じ〜んせ〜い〜 楽ありゃ 苦もあ〜るーさ〜♪ in 2000
  ってな訳で、人生についてちちっと考えてみました
  一読頂けると幸いであります。



★★ 色々考える 6/28

 「誠実さについて」

 こんな言葉を良く聞きます。「女に裏切られたから、もう女なんて信じない」「男なんて」などなど・・・
 これ、勿体ないな、と思う。

 たまたま出会った人に裏切られたからといって人を信じないなんて。

 たとえば、たまたま関西人に絡まれたからって関西の人がみんなガラが悪い訳ではないし、日本人がガラ悪い訳でも、増して人類全てがガラ悪い訳でもない。

 そう、たまたまそういう傾向のある人に出会い、そういった結果になってしまっただけのこと。


 確かに、人は弱いから、最後に大切なのは自分になってしまう。
 だから、相手が自分を騙すことも、自分が相手を騙してしまうこともあるだろう。
 けれど、努力すれば、より良い人になることが出来る。
 そして、自分が誠実であろうと努力し続けたなら、他人の事だって信じることは出来るはず。


 他人に誠実さを求めるなら、まず自分からそういう人間になろうと努力すること。
 そうすれば、自分が頑張っているなら、他人だってそうなれると信じることが出来るはず。
 私は、そう思います。



★★ 8/30 真面目に哲学モード

 今日から数日の間はお仕事も休み。
 平日のため、暇してる友達もおらず、両親すら家に居なかったため、今日はほとんど誰とも話す機会は有りませんでした。
 そのため、久しぶりにまったりとした時間を過ごす機会を得ました。


 1人でじっとしていると、色々な事を考えるものです。
 そして、それが高じると孤独感やうつになります。
 さらにそれが深くなると強い苦しみになってしまいます。

 それを避けるために意識して気晴らしをするのも良いのですが、最近の自分は余りにお気楽で、考えるべきことも後回しにしてしまっていると感じ、少し気持ちのテンションをローギアに入れたままにしてみました。

 そんな訳で、今日の文章はちと重いです・・・


 昔、私はかなり自己否定的な人間でした。
 しかし、他人を愛することの中で、自分も愛してやろう、誠実であろうと頑張る自分を認めてやろう、そんな風に段々と肯定的に考えるようになったものです。
 そして、そう考えることで、それまで息苦しかった生活も徐々に気楽になれるようになりました。

 しかし、それ以上に自分を苦しめていたのは、実は何よりも自身の弱さでした。
 なんのことはない、それは目の前の問題から逃げてばかりで、立ち向かうことを極端に面倒臭がっていたのが最大の原因でした。
 どんな問題も1つずつ解決して行けばいずれは終わる。やってみれば、意外に出来るものなんだということを、実践の無い私は知らなかったのです。
 そのため私は、過去にとてつもなく大きな失敗をしてしまいました。
 今でもそれは、大きな心残りです。

 (つづく?)



★★ 9/05 真面目に哲学モード

 数日前の土曜は37度という気温を記録したのに、今日はシャツ+半袖でも寒いくらい。
 こういう季節って気持ちも沈み勝ちで色々と考える季節であります。
 苦しさとか悩みとか。
 具体的にはやっぱり恋愛かな?

 生きていると色々なことが起こって、色々なことが見えてくる。
 嫌な思いをすれば、それだけ人が嫌がることも理解できる。
 悲しい時は、人の悲しみを知ることが出来る。
 ストレスは人生の糧であります。


 今回の糧は、嫌なことがあって人を嫌いになったこと。
 色々なことが鼻についてて、疑問も持ちつつ接していて、それでも普通に接していて。
 それがある日突然、どうにも我慢出来ないことがあり、それまでは気にもならなかったことが我慢できなくなってしまったのだ。

 私も人並みに嫌いな人間というか、近くで過ごしたくないって人は居るけど、嫌いってほどの人は余り居ない。
 しかし、ある一線を超えてしまうと決定的に嫌いになってしまうこともあるのだな、と学習しました。

