんだからさ、いつでも見れるじゃないか。何焦ってんだよ」

『……それもそうか』

 簡単に納得し、アルガデスは静かになる。直樹は意識をゆっくりと沈ませて行った。



 目の前に、少女が立っていた。泣き笑いの表情で、じっとこちらを見つめている。覚えがあるようだが、思い出せない。誰だったろうか。

「―――」

 自分の体で、自分ではない誰かが喋った。声には、涙が含まれている。『自分』もまた、泣いているようだった。

 少女は、やや怯えたような表情をしながらも、しっかりと頷いた。『自分』はそれが、今の『自分』の言葉に対しての肯定と受け取った。

『自分』が少女に歩み寄り、抱きしめた。少女は抵抗しない。むしろ、『自分』を更に抱き寄せるように、両手を背に回す。

『自分』が、また何かを言った。何を言ったのかは、聞こえない。

少女は、今度はしっかりと頷いた。そして、お互いに相手を惜しむように、ゆっくりと離れる。そして、三度『自分』が口を開いた。今度は、大きく、響かせるように。

すると、

少女の背後に、彼女をすっぽり包むようにして闇が生まれた。少女は振り返り、恐怖と怯えに彩られた表情をする。だが、その場を離れない。覚悟を決めたように、じっと立っている。

『自分』が、さっき抱き合っていたときと同じ内容らしい言葉を言った。少女は笑って、頷く。

直後、

闇が、少女を飲み込んだ。



 目覚めたとき、部屋は暗かった。時計を見ると、六時を少し過ぎたあたり。そうすると夕飯はすぐだろう。小腹が空いていたが、我慢することにする。

 頭の中の声も静かだった。なんだかんだ言って、結局寝たらしい。無責任な奴、と少しだけ毒づく。

 部屋を見回した。スフィによって一時は廃墟と成り果てたが、今もやっぱり廃墟だった。片付ける時間などなかったのだから、仕方ない。

「あ……」

 その中に、綾からもらった、スフィの生活用品一式があった。



 一方その頃、一世はポルシェで街を蹂躙していた。別にドライブしているわけではない。立派な仕事である。

 向かうのは、ある人物の家。それまでは普通の一大学生だった息子が、急におかしくなったのだという。何かに憑かれたかのような言動に仕草。これはただごとではないと、両親が一世を呼んだのである。

 そんなわけで、一世は家から少し離れたところにある一軒家に、車を停めた。エンジンを切り、聖書を持って玄関へ歩み寄り、チャイムを押す。ほどなく、母親の方らしい声が返ってきた。

「依頼を頂いた城山ですが」

 ややあって、扉が開いた。夫婦揃って不安そうな顔をしている。挨拶もそこそこに、一世はさっそくそのおかしくなった息子の部屋に通してもらった。

 両親には、外で待っているように言った。

 部屋に入り、一世は青年を確認した。ジーンズにトレーナー。服装は普通である。目が虚ろで言っている事が支離滅裂と聞いたが、今は眠っているらしく、どちらもお目にかかれない。

 とりあえず、一世は聖書を開いた。

「主は言った。現れよ」

 大抵のモノノケなら、隠れていてもこの言葉で引っ張り出せる。だが、変化はない。

「ふむ……」

 一世は青年の胸の上へ片手を置いた。そして、唱える。

「神の息子を蝕む者よ、現れよ、さもなくば、神の鉄槌が汝の上に舞い降りる」

 体内にいるモノノケに、直接話し掛けるのだ。要するに、相手に拳銃を向けて「おとなしくしないと撃つよ?」と言っているのと同じようなものである。

 だが、変化はない。

 一世は首を捻る。今ので出てこないとなると相当強力な奴なのだが、そんなのが憑いているなら両親などとっくに餌食になっている。こんなところで呑気に寝ているとはとても思えない。

「おい、ちょっと起きろ」

 一世は、青年の頬をぺちぺちと叩いた。青年が身じろぎし、目を開ける。

「……誰です? あなたは」

 身を起こしながら、油断なく一世を睨んでくる。

 間違っても、おかしいなどとは言えない反応だった。

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