ピース・ブレイカー
| 満月が夜空に浮かぶ。 宿屋の一室から、クウヤはそれを何気なく眺めている。 月明かりの晩……奇襲にはあまり向いていない。もっとも、白い服など着ていては、月明かりや星明りなど無関係に夜間は目立つ。だったら、満月だろうが新月だろうが晴天だろうが曇天だろうが、天候の具合は何の意味もない。 そこらへんをもう少し考えれば、少しはやり易くなるだろうに、と思う。もっとも、クウヤとしては、そんなこと考えてくれない方が好都合であるのだけれど。 ……控えめなノックの音。 「ジュリ?」 「……お邪魔します」 ノックの主は、予想した通りの人物だった。宿屋の中でも帽子は外さず、刀をぶら下げて、深夜であるにも関わらず昼間と同じ格好をしている。格好に関してはクウヤも同じなので、人のことは言えないのだが。 「そろそろ行く?」 尋ねる。が、ジュリはそれには答えず、別のことを聞いてきた。 「何を偉そうに、って思いました?」
「? 何が?」 「昼間、わたしがあの子に言ったことです」 淡々と、尋ねてきた。気負う様子もない。不安そうな感じもしない。ただ、一つの意見を求めるために聞いているように。 クウヤはそれに、質問で返す。 「どうして僕がそんなこと思うの?」 「クウヤさんはわたしの目的を知っているからです」 ジュリの目的。世界の平和を乱すこと。 「わたしは思いっきり他人を害するために力を振るっています。あの子に言ったのとまるで逆です。気に入らない奴をどうにかするために、刀を抜くんです。あの子が知ったら、きっとこう言うでしょうね。自分が守れてもいないことを、他人に偉そうに語るなって」 「……そのときは、僕が言ってたよ」 一応のフォローはしながらも、クウヤは少し驚いていた。ジュリがそんな風に考えていたとは思わなかったのだ。彼女は自分の目的に正当性があると思っていると、クウヤはそう考えていた。刀を抜くのも、力を振るうのも、全ては当然のことであると。 だが、ジュリは今はっきりと口にした。自分は、他人を害していると。 「驚きました? わたしがこんなこと考えてるって」 「……うん。はっきり言って、かなり」 正直に頷くクウヤに、ジュリは口だけで笑いかけてくる。 「わたしだって、自分の目的が決して正しいものでないことくらいは分かってるんですよ。クウヤさんがわたしを止めるために一緒にいてくれていることも、ちゃんと知ってます。どーやらクウヤさんは、わたしを頭のイカれたキチガイ女のように思っていたらしいですけど」 そこまでは思ってないぞ、とクウヤは言おうとして、ふと動きを止めた。 逆に言えばそれは、ある程度はそんなことも思っていたと白状するのに等しい。危ない。そんなことを口にしようものなら、その直後には彼女の愛刀が閃いてしまう。 命は惜しい。まだまだ死にたくはない。そんな理由で黙り込むクウヤにジュリは首を傾げる。「何でいきなり黙っちゃうんですか?」「い、いや、別に……」冷や汗がタラリと頬を伝い、やがてジュリはため息をつき、続きを自ら口にした。 「答えをまだ聞いてませんでした」 「こ、答え?」 「……何を偉そうに、って思いましたか?」 首を傾げて、静かに問うてくる。何かを期待するような響きがある。それが何を期待しているのかクウヤには分かる。瞳ではなく、彼女は言葉の中にメッセージを隠して訴えてきている。 君は正しかった――そう言って欲しい、と。 あの言葉は確かに正しい。だが、あの言葉に反している自分が口にしてしまっては、本当に正しいのかどうか分からない――そういう状態なのだろう。クウヤに保証してもらうことで、安心しようとしているのだ。 ジュリのやろうとしていることを、クウヤは正しいとは思わない。 だが、あのとき少年に言った言葉は、間違いなく正しかった。 だから、クウヤはこう言った。 「思ってないよ。偉そうも何も、あれは当然のことを言っただけだよ」 「……そうですか」 ほっと息をついた……ように、見えなくもなかった。 「ありがとうござます。これで、心置きなく殴りこみをかけることができます」 「殴りこみ……やっぱり、今から行くの?」 「はい」 「……僕がどうしてジュリと一緒にいるのか、その理由も知ってるのに?」 彼女を止めるつもりで、尋ねた。自分と意見を違えてでも、ジュリは目的を達成しようとするのか。これは、そういう問いだ。ジュリにとってクウヤが少しでも大切な存在であるなら、これの返事には窮するはず―― 「そうです」 即答された。 呆気に取られるクウヤの目の前で、ジュリはやはりと言うか、静かな微笑みを口元に浮かべている。 