咲耶の想い・デートの告白
白く華奢な手が、シャワーのコックをひねる。
あたたかい水の粒が、少女の体に当たっては飛び散っていく。
少女、咲耶は全体に湯が行き通るように体をひねっては、あたたかい感触に包まれていった。
トレードマークであるツインテールはほどけている。
今日は日曜日、学校は当然ない。
だが、今日は彼女にとってもっとも大事な日になっている。
「今日こそは・・・お兄様を・・・」
そう、今日は咲耶の兄である昶とデートをする予定なのだ。
「お兄様・・・私・・・あなたのことが・・・」
そこからは口にださなかった。
その台詞は後になれば何度でも言えるからだ。
「・・・・・・」
二ヶ月に一度しか会えなかった「お兄ちゃんの日」。
でも今はずっといっしょに暮らせる環境にいる。
咲耶にとって、いや、妹みんなにとってそれは本当に喜ばしいことだ。
満足、していた。
でも、咲耶は満足しきれなかった。
すぐそばに兄がいるのに、なぜかまだ遠くに兄がいる感じがしていた。
だから、今日こそ、その距離を崩すのだ。
「お兄様・・・。もう、いいかな・・・」
そう言って、咲耶はコックをひねり、シャワーを止めると風呂場からあがった。
俺は今玄関の外にいた。
昨日、咲耶から「お兄様、デートしましょう」と言われたからだ。
毎日が予定のない生活をしている俺にしてみればデートの2回3回はあさめしまえだ。
でも、昨日の咲耶はどこか神経身を帯びていた。
なんというか・・・いつもより大人っぽく見えた。
・・・最近、咲耶がどうも色っぽく見えてしまう。
おとといだって高そうな口紅を買ってきたり、化粧品を買ってきたりと、鈴凛と同じくらい金を使っている。
その目的はすぐにわかったが、なんか、急すぎるようにも思える。
「お兄様、おまたせ」
「! 咲・・・耶?」
俺の目の前にいる少女は、たしかに咲耶だ。
でも咲耶とは到底思えない美女がそこにいた。
いつもよりもキレイな服装をして、口には赤い口紅を引き、目にはアイシャドウを付けている。
顔全体にも化粧を施していて・・・。
本当に、咲耶なのか・・・? と一瞬惑ってしまった。
「どうしたの? お兄様」
「あ、いや、なんでもないよ。咲耶」
「フフッ。それじゃ、いきましょう。昶(はあと)」
「あ、あぁ」
休日の街中は、カップルとか学生とかまだ小さい子供を連れて歩いている親子などでごったがえしていた。
咲耶の要望で、俺たちは行き付けのデパートの中へと入っていった。
最初に目指す場所は、洋服売り場・・・。
「あ、これなんか昶にぴったり!」
「う〜ん、ちょっとハデじゃないか?」
「そうかなぁ? 昶なら似合うと思うけど・・・」
「もう少し探してみようか?」
「うん。きっとイイのが見つかるわね」
「ああ」
・・・・・・。
咲耶は、デート中ずっと俺のことを名前で呼んでいる。
「お兄様」と言う決められた固有名詞を使わず、ただ、他人からみれば、仲のいいカップルに見せ付けるように・・・。
これは咲耶からのお願いだった。
「お兄様。それと、お願いがあるの・・・」
昨日、咲耶が俺にそう言ってきた。
「私を・・・。私を・・・ちゃんとした恋人としてみてほしいの・・・」
咲耶のお願いは・・・昔からなれていたはずなのに、なぜかそのお願いはきいたほうがいいと、
俺の心がそう叫んでいた。
咲耶は兄の俺から見ても美人だ。
世の男たちがほおってはおかないほどに、だ。
現にデパートに入る前、街を歩いていただけで男たちの視線を集めていたし、今も同じ扱い。
後、俺に対する恨めしさっていうか殺意がこもった視線を流して来るのは、勘弁してもらいたい。
まじで恐い・・・。
「あぁ! これなんかいいんじゃない?」
咲耶はハンガーにかかっていた服を一品取り出して、俺の体に合うかどうか調べていた。
今の時期に会ったダッフルコートだ。もじゃもじゃした綿があたたかそうに見える。
色は黄土色に近い茶色といったところだろう。
止めのボタンが大きくて丸い。
そんなにハデではなく、落ち着いた感じの服だ。
うん。これは俺好みだな。
「あっ、サイズもピッタリ! 昶、これにする?」
「ああ。じゃ、次は咲耶のだな」
「うん!」
咲耶は嬉しそうに笑って服をカゴに入れると、俺の腕に自分の腕を絡ませてピトッとくっついてきた。
咲耶の体温が、それぞれの布越しから伝わってくる。
心臓の音も、聞こえてきそうだ。
そういえば何度か咲耶にいきなり抱き着かれていたが、こういった自然ななりゆきで寄り添ってくるのは、
咲耶も俺も初めてだ。
一方的に抱きついてくる咲耶が、自然と寄り添ってくる。
これは・・・、珍しいことだ・・・。
過去、こんなことがあったかなあ?
