oneself hero

 

 その少女は、あらゆる意味で怪しかった。関わらずに済むものなら関わらないでいたいし、どうしても関わってしまったのならせめて早く縁が切れる事を、まともな人間だったら祈るだろう。

 直樹は、自分はまともな人間だと思っている。

 少なくとも、目の前でにこにこ笑っているこの少女とお近づきになりたいとは、露ほどにも思っていない。



 別にスフィの事が嫌いというわけではないのだ。そりゃ普通じゃないところは沢山あるが、それも魅力の一つだと思えなくもない。

 ならば何故お近づきになりたいと思わないのかと言うと、

『いいか。あまり調子に乗るんじゃないぞ』

 とか、

『貴様、主に手を出してみろ。未来永劫、永遠に呪い続けてくれるからな』

 とか、

『……まあ、命が惜しいなら軽はずみな行動は慎む事だ』

 とかいう事を、出かける前に散々言われたからである。ちなみに最初の声の主は今も直樹の頭の中でピリピリしてるし、二番目の声の主は今も外の電線の上で手下と共にピリピリしている。三番目の声の主は「楽しんでこい」と尻尾を振っただけだったが。

 翌週の日曜日である。服やこまごました物を買うため直樹は荷物持ち要員としてスフィのお供をしていた。必要な物は大体買い終わっていて、今は雑貨やらを見て回っている。

「わぁ、かわいい」

 変わった形の目覚し時計を見ていた直樹はその声に振り返る。アクセサリーでも見ているのかと思いきや、

「スフィ……それなに?」

「クモの人形です」

 ひょい、と差し出されたそれを見て、思わず身を引く直樹。

「どうしたんですか?」

「いや、俺そういう系のやつダメなんだ……」

「ふーん……こんなかわいくても嫌いな人はいるんですねえ」

 そう言ってクモ人形を眺める。にへら、と締まりのない笑顔。

(……かわいい?)

 さっきはクマのぬいぐるみにも興味を示していたから、単なるゲテモノ好きというわけでもないらしい。ひょっとしたら自分より小さいものは皆かわいいと思っているのかもしれない。

 それはそれで変だけれども。

『優しいなあ……あらゆる相手に平等に優しいところは、昔とちっとも変わっていない。だがその中でも特に優しくされていたのは……』

 なんか電波が飛んできたが、直樹は無視する。

「わあ〜、すごいすごい、コレどうなってるの〜」

 今度はタッチライトに興味を示している。子供のようにはしゃいでいる姿に苦笑しながら、直樹はふと傍らの棚を見た。

「あ……」

 なんだかよく分からないものに混じって、箱型のオルゴールがあった。手にとって蓋を開けてみる。少し前に流行った、バラード系の曲が流れる。

「……」

 少し考えた後値札を見て一つ頷く。そのオルゴールを手に、直樹はレジへと向かった。



 どうせ一世は家にいないので、昼は外で食べる事になっていた。デパートの上の階で食べても良かったが、せっかくなので外を見て回る。

「どこも混んでますね〜」

「時間が時間だからね」

 午後一時の時点で空席のある店などほとんどない。仮にあったとしても、逆に入るのに不安を覚える。

「少し歩く? そこらへんで時間を潰してれば……」

『君。その発言には下心が垣間見えているような気がするのだが……』

 再び電波が飛んでくる。今度も無視。

「いいですね。じゃあ案内お願いします」

「俺が?」

「わたしはこの町の地理は全然知りませんから。だから直樹さんが逃げちゃった後、大変だったんですよ」

「俺が逃げた後?」

 身に覚えがない。

「忘れたんですか? 初めて会ったとき、直樹さん逃げちゃったじゃないですか」

「ああ、あの時か……」

 あの時はカラスにビビっていたのだ。それが今では……

「ずーっと町の中を彷徨ってたんですよ? おかげで変な声かけてくる男の人を何人も病院送りにするハメに……」

「ごめんごめん……って、病院送り?」

 最近の新聞に載っていた事件が思い出される。町の至るところで起こっていた原因不明の傷害事件。被害者は皆同様に「ば、化物……」と口走っていたとか。直樹はそれらは全てヒュエルによるものだと思っていたが、どうやらこの犯行にはスフィも一枚噛んでいたらしい。

 ヒュエルの事はスフィから聞いていた。別に根っからの悪ではなかったらしいと、今では思っている。大体魔王なんていうのは人間からすれば退治される側なのだから、ヒュエルのやった事は一種当然と言えない事もない。

 だが、たとえ事前に知っていても、違う事をしたりはしなかっただろう。

「なあ、そう言えばさ」

「はい?」

 二人して歩きながら、直樹は言った。

「この前言った、その……オルゴール。こんなもんで良かったかな?」

 目を逸らしながら、包みを渡す。

「あ、気に入らなかったらまた別のを……」

「そんな事ありませんよ!!」

 突然の大声に、直樹はビックリして向く。

「とっても嬉しいです。一生大切にします、ぜったい!!」

「そ、そう……そりゃどうも」

 そんなに大切にするなら、もっと高いやつを買った方が良かっただろうか、と密かに思う。なんせ五百円の物なのだ。

『やるじゃないか。プレゼントで好感度アップとは』

「……やかましい」

 スフィに聞こえないように呟く。

『だが、僕の前ではそれは所詮無駄な行為さ。なんせ僕とスフィは赤い糸で……』

「なあ、五千年前の約束って一体何なんだ?」

 照れ隠しとささやかな嫌がらせとして、直樹は言った。アルガデスがこの話題を避けるのは確認済みである。

『き、君!! それを聞くな!!』

 案の定、面白いほどに狼狽する。お前には聞いてないと心の中で返しながら、続ける。

「前に言ってたよな? なんか約束したって。あれがどうも思い出せなくて」

「そうですかなんですか」

 包みを大事に抱えながら、スフィは上目遣いで直樹を見上げ、真剣な表情で、

「秘密です」

「は?」

 言った直後、軽い微笑を浮かべる。

「自分で思い出してください。わたしから教えるきはありませんよ」

「な、なんで?」

 困惑気味の直樹。頭の中であからさまに安堵した気配がする。

「どうしても?」

「どうしてもです」

 スフィは、くすくす笑いながら歩いている。



 五千年前、アルガデスは言った。

 五千年後、直樹はどうやら無意識にそれを守っているらしい。まだ完全に守られたわけではないが、少なくとも破られてはいない。

 そのうち思い出すだろう、と思う。自分から言う気は、スフィにはない。

 なぜなら、口に出すのはかなり勇気が必要だから。

『生まれ変わったら、その時はきっと君を守ってみせる。他の全てを捨ててでも、きっと君と幸せになる』

「きっと、思い出せますよ」

「ん?」

 ふと漏れた呟きを敏感に聞きつけて、直樹が反応する。

「何か言った?」

「いえ。大した事じゃないです」

 軽く受け流しながら、スフィは誤魔化すように空を見上げる。木々がしなっている。顔に当たる風は冷たい。ただ、空は気持ちよく晴れ渡っている。

 風が強い日だった。

 今日が休みで良かったと、スフィは心から思った。

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