「わたしを止めること――それがクウヤさんの目的なら、」 迷いも、不安も、その声には一切含まれていない。 「わたしの目的は進むことです。誰にも、何にも止められることなく、目的に向かって邁進することです。止めたければどうぞ止めてください。わたしは自分から立ち止まるつもりはありません」 強く、きっぱりとした声だった。 やっぱり「君は正しい」なんて言うんじゃなかった。クウヤは、ジュリの言葉を受けて密かに後悔する。言わなければ、ジュリがこんな強気になることはなかったのに。自分の正当性を保証されて、妙にやる気を出してしまったのだ。 もちろん、クウヤが正しいと認めたのは少年に対する言葉であって、ジュリの目的では決してない。だが、そんなことは問題ではない。ジュリの中では「君は正しかった」という言葉の方が重視されて、「何が正しかった」の部分は端の方にちょこっと見え隠れしているに過ぎない存在にされてしまっているのだろう。自分に都合のいい部分を拡大して見るのは、人間全てに通じる傾向である。 それを指摘するべきか否か。クウヤが悩んでいる間に、ジュリはさっさと背を向けた。 「では。あの子が起きてくる前に終わらせたいので、そろそろ行きます。留守番よろしくお願いします」 少年はジュリと一緒の部屋に泊まっている。性別で言うならクウヤが一緒に泊まるべきなのだが、クウヤよりもジュリの方が、少年としては安心するはずなのだ。気を許す、と言うべきか。 彼が起きたときにジュリがいないとなると……まあ、いくらでも誤魔化せるだろうが、それでもあまり好ましいことではない。ジュリの姿はあった方がいい。 夜明けまであと数時間。それまでに行って、事を終えて帰って来る。並の人間では不可能な行為だが、ジュリはそれを平然と宣言していた。 「――待って」 そんな彼女を、クウヤは呼び止めた。扉に向かっていたジュリが振り向く。 「何か?」 「僕も一緒に行く」 ジュリがぽかんと口を開けた。非常に珍しい反応である。 その一秒後、ジュリは呆れて物も言えなさそうな口を必死に動かして、なんとか物を搾り出す。 「……クウヤさん。あなたに来られても、はっきり言って邪魔なだけです。役立たずです。足手まといです。武器を使ったこともない人間に来られても意味がありません。大人しくここで待っていてください。気持ちだけ受け取っておきますから」 普段と比べて(あくまで普段と比べて)棘が少ないのは、さきほど彼女の期待に応えたことへの礼のつもりか。 それでも十分にグサグサやられたクウヤだったが、しかし、引き下がりはしない。 「そ、それでいいんだよ。邪魔するつもりなんだから」 「……はい?」 わけが分からない。そんなジュリの仕草。クウヤは笑って、告げた。 「自分で言ったでしょ。止めたければどうぞ止めてくださいって。だからそうするんだよ。僕は君を止める。そのために、ついて行く」 ジュリは、しばらく呆然としていた。 そして、呆れ果てたような声で、言ってきた。 「……死ぬかもしれませんよ?」 クウヤは答える。 「なるべく死なないようにするよ」 「痛い思いをするかも」 「我慢するさ」 「捕まっても助けはしませんよ?」 「ジュリが暴れている限り、向こうに僕を捕まえる余裕があるとは思えないね」 「邪魔だったら、容赦なく斬りますよ?」 「できるの?」 平然と問われたことに、平然と返した。 ジュリはそれに、平然と返すことができなかった。 「それは……」 その続きを、ジュリは口にできない。クウヤはじっと彼女を見つめる。帽子に隠れている瞳の位置から目を逸らさない。 「それは……」 クウヤは黙って、彼女の答えを待つ。 やがてジュリが発した言葉は、問い返しに対する答えではなかった。 「……ついて来たいんだったら勝手にしてください。わたしは知りません」 拗ねたような声だった。 「ありがとう」 クウヤはそれに、笑って答える。 町の最南端。ムダに大きい屋敷が、森の木々に囲まれている。 勝手にしろとは言ったものの、ジュリはクウヤのペースに合わせてくれていた。彼女の並外れた運動能力なら、クウヤなど一秒あれば置き去りにできるのに。何だかんだ言って、気づかってくれているのかもしれない。 ……まあ、クウヤが今荷車に乗せて運んでいる人質四人が到着するまでは、行動を起こせないという理由だけなのかもしれないが。ちなみに荷車は、最初に見かけたものを無断拝借して来た。返す予定はない。 「もう少しですクウヤさん。ホモの餌食になりかけたという汚名を払拭したいなら、少しは根性見せてください。