「昶ぁ〜、はやくはやくぅ〜」
「ああ! 待ってくれよ!」
「昶、あれとって」
「え、う〜ん・・・。よし、お姫様のためならなんでも取りますよ」
俺はコイン入れに100円を入れて、クレーンを2つのボタンで巧みに操る。
今度はゲームセンター(いわゆるゲーセン)に、俺たちはいた。
で、咲耶の狙いは猫のかわいらしいぬいぐるみ。
「もうちょっと右かな・・・? ・・・あ、ストップ! ゆっくり、前に移動して。・・・・・・あ、そこでいいよ!」
咲耶の指示どうりに俺は操ると、見事に猫のぬいぐるみをゲット。
「どうしてそれが欲しかったんだ? ぬいぐるみなら、家にたくさんあるじゃないか」
「だって、この猫、昶に似てたんだもん」
「・・・。俺にか・・・?」
「うん!」
猫が俺・・・? 俺が猫・・・?
・・・・・・・・・・・・どっちなんだ?
「ねえ昶。レースゲームしよう」
「あ、ああ」
・・・・・・・・・・・・・・・。
咲耶は嬉しそうに俺とレースゲームをしていた。
当然、勝者は俺だ。
「ふふふっ。昶ってレースも得意なのね?」
「ふっ。だてに千影に魔術かけられてないからな」
自慢になるのかならないのか。
咲耶はその言葉を聞くと、なぜか笑顔を少しかげた。
でもすぐに楽しそうに笑うと、
「昶、私おなかすいちゃった」
「俺も」
俺たちは腹ごしらえに最上階の6階へ行き、大きめのパフェを2人でつっついていた。
その間にも、周りからの視線が痛かった。
とくに俺には・・・。
「あ、昶ったら。頬にクリームがついてる」
「え、あ・・・」
「ふふっ。とってあげる」
チュッ
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
うっ。周りの男子どもから殺意の波動を感じる・・・。このままじゃ瞬獄殺くらわされそうだ・・・。
「咲耶、ひとどうりの買い物もしたし、そろそろ帰るか?」
「え? あ、・・・・うん・・・・」
どうして咲耶がこのとき暗い返事をしたのかは、今の俺にはわからなかった。
鈍感な、俺には・・・・・・。
デパートから外に出た俺たちは、そろって空を眺めていた。
予報外れの雨だ。
まだそんなに激しくないから走って帰れば風邪はひかなくてすむだろう。
「咲耶、走るぞ」
俺がそう言って、走りだそうとしたとき、咲耶が服のすそを掴んできた。
「咲耶・・・?」
「まだ・・・、帰りたくない・・・・。帰りたくないの・・・・」
「咲耶?」
咲耶はうつむいてるから表情はわからなかったが、たぶん、悲しい顔をしているのだろうか?
「・・・・。わかった。でも濡れるといけないから、家の近くのホテルにでも休むか?」
「・・・うん」
まだ家に帰りたくないと言いだした咲耶。
なぜそんなことを言い出したのか・・・。
みんなもそうだったけど、咲耶はなんとなくみんなとは違った。
長女だけあってか、俺へのアプローチはかなり大人びている。
息を切らせながら、俺たちは少し濡れた服でホテルに入り、チェックインすると、指定された部屋に向かう。
その数分、咲耶はうつむいたきり何も話さなかった。
いつもならマシンガンのようにしゃべりまくるのに、本当に、どうしたんだろう?
