おにいたまのご看病
昨日、ぱらぱらと降ってきた雪は、半分溶けて半分残っている。
でもこの寒さだけは溶けることがなかった。
コートを着込んでも露出した肌には冷たい冷気が当たって、まるで氷水に手を突っ込んでいるかのようだ。
そんな中、俺とココちゃん人形を手に持った雛子と亞里亞は白雪に頼まれた昼食の材料を買って、家に帰る途中だった。
「あ、おにいたま。また雪がふってきたよ」
「わ〜。亞里亞・・・なんだか、うれしいです」
「またか・・・」
俺は半ばうんざいりしていた・・・。
はあ、これでまた除雪当番か・・・。
「雛子、亞里亞。またビュービュー雪が降ってきたらまずいから近道するよ」
「ええ〜・・・」×2
「文句言わないの。それとも雛子と亞里亞は雪だるまになりたいのかな?」
俺は少々いじわるく言った。
ふっ、いい大人のくせして何やってるんだ俺は・・・。
「いやぁ〜」×2
「なら、いつものかしのき公園を通るよ」
「はぁ〜い」×2
まだブーたれてるよ。
俺たちは通り慣れたかしのき公園に入り、家への近道をたどる。
これは俺と妹たちがよく通るルートなので知ってない者はいない。
ステンッ、ドタン!
「きゃぁっ!」
「あ、亞里亞」
「・・・くすんっ。痛いよぉ、兄や・・・くすんっ」
俺は亞里亞の頭をなでなでしてやってから亞里亞の足元を見てみる
うわあ、氷が張ってるよ。
今日の朝は一段と冷えたからなあ。
「くすんくすんっ。兄やぁ・・・」
「大丈夫。雛子、亞里亞、滑らないように手をつなご」
「うん」×2
雛子と亞里亞の、手袋をしていない手が両方から俺の手を握る。
「雛子と亞里亞の手、冷たいなあ」
「おにいたまのおてて、とってもあったか〜い」
「兄や・・亞里亞の手、あったかくなってくるよ」
「うん」
俺はできるだけ冷たくなった雛子と亞里亞の手をあたためるように力強く握る。
時間がたつにつれて、2人の手があったかくなっていく。
っと、事件はちょうどそのときに起こった。
「おにいたま。池がすこしこおってるよ。ちべたそ〜」
「あ、ほんとだ」
かたわらの半分凍った池を俺たちは見やりながら会話をしていた。
そのとき。
「きゃ!」
「あ!」×2
悲鳴は雛子で後のは俺と亞里亞だ。
池に気をとられていたせいか、雛子は氷に滑ってしまったのだ。
幸い、俺がすぐに雛子を抱き止めたから雛子にはケガはなかったが、問題は・・・。
「わあああぁぁぁぁんっ! ココちゃんが、ココちゃんがあ!!」
お約束みたいに滑った雛子の手元には、ココちゃん人形がなかったのだ。
当の本人は池でぷかぷか浮いていた。転んだだけでまさかあんなに飛ぶとは・・・。
「わああああぁぁぁん! おにいたまあぁぁぁ――!!」
結局俺なんだよねぇ。
いやいや、かわいい妹のためなら例え火の中水の中池の中!
