東都DLを出発してから5分。バスは都内に向って走っていた。バスの運転手の上のデジタル時計は8時14分を示していた。
名神冬馬(三重県立宇治山田市立第一中学校三年一組出席番号15番)は通路側の席、窓際に座って後ろの席の出川雅昭(男子12番)と富山達哉(男子13番)と喋っていた田端智久(男子11番)と二言、三言の会話を交わしたあと辺りを見回した。
遊び疲れているのか東都DLに着く前より車内は静かになっていた。それでもまだ、賑やかなのは、一番後に座っていた福井昌子(女子14番)を中心に山上真依(女子23番)、宮杉麻維(女子22番)、横川繭花(女子25番)、前村千奈津(女子18番)…他。このクラスの中では一番勢力を持っていた(と、いっても他には2、3人の集まりが幾つかあるだけだから、そう呼ぶのもおかしいかも知れない)グループだ。そして、島咲京香(女子8番)。彼女は今年度の初めにこの中学校に転校してきて一躍クラスの中でも人気者になった。その容姿だけではなく、明るい性格も人気の要因の一つだ。そうしてすぐにクラス内に溶け込んだ。身体は華奢だったが運動神経は抜群だった。
男子にもグループ、というか普段、食事をするときには2つに分かれていた。冬馬自身を含めたグループは、冬馬より後ろの席、あの3人や、学校でもよくギター(本来なら禁止されているが…)を弾いている間倉勝憲(男子23番)、牛乳屋の小倅の三ツ矢梅輝(男子24番)(こいつは夏でも冬でも半袖のカッターを着ていやがる)、その隣で補助席に座っているのは山村武久(男子25番)、長距離走者で自信家の多古口真治(男子9番)、このクラスの室長にして成績だけをみれば学年でもトップクラスの中闇拳次(男子17番)、とまぁ、こんなところだろう。もう1つのグループは、女子主力派と一緒にいる浦川誠一(男子5番)、加藤裕也(男子6番)、杉本将司(男子8番)と前の方にいる飯野裕嗣(男子1番)、井澤直人(男子2番)、伊東昭則(男子3番)、西沢康幸(男子18番)、橋本真也(男子20番)、前林克成(男子22番)ら籠球部の面々の他、後ろに陣取っている北上忠史(男子7番)、長原勇亮(男子14番)らがそれだ。ただ一人の例外は伊達啓吾(男子10番)だ、彼は島咲と同時に転校してきたのだが、彼女とは違い、このクラスの中には溶け込めていなかった。一人異質な雰囲気を漂わせている。冬馬もどこか打ち解けられずにいた。大柄とは言えないまでも引き締まった身体。それに体育の着替えの時に見えたのだが、胸に大きな傷(まるで刀で切られたかのような傷跡だった)があった。それに他の部位にも沢山の傷跡があった。それが大きな理由だった。
そんなことを考えながら時間は過ぎていった。デジタルの時計は9時少し前を示していた。バスの中にはいつしか妙な静寂が漂っていた。隣では田端智久が寝息をたてていた。誰の話し声もしない。全員が眠っているようだ。…いくら疲れているからってホテルまではもう少しだろ?寝るのには早すぎる…。
だがそんなことを考えながらも冬馬自身も激しい眠気に襲われていた。朦朧とする意識の中、バスガイドが変なマスクのようなものを着けていた。だが、そんなことはどうでもいい。今はただ…眠い…。
冬馬も他のみんなと同様に、眠りに落ちた。冬馬は夢を見た。修学旅行の一週間ぐらい前に教室でみんなと「あそこへ行きたい、いやこっちもいいなぁ」と、期待に胸を踊らせていた時の夢を…。もちろん、これから何が起きるのか知る由もなく…。
時を同じくして、宇治山田市にある彼らの家々を黒塗りのベンツに乗った男たちが訪れていた。深夜に何事かと応対に出た彼らの両親たちは、漆黒の印の押された政府の深紅の書類を呈示されて一様に絶句したはずだ。
そして大抵の場合、親たちは黙って頷き、おそらくはもう二度と会うことのない子供たちの顔を思い浮かべるか、涙に濡れたその瞳で去り行く男たちをじっと睨み続けるかにとどまったが、中には食って掛かる者もいた。そうなったら結果は1つ。サイレンサー付きの銃から吐き出された暖かい鉛の弾に頭が砕かれるか、冷たいナイフの刃が胸に突き刺さるかして、愛する我が子よりも一足先にこのクソッたれた国に別れを告げることになる。だが、たとえそうなったとしても、その男たちは笑いながら「仕事が終わったら一杯どうだ?」なんていっている。
生徒たちを乗せたバスはホテルに戻る他のバスから離れ、人気のない港に向かった。そこで深い眠りに就いていた生徒たちは軍服を纏った男たちの手によって船に積まれた。バスの運転手は夜の闇に消え行く船を見つめながら微かに哀れむような表情を浮かべていた。
[残り50人]
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