oneself hero

 

 半殺し。半分殺すというのは一体如何なる意味なのかと、男は真剣に考えている。体の左もしくは右半分を完全な機能停止に陥らせるのか。いや、それだったらすぐに全殺しだ。上半身と下半身も同様。すると、体は動くが頭は動かないか頭は動くが体は動かないか、いやそもそも殺すというのは息の根を止めるという意味であって……

 とまあ、こういった事を真面目に考えている。

 男の名前は、体の方は倉島明という。だが人格は全く違う人間である。断っておくが多重人格ではない。

 彼の名前はヒュエル。

 五千年前の人間である。

 幽体離脱という技がある。マンガやテレビではす〜っと魂が簡単に抜け出てしまうが、実際はそんなに容易くはない。体と魂は一種の錠のようなもので繋がれており、死にかけようが寝ていようがまず離れることはない。魂がふらふら抜け出てばかりでは困るからだ。

 幽体離脱とは、自らの意思でこの錠を外す技術の事である。

 五千年前、ヒュエルは研究の末この技術を習得した。そして、繰り返し繰り返し、少しずつ霊体に慣れる事によってついに魂のみでも成仏しないようになったのである。

 以来五千年、元々真面目なヒュエルは一緒に覚えた憑依の術を使い、この世にはびこる悪の芽を潰していった。

そこで終われば彼は誰もが認める正義の戦士なのだが、残念ながら続きがある。五千年という長い年月のうちに、ヒュエルの思考能力は目も当てられない状態にまで落ち込んでしまったのだ。だから、物事を考える事はおろか喋ることすらままならなくなってきている。ぶつかっただけの少女まで「悪」と見なした原因は、ここにある。

 我を失ったヒュエルは、ただ「悪を滅ぼす」という意志のみで動いている。そこへいくと魔王なんていうのは悪の権化なわけで、その魔王であるスフィの眷属、カラスも当然同罪。そのカラスを庇う人間も、やはり同罪なのである。