童顔っていうのはただでさえナメられやすいんですから」 「自分より大きい人間を四人も、町からここまで運んできただけでも、十分根性見せてると思うのは間違いかな……?」 「間違いです。最後までやり遂げてこその根性です」 「……オーライ」 これは仕返しかもしれない。宿屋で、ジュリを困らせたことに対しての。 いつもいつも毒舌を浴びせかけられているのだから、たまにはこっちが優位に立ったっていいじゃないか。言葉にすると何と返されるか分からないので、心の中でそっと思う。それにしても困惑するジュリは珍しかった。弱気になることは本当に稀にだが、ある。だが、彼女が困っているのを見るのは、あれが初めてだったかもしれない。 可愛い一面もあるにはあるんだよなあ……と、ぼんやりと考えていると、 「何をにやけているんですか。気持ち悪いですね。着きましたよ」 言われてハっと気付けば、屋敷はもう目と鼻の先だった。一旦止まり、様子をうかがう。 「見張りは二人。なんて無用心な……襲ってくれと言っているようなものじゃないですか。まあ、好都合ではありますけど」 平和な今の世の中、他人の屋敷に奇襲をかける人間など、ジュリの他には一人もいないだろうとクウヤは思う。 「さて。じゃあクウヤさん。行ってらっしゃい」 「は?」 一瞬何を言われたのか分からず、聞き返した。ジュリはあくまで平然としている。 「その四人を連れて、あの見張りの二人のところへ行ってください。……別に戦えだなんて言いませんよ。注意を引き付けておいてください。すぐに行きますから」 「……絶対だよ」 我ながら情けない台詞だなと思いながらも、クウヤは言わずにはいられなかった。荷車を押しつつ、見張りの二人のところへ向かう。 「……! 止まれ!」 あと五メートルというところで、制止の声がかかった。言われた通りクウヤは立ち止まる。見張りの二人はピタリと銃を構えながら、聞いてくる。 「何の用だ?」 「いえ……あの、ここの人たちが道に倒れてたんで、連れてきたんですけど……」 「ここの……坊ちゃんたちか!? 倒れていた!?」 この図体に坊ちゃんはないだろう。そう思いつつ、クウヤは頷く。見張り二人は目配せし、一人が慌てて駆け寄ってきて、 そいつが、いきなり吹っ飛んだ。一回、二回、三回、地面を転がって、閉ざされた門に当たって止まる。 「なっ――!?」 クウヤの目の前には、昼間と同じように、ジュリが刀を手に屈んでいた。立ち上がり、呆気に取られているもう一人の見張りに向かって言う。 「応援を呼ばなくていいんですか?」 「え……? あ? な、なんだよお前は、くそっ――」 混乱しきった表情で、上空に向かって銃を撃つ。真夜中の森の中、その音はかなり遠くまで響き渡る。 そして、その直後には、もう一人の見張りもジュリによって倒されていた。まだ刀は抜いていない。 「わざわざ呼び寄せる必要あるの?」 「作戦を説明します」 クウヤの問いかけは無視して、ジュリは話し出す。 「これからガードマンの方たちがわらわら来るでしょうから、とりあえずクウヤさんは荷車を引いて森の中を走り回ってください」 「は!?」 「その間にわたしは屋敷に潜入します。警備が手薄になるでしょうから、事はすぐに済むでしょう。適当に時間が経ったら、宿に戻ってください。わたしも勝手に戻ります。何事もなかったように、向こうで落ち合いましょう」 「待って待って待って待って! 何? 何なのその、僕に死ねと言ってるかのような無茶苦茶な作戦は!?」 「無茶苦茶? わたしは言ったはずですよ?」 実に楽しそうな声で、ジュリは首を傾げる。 「わたしの目的は進むこと。誰にも、何にも邪魔されることなく邁進すること。そのためには手段を選びません。周りのものは全てわたしの道具です」 「言ってない! 後半はたった今付け足されたものだよ! 何!? 僕がジュリを困らせたこと、そんなに根に持ってるの!?」 「……いえ? 別に?」 「絶対根に持ってるだろその間は! いいじゃんたまには! 僕だってたまにはジュリの可愛いとこ見てみたいって気にな――」 そこまでだった。 そこから先は、押し寄せてきたガードマンな方たちの怒号にかき消された。門が開く。その先にいるのは、総勢十数名の屈強な黒服たち。 「何だ今の銃声は!」 「あ、どうしたお前ら! しっかりしろ!」 「おいガキ! てめぇその荷車の上に誰を乗せてやがる!」 これから、アレを相手に鬼ごっこをしろと? 荷車付きとは言え、自分よりも遥かに重いハンデを背負いながら? 僕の人生終わった。短い人生だった。