oneself hero
| 「……っ!!」 後ろに飛び退り、かろうじて避ける。が、さすがにそれでは許してくれないらしく、また鉄パイプを大振りに振り回してくる。 「この……っ!!」 魔王だとばれているなら遠慮はいらない。スフィは魔力を集中させる。五千年前に比べれば無に等しいほどの弱々しいものではあるが、それでも、 「いけ!!」 叫びと共に、地面の石が一斉に男に向かって弾丸のように飛んでいく。 「ぐ……」 数個は鉄パイプで叩き落したが、残る多数は全て体に直撃した。おそらく全部叩き落したかったのだろうが、そんなことができたら明日にはホームラン王になれる。 「ぬ……お!!」 崩れ落ちそうになる体にムチ打って、男はよろよろとスフィに向かう。むしろ見ていて哀れなほどだが、命を狙ってくる相手に手加減しなければならない道理もない。 ゴツッという音がした。 男の側頭部に、一際大きな石がぶち当たった音だった。 そのまま男は倒れ込む。かなり嫌な音がしたから、ひょっとすると頭蓋骨が陥没しているかもしれない。 「……終わったの?」 信じられないといった声で、スフィが疑問を口にした。 「……分からん」 フェイトも、我が目を疑うような感じで同意する。追手のエクソシストにしては、随分呆気ない。 「でも、気絶してるよね?」 「うむ」 周囲を見渡してみると、少し先に通りの明かりが見える。術も解けているらしい。つまり、どこからどう見ても、勝負はついているという事だ。 「……逃げちゃおうか」 「……そうだな」 三十六計逃げるにしかず。つまり逃げるが勝ち。このまま悩んでいても、人に発見されたり男が目を覚ましたりする可能性がある。デメリットだけだ。 「ちょっと遅くなっちゃったね。直樹さん、心配してるかな?」 男に背を向けて、歩きながらスフィが言った。 「名実共に魔王と証明しているような女の一体どこを心配するのだ?」 「わたしだって女の子だよ?」 「夜道で魔王が襲われるのか? むしろ襲う方が商売のような奴が?」 「見た目は違うもん」 「ああ、見かけに騙されるなというお手本なわけだ」 どうせ口では勝てはしないのに、スフィは懲りずに反論を続けている。強敵を案外簡単に倒せたという安心感もあるのだろう。 曲がり角に突き当たった。その先はもう、街灯の照らす大通りである。 じゃり、と背後で足音がした。誰か来たらしい。どこかの家の裏口からでも出てきたのだろう、と、スフィはそのくらいに考える。フェイトも大して深刻には考えていない。 気付くべきだった。 今まで通ってきた道に、裏口などなかったことに。 「前から思ってたけど、フェー君ってわたしをぜんっぜん女の子と思ってないでしょ?」 「思ってるさ。ただ、『女の子=か弱い』という方程式を認めていないだけだ」 スフィが文句を言おうとした、その時。 「そりゃそれは違うけどでも……なっ!?」 背後から、物凄い力で引っ張られた。一瞬足が宙に浮く。驚いて振り向くフェイトが、やけに遠く感じられる。スローモーションのようにゆっくりとした世界で、自分も振り向こうとして、 「あぐっ……!!」 腹部に強烈な衝撃を感じ、スフィの意識は吹き飛んだ。 「……遅い」 一人ぼっちでドラマを観ながら、直樹は呟いた。 現在時計は午後十一時を指している。スフィがいないと判明したのは七時頃だったから、最低でも四時間不在ということになる。 「世間じゃ、四時間出かけてるのをすぐ帰るって言うのかな」 『すぐにかえります』と、芸術的なひらがなで書かれていた書き置きを思い出す。 一世は仕事らしい。今夜は帰らないと電話があった。内容は秘密とか言っていたが、多分なくなった記憶か何かを一晩かけて思い出させるのだろう。こっちは特に心配していない。 しかし、スフィの事はやはり気になる。まあ、夜道で襲われるとかそういった心配は無用だとは思う。男数人くらい秒殺できるだろう。その点に関しては、むしろ自分より頼りになる。 ただ、いくら実力が分かっていても見た目はやはり少女なわけで、心配するのはむしろ本能的なものである。 それに、早く帰ってきて欲しいという理由はもう一つある。 『ああああああああ!!!! こんな時間まで一体どこで何をやっているんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!! はっ!! ま、まさか不良共に拉致されて人気のないところで××されたり××されたり××されたりしてるんじゃ……ああああああああああああああ!!!!』 ノイローゼになりそうである。