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| 昭和六十一年、愛知電機(株)川口社長の紹介により中電興業(株)から三愛電機(株)に入社することとなった。そしてその年の秋、同社足立社長の肝いりで社長の故郷の但馬地方に旅行する運びとなり、同僚十五名と共に車3台に分乗、出石、湯村温泉方面に一泊旅行をした。 | ||||||||||||||||||
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出石の歴史は古く古事記や日本書紀に登場する。記録を紐解くと新羅の王子だった天日槍命(あめのひぼこのみこと〜出石神社の祭神)が垂仁天皇の頃、日本に帰化し、出石の地を開発したのが始まりといわれる。 時代は移って、室町時代に足利幕府の命により山名氏が城を構えたのがこの城下町のスタートである。その後、小出、松平、仙石と城主は代わるが五万八千石、山陰の城下町として栄えた。 |
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城から目と鼻の先に辰鼓櫓(しんころう)と言う櫓(やぐら)がある。これは、かって、太鼓を鳴らして藩士達に登城を知らしめたものであると言はれる。 今にもドンドンと言う大きな音が響きそうな風情である。 辰鼓櫓を訪ねた折、丁度隣の小学校で餅つきをしており生徒達の声が愉しそうで賑やかであった。 |
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| 餅 つきの 杵音高き 辰鼓櫓 | ||||||||||||||||||
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| 校庭に響く 児童等の声高し | ||||||||||||||||||
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