 今後の接し方次第で「嫌い」から「苦手」くらいにすることは出来るだろうけれど、今、修復の気力は無し。
 こういう時は一度距離を取って冷却するのが一番ですね。
 嫌なことも楽しいことも、喰って寝ればリセットボタンの魔法で消えて行くものでありますから。

 それが、とてつもなく大きかったとしても、1500回くらい繰り返せば大概の痛みは消えるものです。



★★ 9/12 真面目に哲学モード

 人は、独りでは幸せにはなれないという。
 しかし、人は人を幸せに出来るほど、人を変えることが出来るわけでもないという。
 どちらも正しいとすると、結局、人は幸せになれないってことになりますね。


 そんな事は無い、と私は思いますが、ある意味正しいとも言えるでしょう。
 人の心は環境次第で右にも左にも転がるものですから。



★★ 9/21 真面目に哲学モード

 最近、誠実さとか友情恋情愛情について考えた。

 最近、神と裁きとその愛について考えた。

 最近、生物として生まれたその目的と、己の幸せについて考えた。

 最近、日本の歴史と現在と未来について考えた。


 自分の中である程度まとまったはずの考えにも、まだまだ考えられる余地はいくらでもあって、それが結構楽しかったりするのであります。
 テツガクの秋ですねえ。
 まだまだ知識も足りないと痛感する今日この頃。



★★ 12/21 色々考える

 「人の価値基準」

 人の価値基準は大きく分けて2つに別れると思う。
 1つは「好きか嫌いか」という基準。
 もう1つは「良いか悪いか」というもの。

 どちらかというと、倫理観や正義感の強い人は後者を重視し、そういった考えの欠落している人間は、前者を重視する。
 より正確に言うならば、どんな人間でも後者の好悪がまず生理的に働くのであるが、それに対してブレーキ持っているか否か、ということになるだろう。

 ブレーキを持たない人はどちらかというと「奔放」であり、悪い言い方をすれば「我が儘」である。
 逆の人は「正義感の強い人」とよばれ、それが嫌いな人は「堅苦しい人」と呼ぶ。

 私は、堅苦しい人がけっこう好きである。
 遊ぶは奔放、語るは堅苦しい人、かな。






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  以下は
ボツネタに等しいのですが、いつかきっと書き上げたいと思っております


1:罪と悪と神の罰について ( ̄(エ) ̄)ノ

  我が宗教観というお堅い話です。  現在工事中。
  何か、凄い壮大になって来て、収拾つかなくなってきてます(笑)

2:愛と恋について ( ̄(エ) ̄)ノ

  愛と恋。似ている様で似てない二つの感情について。
  我が恋愛観。  これまた現在工事中。


3:教育的観点から見た人間観察 ( ̄(エ) ̄)ノ

  難しそうに書いてますが、単なる分析です。 やっぱり工事中 



















 
1:罪と悪と神の罰について ( ̄(エ) ̄)ノ


「人を愛したことが有るならば、それは誰でも理解できるはず。
    人の親であるならば、無償の愛を知る人ならば、きっと理解できるはず。」



 お堅い話しである。
 酒の席では御法度の宗教論という奴ですね ( ̄(エ) ̄)ノ
 お笑い系では無いので、テンション高い人にはお勧めしません。

 自分自身の価値を信じることが出来ない人、自分の心の弱さに心を痛めている人には是非読んで欲しいと思います。
 では、以下本文。



02/18

 善行には御利益が有り、悪には罰が当たる。
 例えば、お賽銭をふんぱつすれば御利益も多くなりそうな気がするし、逆に盗めば後で悪い事が起きそうな気もする。
 それは、世界標準的一般的な考え方だと思う。

 日本の神道はまさにそのまんまだし、仏教にも因果応報の考え方が有る。
 さらにもってキリスト教もそんな感じ。善人は救われる(ことになっており)、悪いことするとすぐ雷が落ちてくる(ことになっている)。

 実際、旧約聖書なんかでは人が死にまくる。
 神は気まぐれか、と思える程に人が死んで行く。
 否、全て神の意志によって罪人達は殺されて行くのだ。

 罪人になど、生きる価値すら無いのだろうか。
 これは私にとってずっと疑問だったのです。



 以下2001年版につづく