「雛子、泣かなくてもいいよ。おにいたまがすぐに取ってくるから」
俺はコートを脱ぐと、勢いよく池に飛び込んだ。
「と、ととと凍死するぅぅぅ・・・」
それでも俺はココちゃん人形をつかむと、冷たい体に鞭打って雛子の所まで送る。
「はい、ヒナ。これからは気をつけるんだぞ」
「ヒック・・・うん・・・グスッ・・・。ヒナ・・・きをつける・・・」
「よしよし。・・・クシュン! ・・・・?」
カゼ・・・ひかなきゃいいんだけど・・・。
その翌日、ばっちりカゼひきました。
「うう・・・ああ・・・・」
「う〜ん、39度7分」
咲耶が温度計の数値を読み上げたとき、みんながみんな一斉に慌てふためいた。
そりゃそうだろう。なんたって俺は生きてきた中で、風邪なんか引いたことがない健康男なのだから。
「ああ・・・・、のどが痛い・・・、体中が熱い・・・」
一応言っておくけど、ここは俺の部屋。
それで12人の妹みんなが俺の部屋にいる。
はあ、みんなにまた迷惑かけるな・・・。
「うう・・、ぐすっ、おにいたまぁ〜ごめんなさい・・・。ヒナのせいだよね。ヒナが転んで・・・ヒック、ココちゃんを・・ぐす・
放り投げたりするから・・・」
「そんなことないよ・・・」
俺はできるだけ優しく雛子に語りかけた。
「雛子のせいじゃないよ。氷のせいなんだから・・・。だから、雛子は落ち込まなくてもいいんだよ・・・」
「ぐすっ・・・ヒック・・・。おにいたま・・・」
「みんなも、風邪が移るとなんだから、部屋から出たほうがいいよ」
俺はぼやける視界の中の12人の妹達にそう言うと、天井を仰ぎ見る。
「そうね。鞠絵ちゃんにも悪いし・・・」
咲耶は体温計をしまって立ち上がる。
「あ、あの。わたしくは別に」
「ダメダよ。鞠絵ちゃんはまで完璧に病気が治ってないんだから、みんなも早く出よ」
言いよどむ鞠絵を制して、衛も立ち上がる。
ふう。
こういうときの衛は頼りになるなあ。
咲耶と衛を先頭にして、みんなも俺に励ましの言葉をかけて部屋を出た。
出て行く直前まで、雛子はまだぐずっていた。
俺一人になった自室は、なにかいつもよりも物静かだった。
あまり物音も聞こえてこない。
妹達なりの俺への気遣いだろう。
でも、今はそれがなぜか、悲しく思えた。
昶の部屋から出た妹達は、早速昶を励ますためにあれやこれやと右往左往していた。
「白雪ちゃん。病体の兄君様に温かい玉子酒などはどうでしょう?」
「それはいいですの。それとおかゆもいいですの」
キッチンでは白雪と春歌が昶のために心身ともに温かくする食べ物と飲み物を作っていた。
「やっぱりボクが持ってったほうがいいんじゃないかな?」
「それはそうですけど・・・。やっぱりわたくしが・・・」
「でも、鞠絵ちゃんは」
「大丈夫です。わたくしはもう退院しましたし、今度はなにかとお世話になった兄上様に恩返しをしたいのです」
リビングの片隅では、衛と可憐と鞠絵が、誰が昶に氷枕を渡そうかともめていた。
「うーん、お兄様にはやっぱり早く元気になってもらいたいから…」
「花穂はお兄ちゃまを応援するぅ!」
「ふふふ・・・兄くん・・・私が秘薬で・・・助けてあげるよ」
「こんなこともあろうかと、対ウイルス撃退兵器『風邪さんさようなら君』を発明しといたからね、アニキ」
「四葉の推理によると、兄チャマは四葉のこのカゼグスリでいっきにファインに成りますデス!」
「兄や、亞里亞のおかし、半分あげるのぉ」
ダイニングではみんな思い思いのことを考え、昶を励まそうとしているようだ。
でも、妹一番のおちびちゃんだけは・・・。
「ヒナのせいで・・・ぐすん・・・おにいたまが・・・ひくっ」
どうやらまだ、自分のせいで昶が風邪をこじらせたことを気にしているようだ。
「雛子ちゃん元気だして。誰も雛子ちゃんのせいだって思ってないよ」
気遣って、花穂が雛子に話しかけてきた。姉妹なのだから、妹を思いやるのは姉の仕事。
何事にも一生懸命な花穂の性格は、そう固定概念になっていた。