目覚めてからずっとこの調子で、直樹の頭は既に割れそうになっている。 「あのさ、もうちょっとボリューム下げてくれないかな」 『き、君は心配じゃないのか!? 彼女のあの白くきめ細かい肌や可愛らしい朱唇やサラサラした髪の毛や微かに膨らんだ乳房や』 「スフィの誉め言葉は聞き飽きた!!結論として何が言いたいんだよ!?」 『だからっ!! 彼女が野郎共に××されたり××されたり××されたりと心配じゃないのかと聞いているのだ!!』 「大丈夫だろ。あれでも魔王だし、フェイトも一緒みたいだし」 『彼女は今弱っているのだぞ!?』 「にしたって、一般人相手にゃ負けないだろ」 『その根拠はどこから来るのだ!!』 「一昨日の夜の暴れっぷり」 こんなんが恋人じゃ、五千年前のスフィは相当苦労したんじゃないだろうか、と思う。むしろ本当に恋人だったのかと疑いたくなるくらいだ。 『分かってない!! 君は何も分かってない!!』 アルガデスは、直樹にお構いなしに叫び続ける。 「何がだよ」 『不良共ならまだいいさ。××されたりする前に町中の眷属や使い魔が最速二秒で駆けつけるだろうからな。問題なのはそういう『不良A』なんかじゃない!!』 問題だって言ったのお前じゃないか、と直樹が反論する前に、アルガデスは言った。 『相手がエクソシストだったらどうする!? 今の彼女では勝ち目がない。こいつに出くわしたら、彼女は××される時間すら与えられずに殺されるぞ』 「どうでもいいけど、お前そろそろ『××される』っていうのやめろよ」 しょーもないことを言ってから、直樹は改めて聞く、 「ところで、エクソシストってのは何だ?」 一瞬、息が詰まったようなアルガデス。息なんかしていないはずなのに。なかなかのリアリズムである。 そして、大きく息を吸い(そういう感じで)怒鳴った。 『そんなことも知らなかったのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』 直樹は、意識が飛びそうになった。一瞬目の前に大きな河が現れる。対岸には、なんか『来るんじゃない!!』とか叫んでる人々…… 『死んでる場合じゃない!! さっさと戻って来い!!』 アルガデスの声に、直樹ははっと我に返る。 「誰に殺されかけたと思ってんだよ」 小さく言った文句は、完璧に無視され、 『エクソシストというのは、スフィの命を狙う極悪非道の集団だ!! 世の中から魔族がいなくなればいいなどと考えている。世界のバランスをちっとも考えずに、だ。しかも能力はかなり強いのだから始末が悪い』 「スフィじゃ、勝てないのか?」 『昔ならともかく、今は無理だ。さっきも言ったが彼女はかなり弱っている』 「……それって、見つかったらまずいって事じゃないのか?」 『だからそう言ってるだろーがっ!!』 直樹は急に心配になってくる。帰って来ないのはもしかして、帰らないのではなく帰れないからなのではないか。もし今交戦中だったとしたら? 逃げ回っている最中だったとしたら? それとも……たった今、命を奪われそうになっているとしたら? 「……出かけるぞ」 『当たり前だ。早くしろ』 テレビを消して、自室に向かう。 「居場所は分かるのか?」 『そこまで器用ではない。そんな事ができるのはフェイトくらいのものだ』 「……使えない奴」 『なんだと!?』 コートを着込み、家の鍵を取って、 「いない間に帰ってきたりしてな」 『それならそれが一番良い』 家の鍵を閉めようとして、気付く。 「スフィって、鍵持ってないぞ」 『それは心配ない』 「なんで?」 『フェイトが中に入って、内側から開けるだろうさ』 「……」 自転車のチェーンを外し、直樹は走り出した。目的地は、勘だ。 夜道の一人歩きは危ないとよく言われるが、それは歩く場所にもよる、と綾は思う。 例えばすぐそこの大通り。あそこは一見明るくて人も多く、比較的安全だと思われがちだが、実は不良や怪しい中年がいて、危ない。 対して、今自分が歩いているこの暗い路地はいかにも危なそうだが、誰もいなくて逆に安全である。すぐよこには人家もあるので、変質者に出くわしても大声を出せば問題ない。 ただ、こんな場所をこんな時間に一人で歩く少女というのは、あまり好意的な目では見られないな、とも思う。 苦笑しながら、綾は手に持った本屋の袋を一瞥した。中身は数学の参考書である。別に勉強が好きなわけではないが、今回のテストは参考書がないと少々辛そうなので涙の出費である。 てくてく歩きながら、綾は昼間のことを思い出した。学校のガラスが一斉に割れるという現象。全くもって不可解である。 