oneself hero
| つい先日まで巨大なゴミ箱であった、現スフィの部屋。 その部屋の前で、直樹は綾にもらった袋を下げて立ち尽くしていた。 別に、女の子の部屋に入るのは緊張するとか、少しだけ開いているドアの隙間から中を覗いてみようとか、服とか脱いであったらどうしようとか、そういう事で躊躇っているわけではない。そういう気持ちが全くないと言えば嘘になるが、とにかく理由は別なところにある。 その理由は、スフィの部屋の扉に張り付いていた。 『南無妙法蓮華経』 『スフィの部屋』と読みたい気持ちは山々だが、残念ながら書かれているのは全て漢字だ。 「スフィって仏教徒だったのか……?」 魔王なのだから、黒魔術でも信仰しているかと直樹は思っていた。それはそれで困るのだが、仏教というのも意外である。しかし、確かにここは教会だが、客であるスフィが何を信仰しようと勝手である。直樹がとやかく言う問題ではない。問題なのはその『南無妙法蓮華経』の文字がなんか青白く光っているところであり、迂闊に触れようものなら次の瞬間にはミイラになったり灰になったりする危険がある。 というわけで、直樹は先程から、中にいるであろうスフィを大声で呼んでいるのだが、 「おーい、スフィ。開けてくれー」 「……」 「いないのかー? いないならいないって言えー」 「……」 これの繰り返しである。 「本当にいないのか?」 無駄な問いかけを三十回ほど繰り返し、直樹はようやくその結論にたどり着いた。 「また後で来るか……でも、そろそろ夕飯なんだけどな」 袋を下げ、廊下を戻る直樹。 キッチンに用意された夕食に直樹が気付くのは、二十分ほど経った後のことである。 「だからさ、俺達と遊ばない?」 「いいじゃん、ぜってーおもしれーからさ、一緒に来なって」 「ついでにすんごい気持ちイイこともおしえちゃうよ? クヒヒヒヒヒ」 などと言って近寄ってくる輩を律儀に葬り、スフィはため息をついた。 「今ので何人目だっけ?」 「グループで言うなら三組目。数で言うなら十四人目だな」 冷静に答えたのは、フェイトである。地面を歩くと踏み潰されそうなので、今はスフィの肩の上に乗っている。 「ほんと懲りないよねぇ、わたしが何人たおしても次から次へと……」 「そうだな。能力も使わずに男数人を秒殺できるような女の一体どこがいいんだか……」 「ひどいなあ。殺してないよ、気絶させただけだよ」 「同じだ」 「……むぅ」 思いっきり会話しているのだが、周囲の人々は全くそれに気がつかない。スフィは、それが都合よくもあり、哀しくもある。 「忙しいね、この世界は」 「そうだな。今朝の直樹と言い、こいつらと言い。ご苦労なことだ」 若干の皮肉を込めた声で、フェイト。 「これが、アルガデスが守った世界の姿か……他に方法がなかったとは言え、嘆かわしいことだな」 「……あの人を、悪く言わないで」 怒りすらはらんだ目で、スフィはフェイトを睨む。 「すまん。そういうつもりではなかった」 「……仕方なかったんだよ。あの人は、あの時は、ああする以外になかったの」 「分かっている。ただ……」 通りに目をやる。人々がせわしなく行き交い、互いに互いを見向きもしない。 「もし仮に、あいつ、直樹がアルガデスと同じ事をしたら、やはりこういう世界になると思うか?」 「……うん。思うよ」 でも、とスフィは付け加える。 「それは、同じ事をしたら、の話だよ」 「他に方法などないだろう。現に五千年前は、主を封じる以外になかったではないか」 「今は五千年前じゃないし、勇者はアルガデスさんじゃない。直樹さんだよ」 微かに微笑んで、言う。 「五千年前にわたし達が見つけられなかった方法を、ひょっとしたら直樹さんが見つけてくれるかもしれない」 「希望的観測だな」 「希望を持たなきゃお終いだよ?」 スフィの言葉に、思わず笑いを漏らすフェイト。 「なに?」 「いや。五千年経っても言ってる事は変わらない、と思ってな。昔のままだ、そういう子供の屁理屈みたいな言い方は」 「なにそれー」 「ま、そこが主の良いところで、悪いところだな」 「それは誉めてるの? けなしてるの?」 「両方だ……そこだろう?」 フェイトが不意に示したのは、通りから外れた路地。街灯の光の届かない、暗い場所。 「うん。フェー君、覚悟できた?」 「なんとかな」 「じゃ、いこ」 普段と全く変わらない足取りで、スフィは路地へと入っていく。 足元もおぼつかない暗闇かと思いきや、案外そうでもなかった。通りや飲み屋からの明かりで、ぼんやりながらもよく見える。 スフィはそんな場所で立ち止まり、一通り辺りを見渡し、息を一つ吐いた。 ちなみにここは、昼間、少年達が何者かに病院送りにされた場所である。 「何もないね。ちょっとは期待してたんだけど」 「そこまでボンクラでもないだろう。主人じゃあるまいし」 「……フェー君、言いたい事があるなら聞くよ?」 「別に、言いたい事などない」 もう一度視線を巡らし、奥へと歩き出す。 