 長い長い思考の末に、ヒュエルはようやく直樹を見据えた。待ちくたびれたような表情の直樹。ヒュエルは笑い、足に力を込め、大地を蹴る。



「うお!?」

 次の瞬間には、ヒュエルは直樹の目の前にいた。いきなりの事に驚く直樹。

「しね!!」

 ヒュエルは叫んで、直樹の顔を掴もうとする。が、手が触れる直前に体に物凄い圧力がかかった。不意を打たれて吹っ飛び、元の位置まで戻ってくる。

「油断するな馬鹿者」

自転車のカゴからアラン。体力と能力は無関係のため、ヘバっていても能力の方は使えるのだ。

「いや、油断してたつもりは」

「来るぞ」

「え……おわっ!!」

 今度は直接突進してきたヒュエル。直樹はそれを間一髪で避ける。反撃はしない、と言うかできない。

「アラン、しばらく足止めしてくれ!!」

「この役立たずめ!!」

 アランが叫んだ直後に、ヒュエルがまた立ち上がる。

「きえろ……」

 また突進。

「げっ、」

「お前はさっさと能力を使え!!」

 アランの一喝と共に、上空から黒い影が舞い降りた。影は直樹をヒュエルの間に滑り込み、ヒュエルに向かって飛んでいく。

「ぐおぉ!!」

 ヒュエルが顔を庇いながらうずくまった。黒い影、アランの手下のカラスの嘴が見事に突き刺さったようである。相当なダメージであることは疑いようがない。

「痛そー……」

『感心してる場合かっ!!』

 アルガデスが怒鳴った。見せ場の割には随分怒られている直樹である。

「アラン、頼むぞ!!」

 言いながら、直樹は固く目を閉じる。すぐさま広がる暗闇。光は見えない。探し始めるが、なかなか見つからない。

「どこだ……?」

 見渡す限りの闇。自分の姿すら確認できないほど。

 できるだけ早く帰ろうと、直樹は少し急いで光を探す。だが、見つからない。

 暗かった。ひたすらに暗かった。突然、脳裏に言葉が響いた。

『どこを見たってずっと真っ暗、どこまで行ってもずっと真っ暗』

 こういう場所なのだ。

 スフィが五千年の間閉じ込められていたのは、こういう場所なのだ。

 そして、ようやく出てこれたと思えば今度はエクソシスト。

 冗談ではないと思う。いくらなんでも苦痛を与えられ過ぎではないか。

 そして、その苦痛を与えたのは自分。かつてアルガデスであった自分。だからこそ、自分には彼女を守る義務がある。

「……スフィには、」

 光が見えた。直樹はそれを掴む。

「指一本、触れさせない……!!」

 目を開く。いつの間にか集まってきていたカラスが、ヒュエル相手に死闘を挑んでいる。ヒュエルはちぎっても投げてもわいてくるカラスにうんざりしながらまたちぎって投げている。

 何も起こっていない。失敗したかと一瞬不安になる直樹だが、直後に気付いた。

 自分に起こった異変に。

「俺、こういうのの経験ってないんだけどな」

 苦笑しながら、自分の右手を見る。どうせならもっと楽なようにしてくれりゃいいのに、と思ったところへ、アルガデスが言った。

『だがまあ、接近戦での力が必要なこの状況にはかなり適した能力だろう』

「でも、俺はこういうの素人だぞ」

『誰だって最初は素人さ。大丈夫。危険が迫れば無意識に対処するさ』

 イマイチ不安だったが、直樹は覚悟を決めた。一歩踏み出し、跳躍する。

「うひょー」

 一回地面を蹴っただけで、電柱を軽々と越えてしまった。上空で右手を振りかぶり、近所迷惑にならない程度に、

「避けろぉー!!」

 と地上のカラス達に向かって叫ぶ。一斉に散開していくカラス達。その中心にいたヒュエルだけが、呆けたように直樹を見上げている。

「いっけぇぇぇぇぇぇ!!」

 掛け声と共に直樹は素手の右手を振り下ろした。すると、右手から真っ青な光輝が溢れ出す。光は一瞬で、巨大な槍の形をとった。

 ヒュエルは、慌ててその場から離れた。一瞬後に直樹の槍が降ってくる。破壊音はない。なぜなら、地面に当たる直前で直樹が槍を止めたからである。

「振り下ろすときは物凄く重かったんだけどな……都合のいい武器だこと」

 直樹が呟く。同時に槍が姿を消す。

 武器が消えたと見て、ヒュエルはここぞとばかりに直樹に攻撃を仕掛ける。

「おっと」

 直樹は慌てず騒がず、ひょいと右手をヒュエルに向けた。再び青い光。直後には、大きな盾が姿を現している。

 ヒュエルは急ブレーキをかけたが、勢いを殺せずに盾に衝突した。呻き声。が、すぐにハッとした表情で飛び退く。入れ代わるように、盾からトゲが何本も飛び出してきた。反則技のオンパレードである。

「お前避けるの上手いなぁ」

 優勢な者特有の余裕を見せながら、直樹は言う。

「……ぐ……うぐ」

 ヒュエルは悔しげでもある、苦しげな声を漏らす。ところで、体の方は当然、パソコンショップで年齢指定なゲームに興味を覚えていたところを乗っ取られた某電話会社に就職して三年目の倉島明(21)のものなのだが、こんなにダメージを食らって彼は大丈夫なのだろうか。

 もちろんそんな事情など思いもしない直樹は、情け容赦の全くない攻撃を加えていく。槍で突き、剣で薙ぎ、銃で撃って金槌で叩き潰す。半殺しどころか全殺ししそうな勢いである。