はらはらと涙を流しつつ、クウヤが走馬灯を見ていると、 「……まあ、悪い気はしませんね、そう言われるのも。何度もやられるのは遠慮したいですけど」 ジュリの、ポツリという感じの呟き。 「正直ちょっと嬉しいです。ありがとうございます。というわけで――これは、そのお礼です」 え? と目を向ければ、そこにジュリの姿はなく、 風の流れを感じて、その先へ目をやった。黒服の集団。どいつもこいつも、普段からムダに筋肉鍛えているとしか思えない体格のマッチョである。 ――その彼らの間を縫うように、白い影が舞っていた。 「な、なん――」 黒服の叫び声は、白い影が彼の前を通過した瞬間に途切れた。数瞬の間を置いて、彼が崩れ落ちる。 事態を把握できないまま、黒服はとにかく間合いを取ろうとしてか、それぞれが思い思いの場所にバラけた。だが、全く意味がない。白い影が動き易くなるだけだ。まず相手を確認できなければ、どんな対応をしようとムダである。 よく見れば、動き回っているのは白い影だけではなかった。 目を凝らさなければ見えないが、ほんの一瞬、微かに光る銀色の線がある。あちこちに現れては消えている。そしてそれが出現するたびに、黒服が一人、また一人と崩れ落ちている。 強いなどというレベルではない。 注意を引き付けておこうとおくまいと、本当は全く関係のないことなのかもしれない。ただ邪魔な自分を遠ざけておくためで、その気になればこんな屋敷、一晩どころか一時間もあれば制圧してしまえるのかもしれない。 それほどまでに、白い影――ジュリは、圧倒的だった。銀色の光は、刀を抜き放ったためのものだろう。 黒服の数が半分ほどに減少し、その時点で、ジュリは動きを止めた。一旦クウヤのいる場所に舞い戻ってくる。 「これで少しは逃げ易くなったでしょう」 「あ、ありがとう……でも、出来れば勢いで全員片付けてくれると嬉しかったな」 「それでは意味がありません。クウヤさんはわたしの邪魔をしに来ているわけですからね。できるだけ遠くにいてもらいますよ」 やっぱりそれが狙いか。コノヤロウ、とクウヤが言う間もなく、 「ではまあ、頑張って逃げ回ってください。大丈夫、夜の森ならそう簡単には見つかりませんよ」 「うわわわわわああああああああああああああああああ!!」 返事もできなかった。 黒服たちはなぜかジュリを無視し、一斉にクウヤ目がけて突撃してきた。一体自分のどこにこんな力があったのか――思わずそう考えてしまうほどのスピードで、クウヤは回れ右して逃走する。目指す先は森の中。人質の四人は、ジュリの目がなくなった時点で捨ててしまおう。その後はひたすら隠れて、時間があるようだったら自分も―― まともな思考は、そこまでだった。 それ以上は、とにかく逃げるのに必死で、何か考えている場合ではなかった。 「……さて」 クウヤと黒服がいなくなった門の前で、ジュリは一人呟いた――門の内側にいる人間たちに向かって。 「道理で弱すぎると思いました。あなたたちが本物のガードマンですね。今の方たちは……ただの使用人ですか? 虚仮脅し用の体だけは持っているようですけど」 「まあ、そんなところだ」 クウヤは気付きもしなかったようだが、門の内側にいる黒服たちは、総勢で三十人以上いる。嘘をついたなあの男……と、ジュリは情報を聞き出した男の顔を思い浮かべる。後で刀のサビにしてくれる。 黒服の顔を一通り眺める。どいつもこいつも、風貌からしてさっきまでの連中とは違っていた。おそらく全員が殺しを体験しているプロ。傭兵崩れや、元暗殺者などがひしめき合っている、そんな顔ぶれだった。 ……面白い。 「ずいぶんと派手な真似してくれたな、嬢ちゃんよ。女子供に手を出すのは気が引けるが、これも仕事だ……大人しくすれば、痛い思いはしなくて済むからよ」 リーダー格らしい、丸いサングラスをかけた若い男がそう言った。なるほど。ツワモノ揃いの中でも、こいつは格段に強そうに見える。 「では、わたしからも忠告です」 彼に向かって、ジュリは言った。 「向かってくる人は斬ります。逃げる人も斬ります。命乞いをしていようと、すでに虫の息であろうと、視界に入った人は片っ端から斬りつけていくつもりですので、」 刀を抜く。 銀色の刀身が鈍く光る。黒服たちが身構える。ジュリもまた刀を軽く構えて、宣言した。 「精々、死なないように頑張ってください」 「――殺れ」 動いたのは、ジュリの方がわずかに早い。 |
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