太陽が東の空を駆け上がっていき、
天を流れる雲は止め処なく形を変えていく。
診療所の建物の中は電気を点けていないと薄暗かった。
静かな部屋の中にカチッカチッカチッカチッと秒針が時を刻む音が響く。
春日大和(男子8番)は黒いソファに深く腰を埋め、両手を拝むように顔の前に合わせていた。
「そんなに気を張り詰めるな」
戸を開けて入ってくるなり伊澤流(男子3番)が言った。
流は月代飛鳥(女子8番)の治療を終えるなり診療所の外を見に行っていた。
「ここに来てから休んでないだろ?
休める時には休んでおけ。辺りを見てきたが特に人の気配はなかった」
「月代の…、飛鳥の容態はどうなんだ?」
大和は不安げに尋ねた。
「俺の治療は完璧だ。腕や足の裂傷で深いものはなかった。
目が覚めないのは頭を打っているからだろう。
しかし俺の経験から言えば、目が覚めるのも時間の問題だ。
それまで鬼に襲撃されなければいいがな」
流は軽く笑ってそう言った。
それを見て大和も力なく笑った。
「…さて、珈琲でも煎れてこよう。
どうせ休む気はないんだろう?」
流は部屋をあとにして台所に向った。
ボーン。ボーン。
柱時計が10時の訪れを告げ終える頃、隣の部屋に動きがあった。
丸川理恵(女子17番)の声がした。
「流君、大和君、飛鳥ちゃんが目を覚ましたよ」
大和は慌てて立ち上がって、隣接している診察室へと急いだ。
飛鳥はベッドの上で上体を起こしていた。
大和に続いて流も診察室へと入ってきた。
飛鳥の身体が小刻みに震えているのが目にとれた。
「どうした?寒いか?」
穏やかな口調で流が問うた。
飛鳥は何も言わずに、ただ首を横に振った。
それから、幾らかの問診をした後、流は部屋を出ていった。
「大和君、ちょっと…」
理恵は大和を呼んで戸口の方へ向った。
「飛鳥ちゃんは今怪我のショックとかで精神的に不安定になってるの。しっかり支えてあげてね。
私は隣の部屋にいるから、何かあったら声を掛けてね」
そう言って理恵も部屋を後にした。
二人残された部屋で、大和は何も言わずに、何も言えずにいた。
緩やかに、静かに時間は流れた。
時間の経過と共に飛鳥の心も次第に平静さを取り戻していった。
「何か飲み物入れてこようか?」
そう言って大和は立ち上がろうとした。
「私ね…。大和君に会いに行こうとしてたの」
席をたとうとする大和を留めるように飛鳥が言った。
「返事しようと…。でもその途中で後ろからガサッって音が聞こえたの。それで急に恐くなって走り出して…」
「そっか。恐い思いをしたんだね」
「それでね、どうしても伝えたかったのは、私も…」
「待った。その先はここを生きて帰ってから聞かせて欲しい」
飛鳥の言葉を遮るように大和は言った。
『ここを生きて帰ったら…』
そう口にして改めて自分の置かれている状況を思った。
死がすぐ側で手招きをしているということを…。
「盛り上がってるところを悪いが、電気を消しちゃぁくれないか?」
流が戸口に片手をかけ顔を覗かせながら言った。
「仕掛けておいた鳴子が鳴ったんでね。念のためだ。
ついでに動く準備もしておいてくれると助かるがね」
踵を返しつつ続けた。
恐怖が現実味を帯びた。
流は外を見に行ったようだった。
大和は自分の中でえも言われぬ不安が広がっていくのを感じていた。
カーテンの隙間から見える空は雲行きが怪しくなってきていた。
心に不安が広がるがごとく、空にはたちまち暗雲が立ち篭めた。
「一雨来るな」
帰ってくるなり流が言った。
「半径300m以内には人の気配はなかった。
しかし、いつまでもここにいるのも危険だ。雨が上がったらここを離れよう」
少しして空からは大粒の雨が降ってきた。
時計の針は11時40分をまわっていた。
[残り33人]
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