夢想竜
1 煉獄
頭上で小鳥がさえずっている。
それは幾分もまえからわかっていた。
巨木の葉をすりぬけて差し込む日はやさしく、目をとじていてもまぶたの裏を赤くそ
める。ひかれるようにゆっくりと目をあければ久しく光になれていなかった瞳は手の陰
になってかくれた。
森のかおりのするそよ風が髪を心地よくかすめてゆく。ラケルの生糸のような白銀の
髪が日をあびて輝いた。まわりの空気にいつも感じていた不快さはない。それはこの大
地がまだ汚されていない証拠。
ようやくなれはじめた目にうつる世界は幹の太い古木が幾重にも重なり、葉と葉にか
くされて青空は見えなくなっていた。それでも見えない空はいつもよりはるかに広い。
足元に視線をなげれば樹々のあいだをぬうように広がる緑の大地はところどころで木漏
れ日の淡い光の中に群生したこぶりの花を幻想的に咲かせていた。
風がふたたびラケルのまわりをゆらす。…しかしそのなかにかすかな「異臭」がまじ
っていた。
「どこだろう、ここは」
起きあがってはじめてだされた声はその出し方もわすれたのか、かすれた弱々しいも
のだった。
「…森の中」
確かめるようにだされた声はラケルがいつも寝起きしていた寺院の母屋にあたえられ
ていた小部屋のようにうすぎたない石の壁に反響することはなかった。
まわりを見回すとどうやらかなりの齢をかさねてきた森らしい。そびえるように林立
する大木の数々はコケを根元にはやし、空へと向けてのばされた巨人の腕のように雄々
しかった。
「なんて大きな森…そして大きな意志」
森の空気に妙な懐かしさがある。しかしそのなかにやはりかすかな異臭があった。
風上へとラケルが足をむける…と、わずかに歩いたところで樹々にかこまれるように
して横たわっている黒いシルエットの「もの」があった。
空気がさらに異臭をます。
一瞬ためらうようにしたラケルがさらに踏み出すとその異臭は鼻をつく不快なものに
なった。においのもとまであとわずか。しかしぎりぎりまで近づいたラケルの目に飛び
込んできたものは…それは横腹をえぐられた男の死体とリアルなまでにドロッとした血
のにおいだった。

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