「この……チョコマカと」

『殺れ直樹、いけ、殺せー!!』

 勇者にあるまじき言葉で直樹を激励するアルガデス。当初の目標(半殺し)を完全に忘れている。

「ああああああああああああああ!!!!」

 ヒュエルが大声で叫んだ。直樹の一撃を避け、周囲を物凄いスピードで駆け回る。すると、

『な、なに!?』

「……」

 直樹の周囲に、無数のヒュエルが出現した。いや、ブレている所を見るに、残像である。幾つもの地点に一瞬ずつ停止する事によって、本体がどれか分からなくしているのだ。

『しね……しね……しね……しね!!』

 無数のヒュエルが呟く。なかなか怖い。

『くっ……直樹、どうする?』

「……」

 直樹は無言で、剣の状態だった光を長い棒に変化させた。そして、

「おりゃ」

 その棒で無造作に、近くにいた残像を叩いた。確かな手ごたえ。「ぐおっ」という声がして、本物のヒュエルが地面を転がる。

『凄いな。なぜ本体が分かった?』

 直樹はつまらなそうに、

「残像が残ってる間にそこに来るってことはさ、言い換えればいつでもそこにいる……つまり全部が本体って事だろう」

『あ……』

 こいつ、ひょっとして物凄いバカなんじゃないだろうか。

 のたうちまわるヒュエルを見ながら、直樹はそう思わずにはいられない。こんなのにスフィがやられたとは信じられない。

「……長いこと苦しんでたから、鈍くなってたんだろうな、きっと」

 そう思っておくことにする。

 ヒュエルが立ちあがった。息が荒い。なんだか見ていて気の毒にさえなってくる。

 だが、次の瞬間には、そんな気持ちは消し飛んでいた。

 直樹は突然、背後から何者かに引っ張られた。驚いて振り向き、背筋が寒くなった。

 そこにいたのは、真っ黒な、影が立体になったような人の形をしたもの。二体、三体と地面からわいてくる。

 自分を掴んでいる一体目を剣で切り払い、直樹は急いで距離を置いた。だが、追いかけてくるように次から次へとわいてくる。

「これが本気ってわけかよ」

 ヒュエルを見ると、勝ち誇ったような表情で早口にぶつぶつと呟いていた。

「ちょっと黙れ!!」

 剣を銃に変えて、ヒュエルを狙って一発撃つ。反動は全くない。

 しかし、弾丸は影の手によって阻まれた。舌打ちする直樹。

『その能力では無理だ。能力を変えろ』

「この状況でか?」

 すでに周囲には十数体の影が出現している。カラス達が上空にいるにはいるが、弾丸を受け止めたり剣で切られたりしても平気で突っ立っているような相手に物理的な攻撃が効くとは思えない。

『大丈夫』

 直樹の心を読んだかのような、アルガデスの声。

『君は勇者。世界のバランスを保つ者だ。こんなところで負けるなんて事を、世界が許すはずがない』

「変な理屈……全然説得力ないぞ?」

『どのみちこのままではやられるだけだ。なら試してみても同じだろう?』

 それもそうだ、と思った。

 直樹は再び目を閉じる。すると、

「……うわ」

 巨大な光が目の前にあった。待ってましたなんて声が聞こえてきそうである。

 手掴むなんて事はとてもできそうにない。直樹は意を決して、その光の中に飛び込む。

 目を開けた。敵側に変化はない。となれば変化を起こしているのは、

『だから言ったろう?』

 楽しげな声で、アルガデスが言った。

 直樹の体から眩いばかりの光が迸っている。それに照らされると、影は空気が抜けたように消滅した。

 数秒で、影はその姿を全て消した。残るは、

「なあ、これってあいつにも効くかな」

『おそらくは』

 戸惑うヒュエルに向けて、直樹は右手を突き出した。全身の光が収束される。

「ま、効かなかったらそのときだ」

ヒュエルに向かい、放った。巨大な光の渦がヒュエルを飲み込んでいく。一瞬、周囲が昼間以上に明るくなる。

 そして光が消えたあと、ヒュエルは地面に倒れ伏していた。ピクリとも動かない。

「やべ……死んだか?」

 恐る恐る近寄る直樹。すぐそばにしゃがみ、そーっと顔を覗く。

 安らかな寝顔がそこにはあった。打撲やらなにやらで満身創痍ではあるが、命に別状はないようである。

「勝ったみたいだな」

『そうだな』

 ほっと息をついて、直樹は立ち上がった。倒れている自転車を起こし、手で押して歩く。既に日付が変わっている。早く寝ないと二日連続で遅刻してしまう。

「あれ? アランがいないじゃんか」

 上空を見上げても、既にカラスの姿はどこにもない。

『先に帰ったのだろう。彼には報告の仕事もある』

「大変だな……カラスのくせに」

 感心するやら呆れるやら、複雑な気持ちの直樹である。

「アランはやっぱり五千年前からスフィといたのか?」

『いや。おそらくフェイトが声をかけたのだろう。五千年前彼女といたのは、今ではフェイトくらいのものだ』

「あいつが一番の古株か」

 道理でスフィとの関係が他の奴らと違うはずである。お目付け役まで担っているのだから、五千年前の奴らの中でも古い方だったのだろう。ひょっとすると、一番最初に出会ったのかもしれない。