部屋に入ってから、俺は濡れた上着をベッドにほおると、そのベッドに腰掛ける。
咲耶は、
「シャワー、浴びるね・・・」
と言って風呂場へと消えていった。
咲耶の後ろ姿を消えるまで見ていた俺は、TVの主電源を入れてブラウン管に見入ることにした。
目の前のTVは国会がどうだのこうだのと言っている。
気がつけば、無意識に視線が咲耶の入っていった風呂場へと移動していた。
慌ててTVに向けさせるが、でも、視線が風呂場に向いていく・・・。
「バカか、俺は?」
最低だ。
妹のバスタイムに興味がひかれるなんて、最悪の兄だ・・・。
誰か俺を殺してくれ・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・。
・・・・・。
だめだ、TVに集中できない。
シャワーの音が断続的に聞こえてくるだけで視線がキョロキョロする。
はあぁ。ホントに俺、人としてやばいかも。
「そういえば、みんな大丈夫かな?」
俺は腕時計を見ながらそう呟いた。
時刻は6時すぎ。
みんな腹すかせてるだろうなあ。
そのまま俺たちを探しにくるのはちと勘弁して欲しいが。
こうしている時間にも、みんな俺たちを心配してるんだろうなあ。
特に千影と春歌が・・・。
千影、魔術で直接ここに来ないだろうなあ・・・。
春歌、長刀持ってここに来ないだろうなあ・・・。
ははっ・・・こっちが心配してどうすんだよ。
春歌なんか、咲耶見つけた途端暴走するんじゃないか?
ああ、心配だ・・。
・・・・。それにしても咲耶、風呂長いな。
・・・・・・・・・・・・・・・咲耶か・・・。
長女でよく自分より年下の妹たちをしたってくれているいいお姉ちゃんだ。
俺もいくつか咲耶を尊敬している。
俺が一応のために勉強しているときだって付き合ってくれてるし、
料理をするときも、洗濯をしているときも、掃除しているときでも、一番近くにいたのは咲耶だった。
「ラブよ」とお決まりの台詞をいいながら俺に抱きついてくる。
一度こっそりと咲耶の思考を読み取ったことがある。
咲耶の頭の中には俺だけしかなかった。
それだけ、咲耶は俺のことを。
・・・・・・。
考えてみれば、俺は社会の常識に縛られすぎているのかもしれない。
妹たちみんな俺のお嫁さんになると言いきってるし、それを目標にして兄妹でいる。
でも、今ここで咲耶を・・・・・・。
そうしたらみんなを裏切ってしまう。
俺たちは13人で1つなんだ。
咲耶だけを独占してしまったら、大きな歪みができてしまう。
みんなとまたバラバラになってしまう。
それだけはダメだ。
せっかくみんなといっしょに暮らせているんだから。
それだけは、絶対にしてはならない。
「昶・・・」
「さ、咲耶!」
風呂場から出てきた咲耶は、ツインテールをほどいたバスタオル一枚の格好だった。
「咲耶、服服!」
俺は視線をあさっての方向にむけて、咲耶に服を着るよう促した。
心臓がものすごい音をたてている。
「昶」
「!!」
咲耶が俺に抱きついてきた。
そのままベッドに倒れこむ。
「さ、咲耶!」
「昶・・・私を・・・」
「だ、ダメだ! そんなことはできない!」
「なぜ?」
「・・・・・・」
「昶・・・・・、お兄様・・・・」
「咲耶、俺はお前のことが好きだよ。でもみんなも同じくらい好きなんだ」
「なら、私はみんなよりもお兄様を想う気持ちは大きいわ」
「そうじゃないんだよ、咲耶」
「・・・・・・いや」
「え?」
「いやよ・・・。そんなこと・・・」
咲耶は腕に力を込めて、よりいっそう俺にくっついてくる。
「私はお兄様だけを見てきたのよ・・・。いまさら、そんなこと言わないでよ」
「・・・咲耶、聞いてくれ。俺は咲耶を愛してるし、みんなも愛してる。親父とお袋がいないぶん、俺がみんなを愛していかなきゃ
いけないんだ。だから咲耶、今、俺はお前を・・・」
パシンッ!