「でも、ヒナが、ヒナがココちゃんをポ〜イってしなかったら・・・おにいたまはかぜなんか・・・うう・・・うわあああああああん!!」
「・・・」
これには花穂だけでなく、みんな黙り込んだ。
確かに、雛子が氷に転んで、ココちゃんの人形をカチカチに凍った湖に投げ込まなければ、昶は風邪を引かなくてよかったのだ。
しかし、まだ幼い雛子だけを責めるのはこくというものだ。
「うわあああん! おにいたま――! ゴメンナサアイィィィ!! ああああああぁぁん!!」
いままでたまっていた涙が一気に放出せんばかりに雛子は大声で泣き始めた。しかも手足をばたつかせて。
「ひ、ひなこ・・・」
雛子の大声にもかかわらず、その声ははっきりとみんなの耳に届いた。
声のしたほうに視線を向けると、そこには今にも倒れそうで足元がおぼつかず、肩で息をしてる昶の姿があった。
壁にもたれて立っているのがやっとで、顔色が曇り空のように青ざめている。
雛子の大声で目を覚ましてしまったらしい。
「お、おにいたま・・・」
「雛子のせいじゃないよ。俺がただひ弱なだけだったんだ…」
昶は一歩前にでようとしたが、ふらつく足ではそれは叶わず、前のめりに倒れそうになった。
「兄君さま!」
春歌が両手で昶の体を支えて、何とか床との間接キスは逃れた。
「お、おにいたまだめだよ、ちゃんとおねんねしてなきゃ」
「そうだね・・・。雛子、ちょっといっしょに来てくれないかな?」
「え?」
雛子の体がぎゅっと硬くなった。しかられる、いっぱいいっぱいしかられる。雛子の心は恐怖一色に染まっていく。
幼いがゆえにこういったことには敏感なのだ。
「春歌、もういいよ」
昶はそう言い、まだおぼつかないものの雛子の手をとり、二階えと上がっていく。
その間、雛子はちらちらと昶の顔を盗み見していた。別に怒っている表情ではないのだが、雛子には部屋に着くまでの静寂が耐え難いほどの威圧感をあたえていた。
昶の部屋に入ってからも、雛子はずっと黙りこくっている。
「雛子、ここに座って」
雛子は言われるがままに昶の隣(布団)にちょこんと座る。
「おにい、たま?」
「雛子・・・? どうしてそんなに怯えているんだ?」
「え? だって、おにいたまが・・・」
「俺が?」
「おにいたまが・・・怒ってると思って・・・」
後半の所を消えそうな声で言いきる雛子。
・・・雛子の心はちゃんとわかっていた。
兄妹の中で一番小さい雛子。亞里亞と同じ歳だがまだまだはしゃぎたい年頃だ。
あっちに行ったと思えばこっちに行ったりと落ち着きがないと言うかなんと言うか・・・。
それでも、それでも昶は雛子を大切な妹としてこれまで見守ってきていた。
「雛子、俺は怒ってないよ」
「え・・・?」
昶はふたつにくくった雛子の髪を、そっと撫でる。
「雛子こそ、どうして俺が怒ってると思ってるんだ?」
「だって・・・ヒ、ヒナのせいで、おにいたまが・・・おにいたまがカゼをひいちゃったから・・・。うっ・・・うぅ・・・」
小さな水の塊が、小さな瞳から一粒こぼれ落ちる。
「でも、あれは雛子のせいじゃなくて、氷のせいだぞ?」
「え・・・えぇ?」
「雛子・・・。雛子は悪くない・・・」
昶はそっと雛子を抱きしめた。
小さな体は、とても温かかった。
「雛子はまだ小さいんだ。そりゃ、俺のことを思ってくれるのは嬉しいよ。でも、一人だけで何でもしょいこんじゃだめだ」
「おにいたま・・・?」
「雛子には、泣いてほしくない。雛子は、元気が一番さ」
抱きしめた時のように、今度はそっと雛子を体から離す。
「雛子が落ち込んでたら、俺までブルーになっちゃうよ。雛子は元気のない俺はやだろ?」
「う、うん。ヒナ元気のないおにいたまはいや!」
「だろ? だから、雛子には元気でいてほしいんだ」
ふさふさと雛子の頭を撫でる。
昶はカゼを引いたときからわかっていた。
雛子がしょんぼりと落ち込んでいたのは、自分のふがいなさが原因なのだと。
あのとき、ちゃんとココちゃん人形を受け止めてやれなかったのも。
本当の原因は、自分にあるのだと・・・。
―――あの時から、俺は変われないのか・・・?