「そういえばさ、前にスフィがこんなこと言ってたんだけど」

『なんだ?』

「お前となんか約束したとか。どんな約束したんだ?」

『お、教える必要はないっ!!』

 微妙に慌てた声。聞き方によっては、恥ずかしがっているようでもある。

「そんなに恥ずかしい事なのか?」

『う、うるさい!! 聞くなっ!!』

「なんだよ。気になるじゃんか」

 もっと問い詰めよう、と思ったときだった。

「!?」

『これ以上は……どうした?』

 いきなり襲ってきた衝撃に、直樹はたまらず膝をついた。

(な……ん、だ?)

 意識が遠のく。アルガデスが何か叫んでいるが、聞こえない。

(だ、めだ……ね……む……い…………)



 教会の中は静かだった。電気はどこもついておらず、それは住人が寝静まった事を指している。

 そんな中の廊下を直樹は歩いていた。自室の扉を開けるが、スフィの姿はない。しばらく黙って見ていたが、やがて入る事なく閉めた。

 続いてスフィの部屋まで来る。扉には『南無妙法蓮華経』のお札。一瞥して、それを払いのける。

 扉を開いた。

 綺麗に片付けられた、と言うか基本的にモノがない部屋がある。数冊しか入っていない本棚と何も乗っていない机が正面にあり、その隣に人影が横たわっている簡易ベッド。

 直樹は迷わず、ベッドの方へと歩み寄った。

 カーテンは閉められておらず、寝ている人物が誰かは一目瞭然である。

 スフィだ。傷の痛みもそれなりに癒えたらしく、穏やかな寝息を立てている。

 直樹は静かに笑い、右手を動かした。ゆっくりと持ち上げ、ゆっくりとスフィに近づけていく。そして、もう少しでスフィの顔に触れるといった、そのとき、

「いけない事ですよ」

 スフィが口を開いた。まさか起きているとは思わなかったのか、直樹は驚愕の表情を浮かべる。

 スフィは上半身を起こし、直樹をじっと見据えた。

「ダメですよ。女の子の部屋には、ノックしてから入らなきゃ」

 そう言って、悪戯っぽい笑みを浮かべる。だが直樹はそれどころではない。右手をなんとか動かそうとするが、上手くいかない。

 ……全身が全く動かない。

 スフィはそんな直樹の脇を通り、部屋の電気をつけた。急に明るくなる室内に目を細める。目が慣れてきた後、上着を羽織って机の椅子に腰掛けた。

「で、何の用です?」

 どこか面白そうな声である。

「……やつをたおした……ほうこくに……」

「見え透いた嘘はムダですからやめてください。直樹……いえ、他人を乗っ取る能力という事は、ヒュエルさんですね?」

 ズバリと言い当てられて、直樹を乗っ取ったヒュエルは明らかに狼狽する。

「わたしが直樹さんに全て任せて眠りこけてるとでも思ったんですか? 見くびらないでください。これでも魔王なんです。一度騙された相手にもう一度騙されるほどバカじゃありません」

 ヒュエルは悔しげな表情を作る。

「非常に良い考えですよね。あなたの力では直樹さんには勝てない。だから、能力は使えなくても体を奪えば脅威は消し去る事ができる。おまけに見知った姿だからわたしも気を許すかもしれない。頭良いじゃないですか」

 声に、嘲笑が混じる。どんなに見た目が普通であっても、彼女は魔王。暖かさの裏に、常に冷たさを備えている。

「失敗は、わたしに一度接触した事でしたね。それとトドメを刺す事をしなかったこと。幸い、あの後知り合いの方に見つけてもらったんですよ。おかげで今はピンピンしてます。あの事で対策まで講じる事ができたし。残念でしたね」