いきなり咲耶が俺の右頬を平手打ちして、部屋に乾いた打撃音が響く。
「なによ、人の気持ちも知らないで・・・」
俺の上に乗っている咲耶はそう言った。
咲耶の目には、涙が溜まっていた。
それが一粒ベッドのシーツの上に落ちる。
「私はいつだってお兄様のことを見ていたのよ! 一人ぼっちのときだって、寝るときだって、お風呂に入ってるときだって、
お兄様の近くにいるときだって、ずっとずっとお兄様のことを想ってた! その想いだけは誰にも負けたくなったの! 千
影ちゃんにだって、春歌ちゃんにだって、みんなには絶対に負けないと思ってた。お兄様を必ず私のものにするって誓って
た! なのにお兄様は、私を、私を・・・・。どうして? どうしてお兄様は私のお兄様なの!? お兄様の昶じゃなかった
ら、赤の他人の昶だったら、こうやって抱きついても嫌がられないのに、キスするのも普通なのに。答えてよお兄様!
なんで私たちは兄妹なの!! なんでお兄様を独占できないの!! 答えて!!!」
咲耶の言い分はもっともだ。
俺だって、何度そう思ったことか・・・。
「咲耶・・・」
「お兄様?」
俺はぎゅっと咲耶を腕で抱きしめる。
露出された咲耶の肌が、あたたかかった。
「咲耶、俺たちがどうして兄妹として生まれたのかはわからない。それこそ運命なんじゃないかな? それに、俺たちが兄妹と
して生まれてこなかったらこうして咲耶の顔も声もわからなかったと思うんだ。兄妹として俺と咲耶がいるんだ。咲耶が俺の
妹だったから、好きだとか愛しているとかって言えるんじゃないかな?
・・・・なあ咲耶。俺たちは、今のままでいいんじゃないのかな?」
俺がそう言い終わると、咲耶は俺の胸に顔を押し付けて静かに泣き出した。
今まで溜まっていた涙をすべて流しきるように。
やがて、咲耶は泣き止むと、ずいっと俺の顔に自分の顔を近づかせてきた。
「証拠は、あるの?」
「え?」
「お兄様が、私のことを、本当に好きだっていう、証拠」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「好きだ、咲耶」
俺は咲耶を抱きしめると、そっと彼女の唇に自分の唇を重ねた。
「んっ・・・」
咲耶もそれに答えるように、より強く抱しめてくる。
「・・・・・はぁ。お兄様」
「ん?」
唇を離した咲耶は、うっとりとした目で俺を見つめてくる。
「まだ、お兄様を私のものにできないのは悔しいけど、お兄様の言うことを信じるわ。たとえ、私たちが離れ離れになっても、
お兄様が助けてくれるし、愛してくれる。だから、私、もう少しだけ我慢するね」
「ああ」
俺は咲耶の言葉を聞いてにっこりと笑った。
咲耶も、微笑んでくれた。
それがとても、嬉しく思えたのは、咲耶と俺の絆がより一層深まったから、なのかもしれない。
「家に、帰ろう。みんなが心配してる」
「うん。お兄様」
「ん?」
「くすっ。ラブよ(はあと)」
「・・・はっ、はははははっ」
俺たちは、なんの意味もなく、ただ、お互いが信じあえる心を持っていることに、幸せをかんじて、しばらくは笑い続けた。
咲耶、何度も言うけど、俺はお前のことが好きだし愛してる。
でもそれと同じくらいにみんなも愛してる。
こんなに幸せな家族はめったにないから。
みんなでいっしょに暮らしていけるのも、俺がみんなを愛しているからなんだ。
俺だって、咲耶だけを好きになることはできる。
でもみんなの心の歪みは作りたくないんだ。
だから咲耶、お前も俺の妹として俺を好きでいてくれ。
恋人のようにみてくれても構わないから。
ずっと俺たちのそばにいてくれ。
お前もだいじな妹だから。
「お兄様、私、お兄様のこと愛してる。いつか、あなたをわたしのものにするまで、絶対に私のことを忘れないで。世界で一
番好きなのは、お兄様だけだから・・・。」
作者コメント
やりすぎた! みんなから殺意の気が感じてくる・・・。
どうかみなさん遠い目で見てください。
感想等はBBSorMAILでお願いします。
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