ふとそう考えるが、ふいにその思いを打ち消した。
―――あの二人に迷惑だな。
絡み付いてきた過去の戒め。
だが昶は今にいる。過去などいまになってはどうでもいいのだ。
「雛子が元気だと俺も――いや、家族全員が明るくなるんだ」
「え、え? ヒナが元気だと、みんなも元気になるの?」
「そうだよ。雛子がいれば、みんな元気になれるんだ」
「そ、それじゃあ・・・」
「ん?」
「ヒナは、まほうつかい・・・なのかなぁ?」
「・・・うん。雛子は元気をくれる魔法使いさ」
「え、え、えぇ! ほうとぅ、ほんとにおにいたま?」
「ああ、雛子は俺の大事な魔法使いだ」
「ぁ・・・ぉ・・・おにいたまぁー!!」
がばっと、雛子は勢いよく昶に抱きついた。
顔を昶の胸になすりつける。
「おにいたまぁー! ごめんなさいぃー!!」
「雛子・・・」
「ひくっ・・・おにいたま・・・」
「ん・・・雛子・・・?」
「おにい・・・た・・・まぁ・・・」
すぅすぅと規則正しい寝息が聞こえてくる。
どうやら泣きつかれたようだ。
「雛子も、どんどん大きくなっていくんだな・・・」
一人ごちる昶。
決して今は一人だけではないとわかっていても、いつかは自分の目の前から妹たちは孤立していく。
そのときは決断しなければならない。
自分は、何をすべきなのか・・・。
「んく・・・ふああああ〜・・・」
大きなあくびがでた。
そういえば、熱も下がった感じがする。
ちらりと、すぐ横で眠っている小さなお姫様を見やる。
―――元気をくれる魔法使い、か・・・。
まさか自分の言った言葉が実在したのだろうか?
それはあまりにも滑稽で、あまりにも温かかった。
「雛子。ありがとう」
そう言い昶は雛子の小さな手を掴み、一緒に布団の中へと入った。
「雛子、ずっと俺のそばにいてくれよ」
額にちゅっとキスをして、昶もまた夢の世界へと旅立った。
「お兄ちゃん、入るよ」
ガチャリとドアノブをまわして部屋の中へと入る可憐…だけでなく、雛子を除いた妹たち全員だ。
「あ・・・」
「どうしたの可憐ちゃん?」
口元を手で押さえた可憐を、咲耶がいぶかしげに問う。
「しー。みんな静かに」
振り返った可憐の後ろをよく見てみると、幸せそうに手と手を握り合った雛子と昶が心地よさそうに寝ていた。
「あ〜あ。雛子ちゃんにさき越されちゃった」
そう言う咲耶も、どこか嬉しそうだ。
「ふふ。そっとしておきましょう」
可憐は優しくそう言って、楽しそうに顔をほころばしている雛子と昶の顔をじっと見つめた。
「でもこの二人、どんな夢見てるのかな?」
「ふふ、たぶんね鈴凛ちゃん。とっても、と〜っても幸せな夢だよ」
「うふふ。花穂ちゃんの言うとおりですわ」
「鞠絵ちゃんもそう思う? ボクもそう思ってたんだ」
「四葉の推理によると、ずばり、二人はデートしているドリームを見ているのデス」
「・・・兄くん、なかなかやるじゃないか・・・」
「亞里亞も、兄やとでーとしたいです」
妹たちが見つめる中、雛子と昶は遠い遠い夢の中で何をしているのだろうか?
「おにいたま・・・ヒナ・・・ずっとおにいたまの・・・そばにいるの・・・」
「だからヒナ・・・大きくなったら・・・おにいたまの・・・およめさんに・・・なるの・・・」
「おにいたま、ダイダイダ〜イ好き!」
作者コメント
約半年ぶりのSSです。
今まで何してたんだよゴラァ!って怒らないでください。
なにゆえ忙しいもので;;
感想等はBBSorMAIL等でお願いします。
戻る