明治21年法律第1号市制第126条ニ依リ
三重県度会郡宇治山田町ヲ市制施行地ニ指定シ
明治39年9月1日ヨリ市制ヲ施行ス
市制第4条及町村制第3条ニ依リ昭和16年5月5日ヨリ度会郡神社町ヲ廃シテ其ノ区域ヲ宇治山田市に編入ス
(昭和16年5月1日)
市制第4条及町村制第3条ニ依リ昭和18年12月1日ヲ以テ度会郡大湊町、宮本村及浜郷村を廃シテ其ノ区域ヲ宇治山田市ニ編入ス
(昭和18年11月30日)
地方自治法第7条第1項の規定により昭和30年1月1日から度会郡豊浜村、北浜村および城田村を廃し、その区域を宇治山田市に編入する。
(昭和29年12月11日)
地方自治法第7条第1項の規定により昭和30年1月1日から度会郡四郷村を廃し、その区域を宇治山田市に編入する。
(昭和29年12月22日)
(昭和30年1月1日をもって宇治山田市は消滅し、伊勢市と改称する。)
地方自治法第7条第1項の規定により昭和30年4月1日から度会郡沼木村を廃し、その区域を伊勢市に編入する。
(昭和30年3月18日)
考察
伊勢市には市立中学校は9校(「倉田山」「五十鈴」「厚生」「宮川」「港」「豊浜」「北浜」「城田」「沼木」)あり、そのうち宇治山田市立であったものは5校(「倉田山」「五十鈴」「厚生」「宮川」「港」)であるはずである。
そのうち「第5中学」であったと考えられる「港」は上にあるようにその校区である「神社」「大湊」「浜郷」の3地区がのちに付け足されたことを考えると、純粋なる宇治山田市立中学とは言えない。いわば、準宇治山田市立中学である。
倉田山中学の生徒手帳によると、
『宇治山田市立第一及び第二中学校を統合して宇治山田市立第一、第二中学校となり各校より元神宮皇學館校舎に移転する。(昭和23年5月10日)』
『校名を宇治山田市立倉田山中学校と改称(昭和23年5月23日)』
『市名変更のため、校名を伊勢市立倉田山中学校と改称する。(昭和30年1月1日)』
『伊勢市立倉田山中学校及び伊勢市立四郷中学校を統合して伊勢市立倉田山中学校となる。(昭和38年4月1日)』
『進修、修道、四郷の三学区が分離して、伊勢市立五十鈴中学校を創立する。(昭和41年4月1日)』
よって、「倉田山」を「第1中学」と考えるのが妥当であろう。
そして、「第1中学」と「第2中学」が統合して、再び分離したことから「五十鈴」を「第2中学」と考えることができる。
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