 ヒュエルはスフィを凄まじい表情で睨みつけながら、なんとか身を動かそうと、能力を使おうと試みる。だが、

「何やろうとしたって無駄ですよ。直樹さんに治してもらったのが引き金になったみたいで、以前の力が少しだけ戻ったんです。それでもあなたと接触したときの比じゃないくらいにはなってます」

 スフィは、ヒュエルを冷静に見つめ、はっきりと言った。

「今はもう、あなたは絶対にわたしには勝てません」

 その言葉にヒュエルの抵抗が激しくなる。だが全く動けない。その事実が、スフィの言葉の裏付けになっている。

「ところで、あなたをどうするかですが」

 怒り狂うヒュエルを完璧に無視して、

「今すぐ地獄に叩き落してもいいんですけどね。わたしにはそうするだけの権利はありますから。でも、そうすると直樹さんまで一緒に地獄に行っちゃうし、ここは教会なんだから地獄の門を開くのはマズイし……というわけで、後は任せます」

 最後の言葉は、ヒュエルの向こう側。開かれた扉のところにいる人物、一世に向けられていた。

「なっさけねぇなぁ。退治しに行って逆に乗っ取られるとは」

 嘆くように言う。スフィは苦笑して、

「まあいいじゃないですか。そうじゃなければこういうチャンスはなかったわけだし」

「直樹が退治すれば良かっただけの話だろうが」

「それは……そうですけど。あ、でもこの時間まで起きてたのがムダにならなくて……」

「罠なんてのはムダになるのが一番良いんだよ」

「……」

 反論できなくなって黙り込むスフィ。天下の魔王が、小さな教会の神父さんに負けている。

「さって、ちゃっちゃと終わらすか」

 言いながら一世は手に持った聖書を開く。読もうとして、ふと顔を上げた。

「安心しろ。行く先はとりあえず天国だから。ま、向こうで地獄行きが決まったなら諦めろ」

 再び聖書に顔を落とす。

「主よ。この哀れなる子羊を、あなたのお力で救いたまえ。雨を凌ぐ屋根を、風を凌ぐ壁を、寒さを凌ぐ火を、あなたの元で与えたまえ」

 詠唱が終わると同時に、直樹の体が光に包まれる。屋根を通り抜けた光は直樹の中から一人の人間を引き出し、消えた。

「終わったぞ」

 パタン、と聖書を閉じながら、一世。

「ご苦労様です」

 背もたれに体を預けながらスフィ。ヒュエルには勝てると言ったが、実際はかなり際どいところだった。

「大丈夫か?」

「はい」

 言う声にも力が篭っていない。

「……どれ」

「え? ……ちょ、ちょっと、」

 有無を言わさず、一世はスフィを抱きかかえてベッドまで運んだ。

「あまり無理をするな」

「随分優しいんですね」

 訝しげなスフィに、一世は呆れた声で、

「俺は神父だぞ? 怪我人をベッドに運ぶくらい、何の不思議もないだろう」

「……本当にそうですか?」

「……いや」

 一世はニッと笑い、

「これからも家事と、」

 床でのびている直樹を示し、

「こいつをよろしくって意味でだ」

「ベッドに運んでもらっただけでその二つですか?」

「小遣いくらいやるさ」

「……まあ、それで我慢します」

 どことなく嬉しそうなスフィを見て、一世は密かにしてやったりという表情を浮かべる。

「じゃ、俺はそろそろ行くぞ」

「あ、はい。おやすみなさい」

 床と愛を語っていた直樹を担いで、一世は廊下へ。

「明日の朝飯はいいからな。こいつには購買かコンビニでパンでも買わせるし、俺はどうにでもなる」

「ありがとうございます。じゃ、お言葉に甘えて」

 片手をなんとか開けて、一世は電気のスイッチに手をかける。

「んじゃ、おやすみ」

「はい。おやすみなさい」

 電気が消され、次いで扉を閉める音。室内が一気に暗くなる。

 スフィはしばらくぼーっとした後、毛布にモゾモゾともぐりこんだ。さすがに疲れたのか、すぐに本物の寝息を立て始める。

 カーテンの開けられた窓から、夜空が見えた。

 月が、淡い光を放っている。

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