そう言えば、あの後直樹がやけに暗かった。知り合いが重症を負ったりしたのだろうか。 それとも、直樹が犯人だから、とか。 自分で考えて、綾は自分で笑った。そんな事があるわけがない。理由がないし、大体どうやって全てのガラスを割るというのだ。 「そう言えばあれ……」 スフィに、と渡した袋の事を思い出した。ちゃんと渡しただろうか? 帰るときに持っていたから、持ち帰った事は間違いないだろうが。 一応は、似合いそうなものを見繕った。しかし、綾とは基本的にタイプが違うから違和感があるかもしれない。まあ元がいいから何を着ても似合いそうな気もするが。 可愛いかったな、と思う。同性の自分から見てもそうなのだから、異性から見たら凄いのではないか。直樹は、良い所を見せようとか思ったりはしていないようであるが、少なくとも情けない所を見られたいとは思わないだろう。それは別に、スフィに限った場合ではないだろうけど。 勝てないとか、そういう感情はない。ただ、こういう人間もいるんだな、とは思う。周囲の視線を、一身に集めても不思議ではないような人間。 直樹は、そういう相手が間近どころか同じ屋根の下にいることをどう思っているのだろうか。明日聞いてみよう。「スフィの事、どう思ってるの?」とか。脈ありなら慌てたりするだろうし、脈なしなら「なにが?」とでも答えるはずだ。別にどちらでも構わない。ただ、面白い答えが返ってくるといい。 ……多分、それだけ。 やっぱり自転車で来るべきだったか、と綾が後悔し始めた頃。 微かな物音が聞こえた。 「?」 足を止め、息をひそめて聞き耳を立ててみる。 音ではない。おそらく、息遣い。荒い呼吸が聞こえるのだ。 マラソン特訓中の人がヘバっているのだろうか、とまず最初に考える。 続いて、恋人同士が、夜の公園に飽きてこんな所で……と考える。 なんにせよ、息遣いが聞こえるのなら、すぐ近くだ。見てみるのも面白いかもしれない。 『そーゆー事』の最中だったらソッコーで逃げよう、と決意してから、綾は足音を忍ばせて息の聞こえる方へ向かった。 少し行くと、曲がり角に突き当たった。その先だ。曲がったすぐそこから聞こえてくる。 (そーっと、そーっと) 屈んで、ゆっくりと顔を出していく。 スニーカーが見えた。白い足が見えた。 (人だ……でも一人、だよね?) 白いスカートが見えた。その脇に、なにか黒いもの。 (やだ……猫だ。死んでる?) 気持ち悪くなって、綾は帰ろうとし、顔くらい見ていこうと思ってひょい、と覗き込んだ。『そーゆー事』ではないから、別にいいだろうと思った。 そして、見た。 「……ス、スフィ……?」 見知った少女が、血溜りの中に倒れている。荒く、弱々しい呼吸。力なく横たわった体。 そして、体のあちこちにある無数の傷と、腹部にある大きな傷。血はそこから流れていて、今も止まる気配を見せない。 「な……ん、で」 スフィは、直樹の家にいるはずではなかったのか? なぜ、こんなところで死にかけている? ……死にかけている。 そう思った瞬間、綾の中でようやくスイッチが入った。 「スフィ、スフィ!!」 急いで傍に寄り、揺さぶろうとして慌ててやめる。こんな状態で揺さぶったりしたらそれがトドメになりかねない。少しの間オロオロし、浮かんだ案はなぜか救急車ではなかった。ポケットから携帯電話を取り出して、震える指で操作する。電話帳、検索、フリガナ『カ』。 『カゲヤマナオキ』 直樹の携帯電話の番号である。ちなみに教会の方は一世の名で入れてある。 サブメニュー、発信。 「なおきぃ……」 涙混じりの声で、綾は相手を待つ。 着信メロディーは、某バンドグループ最大のヒット曲。ポケットから流れ出したその音楽を聴いて、直樹は一旦自転車を漕ぐのをやめた。 「うい……藤宮? こんな時間に何か……どうかしたのか?」 文句を言おうとして、普段の綾とは違う声音に気付く。 「おい? 何があった?」 『なおき、どうしよ……どうしよ』 思考能力がなくなったように、綾は『どうしよ』を繰り返す。 「何があった? おい藤宮」 『どうしよ……スフィが、スフィが』 「スフィ!?」 意外な名前に、直樹はつい声を大きくする。 『スフィが……死んじゃうよ』 頭の中が真っ白になった。 我を取り戻したのは、アルガデスの声のおかげだった。 『なにをしているっ!! 急げ!!』 混乱する頭を必死で整理しながら、直樹は全力でペダルを漕ぎ出す。携帯電話を握り締め、大声で、 「今どこだ!?」 |
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