「でも、変な能力だよね。馬鹿力を引き出す能力なんて」 昼間の惨劇は、町中に散らばっているカラスのうちの一羽が目撃している。そうした異常事態は、起こってから五分以内にスフィとフェイトの耳に入るようになっている。警察など比較にならないほどの情報網である。 そして、学校で直樹にアランがついていたのも、スフィの指令である。能力に目覚めた場合などは即行で報告するようになっていて、だからスフィは直樹が能力に目覚めた事を知っている。 でなければ、こうして危険な場所に足を運んだりなどしない。 「しかし、あいつが使いこなせるようになるには当分かかるだろうな」 「まぁ、そうなんだけどね。でも、あんまり出遅れるわけにもいかないから。ところでアランと連絡は取れたの?」 「……いや、まだだ。かなり遠くまで飛ばされたようだな」 直樹の事を直接報告したのは偶然近くにいたカラスであり、アランではない。アランは現在も音信不通な状態である。 「う〜ん、いないと不便なんだけどなぁ。朝起きるときとか、天気とか」 「本人が聞いたら泣くな」 「そう?」 いないだけに、言いたい放題である。 「あれ? ここってさっきも来なかった?」 足を止めて、スフィが言った。確かに見覚えのある場所である。 「だが、通りの明かりなど見えないぞ?」 不審そうに言うフェイト。これもその通りで、周囲は全て板塀である。 「おかしいなぁ、真っ直ぐだからどっかに明かりが見えるはずなんだけど……」 軽く背伸びして遠くに目をやり、軽く目を細め、次の瞬間、 「……わっ!!」 肩のフェイトを抱きかかえて、慌てて横に跳んだ。 間一髪だった。 あと少し遅れていたら、いつの間にかいた男に、手に持っている物騒なモノで刺されていただろうから。 「……危ないじゃないですか」 さりげなく体勢を変えながら、スフィ。じっと男を見据え、続ける。 「デートのお誘いじゃ、ないですよね」 男が、口を開く。 「……しね……まおう……!!」 動いたのは、同時。 男がナイフを突き出す直前に、スフィは身を翻し、逃亡した。 「……」 それを呆けたように見て、男は弾かれたように後を追いかけだした。速い。走ると言うより跳ぶような感じで、その姿はまるでバッタである。 一方のスフィは……これまた速い。だが、こちらはバッタと言うよりリスで、あちこち曲がってはチョコマカと逃げ回っている。 「大当たりだったな」 「ここまで当たって欲しくはなかったけど」 言いながら、ちょくちょく後ろを振り返る。びょーんびょーんと飛び跳ねながら後を追ってきている。魔王とかエクソシストとか以前に、生物としての本能が「こいつは危険だ」と告げている。 「ねえ、フェー君」 「なんだ?」 「なんかさ〜、あれ見ると女の子としての危険も感じちゃうんだけど」 「心配するな。○される前に殺される」 「……慰めてくれてありがとう」 逃げる側にしては余裕のあるやつらである。が、 「ねえ、フェー君」 「今度は何だ」 「さっきからさ、同じところぐるぐる回ってるような気がするんだけど」 「なに!?」 慌てて周囲を探るフェイト。しばらくして、固まった声で、 「……しまった。罠だ」 「わな!?」 「空間を切り離された。このまま逃げても、オリの中を走り回っているに過ぎない」 「そ、そんなことできるの!?」 「と言うより、出口を壁に見せかけてるんだ。もちろん探れないようにカモフラージュしてはいるが、どっちも能力以前の初歩の術だからな。俺や主人にだって可能な事だ」 見せかけているだけなのだから、壁を手探りしながら行けば、理論上はそのうち出口に行き当たる。だが、そんな悠長な事を許してくれるわけがないし、かと言って当てずっぽうに突っ込んだりしたら、外れた場合のダメージが恐ろしい。 「出口は、分からないの?」 「無理だ」 焦りを含んだ声のフェイト。スフィは少し黙考し、直後、 「そう。それじゃあ……」 足を止めて振り返った。 「主人!?」 「出れないなら、倒すしかないよ」 「無理だ。今の主人では殺されるぞ」 「でも、他に方法はないんでしょ?」 フェイトはぐっと詰まる。その通りだからだ。 「手伝ってくれる? 少しは助かる確率上がるかもしれないよ?」 と言っても、1%が1,5%になるくらいだろうが。しかし、下がるよりはマシである。 「……分かった」 一度決めたら後は早い。フェイトはすぐさま神経を集中させ、敵の気配を探り出した。 フェイトの探り方は、周囲から遠方へと徐々に網を張っていくような方法である。最大で半径5キロほど。時間は、近くならコンマ単位、遠くなら数十秒かかる場合もある。 そして、敵を見つけた。 網を張ってから、コンマ数秒の位置。 「!! 主人、上だ!!」 スフィが急いで上空を仰ぐ。月と、雲と、わずかに見える星と、 鉄パイプのようなものを振りかぶった、男の姿。 |
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